9 / 19
9.一人目の婚約者候補…退場〜第三王子視点〜
今夜、夜会で会ったエミリア・ダートン子爵令嬢は興味深い女性だった。
見掛けは極上なのに中身というか思考回路が独特で話していて楽しくて仕方がなかった。時間はあっという間に過ぎ気づけば夜会は終了の時間になっていた。
あんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。
思い出さないくらい久しぶりのことだった。
俺は常に温和な第三王子を演じ微笑み続けていたが、そんなものとは違う。
はっはは、明日は腹が筋肉痛かもな。
どんだけ笑わせるんだ、エミリア・ダートンは。
生まれる場所間違えてんだろうがっ。
また会いたい…と思った。
別に深い意味などない、ただあの珍妙なやり取りを楽しみたいと純粋に思ったのだ。
自分から人に関心を持ったことは初めてだった。
俺は侍従のヤンを部屋に呼び指示を出す。彼はある公爵家の落し胤で俺が自ら選んだ者だ。つまり王家の犬ではなく信頼できる臣下だった。
「ヤン、エミリア・ダートン子爵令嬢の予定について調べろ。また夜会で会えるようにしたい。
それに家族との関係や諸々についても頼む」
「アトナ殿下が嬉しそうに女性の名を告げるなんて珍しいですね。明日には雪でも降りますか…」
この遠慮がない物言いもヤンには許している。生死をともに切り抜けてきた彼は血の繋がった兄よりも距離は近い存在だ。
だから今日の夜会での出来事を隠すことなく全て伝える。
「ケビン・ゴルディ伯爵についても調べろ。この近辺で起こっている事件に関係している確率が高い。エミリアの観察によると伯爵の金髪は不自然だったと。綺麗な金髪だが微妙に髪質や艶が異なる髪を混ぜていて、禿げている可能性が高いと言っていた」
「つまり人毛を使ったカツラを使用していると指摘したのですね」
「…少し違うな。
『お可哀想に頭が寒いと風邪を引いてしまいますわね』と心配していただけだな…」
暫しの沈黙が流れる。ヤン、お前の言いたいことは分かっている、だが言うな。
そこは流してくれればいい。
詳細に話せばお前も明日には筋肉痛になる。
優秀な彼は俺の気持ちを察したようだ。笑いを堪えているようだが、笑いはしない。
「あの家は酷く困窮していて高級な人毛のカツラは入手出来る財力はない。となると金髪の女性が襲われ髪を切り取られるという不可解な連続事件に繋がる…そう思わないか?」
エミリアは珍妙な動きからは想像できない素晴らしい観察眼を持っていた。
「承知いたしました」
そう言ってヤンは俺の指示通りに動き出す。
そして俺も独自で動く。ヤンには彼女のことを調べろと命じたが、自らも動きたかった。ヤンに任せれば間違いないのは分かっているが、彼女については人任せで終わりたくない。自分も関わりたいと思ったのだ。
人になんて興味はなかった、あの夜会まで。
だが今は『エミリア・ダートン』について知りたい。
自分の手で目で耳で知っていきたいのだ。
この気持ちが何かなんて分からない。
ただこの温かい気持ちを手放したくなかった。
数日後にはケビン・ゴルディは連続髪切り事件の犯人として捕まった。
王都からの協力者として立ち会ったヤンに向かって捕まるときに暴れながら伯爵は叫んでいたらしい。
『なぜバレたんだ?!完璧なカツラだったから誰にもカツラだと気づかれていなかったのに…』
『一人の優秀な女性が気がついたんだよ、寄せ集めの髪だとな』
『クッソー!!誰なんだ、私がハゲだと見抜いた女性は!
違うぞ、私はハゲじゃない。
ただちょっと盛っているだけだ!
ハゲではないんだー、誤解なんだ!
その間違った情報を真実だと思いこんでいる女性に伝えてくれー』
『…お前、気にするところはそこでいいのか。今後のこととかじゃなくていいのか…』
憐れなゴルディ伯爵は翌日新聞の一面を飾った。
『髪切り事件の犯人は若ハゲ伯爵だった!!』と。
伯爵の淡い希望は正義の新聞記者により叩き潰された。
事件はエミリアのお陰で見事に解決した。
明日にはまた彼女と夜会で会うことができるはずだ。きっと彼女の耳にもゴルディ伯爵の逮捕の件は耳に入っているだろう。
エミリアは婚約者候補の逮捕を残念がるだろうか。
どんな反応をする…。
もしかして好意を抱いていたのか…。
つまらないことを考え悶々としているとヤンが話し掛けてくる。
「アトナ殿下も人間なんだと今知りました。なんだか成長を見られて感無量です」
「…お前は本当に遠慮がないな。
いいのか俺にそんな口をきいて?
俺の裏を知っているくせに怖くないのか…」
「裏は…正当防衛ですから問題ありません。
情緒に問題が見受けられますが、他の屑王族や腰巾着重鎮に比べれば殿下はまともな方ですから」
ヤンも王族の闇やそれを良しとしている重鎮達について知っているので言い方に容赦はない。
俺が苦笑いをしていると更に言葉を続ける。
「手を伸ばしてもいいんではないですか?
きっとあの令嬢は壊れません。
一緒に隣で笑ってくれますよ。
…殿下、あなたの笑顔なかなかいいですよ」
何を言っているのか分からないふりをするとヤンは黙って部屋を出ていってくれた。
俺の周りにいる者は危険に晒される。
だから大切なものは作らなかった。
…無関心だった。
それが崩れようとしている。
どうすればいいかはまだ決められない。
ただエミリアに会えることを楽しみに待っている自分の想いを見ないふりはもう出来ないだろう。
*******************
この第三王子は作者の他作品『私の孤独に気づいてくれてたのは家族でも婚約者でもなく特待生で平民の彼でした』のアトナ殿下と同一人物です。
見掛けは極上なのに中身というか思考回路が独特で話していて楽しくて仕方がなかった。時間はあっという間に過ぎ気づけば夜会は終了の時間になっていた。
あんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。
思い出さないくらい久しぶりのことだった。
俺は常に温和な第三王子を演じ微笑み続けていたが、そんなものとは違う。
はっはは、明日は腹が筋肉痛かもな。
どんだけ笑わせるんだ、エミリア・ダートンは。
生まれる場所間違えてんだろうがっ。
また会いたい…と思った。
別に深い意味などない、ただあの珍妙なやり取りを楽しみたいと純粋に思ったのだ。
自分から人に関心を持ったことは初めてだった。
俺は侍従のヤンを部屋に呼び指示を出す。彼はある公爵家の落し胤で俺が自ら選んだ者だ。つまり王家の犬ではなく信頼できる臣下だった。
「ヤン、エミリア・ダートン子爵令嬢の予定について調べろ。また夜会で会えるようにしたい。
それに家族との関係や諸々についても頼む」
「アトナ殿下が嬉しそうに女性の名を告げるなんて珍しいですね。明日には雪でも降りますか…」
この遠慮がない物言いもヤンには許している。生死をともに切り抜けてきた彼は血の繋がった兄よりも距離は近い存在だ。
だから今日の夜会での出来事を隠すことなく全て伝える。
「ケビン・ゴルディ伯爵についても調べろ。この近辺で起こっている事件に関係している確率が高い。エミリアの観察によると伯爵の金髪は不自然だったと。綺麗な金髪だが微妙に髪質や艶が異なる髪を混ぜていて、禿げている可能性が高いと言っていた」
「つまり人毛を使ったカツラを使用していると指摘したのですね」
「…少し違うな。
『お可哀想に頭が寒いと風邪を引いてしまいますわね』と心配していただけだな…」
暫しの沈黙が流れる。ヤン、お前の言いたいことは分かっている、だが言うな。
そこは流してくれればいい。
詳細に話せばお前も明日には筋肉痛になる。
優秀な彼は俺の気持ちを察したようだ。笑いを堪えているようだが、笑いはしない。
「あの家は酷く困窮していて高級な人毛のカツラは入手出来る財力はない。となると金髪の女性が襲われ髪を切り取られるという不可解な連続事件に繋がる…そう思わないか?」
エミリアは珍妙な動きからは想像できない素晴らしい観察眼を持っていた。
「承知いたしました」
そう言ってヤンは俺の指示通りに動き出す。
そして俺も独自で動く。ヤンには彼女のことを調べろと命じたが、自らも動きたかった。ヤンに任せれば間違いないのは分かっているが、彼女については人任せで終わりたくない。自分も関わりたいと思ったのだ。
人になんて興味はなかった、あの夜会まで。
だが今は『エミリア・ダートン』について知りたい。
自分の手で目で耳で知っていきたいのだ。
この気持ちが何かなんて分からない。
ただこの温かい気持ちを手放したくなかった。
数日後にはケビン・ゴルディは連続髪切り事件の犯人として捕まった。
王都からの協力者として立ち会ったヤンに向かって捕まるときに暴れながら伯爵は叫んでいたらしい。
『なぜバレたんだ?!完璧なカツラだったから誰にもカツラだと気づかれていなかったのに…』
『一人の優秀な女性が気がついたんだよ、寄せ集めの髪だとな』
『クッソー!!誰なんだ、私がハゲだと見抜いた女性は!
違うぞ、私はハゲじゃない。
ただちょっと盛っているだけだ!
ハゲではないんだー、誤解なんだ!
その間違った情報を真実だと思いこんでいる女性に伝えてくれー』
『…お前、気にするところはそこでいいのか。今後のこととかじゃなくていいのか…』
憐れなゴルディ伯爵は翌日新聞の一面を飾った。
『髪切り事件の犯人は若ハゲ伯爵だった!!』と。
伯爵の淡い希望は正義の新聞記者により叩き潰された。
事件はエミリアのお陰で見事に解決した。
明日にはまた彼女と夜会で会うことができるはずだ。きっと彼女の耳にもゴルディ伯爵の逮捕の件は耳に入っているだろう。
エミリアは婚約者候補の逮捕を残念がるだろうか。
どんな反応をする…。
もしかして好意を抱いていたのか…。
つまらないことを考え悶々としているとヤンが話し掛けてくる。
「アトナ殿下も人間なんだと今知りました。なんだか成長を見られて感無量です」
「…お前は本当に遠慮がないな。
いいのか俺にそんな口をきいて?
俺の裏を知っているくせに怖くないのか…」
「裏は…正当防衛ですから問題ありません。
情緒に問題が見受けられますが、他の屑王族や腰巾着重鎮に比べれば殿下はまともな方ですから」
ヤンも王族の闇やそれを良しとしている重鎮達について知っているので言い方に容赦はない。
俺が苦笑いをしていると更に言葉を続ける。
「手を伸ばしてもいいんではないですか?
きっとあの令嬢は壊れません。
一緒に隣で笑ってくれますよ。
…殿下、あなたの笑顔なかなかいいですよ」
何を言っているのか分からないふりをするとヤンは黙って部屋を出ていってくれた。
俺の周りにいる者は危険に晒される。
だから大切なものは作らなかった。
…無関心だった。
それが崩れようとしている。
どうすればいいかはまだ決められない。
ただエミリアに会えることを楽しみに待っている自分の想いを見ないふりはもう出来ないだろう。
*******************
この第三王子は作者の他作品『私の孤独に気づいてくれてたのは家族でも婚約者でもなく特待生で平民の彼でした』のアトナ殿下と同一人物です。
あなたにおすすめの小説
ただずっと側にいてほしかった
アズやっこ
恋愛
ただ貴方にずっと側にいてほしかった…。
伯爵令息の彼と婚約し婚姻した。
騎士だった彼は隣国へ戦に行った。戦が終わっても帰ってこない彼。誰も消息は知らないと言う。
彼の部隊は敵に囲まれ部下の騎士達を逃がす為に囮になったと言われた。
隣国の騎士に捕まり捕虜になったのか、それとも…。
怪我をしたから、記憶を無くしたから戻って来れない、それでも良い。
貴方が生きていてくれれば。
❈ 作者独自の世界観です。
(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。
なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと?
婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。
※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。
※ゆるふわ設定のご都合主義です。
※元サヤはありません。
[完結]裏切りの果てに……
青空一夏
恋愛
王都に本邸を構える大商会、アルマード男爵家の一人娘リリアは、父の勧めで王立近衛騎士団から引き抜かれた青年カイルと婚約する。
彼は公爵家の分家筋の出身で、政争で没落したものの、誇り高く優秀な騎士だった。
穏やかで誠実な彼に惹かれていくリリア。
だが、学園の同級生レオンのささやいた一言が、彼女の心を揺らす。
「カイルは優しい人なんだろ? 君が望めば、何でもしてくれるはずさ。
でも、それは――仕事だからだよ。結婚も仕事のうちさ。
だって、雇い主の命令に逆らえないでしょ?
君に好意がなくても、義務でそうするんだ」
その言葉が頭から離れないリリアは、カイルの同僚たちに聞き込み、彼に病気の家族がいると知った。「治療費のために自分と結婚するの?」 そう思い込んだリリアに、父母がそろって事故死するという不幸が襲う。
レオンはリリアを惑わし、孤立させ、莫大な持参金を持って自分の元へ嫁ぐように仕向けるのだった。
だが、待っていたのは愛ではなく、孤独と裏切り。
日差しの差さない部屋に閉じ込められ、心身を衰弱させていくリリア。
「……カイル、助けて……」
そう呟いたとき。動き出したのは、かつて彼女を守ると誓った男――カイル・グランベルだった。そしてリリアも自らここを抜けだし、レオンを懲らしめてやろうと決意するようになり……
今、失われた愛と誇りを取り戻す物語が始まる。
【完結】婚約相手は私を愛してくれてはいますが病弱の幼馴染を大事にするので、私も婚約者のことを改めて考えてみることにします
よどら文鳥
恋愛
私とバズドド様は政略結婚へ向けての婚約関係でありながら、恋愛結婚だとも思っています。それほどに愛し合っているのです。
このことは私たちが通う学園でも有名な話ではありますが、私に応援と同情をいただいてしまいます。この婚約を良く思ってはいないのでしょう。
ですが、バズドド様の幼馴染が遠くの地から王都へ帰ってきてからというもの、私たちの恋仲関係も変化してきました。
ある日、馬車内での出来事をきっかけに、私は本当にバズドド様のことを愛しているのか真剣に考えることになります。
その結果、私の考え方が大きく変わることになりました。
【完結】婚約者にウンザリしていたら、幼馴染が婚約者を奪ってくれた
よどら文鳥
恋愛
「ライアンとは婚約解消したい。幼馴染のミーナから声がかかっているのだ」
婚約者であるオズマとご両親は、私のお父様の稼ぎを期待するようになっていた。
幼馴染でもあるミーナの家は何をやっているのかは知らないが、相当な稼ぎがある。
どうやら金銭目当てで婚約を乗り換えたいようだったので、すぐに承認した。
だが、ミーナのご両親の仕事は、不正を働かせていて現在裁判中であることをオズマ一家も娘であるミーナも知らない。
一方、私はというと、婚約解消された当日、兼ねてから縁談の話をしたかったという侯爵であるサバス様の元へ向かった。
※設定はかなり緩いお話です。
あの約束を覚えていますか
キムラましゅろう
恋愛
少女時代に口約束で交わした結婚の約束。
本気で叶うなんて、もちろん思ってなんかいなかった。
ただ、あなたより心を揺さぶられる人が現れなかっただけ。
そしてあなたは約束通り戻ってきた。
ただ隣には、わたしでない他の女性を伴って。
作者はモトサヤハピエン至上主義者でございます。
あ、合わないな、と思われた方は回れ右をお願い申し上げます。
いつもながらの完全ご都合主義、ノーリアリティ、ノークオリティなお話です。
当作品は作者の慢性的な悪癖により大変誤字脱字の多いお話になると予想されます。
「こうかな?」とご自身で脳内変換しながらお読み頂く危険性があります。ご了承くださいませ。
小説家になろうさんでも投稿します。
(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私
青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。
中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。