ギリシャ神話

創作

黄金の穂の宴

黄金の穂の宴

秋の陽光が黄金色の麦畑を照らしていた。空は雲ひとつなく、青さが深く澄んでいる。収穫祭の日――私、デメテルは、長い間見守ってきた大地の恵みに感謝する日を迎えていた。

「さあ、皆、今日は思い切り楽しむのよ！」
私は麦穂を抱え、村人たちに笑顔を向ける。子どもたちは駆け回り、花の冠を頭に乗せ、手に小さな籠を持っている。
「デメテルさま、今年の麦も豊作です！」
若い農夫が汗をぬぐいながら報告してくれる。麦の香ばしい香りと、土の香りが混じり合い、私の心を満たした。

私は深呼吸する。空気には収穫の匂い、乾いた藁の香り、焼きたてのパンの香りが混ざり、五感すべてが喜びで満ちていく。
「ふふ……やはり、大地は私の宝物ね」
小さな笑みを浮かべ、穂をそっと撫でる。柔らかく、少しざらついた感触が指先に伝わる。

祭りの中心には大きな木のテーブルが置かれ、収穫した作物がずらりと並ぶ。リンゴの赤、葡萄の紫、南瓜の橙色……。見ているだけで心が躍る。
「母さま、見て！ 私が摘んだぶどうです！」
私の娘、ペルセポネが駆け寄り、小さな手で持ったぶどうを差し出す。濃紫の粒は光を受けて透き通り、甘い香りを放つ。
「まあ、上手に摘めたわねぇ。美しい……まるで宝石みたい」
私は手でぶどうを包み、娘の頬に軽く触れる。小さな温もりが私の胸にじんわりと広がる。

村人たちが歌い始める。太鼓の低い音、リュートの柔らかい旋律、笛の軽やかな音色が混ざり合い、祭りの空気を盛り上げる。
「歌って踊れ、喜びを大地に返すのよ！」
私は杖で地面を軽く叩き、音に合わせて体を揺らす。土の振動が足の裏から心に伝わり、体中が震えるような幸福感に包まれる。

子どもたちが藁の上で転がり、笑い声が風に乗って広がる。私はその声を聞きながら、過去の収穫祭を思い出す。昔の私と母のように、村人たちは自然とともに生き、感謝し、喜びを分かち合っているのだ。
「皆、忘れないで……大地が私たちに与えてくれた全てを」
声を上げると、誰もが一瞬立ち止まり、深く頷く。心と心が、言葉を通して繋がる瞬間だった。

夕方になると、祭りはさらに盛り上がる。野焼きした南瓜の香ばしい匂い、焼きリンゴの甘い香り、パンを切るナイフの金属の冷たさ……五感が再び目覚める。
「ねえ、デメテルさま、これを食べてみて！」
ペルセポネが差し出すリンゴを一口齧ると、甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。雨上がりのように瑞々しく、心まで潤う。
「おいしいわ……あなたの手が入ったからね」
私は娘の手を握り、笑顔を交わす。小さな温もりが胸に染み入る。

空を見上げれば、鰯雲が秋の訪れを告げる。日が傾き、黄金色の光が畑を包む。
「ほら、ペルセポネ……空も畑も、すべてが金色に輝いているわ」
「うん、母さま、素敵……」
娘の声が私の耳に心地よく響く。風が頬を撫で、収穫の香りを運ぶ。刈り取った麦のざらざらした感触、乾いた藁の匂い、遠くの林檎畑の甘さ……。すべてが五感に刻まれる。

祭りの最後には、村人たちが円を作り、手を繋いで踊る。私は娘と手を取り、輪の中に加わる。足元で草がかさかさと音を立て、足の裏に冷たい土の感触が広がる。
「この喜び……大地と共に感じる幸福……」
私は心の中で呟き、娘と共に笑う。五感が覚醒し、感情が奔流のように溢れ出す。

夜空には満天の星。祭りの火の灯りが村を柔らかく照らす。収穫の成果、喜び、愛情――すべてが一日で凝縮され、私の胸に深く刻まれる。
「ありがとう、大地……ありがとう、皆……」
私はそっと手を合わせ、目を閉じる。雨の匂い、麦の香り、娘の手の温もり、音楽と笑い声……五感と感情が、私を生き生きとさせる。

黄金色の穂、甘い果実、歌と踊り、温かい笑顔。すべてが私の宝物だ。
「また来年も、こうして共に喜びを分かち合おうね、ペルセポネ」
「うん、母さま！」
娘の声に、私は深く頷き、秋の夜風を胸いっぱいに吸い込む。大地の恵みと人々の喜びを感じながら、私たちは黄金の穂の宴に包まれていた。