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第一章
新しい「商品」
「どうしたブランドン。クーパー商会が俺に見せられるのはこの程度か」
嘲る口調で言われ、引きつった笑みを浮かべていた頬がピキリと固まる。
「……侮っていただいては困りますね、ミスター・A。これはほんの、小手調べのようなものです」
「それはいい。今度こそ俺の興味を惹く品を出してもらいたいものだな」
怒りのため額に青筋を立てながら、ブランドンは軽やかに笑った。売られた喧嘩だ。これを買わなければ男が、いやクーパー商会会頭の名がすたる。
「その前に、何かお飲みになりませんか。よろしければ酒でもご用意いたしますが」
「そういえば喉が渇いたな」
「そうでしょうとも。では、とっておきのワインをお持ちしましょう」
「ほう、それは楽しみだ」
あくまでもにこやかな顔のままブランドンは扉を開け、廊下に立つ護衛に「酒を持ってこい」と命じた。禿頭の、腕が子供の胴ほどもある巨漢がちらりと部屋の中を窺った。
「酒ですか」
「ああ、とっておきだ」
「分かりました。ではすぐに」
ブランドンは護衛に目配せをしながら扉を閉めた。
後ろ暗い商売をしているクーパー商会では腕利きの用心棒を何人も雇っている。そして、裏の商品を売買するこの部屋で問題が起こったとき、客を痛めつけるための術ももちろん講じていた。
それが「酒を持ってこい」という暗号だ。
この言葉を聞いた用心棒たちは、ただちに集合して部屋へやってくることになっている。そして、聞き分けの悪い客をほんの少しだけ「懲らしめ」るのだ。
この客の正体が誰だろうが知るものか。ブランドンは怒りに震えていた。この部屋の中で誰が一番偉いのか思い知らせてやる。たとえ仮にミスター・Aを名乗るこの客の正体が「例のあの人」であっても知ったことじゃない。顔と素性を隠して、こんなところにのこのことやってくるほうが悪いのだ。
痛めつけた後の言い逃れを百通りほど考えていたブランドンは、振り返って見た客の姿に腰を抜かすほど驚いて言葉を失った。
ミスター・Aは上着を脱ぎ、椅子の背に放っている。あの、「天海の稀布」で作った上着を!
高価な上着へのぞんざいな扱いはブランドンの寿命を縮めるには十分だったが、驚きの理由はそこではない。
上着を脱いだ客はブランドンに背を向けていた。鍛えていることが分かる逞しい背中。腰の位置が高く、脚はバランスを取りづらいのではないかと余計な心配をしたくなるほど長い。男神さながらの素晴らしい肢体だ。ブランドンの広い人脈の中でも、これほど美しく恵まれた身体をしている者は一人もいないが、本題はそこでもなかった。
「ミスター・A……!」
「少し暑いな。上着を脱がせてもらったぞ」
振り返った客は、黒光りする拳銃を携えていたのだ。
ミスター・Aの上半身には、肩吊り式の拳銃ケースが装着されているではないか。
おまけにその拳銃は握りからして大振りの、経口の大きなものだと分かる。
「ああ、これか?」
真っ青になったブランドンの視線を追い、ミスター・Aはホルスターから銃を抜いた。
「ああっ! 危ない!!」
「そんなに怖がらなくてもいいだろう」
「怖いに決まっているじゃないですか! 何をなさるんです!」
「俺は軍需産業にも出資しているんだが、これからは素人でも使える武器が必要だとこれを待たされたんだ。確かに下手な護衛を連れて歩くより余程身軽でいい。まあ見てみろ。ほら、シリンダーに弾を六発装填できるうえ、今までのようにいちいち撃鉄を起こさなくても引き金を引くだけで撃つことができる。これはダブルアクションと言って」
「もうやめてください!!」
熱心に説明する客を押しとどめているブランドンの背後で、ノックもなしに扉が開かれた。もちろん、入ってきたのはクーパー商会お抱えの用心棒たちだ。
「会頭、こいつですか」
リーダーである禿頭の男が、金壺眼をぎょろりとさせながらこちらを睨んでいる。
両手を前に突き出し、拳銃の説明をするミスター・Aを押しとどめようとしていたブランドンは頭が真っ白になった。奇しくも部屋へやってきた用心棒は五人。自分を合わせれば拳銃の弾の数と同じではないか。
まずい……!!
よりによって、こんな状況でミスター・Aを痛めつけようとしていたことがバレてしまうとは。血の気が一気に引いたブランドンは咄嗟に叫んだ。
「酒だ!!!」
五人の筋肉ダルマたちは、雇用主の言葉に揃って目を丸くした。
「……はい?」
「酒だ、酒を持ってこいと言っただろう!! 何をやっている、さっさと持ってくるんだ!」
叫ぶブランドンと、拳銃を片手に微笑む客を見て何か察したのだろう。用心棒たちは怪訝そうな顔をしつつ部屋を出ていく。「美味いワインを頼むぞ」とミスター・Aが付け加えていることに気づいたが、もうブランドンは反応することもできなかった。
「どうした。随分疲れた様子じゃないか」
くたくたと椅子に座り込んだブランドンへ、銃をホルスターに収めた客が声をかける。
「……いえ、大したことはありません」
「そうか。それならいいんだ。何しろ今から仕事の話をしなければならないからな」
仕事。ブランドンは上目遣いでミスター・Aを見た。彼は放っていた上着をスマートに纏い、何事もなかったような顔で椅子に座っている。
「あなたは一体全体何がしたいんです」
商人としての矜持を全て剥ぎ取られ、ブランドンは力なく尋ねた。
「復讐ですか。ポートマンの代わりに、私を痛めつけに来たんでしょう。這いつくばって謝ればいいんですか」
「復讐?」
面白そうに返す口ぶりで、仮面に隠れた眉が持ち上がったのが分かる。
「まさか。そんなことでわざわざやってくるほど俺は暇じゃない」
「ではなぜ」
「『入荷』したんだろう? 新しい商品が」
嘲る口調で言われ、引きつった笑みを浮かべていた頬がピキリと固まる。
「……侮っていただいては困りますね、ミスター・A。これはほんの、小手調べのようなものです」
「それはいい。今度こそ俺の興味を惹く品を出してもらいたいものだな」
怒りのため額に青筋を立てながら、ブランドンは軽やかに笑った。売られた喧嘩だ。これを買わなければ男が、いやクーパー商会会頭の名がすたる。
「その前に、何かお飲みになりませんか。よろしければ酒でもご用意いたしますが」
「そういえば喉が渇いたな」
「そうでしょうとも。では、とっておきのワインをお持ちしましょう」
「ほう、それは楽しみだ」
あくまでもにこやかな顔のままブランドンは扉を開け、廊下に立つ護衛に「酒を持ってこい」と命じた。禿頭の、腕が子供の胴ほどもある巨漢がちらりと部屋の中を窺った。
「酒ですか」
「ああ、とっておきだ」
「分かりました。ではすぐに」
ブランドンは護衛に目配せをしながら扉を閉めた。
後ろ暗い商売をしているクーパー商会では腕利きの用心棒を何人も雇っている。そして、裏の商品を売買するこの部屋で問題が起こったとき、客を痛めつけるための術ももちろん講じていた。
それが「酒を持ってこい」という暗号だ。
この言葉を聞いた用心棒たちは、ただちに集合して部屋へやってくることになっている。そして、聞き分けの悪い客をほんの少しだけ「懲らしめ」るのだ。
この客の正体が誰だろうが知るものか。ブランドンは怒りに震えていた。この部屋の中で誰が一番偉いのか思い知らせてやる。たとえ仮にミスター・Aを名乗るこの客の正体が「例のあの人」であっても知ったことじゃない。顔と素性を隠して、こんなところにのこのことやってくるほうが悪いのだ。
痛めつけた後の言い逃れを百通りほど考えていたブランドンは、振り返って見た客の姿に腰を抜かすほど驚いて言葉を失った。
ミスター・Aは上着を脱ぎ、椅子の背に放っている。あの、「天海の稀布」で作った上着を!
高価な上着へのぞんざいな扱いはブランドンの寿命を縮めるには十分だったが、驚きの理由はそこではない。
上着を脱いだ客はブランドンに背を向けていた。鍛えていることが分かる逞しい背中。腰の位置が高く、脚はバランスを取りづらいのではないかと余計な心配をしたくなるほど長い。男神さながらの素晴らしい肢体だ。ブランドンの広い人脈の中でも、これほど美しく恵まれた身体をしている者は一人もいないが、本題はそこでもなかった。
「ミスター・A……!」
「少し暑いな。上着を脱がせてもらったぞ」
振り返った客は、黒光りする拳銃を携えていたのだ。
ミスター・Aの上半身には、肩吊り式の拳銃ケースが装着されているではないか。
おまけにその拳銃は握りからして大振りの、経口の大きなものだと分かる。
「ああ、これか?」
真っ青になったブランドンの視線を追い、ミスター・Aはホルスターから銃を抜いた。
「ああっ! 危ない!!」
「そんなに怖がらなくてもいいだろう」
「怖いに決まっているじゃないですか! 何をなさるんです!」
「俺は軍需産業にも出資しているんだが、これからは素人でも使える武器が必要だとこれを待たされたんだ。確かに下手な護衛を連れて歩くより余程身軽でいい。まあ見てみろ。ほら、シリンダーに弾を六発装填できるうえ、今までのようにいちいち撃鉄を起こさなくても引き金を引くだけで撃つことができる。これはダブルアクションと言って」
「もうやめてください!!」
熱心に説明する客を押しとどめているブランドンの背後で、ノックもなしに扉が開かれた。もちろん、入ってきたのはクーパー商会お抱えの用心棒たちだ。
「会頭、こいつですか」
リーダーである禿頭の男が、金壺眼をぎょろりとさせながらこちらを睨んでいる。
両手を前に突き出し、拳銃の説明をするミスター・Aを押しとどめようとしていたブランドンは頭が真っ白になった。奇しくも部屋へやってきた用心棒は五人。自分を合わせれば拳銃の弾の数と同じではないか。
まずい……!!
よりによって、こんな状況でミスター・Aを痛めつけようとしていたことがバレてしまうとは。血の気が一気に引いたブランドンは咄嗟に叫んだ。
「酒だ!!!」
五人の筋肉ダルマたちは、雇用主の言葉に揃って目を丸くした。
「……はい?」
「酒だ、酒を持ってこいと言っただろう!! 何をやっている、さっさと持ってくるんだ!」
叫ぶブランドンと、拳銃を片手に微笑む客を見て何か察したのだろう。用心棒たちは怪訝そうな顔をしつつ部屋を出ていく。「美味いワインを頼むぞ」とミスター・Aが付け加えていることに気づいたが、もうブランドンは反応することもできなかった。
「どうした。随分疲れた様子じゃないか」
くたくたと椅子に座り込んだブランドンへ、銃をホルスターに収めた客が声をかける。
「……いえ、大したことはありません」
「そうか。それならいいんだ。何しろ今から仕事の話をしなければならないからな」
仕事。ブランドンは上目遣いでミスター・Aを見た。彼は放っていた上着をスマートに纏い、何事もなかったような顔で椅子に座っている。
「あなたは一体全体何がしたいんです」
商人としての矜持を全て剥ぎ取られ、ブランドンは力なく尋ねた。
「復讐ですか。ポートマンの代わりに、私を痛めつけに来たんでしょう。這いつくばって謝ればいいんですか」
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