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第三章

悪徳商人と富豪男爵

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「でもさ、あの子たち本当に賢いよね」

 ドミニクの言葉が誰を指しているかは明らかだ。アレクシスは従弟を横目で見た。

「そう思うか」
「もちろん。さすがジュリアナが見込んだだけあるよ。礼儀作法をみっちり仕込んで、独り立ちさせるつもりなんだって? 上手くいけばハリントンの事業を手伝わせるんだろう? 最初はこんな子供相手に何を馬鹿なと思ったけれど、可能性は十分あるね」

 引き取った経緯をジュリアナはそんな風に説明しているようだ。いや、妹に詳しい話はしていないから、案外本気でそう考えているのかもしれない。

「特にフレディは素質がある。マナーは完璧だし、立ち居振る舞いも品があって美しい。勉強のほうもかなりできるらしいね。あれで十六とは末恐ろしいよ。いっそのこと、バリーの跡継ぎとして育ててみたらどう?」

 教師たちからのお墨付きを得たクラリスは早々に授業を免除されている。王族なのだからマナーについては当然として、品があるのは血筋のせいだけではなく本人の心根の現れでもあるのだろう。アレクシスは従弟とは反対側の車窓から街並みを眺めた。

 懸命に弟を護り、施しを受けることをよしとせず、生まれの高貴さを理由に現状を嘆くこともない。クラリスが従者として必死になるのも、彼女なりの筋の通し方なのだとアレクシスは理解していた。

 誇り高く美しい王女を、何とか安全に母国へ帰してやれないものか。

「どうしたの? 何かいいことでもあった」

 従弟の問いかけに、アレクシスはゆっくりと視線を移した。

「……なぜそう思う」
「だって、見たことないくらい優しい顔をしていたよ」

 不意を衝かれたアレクシスが返事を思いつく前に、ドミニクは窓の外の景色に意識を奪われたようだ。目と口を大きく開いて呟いた。

「あれ、ここ……」
「ああ。知り合いと話し合うだけなのだから、お前まで来る必要はなかったんだがな。バリーの心配性にも困ったものだ」
「え、でも僕、行かないほうがいいんじゃない? 父上に叱られそうな気がするんだけど……」
「叱る?」

 門前にぴたりと止まった馬車の扉を外から開く音がする。アレクシスは無造作に応えた。

「俺と一緒なのに叱られるものか。それに、お前も満更知らない仲でもないだろう」

 すっかり落ち着きを取り戻したアレクシスは、扉が開かれると同時に外へ出た。これ以上余計な質問を受ける前に。







「いやでございます」

 つん、と顔を逸らしたブランドンに、アレクシスは小さく笑う。ごく微かな反応だったというのに、目ざとく気づいたクーパー商会の会頭は眦を吊り上げた。

「何が可笑しいのですか」
「失礼。ただお前の反応が余りにも……小娘のようだと思ってな。うちの妹も自分の気に入らないことを言われたら、よくそうやってそっぽを向くものだから」

 くくく、と今度こそはっきり肩を揺らす男爵家当主に、ブランドンは怒りで顔を紅潮させた。

「よくもまあそんなことを……! あなたは私に何をしたのか分かっているのですか!」

 クーパー商会は目抜き通りではないものの、それなりに人通りの多い一角にある。そこは王都の中心地としては珍しい、ハリントン男爵家のものではない場所だった。
 王都の購入可能な土地を全て手に入れることはもちろん可能だが、アレクシスは敢えてそうしていない。ハリントンの名で所有する土地と建物には資金を投じて整備するため、景観は美しく治安もよいぶん賃料は高くなる。当然それを避けて違う区画を希望する者もいるわけで、高級感と治安のよさを求める客はハリントンの所有物件を、庶民的で猥雑さを好む客は他の場所をと、うまく棲み分けができているのだ。

 ブランドンもそので、国の内外から商品を仕入れ販売するために確保する倉庫スペースの費用など、諸々考え合わせた結果この場所に店を構えている。貴族を相手にする際は自らが相手の邸に出向くため場所がどこでも問題ないし、裏稼業の客はむしろ多少の胡散臭さがある場所のほうが店に入りやすいようだ。
 ちなみに土地は借地だが、地上三階地下二階の立派な物件はクーパー商会のものだった。ブランドンは最上階を住居として独りで暮らしている。

「俺が何をしたか、だと?」

 鋭い目で見据えられて思わず怯みそうになるが、ブランドンは歯を食いしばってそれを堪えた。もう二度と、この腹立たしい客のいいようにさせてなるものか。

「ええ。あなたのせいで私は大きな損失を被り、お客様にも大変なご迷惑をかけたのです。それもこれもみなハリントン男爵様、あなたが原因ですよ。それなのになぜ私がそんなことに協力しなければならないというのですか」

 背筋をぴんと伸ばし、膝の上でゆったりと重ねた手はそのままに、微笑みさえ浮かべて言い切った。舐められては沽券にかかわる相手の前で、はったりをきかせられないようならこんな商売などできはしないのだ。
 一方アレクシスは動揺を見せることなく、ゆったりと椅子に腰掛けたまま、ブランドンの百倍は余裕のある素振りで問いかけた。
 
「大きな損失? 俺が原因でか?」

 何を分かりきったことを。忌々しい客を前に、早くも仮面がはがれ落ちそうになったブランドンは大きく息を吸った。

「決まっているじゃありませんか。私はただの善良な商人です。そりゃあね、少々特殊な商品を扱うこともありますとも。しかし、それも全てお客様のご要望あってのことです。買いたいと言うお客様がいればこそ取り引きは成立する。うちのような零細業者は、顧客の要望にお応えするしか方法がないんですよ。まあ、のような大富豪の経営者にはお分かりにはならないでしょうが」

 皮肉を込めた言葉に、アレクシスはふむ、と考えながら脚を組んだ。

「俺があの夜支払った金については債権を放棄したはずだ。盗難品の返却やを買おうとしていた相手への賠償、警察に踏み荒らされた店の片づけや休業中に用心棒へ支払う給金の保証までしても、十分釣りがくるほどだと思ったんだが……違ったか?」

 こいつ、と言いながら、斜め前に座る従弟を親指で指した。きょろきょろしていたドミニクは、ばつが悪そうに肩をすくめる。


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