ギリシャ神話

春秋花壇

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創作

『ロドスの光 ― 女の涙で蘇った神 ―』

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『ロドスの光 ― 女の涙で蘇った神 ―』

エーゲ海の南東、陽光を映す鏡のような島――**ロドス島**。
古代の神殿の列柱が、海風に揺れながら立ち並ぶ。
その中心に、一体の巨大な青銅像がそびえていた。
**光の守護神ヘリオス**の像。

だが今夜、その神は沈黙していた。

---

「……なぜ、人は祈らなくなった？」
風の中で、青銅の声が響いた。
夜の海を渡る潮の匂いが、神の胸をかすめる。
答える者はいない。
ただ、波が石段を叩く音だけが返ってきた。

ヘリオスは空を仰いだ。
星々が散り、彼の光を笑うように瞬いている。

「お前の時代は終わったのだ」
声が聞こえた。
振り向くと、闇の神**エレボス**が立っていた。
黒い外套を翻し、瞳は深海のように暗い。

「光など、人が松明を持てば足りる。
　お前の輝きは、古い伝説にすぎぬ。」
ヘリオスは眉をひそめた。
「人が光を作る？　ならば、心の闇はどう照らす。」

---

そのとき、少女の声が割って入った。
「……神さま、争わないで。」

振り返ると、白い衣をまとった若い女がいた。
名は**イリナ**。
廃墟の中で、祭壇を守る最後の巫女だった。

「この島の人々は、まだ光を信じています。」
「巫女よ、信仰は飢えを癒せぬ。」とエレボスが笑う。
「けれど、闇は人を壊します。」
イリナは真っすぐに彼を見た。

ヘリオスはその姿を見つめながら、
胸の奥に小さな火が灯るのを感じた。
「お前の声……どこか、太陽の朝に似ている。」

---

翌朝。
ロドスの空が赤く染まる。
イリナは神殿の階段を掃きながら言った。
「ヘリオスさま、どうして沈黙していたの？」
「光が人に届かぬと思っていた。」
「でも見て。あなたの像が海に映るたび、
　子どもたちは“太陽の門”って呼ぶのよ。」

ヘリオスは目を細めた。
潮風が頬を撫で、金の髪が光に揺れた。
「……まだ、俺を見ている者がいるのか。」
「ええ。みんな、あなたを待ってる。」

イリナの手から香の匂いが立ちのぼる。
その香りは、オリーブとレモンの花の混ざった甘さ。
それが、沈黙していた神の心を揺らした。

---

夕刻。
神殿の影が長く伸び、海が琥珀色に染まる。
エレボスが再び現れた。
「ヘリオス、また輝こうというのか？」
「人が光を失わぬように。」
「愚かだな。彼らはお前を壊し、像にしたのだぞ。」

ヘリオスは静かに答えた。
「ならば――像の中からでも、照らしてみせよう。」
エレボスが鼻で笑う。
「その巫女にでも頼るのか？」
「彼女の心に宿る光が、俺の最後の炎だ。」

エレボスの影が広がり、神殿の柱を飲み込む。
風が冷たく、砂を巻き上げた。
イリナが叫ぶ。
「ヘリオスさま！」
彼女の髪が風に乱れ、瞳が涙で光った。

ヘリオスは右手を掲げた。
その指先から、まばゆい光が溢れる。
「この島に――夜を超える力を！」

青銅の像が震え、空が裂けた。
光が柱を包み、闇を押し返す。
エレボスは呻き声を上げ、影の中へ消えた。

---

光が止んだあと、イリナは膝をついた。
風が静まり、潮の匂いが甘く漂う。
「……ヘリオスさま？」
答えはない。

だが、神殿の床に落ちる影が、
ゆっくりと彼女の足元を照らした。
それは、像の微笑だった。

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年月が過ぎ、ロドス島は新しい時代を迎えた。
だが、夕暮れになると、
青銅の巨像の足元に一筋の光が差し込むという。

それはまるで、沈黙の神がもう一度微笑むように――

そして、島の人々は今も語る。

> 「ロドスの光は、女の涙で蘇った。」

潮風がオリーブの葉を揺らすたび、
どこかで低い声が囁く。

「闇に怯えるな。
　お前の中にも、俺はいる。」

――ロドスの神話、
それは“光が影を抱いた”物語だった。

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