ギリシャ神話

春秋花壇

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蛍袋(ほたるぶくろ)に宿る声

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『蛍袋(ほたるぶくろ)に宿る声』

古のギリシャ、テッサリアの山間に、野草を愛する一人の乙女がいた。名はリューカ。村人からは「花語りの娘」と呼ばれ、彼女の紡ぐ草花の話は、老人の記憶を呼び、子どもを眠らせ、戦士の心を和らげた。
だがリューカには秘密があった。
彼女の語る物語は、全て花の声を聞いているからだった。

「この谷の風が落ちるとき、私たちは目覚めるの」

そう語ったのは、**蛍袋(カンパニュラ)**の群れだった。薄紅の鐘型の花々は、夜になると光を宿し、まるで星々の吐息のように静かに揺れていた。リューカは子どもの頃、谷に落ちて迷った夜、蛍袋に語りかけられたのだ。
それ以来、彼女は人の言葉と、草花の言葉の両方を理解するようになった。

ある年、山に戦神アレスの神殿が建てられることとなった。神託によって選ばれた場所には、ちょうど蛍袋の群落が咲いていた。人々は「それは神の意志だ」と言い、次々と花を刈り倒していく。リューカは叫んだ。

「この花はただの雑草ではありません!彼女たちには命があり、言葉があるのです!」

だが人々は耳を貸さなかった。狂戦士たちは笑いながら蛍袋を踏みにじり、夜には神殿に酒と血が満ちた。

その夜、リューカは夢を見た。夢の中、蛍袋たちは囁いた。

「リューカ……私たちの声を……神々の元へ届けて……」
「アポロンの光の神殿に行って……」
「彼だけが、まだ耳を持っている……」

目覚めたリューカは、霧の谷を抜け、アポロンの神殿へ旅立った。三日三晩、食も水もとらず、ただ蛍袋の種を小さな袋に入れて。

彼女が神殿に着いたとき、巫女たちは最初嘲った。だが神官の一人がリューカの持つ袋に触れた瞬間、微かな音が響いた。
それは、花の鐘が風に揺れる音――いや、神々の言語で詠われる祈りのようだった。

それを聞いたアポロンは天空から現れ、リューカの額に光の印を授けた。

「汝の声は真実だ。されど、力なき者の叫びは、時に神々すら届かぬ。よって、汝に与えよう――言葉の力を」

その瞬間、リューカの声は世界中に届くようになった。戻った村で彼女が再び語ると、踏みにじった兵士たちは夢にうなされ、武を捨て、剣を埋めた。蛍袋の咲く谷には、もはや誰も足を踏み入れなかった。

やがて、リューカは草花の神となり、彼女の名は忘れられたが――蛍袋だけが、毎年夜風の中で語りかける。

「リューカ……ありがとう……」

いまも山の奥、静かな夜に蛍袋を覗くと――風の声の中に、かすかに響く鐘の音がするという。

それは、草花の言葉を信じた一人の乙女の記憶なのかもしれない。


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