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24.穢したくない人(トウヤ視点)①
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お茶会は一時間ほど前に終わったが、私――トウヤはまだダイナ公爵邸を去っていない。このまま去れるわけがなかった。
『ミネルバ様、最近は目眩はいかがですか? よろしかったら、この後時間がありますので診察いたしますが……』
『ちょうど良かったですわ、マール伯爵。実は私からもお願いしようと思っておりましたの。……もちろん、目眩について。少し待っていただくことなりますがよろしいですか?』
『ええ、構いません。ミネルバ様』
お茶会が終わった後に、私からこう申し出た。もちろん目眩なんて嘘で、私が何を求めているか承知しての彼女の返事だった。
私は侍女が淹れてくれた二杯目のお茶を飲みながら、応接室の壁に掛かっている時計に目をやる。客人を見送ってからのこちらに来ると言っていたから、そろそろ来る頃だろう。
まさか勝手にレティシアに接触するとは思っていなかった。ミネルバは抜け目ないから、レティシアが私にとってどんな存在か辿り着いたのだろう。
私とミネルバは互いに利用し合っているだけで信頼関係などない。いざという時は迷うことなく切り捨てる。つまり、事と次第によっては退場願うこともあるということだ。
……もちろん表舞台――ではなくこの世から。
公爵夫人という立場に政敵は付き物で、そういう輩を煽る方法なんていくらでもある。
私とミネルバは三年前、患者と医者として出会った。
『死人のような顔色、手足の指の痺れ、背中に散らばる薄い小さな斑点。高い確率で最近毒を接種しておりますね。驚かれないということは、心当たりがおありですか?』
『……ええ、あるわ』
私はそれ以上質問はしなかった。優しさからではなく関心がなかったからだ。
その当時、ダイナ公爵には正妻がいて、彼女は寵愛されていたが愛人でしかなかった。どうせ、正妻かまたはその関係者からの贈り物だろうと予想はついていた。
貴族社会は高位であればあるほどドロドロと汚い面がある。権力、財、身分が人の内面を醜くする特効薬となるようだ。
『解毒薬を入手するのに二日かかりますが間に合います。ただ贈り物などは口にしないほうが良いでしょう』
『毒も一緒に入手できるかしら?』
淡々と告げる私に、彼女も淡々と返す。
『……報復に手を貸せとおしゃっているのですか? ミネルバ様』
『いいえ、まさか。ただ贈り物を頂いたお礼をしたいだけですわ。エイダン先生』
後日、私は彼女に解毒薬だけを処方した。そして、彼女は贈り物のお返しをきっちりとして、その数ヶ月後正妻が亡くなり、ダイナ公爵夫人となった。
私は毒を直接渡したりしていない、ただうっかり毒の入手方法を記した紙をどこかに置き忘れたかもしれないが……。ただ、なぜか彼女が毒を入手した証拠は私の手元にある。
――私は手を汚すことなく便利な駒を増やしたのだ。
それから互いに利用し合っている。と言っても、立場は私のほうが上なので、ミネルバは隙あらばと思っているだろうが。……だから今日、私の想い人に話し掛けたのだ。
トントンと扉を叩く音がすると、控えていた侍女が素早く扉を開けた。
私は立つことなく、手にしていたカップをテーブルに置く。
「マール伯爵、そんな顔をして何を考えているのかしら? いいえ、答えなくとも分かるわ。どうせ、邪魔者をどう始末しようかと考えていたのでしょ?」
「邪魔者になった覚えがあるのですか? ミネルバ様」
「ないわ。ただ友人が出来たけど」
「それはどんな友人でしょうか? ミネルバ様。友人という名の駒でしょうか?」
「私にとって大切な友人よ」
ミネルバは侍女の目を気にすることなく本題に入る。
なぜなら、この侍女はミネルバがダイナ公爵の愛人だった時から仕えているから、主人の裏の顔も知っているのだ。
彼女は家族を養うために口を噤んでいる。悪人は簡単に裏切るが、大切なものを抱えている者は信用できる。
まあ、裏切ったとしても、それで痛手を受けるのはミネルバだけだが。
ミネルバが私の前の椅子に優雅に座ると、優秀な侍女はお茶を置いてからまた壁際に下がる。
「それを信じろと? レティシア様に勝手に接触したのはただ友人が欲しかったからと……」
私はくっくくと声を漏らす。
そんな女じゃないのはよく知っている――ただ綺麗なだけの頭の悪い女じゃない。もともとどんな性格だったかは知らないが、その境遇に合わせて変化したのは間違いない。
……立派な女狐ですよ、あなたは。
だが、狐だろうが獅子だろうが邪魔者は狩るまでだ。
そうやって、私もここまで登りつめた。犯罪に手を染めたことはないが、それも解釈次第で変わるだろう。
ミネルバは臆することなく微笑む。喧嘩を売っているのではなく、敵ではないと主張するかのように。
「弱みを握ろうとしたのは認めるわ。そして、彼女はこれ以上ないくらいあなたの弱点だと確認も出来た。でも、利用することはないわ。だって今は私の弱点でもあるのだから。ね? マール伯爵」
私はチッと聞こえるように舌打ちする。どうやらミネルバも堕ちたようだ。
それならば排除する必要はないが、これはこれで嫌なものでもある。
想い人の信奉者を増やしたいわけではない。
「彼女に惹き寄せられるのは、私達がとうの昔に捨てたもの――汚れない心を持っているからかしらね」
ミネルバは自嘲気味に笑う。
誰しも生まれた時は無垢の存在はずだ。けれども、人は成長とともにそれを徐々に失っていく。
だが、それにも加減があり、私とミネルバはともにそれを完全に失った側の人間だ。
――後悔はしていないし、恥じてもいない。
私は生き延びるために手段を選ばなかった、それだけだ。
「それで、マール伯爵はこれからどうするのかしら? ホグワル候爵家自体を潰す? それとも、レティシア様を手放すように仕向けるの? 手伝いなんて必要ないでしょうけど、手を貸す用意はあるわ」
「なにもしませんよ」
私が本心を告げると、ミネルバは苛立った様子で眉をひそめる。
「なぜ? ホグワル候爵家にあの子は勿体ないわ。いいえ、彼女の輝きが曇ってしまうかもしれないのに……」
これだから嫌なのだと、今度は心のなかで舌打ちをする。
ミネルバはレティシアの価値に気づいている。なのに、それを自ら壊そうとしていることには気づいていない。
……愚かなことだな。
****************
大変長らくお待たせしましたm(__)m
本日より投稿を再開いたしますので、またお付き合いいただけたら幸いですヽ(=´▽`=)ノ
『ミネルバ様、最近は目眩はいかがですか? よろしかったら、この後時間がありますので診察いたしますが……』
『ちょうど良かったですわ、マール伯爵。実は私からもお願いしようと思っておりましたの。……もちろん、目眩について。少し待っていただくことなりますがよろしいですか?』
『ええ、構いません。ミネルバ様』
お茶会が終わった後に、私からこう申し出た。もちろん目眩なんて嘘で、私が何を求めているか承知しての彼女の返事だった。
私は侍女が淹れてくれた二杯目のお茶を飲みながら、応接室の壁に掛かっている時計に目をやる。客人を見送ってからのこちらに来ると言っていたから、そろそろ来る頃だろう。
まさか勝手にレティシアに接触するとは思っていなかった。ミネルバは抜け目ないから、レティシアが私にとってどんな存在か辿り着いたのだろう。
私とミネルバは互いに利用し合っているだけで信頼関係などない。いざという時は迷うことなく切り捨てる。つまり、事と次第によっては退場願うこともあるということだ。
……もちろん表舞台――ではなくこの世から。
公爵夫人という立場に政敵は付き物で、そういう輩を煽る方法なんていくらでもある。
私とミネルバは三年前、患者と医者として出会った。
『死人のような顔色、手足の指の痺れ、背中に散らばる薄い小さな斑点。高い確率で最近毒を接種しておりますね。驚かれないということは、心当たりがおありですか?』
『……ええ、あるわ』
私はそれ以上質問はしなかった。優しさからではなく関心がなかったからだ。
その当時、ダイナ公爵には正妻がいて、彼女は寵愛されていたが愛人でしかなかった。どうせ、正妻かまたはその関係者からの贈り物だろうと予想はついていた。
貴族社会は高位であればあるほどドロドロと汚い面がある。権力、財、身分が人の内面を醜くする特効薬となるようだ。
『解毒薬を入手するのに二日かかりますが間に合います。ただ贈り物などは口にしないほうが良いでしょう』
『毒も一緒に入手できるかしら?』
淡々と告げる私に、彼女も淡々と返す。
『……報復に手を貸せとおしゃっているのですか? ミネルバ様』
『いいえ、まさか。ただ贈り物を頂いたお礼をしたいだけですわ。エイダン先生』
後日、私は彼女に解毒薬だけを処方した。そして、彼女は贈り物のお返しをきっちりとして、その数ヶ月後正妻が亡くなり、ダイナ公爵夫人となった。
私は毒を直接渡したりしていない、ただうっかり毒の入手方法を記した紙をどこかに置き忘れたかもしれないが……。ただ、なぜか彼女が毒を入手した証拠は私の手元にある。
――私は手を汚すことなく便利な駒を増やしたのだ。
それから互いに利用し合っている。と言っても、立場は私のほうが上なので、ミネルバは隙あらばと思っているだろうが。……だから今日、私の想い人に話し掛けたのだ。
トントンと扉を叩く音がすると、控えていた侍女が素早く扉を開けた。
私は立つことなく、手にしていたカップをテーブルに置く。
「マール伯爵、そんな顔をして何を考えているのかしら? いいえ、答えなくとも分かるわ。どうせ、邪魔者をどう始末しようかと考えていたのでしょ?」
「邪魔者になった覚えがあるのですか? ミネルバ様」
「ないわ。ただ友人が出来たけど」
「それはどんな友人でしょうか? ミネルバ様。友人という名の駒でしょうか?」
「私にとって大切な友人よ」
ミネルバは侍女の目を気にすることなく本題に入る。
なぜなら、この侍女はミネルバがダイナ公爵の愛人だった時から仕えているから、主人の裏の顔も知っているのだ。
彼女は家族を養うために口を噤んでいる。悪人は簡単に裏切るが、大切なものを抱えている者は信用できる。
まあ、裏切ったとしても、それで痛手を受けるのはミネルバだけだが。
ミネルバが私の前の椅子に優雅に座ると、優秀な侍女はお茶を置いてからまた壁際に下がる。
「それを信じろと? レティシア様に勝手に接触したのはただ友人が欲しかったからと……」
私はくっくくと声を漏らす。
そんな女じゃないのはよく知っている――ただ綺麗なだけの頭の悪い女じゃない。もともとどんな性格だったかは知らないが、その境遇に合わせて変化したのは間違いない。
……立派な女狐ですよ、あなたは。
だが、狐だろうが獅子だろうが邪魔者は狩るまでだ。
そうやって、私もここまで登りつめた。犯罪に手を染めたことはないが、それも解釈次第で変わるだろう。
ミネルバは臆することなく微笑む。喧嘩を売っているのではなく、敵ではないと主張するかのように。
「弱みを握ろうとしたのは認めるわ。そして、彼女はこれ以上ないくらいあなたの弱点だと確認も出来た。でも、利用することはないわ。だって今は私の弱点でもあるのだから。ね? マール伯爵」
私はチッと聞こえるように舌打ちする。どうやらミネルバも堕ちたようだ。
それならば排除する必要はないが、これはこれで嫌なものでもある。
想い人の信奉者を増やしたいわけではない。
「彼女に惹き寄せられるのは、私達がとうの昔に捨てたもの――汚れない心を持っているからかしらね」
ミネルバは自嘲気味に笑う。
誰しも生まれた時は無垢の存在はずだ。けれども、人は成長とともにそれを徐々に失っていく。
だが、それにも加減があり、私とミネルバはともにそれを完全に失った側の人間だ。
――後悔はしていないし、恥じてもいない。
私は生き延びるために手段を選ばなかった、それだけだ。
「それで、マール伯爵はこれからどうするのかしら? ホグワル候爵家自体を潰す? それとも、レティシア様を手放すように仕向けるの? 手伝いなんて必要ないでしょうけど、手を貸す用意はあるわ」
「なにもしませんよ」
私が本心を告げると、ミネルバは苛立った様子で眉をひそめる。
「なぜ? ホグワル候爵家にあの子は勿体ないわ。いいえ、彼女の輝きが曇ってしまうかもしれないのに……」
これだから嫌なのだと、今度は心のなかで舌打ちをする。
ミネルバはレティシアの価値に気づいている。なのに、それを自ら壊そうとしていることには気づいていない。
……愚かなことだな。
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大変長らくお待たせしましたm(__)m
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