31 / 61
31. 宿命の顕現
しおりを挟む
馬車というのは、どれだけ豪奢なものであっても長時間の移動に適したものではない。たとえ今乗っているのが王族の――それも、リングオーサの王太子と第二王子の乗車を想定して準備されたものであっても。オスカーはつくづくそう思った。
もっとも自分がそう感じるのは、主である第一騎士団長の普段の移動手段にも一因がある。戦闘要員でないオスカーが軍事行動による遠征に同道することはごくまれで、そしてそのまれな例では、ウィリアムが用いる転移魔術で一緒に移動することがほとんどだったからだ。
レオノア救出の際には無理を強いられたが、普通はあのようなことはしない。ウィリアムが行先の座標を把握しさえすれば、目的地まで瞬時に「飛ぶ」ことができるからだ。おかげで今までこのような、重ぐるしい雰囲気に耐えて主と狭い空間に閉じ込められる羽目になることはなかったのだが。
……リングオーサへ戻るのに、今となっては独力で転移魔術を使えるほどの魔力は無くなったもんだから、自分でも歯がゆいんだろうなー……。馬にでも乗った方が気晴らしになったかも。あのゴ、じゃない、フレデリック殿下もその辺り、もうちょっと気を利かせてくれたら良かったのに。
まあでも……。オスカーは馬車の中を横目で見まわした。確かに、この顔ぶれで馬車に乗ることになるとは、フレデリック殿下も思っていなかったのだろうけどね。
隣で黒いオーラを発しているのは、神の御業としか云いようのない容姿で黒い騎士服に身を包み、長い足を持て余すように組む主。婚約者である王女を救うために枯渇寸前まで魔力を使い、髪色を銀に変えたリングオーサ筆頭公爵家嫡男であり国内最強の呼び声高い第一騎士団の団長であるウィリアム・マグナス・キングズレーだ。その向かいには、不機嫌さを隠そうともしないウィリアムを呆れたように見ている第二王子フィリップがいた。
「……あのなあウィル。お前がそんなになるのも分かるけど、今度のことはお前にも責任があるんだぞ。大体、回復目的で滞在しているところであんな、レオノアが起き上がれなくなるまで抱きつぶす奴がいるかよ。ヤるならリングオーサに戻ってからヤれって話だろう」
車内には若い男しかいないため、明け透けな口調でフィリップが言う。そうだそうだ、と同意の視線を向けるオスカーの横から低い声がする。
「…………では、お前なら我慢できるのか」
その一言に全てが込められていた。
長い間、ただ一途に想い続けた王女。婚約までした状態で引き離され、ようやくまた会えたと思ったその瞬間、矢で射られ消えてしまう命を見ていることしかできなかった。
自らの命と引き換えに禁魔術を施した時には、もう二度と会えないことを覚悟していた。今、自分が生きてここにいるのは、幸運が重なった結果に過ぎないと分かっている。
その愛しい姫が、柔らかく温かい生きた存在として自分の腕の中にいるのだ。これで抱きたいと――命の交歓で互いに生あることを実感したいと思わないなら、そいつは男として欠陥があるに違いない。ウィリアムは悪びれもせずそう思った。
「あー…………まあなあ………。いや、けどあれだ。他に発散する方法あるだろう。そりゃエドは『キスまで』とか言ってたけど、あれは無理だって分かって言ってんだからな。お前らに『触るところまで』なんて言ってみろ。たちまち最後までヤっちまうのがみえてるから」
「え!そうだったんですか?王太子殿下はてっきり本気で言ってるんだと思ってました」
「エドも頭では分かってんだよ。ただ気持ちがついていってないだけで。だからせめてナジェンラに滞在している間だけは、手とか口とか……。ヤるにしても1回だけにするとかさ、あっただろうに」
抱きつぶされ起き上がることもできず、夜着からは隠しようもなく散らばった赤い痕。余りにもあからさまな情交の痕跡を見せつけられたエドワードは、口もきけないほどの衝撃を受けていた。最終的にはどうにか自分を納得させたようだが、おそらく、レオノアが死んだ時のことを思い出し、それに比べたら些細なことだとでも言い聞かせたのだろう。
ところが、顔色を悪くしたエドワードに罪悪感を抱いたのはレオノアだった。約束を守れなかった自分を責め、ウィリアムは悪くないのだと最後まで言っていた。フィリップはこれみよがしに大きなため息をついてみせる。
「お前ね、求めてもらえるのが嬉しいからって、レオノアにあんなこと言わせるなよ。どうせそうせざるを得ないように持っていったんだろう」
「…………」
「あ~。それ僕も思いました。王女殿下、『私が約束を守れなかったの』って言ってましたもんね~……」
「だろ?レオノアはエドと約束したときは神妙な顔してたからな。あの時点ではちゃんと守ろうと思ってたんだよ。それをこいつがさ……」
「大体想像つきますもんね。グっズグズにとろけさせたあと、おねだりさせちゃったんでしょ。ホント団長って鬼畜ですよ。いかにも自分はどっちでもいいような素振りで、あのウブな王女殿下を……って、いって!痛いです団長!」
ウィリアムが大きな音をさせてオスカーを蹴った。自分に対する物言いよりも、レオノアの閨での姿を頭に思い浮かべたせいだろう。まったくこの独占欲の強さ、どうにかしてくださいとブツブツ文句を言いながらオスカーは話題を変える。
「それにしても、サー・ダマレルと団長がお知り合いだとは知りませんでした。すごい偶然もあったもんですね」
「そうだよな。あれだろ?昔ナジェンラと軍事協力するかどうかって話がでたとき、リングオーサに視察に来たサー・ダマレルを元帥が自宅に招いたことがあったんだよな」
「えーでもその頃の団長ってまだ子供でしたよね?それなのに相当印象に残っていた口ぶりでしたけど」
ナジェンラを発つと決まったとき、サー・ダマレルとの会談を望んだのはエドワードだ。留守宅へ押し入り家財や建物の一部を破壊したことの補償は既に解決しているが、改めてウィリアムを――リングオーサの王族の婚約者の命を――救ってくれたことに対し、王家を代表して礼を言うためだった。
「なーんかただの白髪のじっちゃん、って感じでしたけどね」
「いや、あれでなかなかすごいらしいぞ。今でこそ世俗の交わりを絶っているが、元々はギルニアで名の知れた武人だったそうだ」
「え!そうなんですか?」
「ああ。上に盾ついて放逐されたとか。それを機に諸国を廻り、食客としてナジェンラに迎えられたとフレデリックが言っていた。武者修行のような形で他国を巡っていたときに、例の『魂寄せ』の術も身に着けたって話していただろう」
「あー!そんなこと言ってましたねえ。それにしてもほんっっっと!すごい偶然ていうか何ていうか。だってあの術、あまりにも展開条件が厳しすぎて実現性が低いっていう理由で禁魔術の指定を外されたって聞きましたよ。反魂の術の方がまだあり得るって。ちょっと信じられないですよねそんなの。どれだけなんだよって」
「あー………。まず対象者の状況だろ。現世と幽世のどの位置にいるのか。当然幽世に入りすぎてたら駄目。次に魔力の量。引き寄せられるとき、術者だけでなく寄せられる方にも魔力が必要だが……」
「そうそう!少ないのが駄目なのは分かりますけど、多すぎても駄目っていうの、ほんとビックリしました。あと、初対面の相手にかけられないっていうのも。そのうえ、術をかける時間まで決まってるって。数時間の範囲じゃなくて、一日のうちに可能となるのがせいぜい30分………」
だんだん小声になるオスカーが上目遣いに見てくるから、フィリップはその意図するところを理解していると示すために、軽く頷いてみせる。
本当にこれは偶然なのだろうか。
偶然で片付けるには余りにも………そう、余りにも出来すぎている。まるで何かに仕組まれてでもいるような。だが、仕組まれていたとしたら一体何をどこまで………。
サー・ダマレルがたまたま術をかけるのに適した時間に戻ったことか。それとも、レオノアが賊に襲われ逃れた先がサー・ダマレルの自宅前だったことか。
レオノアが身を隠す先として、エドワードがナジェンラを選択したこと。フレデリックの養父の縁で、サー・ダマレルを頼ろうとしたこと。
そのサー・ダマレルが、使う可能性の非常に低い魔術を習得していたこと。さらに幼いウィリアムと面識があり、それを強烈に覚えていたこと。
フィリップは頭を振って思考を止める。今結論をだせるものでもない。ましてやこのような馬車の中で。オスカーと目で会話をした後、同時に視線をウィリアムに向ける。
当の本人は相変わらずイライラとした様子で前方をじっと見ていた。前方を走る馬車――レオノアと、兄であるエドワードが乗っている馬車を。
「んんっ……。ウィル、さっきも言ったようにこの三人で馬車に乗ることになったのは、お前がヤり……いや。お前がレオノアに無茶をしすぎたからだぞ。あれさえなければ今頃はレオノアと、……まあ二人きりとはいかないまでも、エミリーとで移動できたんだからな。国境越えたら転移魔術用の陣があるんだから、一日くらい我慢しろ」
「…………」
「だ、団長は今まで、こういう風に長時間かけて馬車に乗ることがなかったですもんね。すみませんこんなむさくるしい顔ぶれで」
「おい、むさくるしいとは何だよ」
「だってそうじゃないですか。せめてエミリーちゃんだけでもこっちにいてくれたら……」
「…………」
じろりと睨みつけられ、オスカーは口を噤む。そうだ。エミリーがこの馬車に乗るということは、王女殿下と王太子殿下が二人きりになるということで………。
僕、もう黙っておきます。そう考えていることが丸わかりの顔で、オスカーは座席の端に座りなおした。それを見て馬車に乗ってから何度めかの溜息をついたフィリップは、迷った末に口を開いた。
「ウィルが何を気にしているのかは分かってるつもりだ。けどなあ、過去世がどうあれ、エドは今レオノアの兄なんだぞ。どうなりようもないだろう。ましてやレオノア自身に前世の記憶は全くないんだから、あいつだって今更、」
「…………お前は何も分かっていない」
ウィリアムはぼそりと言うと、組んだ足の上に肘をつき手のひらで顎を覆った。
レオノアが目覚める前に、エドワード、ウィリアム、フィリップの三人は集まって話し合った。エドワードとウィリアムは前世の当事者として、そしてフィリップはリングオーサ王族の一員として。二人の話を黙って聞いていたフィリップは、大筋は予想していたことだと言った。エドワードとウィリアムの、妹姫への執着と溺愛。何よりも今リングオーサに王女が誕生しているという事実から逆算した結果だった。その時に確認したのは、レオノアに前世の記憶があるのかということだ。
本人に尋ねる訳にはいかない。ただでさえ神話の王女と自分を比較し、自虐に近いと思われるほど自己評価の低いレオノアだ。ここで前世について言及することはその傷を突くだけではなく、エドワードや、ウィリアムから向けられた自分への愛情を疑わせるきっかけになりかねない。
幸いにもレオノアは隠し事のできるような性格ではない。考えていることは顔に全部出てしまう。今までの言動や態度からは、前世の記憶を持っていると判断できるものは何も無かった。だからこそ、フィリップはもっと広い心で過ごすようウィリアムに言ったのだし、余裕のある態度を取って欲しいと思っていた。
「分かってないって、何を」
ウィリアムの瞳が昏く陰る。言いたいことは山ほどあった。だがこれは二人にしか…………当事者である自分とエドワードにしか理解できないことだ。フィリップの問うような視線を敢えて無視する。
エドワードの中には、王太子としての誇りと矜持、そして前世から培ってきた常識がある。実の兄と妹。どれだけ愛を注いでも不自然でない関係。それでいて、あくまでもそれは精神面だけに許されたものだ。それが非常に危ういバランスで保たれた均衡のうちにあると理解しているのは、おそらくウィリアムだけ。
自覚があってのあの振る舞いなのか……どちらにせよ、指を咥えてただ見ていることなど出来はしない。
「………馬車に乗るときのことを言ってるのか。あれは………レオノアが言い出したことじゃないか。約束を守れなかった償いなんだろう?エドが弱ってたからって」
……弱っていた?本当にそうだろうか。俺はレオノアを抱きしめたとき、自分のできる全てで彼女を手に入れたいと思った。身も心も。その同じ思いをあの男が自覚したなら………?レオノアにとって、俺よりも余程長い時間を共にした相手だ。何をどうすればいいか――相手を手中に収めるにはどうすればいいのかは良く分かっているはず。
「確かに馬車に乗り込むときの態度は褒められたもんじゃなかったけど、あんなの本気じゃないから。道中自分の膝にレオノアを乗せてなんて………ッ!」
ダンッ!と音をさせて、ウィリアムの長い足が向かいの背もたれを蹴った。自分のすぐ真横の板を抜く勢いで伸ばされた足を見下ろすフィリップは、一月後には自分の一歳年長の義弟になる予定の男を見やる。命を懸けてレオノアを救い、思いを確かめ合って……何の憂いもないと思っていたのは自分だけだったのだろう。この余裕の無さ。歯を食いしばり、拳を握りしめて。婚儀の前の『儀式』を終え、本当に自分の妻とするまではこの渇望と焦燥は癒えないと、態度で示している。
オスカーとまた視線で会話し、天井を見上げて今度は心の中で溜息をついた。こんなになっちまうなら、誰かを好きになんてなりたくないものだと思いながら。
もっとも自分がそう感じるのは、主である第一騎士団長の普段の移動手段にも一因がある。戦闘要員でないオスカーが軍事行動による遠征に同道することはごくまれで、そしてそのまれな例では、ウィリアムが用いる転移魔術で一緒に移動することがほとんどだったからだ。
レオノア救出の際には無理を強いられたが、普通はあのようなことはしない。ウィリアムが行先の座標を把握しさえすれば、目的地まで瞬時に「飛ぶ」ことができるからだ。おかげで今までこのような、重ぐるしい雰囲気に耐えて主と狭い空間に閉じ込められる羽目になることはなかったのだが。
……リングオーサへ戻るのに、今となっては独力で転移魔術を使えるほどの魔力は無くなったもんだから、自分でも歯がゆいんだろうなー……。馬にでも乗った方が気晴らしになったかも。あのゴ、じゃない、フレデリック殿下もその辺り、もうちょっと気を利かせてくれたら良かったのに。
まあでも……。オスカーは馬車の中を横目で見まわした。確かに、この顔ぶれで馬車に乗ることになるとは、フレデリック殿下も思っていなかったのだろうけどね。
隣で黒いオーラを発しているのは、神の御業としか云いようのない容姿で黒い騎士服に身を包み、長い足を持て余すように組む主。婚約者である王女を救うために枯渇寸前まで魔力を使い、髪色を銀に変えたリングオーサ筆頭公爵家嫡男であり国内最強の呼び声高い第一騎士団の団長であるウィリアム・マグナス・キングズレーだ。その向かいには、不機嫌さを隠そうともしないウィリアムを呆れたように見ている第二王子フィリップがいた。
「……あのなあウィル。お前がそんなになるのも分かるけど、今度のことはお前にも責任があるんだぞ。大体、回復目的で滞在しているところであんな、レオノアが起き上がれなくなるまで抱きつぶす奴がいるかよ。ヤるならリングオーサに戻ってからヤれって話だろう」
車内には若い男しかいないため、明け透けな口調でフィリップが言う。そうだそうだ、と同意の視線を向けるオスカーの横から低い声がする。
「…………では、お前なら我慢できるのか」
その一言に全てが込められていた。
長い間、ただ一途に想い続けた王女。婚約までした状態で引き離され、ようやくまた会えたと思ったその瞬間、矢で射られ消えてしまう命を見ていることしかできなかった。
自らの命と引き換えに禁魔術を施した時には、もう二度と会えないことを覚悟していた。今、自分が生きてここにいるのは、幸運が重なった結果に過ぎないと分かっている。
その愛しい姫が、柔らかく温かい生きた存在として自分の腕の中にいるのだ。これで抱きたいと――命の交歓で互いに生あることを実感したいと思わないなら、そいつは男として欠陥があるに違いない。ウィリアムは悪びれもせずそう思った。
「あー…………まあなあ………。いや、けどあれだ。他に発散する方法あるだろう。そりゃエドは『キスまで』とか言ってたけど、あれは無理だって分かって言ってんだからな。お前らに『触るところまで』なんて言ってみろ。たちまち最後までヤっちまうのがみえてるから」
「え!そうだったんですか?王太子殿下はてっきり本気で言ってるんだと思ってました」
「エドも頭では分かってんだよ。ただ気持ちがついていってないだけで。だからせめてナジェンラに滞在している間だけは、手とか口とか……。ヤるにしても1回だけにするとかさ、あっただろうに」
抱きつぶされ起き上がることもできず、夜着からは隠しようもなく散らばった赤い痕。余りにもあからさまな情交の痕跡を見せつけられたエドワードは、口もきけないほどの衝撃を受けていた。最終的にはどうにか自分を納得させたようだが、おそらく、レオノアが死んだ時のことを思い出し、それに比べたら些細なことだとでも言い聞かせたのだろう。
ところが、顔色を悪くしたエドワードに罪悪感を抱いたのはレオノアだった。約束を守れなかった自分を責め、ウィリアムは悪くないのだと最後まで言っていた。フィリップはこれみよがしに大きなため息をついてみせる。
「お前ね、求めてもらえるのが嬉しいからって、レオノアにあんなこと言わせるなよ。どうせそうせざるを得ないように持っていったんだろう」
「…………」
「あ~。それ僕も思いました。王女殿下、『私が約束を守れなかったの』って言ってましたもんね~……」
「だろ?レオノアはエドと約束したときは神妙な顔してたからな。あの時点ではちゃんと守ろうと思ってたんだよ。それをこいつがさ……」
「大体想像つきますもんね。グっズグズにとろけさせたあと、おねだりさせちゃったんでしょ。ホント団長って鬼畜ですよ。いかにも自分はどっちでもいいような素振りで、あのウブな王女殿下を……って、いって!痛いです団長!」
ウィリアムが大きな音をさせてオスカーを蹴った。自分に対する物言いよりも、レオノアの閨での姿を頭に思い浮かべたせいだろう。まったくこの独占欲の強さ、どうにかしてくださいとブツブツ文句を言いながらオスカーは話題を変える。
「それにしても、サー・ダマレルと団長がお知り合いだとは知りませんでした。すごい偶然もあったもんですね」
「そうだよな。あれだろ?昔ナジェンラと軍事協力するかどうかって話がでたとき、リングオーサに視察に来たサー・ダマレルを元帥が自宅に招いたことがあったんだよな」
「えーでもその頃の団長ってまだ子供でしたよね?それなのに相当印象に残っていた口ぶりでしたけど」
ナジェンラを発つと決まったとき、サー・ダマレルとの会談を望んだのはエドワードだ。留守宅へ押し入り家財や建物の一部を破壊したことの補償は既に解決しているが、改めてウィリアムを――リングオーサの王族の婚約者の命を――救ってくれたことに対し、王家を代表して礼を言うためだった。
「なーんかただの白髪のじっちゃん、って感じでしたけどね」
「いや、あれでなかなかすごいらしいぞ。今でこそ世俗の交わりを絶っているが、元々はギルニアで名の知れた武人だったそうだ」
「え!そうなんですか?」
「ああ。上に盾ついて放逐されたとか。それを機に諸国を廻り、食客としてナジェンラに迎えられたとフレデリックが言っていた。武者修行のような形で他国を巡っていたときに、例の『魂寄せ』の術も身に着けたって話していただろう」
「あー!そんなこと言ってましたねえ。それにしてもほんっっっと!すごい偶然ていうか何ていうか。だってあの術、あまりにも展開条件が厳しすぎて実現性が低いっていう理由で禁魔術の指定を外されたって聞きましたよ。反魂の術の方がまだあり得るって。ちょっと信じられないですよねそんなの。どれだけなんだよって」
「あー………。まず対象者の状況だろ。現世と幽世のどの位置にいるのか。当然幽世に入りすぎてたら駄目。次に魔力の量。引き寄せられるとき、術者だけでなく寄せられる方にも魔力が必要だが……」
「そうそう!少ないのが駄目なのは分かりますけど、多すぎても駄目っていうの、ほんとビックリしました。あと、初対面の相手にかけられないっていうのも。そのうえ、術をかける時間まで決まってるって。数時間の範囲じゃなくて、一日のうちに可能となるのがせいぜい30分………」
だんだん小声になるオスカーが上目遣いに見てくるから、フィリップはその意図するところを理解していると示すために、軽く頷いてみせる。
本当にこれは偶然なのだろうか。
偶然で片付けるには余りにも………そう、余りにも出来すぎている。まるで何かに仕組まれてでもいるような。だが、仕組まれていたとしたら一体何をどこまで………。
サー・ダマレルがたまたま術をかけるのに適した時間に戻ったことか。それとも、レオノアが賊に襲われ逃れた先がサー・ダマレルの自宅前だったことか。
レオノアが身を隠す先として、エドワードがナジェンラを選択したこと。フレデリックの養父の縁で、サー・ダマレルを頼ろうとしたこと。
そのサー・ダマレルが、使う可能性の非常に低い魔術を習得していたこと。さらに幼いウィリアムと面識があり、それを強烈に覚えていたこと。
フィリップは頭を振って思考を止める。今結論をだせるものでもない。ましてやこのような馬車の中で。オスカーと目で会話をした後、同時に視線をウィリアムに向ける。
当の本人は相変わらずイライラとした様子で前方をじっと見ていた。前方を走る馬車――レオノアと、兄であるエドワードが乗っている馬車を。
「んんっ……。ウィル、さっきも言ったようにこの三人で馬車に乗ることになったのは、お前がヤり……いや。お前がレオノアに無茶をしすぎたからだぞ。あれさえなければ今頃はレオノアと、……まあ二人きりとはいかないまでも、エミリーとで移動できたんだからな。国境越えたら転移魔術用の陣があるんだから、一日くらい我慢しろ」
「…………」
「だ、団長は今まで、こういう風に長時間かけて馬車に乗ることがなかったですもんね。すみませんこんなむさくるしい顔ぶれで」
「おい、むさくるしいとは何だよ」
「だってそうじゃないですか。せめてエミリーちゃんだけでもこっちにいてくれたら……」
「…………」
じろりと睨みつけられ、オスカーは口を噤む。そうだ。エミリーがこの馬車に乗るということは、王女殿下と王太子殿下が二人きりになるということで………。
僕、もう黙っておきます。そう考えていることが丸わかりの顔で、オスカーは座席の端に座りなおした。それを見て馬車に乗ってから何度めかの溜息をついたフィリップは、迷った末に口を開いた。
「ウィルが何を気にしているのかは分かってるつもりだ。けどなあ、過去世がどうあれ、エドは今レオノアの兄なんだぞ。どうなりようもないだろう。ましてやレオノア自身に前世の記憶は全くないんだから、あいつだって今更、」
「…………お前は何も分かっていない」
ウィリアムはぼそりと言うと、組んだ足の上に肘をつき手のひらで顎を覆った。
レオノアが目覚める前に、エドワード、ウィリアム、フィリップの三人は集まって話し合った。エドワードとウィリアムは前世の当事者として、そしてフィリップはリングオーサ王族の一員として。二人の話を黙って聞いていたフィリップは、大筋は予想していたことだと言った。エドワードとウィリアムの、妹姫への執着と溺愛。何よりも今リングオーサに王女が誕生しているという事実から逆算した結果だった。その時に確認したのは、レオノアに前世の記憶があるのかということだ。
本人に尋ねる訳にはいかない。ただでさえ神話の王女と自分を比較し、自虐に近いと思われるほど自己評価の低いレオノアだ。ここで前世について言及することはその傷を突くだけではなく、エドワードや、ウィリアムから向けられた自分への愛情を疑わせるきっかけになりかねない。
幸いにもレオノアは隠し事のできるような性格ではない。考えていることは顔に全部出てしまう。今までの言動や態度からは、前世の記憶を持っていると判断できるものは何も無かった。だからこそ、フィリップはもっと広い心で過ごすようウィリアムに言ったのだし、余裕のある態度を取って欲しいと思っていた。
「分かってないって、何を」
ウィリアムの瞳が昏く陰る。言いたいことは山ほどあった。だがこれは二人にしか…………当事者である自分とエドワードにしか理解できないことだ。フィリップの問うような視線を敢えて無視する。
エドワードの中には、王太子としての誇りと矜持、そして前世から培ってきた常識がある。実の兄と妹。どれだけ愛を注いでも不自然でない関係。それでいて、あくまでもそれは精神面だけに許されたものだ。それが非常に危ういバランスで保たれた均衡のうちにあると理解しているのは、おそらくウィリアムだけ。
自覚があってのあの振る舞いなのか……どちらにせよ、指を咥えてただ見ていることなど出来はしない。
「………馬車に乗るときのことを言ってるのか。あれは………レオノアが言い出したことじゃないか。約束を守れなかった償いなんだろう?エドが弱ってたからって」
……弱っていた?本当にそうだろうか。俺はレオノアを抱きしめたとき、自分のできる全てで彼女を手に入れたいと思った。身も心も。その同じ思いをあの男が自覚したなら………?レオノアにとって、俺よりも余程長い時間を共にした相手だ。何をどうすればいいか――相手を手中に収めるにはどうすればいいのかは良く分かっているはず。
「確かに馬車に乗り込むときの態度は褒められたもんじゃなかったけど、あんなの本気じゃないから。道中自分の膝にレオノアを乗せてなんて………ッ!」
ダンッ!と音をさせて、ウィリアムの長い足が向かいの背もたれを蹴った。自分のすぐ真横の板を抜く勢いで伸ばされた足を見下ろすフィリップは、一月後には自分の一歳年長の義弟になる予定の男を見やる。命を懸けてレオノアを救い、思いを確かめ合って……何の憂いもないと思っていたのは自分だけだったのだろう。この余裕の無さ。歯を食いしばり、拳を握りしめて。婚儀の前の『儀式』を終え、本当に自分の妻とするまではこの渇望と焦燥は癒えないと、態度で示している。
オスカーとまた視線で会話し、天井を見上げて今度は心の中で溜息をついた。こんなになっちまうなら、誰かを好きになんてなりたくないものだと思いながら。
0
あなたにおすすめの小説
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる