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45.断罪①
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翌日、侍女のエリが私の身支度を手伝いにやってきた。いつも通りに接してくれているけれど、今日のエリは何かを言いたそうにしている。
だから私のほうから他愛もない話をすると彼女は話の切れ間に口を開いた。
「…あの…、側妃様はそんなつもりではなかったと仰っていました」
「そう伝えてほしいと頼まれたの?」
「いいえ、違います!ただ私は側妃様が誤解されたままではお可哀想だと思って…」
「大丈夫よ。ちゃんと分かっているから」
私がそう言うとエリは『良かったです』と嬉しそうに笑みを浮かべた。
確かにシャンナアンナが伝えた事実を歪めたのは他の者達だ。だから彼女が『そんなつもりではなかった』のは真実だろう。
でもそこだけで、今までのことは明らかに故意だった。
こんな状況なのにどこまでも側妃を気遣うエリ。この子の目に映っている真実が壊れた時どうなるのだろうか。
――きっとこれからこの国は揺らぐ。
でもそれは国王や側妃や重鎮達だけのせいではなく、妄信的になっている者達の責任でもある。
今日はそれぞれが自分の行いの結果を受け止める日になる。
私は近衛騎士達に連れられ王宮内で一番広い広間へ入ると、そこにはすでにアンレイを始め主だった貴族達全員が揃っていた。みな揃えたように黒色一色を纏っていて、まるで喪に服しているかのような装いだった。
…ずいぶんと用意周到ね。
私に向けられる眼差しの殆どは侮蔑だった。
でもアンレイや重鎮達には後ろめたさと迷いが微かに見える。
自分達が下した結論に胸を張っている。でも心のどこかで迷っていて、自分だけで決めたことではないと自分の行いを正当化しているからだろう。
――でも本人達は気づいていない。
「今日は我が国にとって厳しい日になる、覚悟してくれ。我々は隣国に対して誠実に対応すると約束したから真実を白日の下に晒す。だが王妃は三年間も国の為に尽くしてくれた。だから私はランダ殿下に恩情を求めようと思っている。皆の者、それだけは許して欲しい」
国王の言葉に貴族達は拍手を持って同意を示す。
重鎮達はこの言葉に自分の気持ちを軽くし、真相を知らない者達は国王の寛大さを称賛している。
――アンレイは私と目を合わせない。
ギッギギーーー。
扉が開く音で拍手がぴたりと止まり、皆の視線が一点に注がれる。
ランダ第一王子を先頭に隣国の視察団一行が颯爽と入ってくる。
こちら側の緊張を気遣うかのように、隣国側はみな柔らかい表情を浮かべている。それはレザも同じだった。
「アンレイ国王、流石だな。五日以内に調査報告を上げてくるとは大したものだ。誠実な対応に心から感謝する」
「当然のことです、ランダ殿下」
ランダ第一王子の顔には初日と変わらない笑みが浮かんでいる。
アンレイ達は第一王子の変わらない態度に心から安堵している。あとは首謀者を差し出し恩情を願うという茶番をすれば終わると疑ってはいない。
「時間も惜しいから、早速聞かせてもらおうか」
「では私から今回の襲撃事件の全容についてご説明させて頂きます」
先を促すランダ殿下に応えるように進み出てきたのは宰相だった。
控えていた文官達が素早く隣国側に調査書を配っていく。
ランダ第一王子達は渡された調査書をめくって中を確かめている。
その表情に変化はなく、穏やかな表情を崩さない。
宰相はそのまま説明を始めた。説明は丁寧かつ簡潔で、こちらの非を全面的に認め謝罪する内容で完璧だった。
首謀者がこの国の王妃であるから、貴族達はみな頭を垂れ謝罪の意を表している。
説明が終わると沈痛な面持ちのアンレイが口を開く。
「…この度は誠に申し訳ございませんでした。このような重大な過ちを犯したのが王妃であるという事実を重く受け止めております。ただ王妃の心に寄り添えなかった私の過ちでもあります。どうか寛大な処分をお願い致します」
「アンレイ国王、どうやら誤解しているようだな。私は五日前、調査し正しく対処することを求めたはずだが…。こちらに丸投げするのか?」
アンレイはランダ第一王子の言葉の意味を信頼されていると受け取った。処罰を任せてもらえるのだと。
「事の重大さを考え、こちらの独断で処罰するのは適当ではないと思っての発言でした。我々に処罰を任せていただけるのなら有り難き幸せ」
これで王妃を救えると信じて、その声音には嬉しさが滲み出ている。
――…自分に酔っている。
ランダ第一王子から笑みが消え、鋭い眼差しをアンレイ達に向ける。
「何を勘違いしている?私はそちらは何もせずに全てを丸投げするのかと聞いているんだ。この薄っぺらい調査書のどこに真実があるというんだ?茶番には付き合う暇はない!」
一瞬で広間の雰囲気が変わる。この国の者達は言われた意味が分からず困惑し怯えている。
「こちらは我々が調査した今回の襲撃事件の結果です」
冷笑を浮かべながらそう告げたのはレザだった。彼は丁寧な動作で紙の束を差し出す。
近くにいた宰相が恐る恐るそれを受け取ってパラパラと中身を確認すると、『……こ、国王陛下』とアンレイに向かって震える手でそれを差し出した。
だから私のほうから他愛もない話をすると彼女は話の切れ間に口を開いた。
「…あの…、側妃様はそんなつもりではなかったと仰っていました」
「そう伝えてほしいと頼まれたの?」
「いいえ、違います!ただ私は側妃様が誤解されたままではお可哀想だと思って…」
「大丈夫よ。ちゃんと分かっているから」
私がそう言うとエリは『良かったです』と嬉しそうに笑みを浮かべた。
確かにシャンナアンナが伝えた事実を歪めたのは他の者達だ。だから彼女が『そんなつもりではなかった』のは真実だろう。
でもそこだけで、今までのことは明らかに故意だった。
こんな状況なのにどこまでも側妃を気遣うエリ。この子の目に映っている真実が壊れた時どうなるのだろうか。
――きっとこれからこの国は揺らぐ。
でもそれは国王や側妃や重鎮達だけのせいではなく、妄信的になっている者達の責任でもある。
今日はそれぞれが自分の行いの結果を受け止める日になる。
私は近衛騎士達に連れられ王宮内で一番広い広間へ入ると、そこにはすでにアンレイを始め主だった貴族達全員が揃っていた。みな揃えたように黒色一色を纏っていて、まるで喪に服しているかのような装いだった。
…ずいぶんと用意周到ね。
私に向けられる眼差しの殆どは侮蔑だった。
でもアンレイや重鎮達には後ろめたさと迷いが微かに見える。
自分達が下した結論に胸を張っている。でも心のどこかで迷っていて、自分だけで決めたことではないと自分の行いを正当化しているからだろう。
――でも本人達は気づいていない。
「今日は我が国にとって厳しい日になる、覚悟してくれ。我々は隣国に対して誠実に対応すると約束したから真実を白日の下に晒す。だが王妃は三年間も国の為に尽くしてくれた。だから私はランダ殿下に恩情を求めようと思っている。皆の者、それだけは許して欲しい」
国王の言葉に貴族達は拍手を持って同意を示す。
重鎮達はこの言葉に自分の気持ちを軽くし、真相を知らない者達は国王の寛大さを称賛している。
――アンレイは私と目を合わせない。
ギッギギーーー。
扉が開く音で拍手がぴたりと止まり、皆の視線が一点に注がれる。
ランダ第一王子を先頭に隣国の視察団一行が颯爽と入ってくる。
こちら側の緊張を気遣うかのように、隣国側はみな柔らかい表情を浮かべている。それはレザも同じだった。
「アンレイ国王、流石だな。五日以内に調査報告を上げてくるとは大したものだ。誠実な対応に心から感謝する」
「当然のことです、ランダ殿下」
ランダ第一王子の顔には初日と変わらない笑みが浮かんでいる。
アンレイ達は第一王子の変わらない態度に心から安堵している。あとは首謀者を差し出し恩情を願うという茶番をすれば終わると疑ってはいない。
「時間も惜しいから、早速聞かせてもらおうか」
「では私から今回の襲撃事件の全容についてご説明させて頂きます」
先を促すランダ殿下に応えるように進み出てきたのは宰相だった。
控えていた文官達が素早く隣国側に調査書を配っていく。
ランダ第一王子達は渡された調査書をめくって中を確かめている。
その表情に変化はなく、穏やかな表情を崩さない。
宰相はそのまま説明を始めた。説明は丁寧かつ簡潔で、こちらの非を全面的に認め謝罪する内容で完璧だった。
首謀者がこの国の王妃であるから、貴族達はみな頭を垂れ謝罪の意を表している。
説明が終わると沈痛な面持ちのアンレイが口を開く。
「…この度は誠に申し訳ございませんでした。このような重大な過ちを犯したのが王妃であるという事実を重く受け止めております。ただ王妃の心に寄り添えなかった私の過ちでもあります。どうか寛大な処分をお願い致します」
「アンレイ国王、どうやら誤解しているようだな。私は五日前、調査し正しく対処することを求めたはずだが…。こちらに丸投げするのか?」
アンレイはランダ第一王子の言葉の意味を信頼されていると受け取った。処罰を任せてもらえるのだと。
「事の重大さを考え、こちらの独断で処罰するのは適当ではないと思っての発言でした。我々に処罰を任せていただけるのなら有り難き幸せ」
これで王妃を救えると信じて、その声音には嬉しさが滲み出ている。
――…自分に酔っている。
ランダ第一王子から笑みが消え、鋭い眼差しをアンレイ達に向ける。
「何を勘違いしている?私はそちらは何もせずに全てを丸投げするのかと聞いているんだ。この薄っぺらい調査書のどこに真実があるというんだ?茶番には付き合う暇はない!」
一瞬で広間の雰囲気が変わる。この国の者達は言われた意味が分からず困惑し怯えている。
「こちらは我々が調査した今回の襲撃事件の結果です」
冷笑を浮かべながらそう告げたのはレザだった。彼は丁寧な動作で紙の束を差し出す。
近くにいた宰相が恐る恐るそれを受け取ってパラパラと中身を確認すると、『……こ、国王陛下』とアンレイに向かって震える手でそれを差し出した。
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