二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです【書籍化進行中・取り下げ予定】

矢野りと

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50.狡猾な国王

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 退院した私とルークライは数日後には職場に復帰した。ただ、当面は事務作業のみということで現場には出ていない。
 魔力の問題ではなく、タイアンの判断だった。

『あの体験は心に大きな負担となっているはずです。無理せずにゆっくりと慣らしていきましょう』

 有り難い申し出だったけれど、心苦しく思った。
 確かにお医者様からも、怪我が治っても心がそれに追いついていない場合もあるので注意が必要だと言われていた。
 けれでも、私達が現場に出なければ、みなの負担が増す状態が続いてしまう。私達が頷けずにいると、すかさず老魔法士が口を挟んで来た。

『ふたりの穴なんて儂が埋めてやるわい。それとも、儂じゃ不満か? ルークライよ』

『イケメン枠にモロックでは力不足ね~』

『キューリよ。お前こそ、リディアの可愛い枠には嵌らんぞー』

 老魔法士とキューリの軽口に、他の魔法士達からどっと笑い声が上がった。そして、次々と自称イケメン、自称可愛いが照れくさそうに名乗り出たのであった。


 本当に何もかも順調だった。


 ……なのに、叙爵式典を一週間後に控えたある日。
 突然、突拍子もない噂がどこからともなく上がったのだ。

 その内容は『ザラ王女の祈りが瀕死の魔法士を救った』『ザラ王女と濡れ鴉は実は恋人同士だった』『魔法士はザラ王女のためにその身を盾とした』など、信じられないものばかりだった。

 それらの噂はなぜか瞬く間に国中に広がり、新たな噂――恋物語――を作り出した。
 その内容とは、ザラ王女と濡れ鴉の仲に嫉妬したコリンヌという狡猾な令嬢があの事件を企てた。濡れ鴉はザラ王女をまだ心から愛している……という悲恋だった。

 公式な発表では首謀者はコリンヌ、王女は操られたとなっていた。
 だが、新たな噂によって、王女の印象は悪役令嬢に嵌められた可哀想な王女にすり替わっていく。つまり、被害者と思われるようになったのだ。


 もちろん、ルークライや私や魔法士達は否定しようとした。だが、それを止めたのはタイアンだった。

『私が動きますので静観でお願いします。不敬罪という切り札を与えたくないので』

『王家が動いているということですか?』

 そう聞いたのはルークライだった。

『王家がというよりも国王が、だと思いますが……』

 国王が絡んでいるのなら、下手に動いたら潰される。それにルークライとタイアンの関係を国王が、どこまで把握しているのか知らないまま動けない。
 だから、タイアンの言葉に従い静観という道を選んだ。

 
 一方、国王側は噂を正式に否定することはなかった。否定しない=黙認ではない。しかし、過去を遡ればそういう事案は多数あった。

――民は噂を”新たな真実”として受け止めてしまったのだ。


 それにより、王宮には多くの嘆願書が送られて来た。その殆どは濡れ鴉への褒賞に、ザラ王女との婚姻を加えるべきだというものだった。……完全に民は噂に踊らされていた。

 だが、国王は沈黙を貫いた。

 そして叙爵式典の二日前。国王は険しい面持ちで王宮のバルコニーに姿を見せた。その隣に置かれたテーブルの上には山と積み上がった嘆願書があった。

 国王を見上げる多くの民達は口々に『濡れ烏に褒賞を!』と声を限りに訴える。その顔に浮かんでいるのは期待だった。私とルークライは王宮のとある窓からその様子を固唾を呑んで見下ろしていた。

 国王が恭しく右手を上げると、地鳴らしのような声がぴたっと止んだ。

「嘆願書にはすべて目を通した。だが、私は執政者としてザラ王女の愚かな振る舞いを許すことは出来ない。どんなに相手が狡猾であろうとも、王女ならば見抜くべきだったのだ」

「ですが、あの件で死者はいないと聞きました! 結果に対して処罰が重すぎるのではないでしょうか!」

 民の中の誰かが声を張り上げる。無礼な振る舞いをした者を見つけ出そうと騎士が動くが、国王の視線がそれを止めた。
 その行為を見て、国王は寛大だと誰かが叫んだ。

「幸いにも死人はいなかった。だが、重傷者が出た。その事実は重い」

「ですが、一番の重傷者――濡れ烏という二つ名を持つ魔法士様こそが、ザラ王女様を望んでいるのです! その事実のほうが重いのではないでしょうか!」

 先ほどとは異なる声が違う場所から上がると、「そうだ!」と同調する声が我先にと続く。その声は次第にザラ王女への嘆願へと変化していった。

 国王は苦渋の表情でその声に耳を傾けている。真実を知らない者達には……そう見えているはずだ。

 違う、あれは……。

 待っているのだ、もっと声を上げろと、私に決断を迫れと。


 自分達の声が国王に届いていると実感したことで、民の興奮は最高潮に達した。それはそうだ。国王が直接平民の声を拾い上げるなどないからだ。

「濡れ鴉に褒賞を!」

「ザラ王女に赦しを!」

「どうか、我々の願いを! ふたりの婚姻をお認めください、国王様」

 その声は王宮を揺らすほどだった。ここで国王が否と答えたら、何が起こってもおかしくない。……そんな状況を作り出したの民ではなく、間違いなく国王だ。

 
 国王はゆっくりと首を動かし民ひとりひとりの顔を見るような仕草をする。その様子に民は口を閉じ、国王の言葉を待つ。

「ザラ王女は愚かな自分を許せずにいた。厳しい修道院を選んだのも、王女自ら望んだことだ」

 嘘か本当かは知らない。でも、あの王女は反省などしないと思った。

 民達から反論の声は上がらない。
 もともと王女の評判は悪くなかった。そのうえ噂が後押し、反省する王女の姿を民は容易に想像出来たのだろう。

 国王は意を決したように声を張り上げた。

「王女は自ら厳しい道を歩むことを望んだが、言い換えれば、私は王女の願いを叶えたとも言える。だから、私はそれを取り上げようと思う。二日後に伯爵となる者――に王女を降嫁させる。これは赦しではない。愚かな振る舞いに対する罰である」

 事実上の王女の免罪が宣言された。わぁっと民達から歓声と拍手が巻き起こる。

 ……なんて狡猾な国王だろうか。

 執政者としての英断なんて最初から存在しなかったのだ。首謀者をシャロンに仕立て上げたのも、噂も、嘆願書を無視する形で民を煽ったのもすべて計算のうえ。たぶん、不敬罪を恐れもせずこの場で一番に声を上げたのも仕込んだ者なのだろう。

 溺愛する娘を救い、かつ王家の威信も守る方法がこれだったのだ。

 
 国王はある意味執政者として優秀だ。民の声を掬い上げるという形で上手く収めたんだから。


 ルークライは黙ったまま、私の手を強く握りしめる。私も何も言わずに握り返した。

 ……諦めてなんかいない。

 タイアンが裏で必死に動いてくれているのを知っている。彼は王弟という地位だけではなく人望もある。味方になってくれる貴族だっているはずだ。

 ……もう、その可能性に賭けるしかない。



 書類の不備を理由に私とルークライが呼び出されたのは、この数刻後のことだった。
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