ギリシャ神話

春秋花壇

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創作

『恋風の神 ― ミコノス島に吹く永遠の囁き ―』

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『恋風の神 ― ミコノス島に吹く永遠の囁き ―』

エーゲ海に浮かぶ、白い宝石。
**ミコノス島**。
昼は太陽が家々をまぶしく照らし、夜は風がその白を撫でて眠らせる。
だが、昔この島には“風の呪い”があったという。

その風を支配していたのが――**ゼファリオン**。
西風の神、ゼピュロスの末子である。

---

「風が止まぬ限り、人はここに住めぬ。」
そう言い残し、ゼファリオンは島の頂で腕を組んだ。
銀色の髪が風に舞い、空が低く唸る。

その風は美しくも残酷だった。
砂を巻き上げ、船を沈め、恋人たちの言葉さえも吹き消した。

ある日、村の娘が神殿の前で叫んだ。
「風の神よ! お願い、少しだけ静かな日をください!」
名は**カリア**。
焼けた肌に白い布を巻き、潮の香をまとっていた。

ゼファリオンは雲の奥からその声を聞いた。
「静かな風を望むとは、人間らしい。だが、静けさの中では命は腐るぞ。」
「腐ってもいい! あなたの風で、みんな苦しんでる!」

女の涙が地に落ちた。
それが岩を伝い、風に乗って神の頬を打った。

---

その夜、風はぴたりと止んだ。
波が眠り、蝋燭の炎がまっすぐ立った。
人々は喜び、神に祈った。

だが、ゼファリオンの胸の奥には、奇妙なざわめきがあった。
(あの娘の声が……風の中に残っている。)

彼は人の姿を取り、島へ降りた。
白い石の家々、狭い路地、ロバの鳴き声。
風のないミコノスは、息をしていないように静かだった。

港で、カリアが魚を焼いていた。
炭の香ばしい匂いが、空気に広がる。
ゼファリオンは近づき、低く声をかけた。
「静かな夜だな。」
カリアは驚いて振り向いた。
「旅の方? ……風が止まったの。島に神様がいるみたい。」
「神などいないさ。」

ゼファリオンは笑いながらも、その胸の奥が痛んだ。
彼女の黒い瞳が、まるで夜の海のように深かった。

---

日々が過ぎた。
二人は並んで歩き、オリーブの林で話をした。
風がなく、鳥の羽音すら響く。

「ねえ、あなた、風が恋しくない?」
「……お前たちは風を嫌っていたろう。」
「でも、風がないと寂しい。空気が腐ってるみたい。」

その言葉に、ゼファリオンは小さく笑った。
「人間は勝手だな。」
「神様もそうなんでしょ?」
「……そうかもしれん。」

カリアは笑った。
その笑顔が、潮風よりも軽やかだった。

---

ある夜、満月が海を銀に染めた。
二人は丘に立ち、白い家々を見下ろした。
「この島、まるで宝石みたい。」
「風がなければ、輝きも曇る。」

ゼファリオンはそっとカリアの頬に触れた。
指先に人間の温もりが伝わる。
「もし、俺が風だとしたら?」
「それでも、あなたを抱きしめる。」
「風は、抱きしめ返せないぞ。」
「いいの。感じられるから。」

その瞬間、海がひとつ波を立てた。
潮の香、夜の塩気、遠くのリラの音。

---

だが夜明け、ゼファリオンは消えていた。
風が戻っていたのだ。
柔らかく、心地よく、
洗濯物を揺らし、子どもたちの髪を撫でる風。

カリアは空を見上げた。
「……あなた?」
風が頬を撫で、耳元で囁いた。
「お前の息が、俺の風を呼ぶ。」

涙が一粒、頬を伝った。
それが風に乗って、白い町並みに光を落とした。

---

それからというもの、
ミコノスの風は荒れることなく、優しく吹くようになったという。
人々はその風を**“恋風(こいかぜ)”**と呼んだ。
どんな嵐の夜にも、その風だけは人の灯を消さなかった。

神々の間ではこう語り継がれる。

> 「風の神ゼファリオンは、ミコノスの娘に心を奪われ、
> 永遠にその島を包む“愛の風”となった。」

そして今も、
白い宝石のような島の路地を歩けば、
どこからともなく囁きが聞こえる。

――「愛は、止まる風のあとに生まれる。」
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