ギリシャ神話

春秋花壇

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ふたりしずか 〜静寂の舞姫たち〜

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『ふたりしずか ~静寂の舞姫たち~』

神々の時代、人はまだ魂の声を聴くことができた。
その中でもひときわ美しい歌声を持つ巫女姉妹がいた。
姉はセリネー、妹はレイア。
二人は神殿に仕え、月の神アルテミスに舞と祈りを捧げていた。

姉のセリネーは理知的で穏やか、レイアは快活で情熱的だった。
対照的な性格でありながら、二人が舞うとき、その違いは溶け合い、一つの魂のように響き合った。
人々は彼女たちを「ふたりしずか」と呼び、敬意を込めて静かに手を合わせた。

ある晩、月の女神アルテミスが彼女たちの舞を見に神殿を訪れた。
純白の衣を揺らしながら舞う姉妹の姿に、女神は深く心を打たれた。

「人でありながら、これほどまでに月の気配を纏うとは……」
アルテミスは密かに、二人に月の加護を授けた。

その夜以降、二人が舞うたびに、月は雲ひとつなく照らし出され、神殿の石は銀に輝いた。

だが、神に愛された者には、必ず試練が訪れる。

ある日、戦の神アレスが神殿を訪れた。
その目は姉妹の舞ではなく、レイアただ一人に注がれていた。

「その輝き、私のものにせよ」

アレスはレイアを妻に迎えようとしたが、彼女は拒んだ。

「私の舞は姉と共にあるもの。誰かのものになることはできません」

怒りに駆られたアレスは、禁じられた力を使ってレイアの魂を石に封じた。
姿こそ残れど、言葉も笑顔も奪われ、ただ佇むだけの存在となってしまった。

セリネーは絶望し、神々に祈りを捧げた。
だがアレスの呪いは強く、誰にも解けなかった。

それでもセリネーは、妹の石像のそばで舞い続けた。
その舞は、かつてのような優雅なものではなかった。
ただ、共に踊りたいという祈りを込めた、魂の嘆きだった。

千の夜が過ぎた。

その舞を見つめ続けたアルテミスは、ついに哀しみを抱きしめた。

「あなたたちの絆は、神をも超えた。
ならば、永遠に寄り添い、誰にも引き裂かれぬ存在として、この地に留まりなさい」

そう告げた女神は、セリネーの手をそっと握り、彼女の魂もまた草へと変えた。

こうして生まれたのが、「ふたりしずか(Chloranthus serratus)」という植物である。

その姿は、一本の茎から二つの白い花穂が並ぶように咲き、
まるで姉妹が肩を寄せ合って静かに舞うようである。

人々はその草を見つけると、耳を澄ます。

風のない夜、月の下。
「さあ、もう一度、一緒に舞いましょう」
そんな声が聞こえるという。

ふたりしずかは語らない。
ただ静かに、永遠に――
魂の舞を、風に揺れて、奏で続けている。

補足解説
ふたりしずか(二人静)Chloranthus serratus は、日本でも見られる多年草で、2本の白い花穂が寄り添うように咲く姿が、舞を踊る二人の女性に例えられています。

実際に「二人静」は能や古典文学でも、静御前の霊と女性が舞い合うことから名付けられたとされており、この神話もその延長として創作しています。

月の神アルテミスと戦の神アレスという対照的な神を用い、月=静、戦=動、姉妹の絆=植物の姿へと昇華させる流れを意識しました。


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