妻と愛人と家族

陽だまりの食卓

陽だまりの食卓

帰宅の温もり
「ただいま」

夕焼けに染まる空を背に、拓海は玄関の扉を開けた。リビングからこぼれる柔らかな光と、ふわりと漂う出汁の香りに、自然と肩の力が抜ける。

「おかえりなさい、拓海さん。ご飯にする？ お風呂にする？」

エプロン姿の結衣が、いつものように微笑みながら迎えてくれる。その姿を見るだけで、張り詰めていた心がほぐれていく。

「先に、結衣さんの顔が見たかった」

そう言ってそっと抱きしめると、結衣はくすくすと笑いながら拓海の背中を優しく撫でた。

「ありがとう。でも、ご飯が冷めちゃうから、先に手を洗ってきてね」

当たり前のように交わされる言葉。けれど、そのひとつひとつが、拓海にとっては何よりも愛おしいものだった。

二人の出会い
拓海と結衣が出会ったのは、大学のサークルだった。人見知りで本を読むのが好きな拓海と、誰とでもすぐに打ち解ける明るい結衣。性格は正反対だったが、だからこそ互いに惹かれ合った。

卒業後、拓海はシステムエンジニアとして働き、結衣は小さな出版社で編集者になった。忙しい日々の中でも、少しずつ時間を作り、デートを重ねる。何気ない会話も、二人にとってはかけがえのない思い出になっていった。

そして、付き合って三年目の春。満開の桜の下で、拓海はそっと指輪を差し出した。

「結衣さんといると、心が安らぐ。これからも、ずっとそばで笑っていてほしい。結婚してください」

結衣は驚いたように目を見開いたが、やがて瞳に涙を浮かべ、何度も頷いた。

結婚生活の始まり
結婚生活は穏やかで、そして幸せだった。

どんなに仕事で疲れて帰ってきても、玄関を開けると結衣が「おかえりなさい」と微笑んでいる。それだけで、拓海は一日の疲れを忘れた。休日には近所のカフェでコーヒーを飲み、公園を散歩し、他愛のない話をして笑い合う。

けれど、すべてが順調だったわけではない。仕事が忙しくなれば、すれ違うことも増えた。お互いに余裕がなくなり、小さな言い争いが大きな溝に感じられる日もあった。

「ごめん、さっきの言い方、きつかったね……」

「ううん、私も意地張っちゃった」

そんな風に素直に言葉を交わし、少し照れながら笑い合う。どれだけぶつかっても、二人の間には、いつも温かな陽だまりがあった。

新しい命
結婚して五年目。結衣のお腹に、新しい命が宿った。

「拓海さん……赤ちゃんができたみたい」

病院の帰り道、少し照れたように報告する結衣を、拓海は驚きと喜びで見つめた。

「本当？ ……ありがとう、結衣さん！」

嬉しさのあまり、思わずぎゅっと抱きしめる。

それからの日々、拓海はできる限り家事を手伝い、結衣はお腹の赤ちゃんに優しく話しかけるようになった。

「おはよう、赤ちゃん。今日も元気かな？」

そんな姿を見ているだけで、拓海は胸がいっぱいになる。

誕生と家族の絆
そして迎えた出産の日。

「結衣さん、大丈夫だよ。頑張れ……！」

陣痛に耐える結衣の手を握りしめ、拓海は必死に励まし続けた。そしてついに、小さな命が元気な産声をあげる。

「よかった……本当に……」

涙をこぼしながら、拓海は生まれたばかりのわが子を見つめた。

小さな手がぎゅっと拓海の指を握る。その温もりが、確かに新しい命がここにあることを教えてくれる。

息子には、陽翔（はると） という名前をつけた。

太陽のように明るく、自由に翔けてほしい——そんな願いを込めて。

家族としての歩み
陽翔の成長とともに、二人の生活はますます賑やかになった。夜泣きに悩まされ、育児の疲れから言い争いをする日もあった。それでも、二人で手を取り合いながら、ひとつずつ乗り越えていった。

そして、陽翔が幼稚園に入園する日。

小さなリュックを背負い、「いってきます！」と元気に手を振る息子の姿に、二人はしみじみと感じていた。

「大きくなったね」

「うん……私たち、親になったんだね」

手をつなぎ、ゆっくりと歩き出す二人。

春の光がやわらかく降り注ぎ、まるで祝福するように彼らを包み込んでいた。

——この先もずっと、陽だまりのような温かい家庭を築いていこう。

そう、心に誓いながら。