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長い長いトンネルを抜けると、そこは幸せな結婚生活だった。

みるくが仕事から帰ってくると、

小さなお家には電気がついていて

達也さんが

「お帰り~♪」

とか言ってくれるのかなとニコニコしながら帰宅。

ラベンダーがさやかな香りを携えて夕日の中で煌めいている。

サンパラソルの淡い黄色と真っ赤なお色があでやかだ。

ジニアのオレンジがこっくり深みを増していく。

猛暑の間少しお休みをしていたペチュニア、サフィニア、カリブラコアも

花首をもたげてにこやかに挨拶してる。

サルビアは赤く燃え、ヘリクリサム(帝王貝細工)がかさかさと

音を立てて風に揺らぐ。

嬉しくて楽しくてスキップしながら、玄関ポーチを目指す。

本当は、この広い北海道で保険のセールスをするには

車が欲しいんだけど、

みるくは注意欠陥障害。

あげくに記憶障害が激しいから危険が危ない。

ちが~う。

危険なので、あえて車は諦める事にしていた。

今日は、何時ものノルマの飛び込み3件を

倍の6件にしたから、足が棒のようになっている。

はうー。

全く知ってる人のいない北海道で新規開拓はかなり骨の折れる仕事。

とりあえず、既契約者リストからまめに訪問して

御紹介が頂けたらと思っている。

(ふー、疲れた)

新型感染症を恐れて、神経質なくらい手洗い、消毒を繰り返す。


あったかいお風呂に入ってゆっくりしたいな。

達也さんは、ゲームしてるのかな。

それとも、アニメの動画でも見てるのかな。

うふふ。一緒に暮らせるだけでも幸せ。

玄関前の大きめのプランターには

ミントやラベンダー、セージ、パセリ、イタリアンパセリが

心地よい風に吹かれてそよそよと揺れている。

ハーブのさわやかな香りに思わず深呼吸。

ああ 北海道に来れて良かった。

達也さんは、相変わらずのニートだけど一緒に暮らしていて楽しい。

どんなにみるくが失敗しても、優しく頭を撫でてくれる。

離れていた時には分からなかっのだが、

達也さんは、どんな事があってもみるくを

「責めない。否定しない」

おばあちゃんとおじいちゃんがママに話したときのように

「世界中のみんながおまえを悪い子。どうしようもない子と言っても

いいえ、あの子は優しい子だというよ」

という感じ。

世界中の全員が敵に回って、みるくを非難しても

達也さんだけは、みるくを受け入れてくれる。

そういえば、みるくがどんなに癇癪を起して、

泣き叫んでも、物をぶん投げても、怒りに任せて

酷い言葉で達也さんを罵ってもみるくをそっと包んでくれた。

達也さんだって人間だから、そんなことがあると、病弱だから

何日も寝込んだりするんだけど

マウント取ってきたり、命令口調だったり、威嚇したり、

暴力的だったりした事は一度も無かった。

おじいちゃんは、とっても素敵な人で大好きだけど、

おばあちゃんと結婚した最初の朝に、

テーブルをひっくり返したという。

おばあちゃんが作ったにらのお味噌汁が気に入らなかったらしく、

「俺は憲兵の仕事をしているのに、

こんな口が臭くなるようなものを食えるか!!」

とちゃぶ台返し。

(ノ-_-)ノ ~┻━┻ こんな飯食えるか!

そんな事が絶対にないだけでも、凄ーい感謝だよね。

どんな事があっても寄り添ってくれる。

味方で居てくれる。

私は最高の伴侶を得ました。

世間には、ツイッターで知り合った女子高校生を

殺してしまった夫婦がいたけど達也さんは違った。

今が一番幸せ。

案ずるより産むがやすし。

「ただいま~♪」

「おかえり」

「お疲れさま。ご飯にしますか。お風呂にしますか。それとも…」

あれ、あれあれ。

それって主夫も言うんだ?

夕食は、ホタテのカルパッチヨ、鮭のムニエル、オニオンスープ、

常備菜用にと一緒に買い物に出かけた時に買ってきたきんぴらごぼう、

ひじきの煮物、干し大根の煮物、みるくが帰って来てから

さっと作ったほうれん草の胡麻和えだった。

「すごいな。食卓がパレットみたいだな」

「カルパッチョのラディッシュの赤とレモンの黄色、水菜の緑がとても綺麗」

彩の大行進。赤、緑、黄色、茶色、白。

「うーん、スープが絶品」

「おう、しっかり炒めたからな」

スイーツもプリンを手作りしてくれて、心も体も大満足。

お口の中もパラダイス。

この蜜月が永遠に続くといいな。

(怖いくらい満ち足りている)

「みるくはほんとに上手そうに食べてくれるから、作りがいがあるよ」

「いつもありがとう」

愛と喜びと感謝に満たされています。

小さな花瓶に生けた吾亦紅(われもこう)がかわいい。


吾亦紅の花言葉は

「変化」「もの思い」「愛慕」


ああそうそう、みるくが時たまなる目の病気。

お医者様に症状を訴えてもずっとわからなかったんだけど、

『閃輝暗点』というらしい。

芥川龍之介の歯車と言う小説の中に出てくる。

閃輝暗点とは、突然視界に鋸状のギザギザした光が現れ、その光は時間と共に段々と拡大していきます。数分から長い場合で1時間ほど続きます。10~30分ほど続くのが多いパターンですが、やがてギザギザの光は見えなくなります。

閃輝暗点に対する治療は、今のところありません。

とのこと。

芥川龍之介は歯車が回っていると表現しているが、

みるくは稲妻が走り回っていると感じていた。


「僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?――と云ふのは絶えずまはつてゐる半透明の歯車だつた。僕はかう云ふ経験を前にも何度か持ち合せてゐた。歯車は次第に数を殖ふやし、半ば僕の視野を塞ふさいでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失うせる代りに今度は頭痛を感じはじめる」


流石文豪。一つの病気を丁寧に分かり易く説明している。


自分変えられない者は受け入れるしかないよね。

とりあえず、失明するとかじゃなくて良かった。

(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)ペコリ。:.゚ஐ⋆*


神様、本当にありがとうございます。


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