二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです【書籍化進行中・取り下げ予定】

矢野りと

文字の大きさ
53 / 62

52.比翼の鴉〜タイアン視点〜

しおりを挟む
 冷静さを取り戻した私――タイアンは、壁に掛かっている時計を確認する。三人だけで話せる時間はあと十分ほどしか残ってなかった。

 私は魔法士長としてふたりを説得する役目を引き受けていた。だからこそ、それを理由に人払い出来たのだ。
 ルークライとリディアの顔を、私は交互に見る。

「兄が付けた監視役がもうすぐ戻って来ます。さっそくですが、話を聞かせてもらえますか?」

「俺とリディアはこの国を出ます」

「……っ! ですが、」

 単刀直入に答えたのはルークライだった。
 予想していた言葉のひとつではあったが、感情に流されて否定しそうになってしまう。ぐっと拳を握りしめ、引き止めるための言葉を一旦飲み込む。

「私や他の魔法士達を頼るという選択肢はないのですか?」

「はい、頼らないと決めました」

「……やはり信用出来ませんか」

 私は自嘲気味に呟く。
 ふたりが信用できないのは私だ。盾となり国王から守り切ることが出来なかったのだから当然だろう。

 だが、ルークライの決断に頷くことは出来なかった。
 魔法士が他国へ赴く場合は、事前の申請が必要とされている。貴重な魔法士が他国へ流出するのを防ごうとしているのだ。
 当然、出奔などしたら処罰の対象となる。国王のことだからそれを狙っている可能性もある。弱みを握って穏便にことを運ぶ……外交でもよく使っている手段だ。

 国王はその手法を最も得意としている。だからこそ、他国と表立って衝突する――戦争を何度か回避出来たのだ。
 だから、私は躊躇してしまった。推測だと一笑に付された場面で刺し違えることも可能だったのに……。

 私は唯一の王弟ではない。上に四人の兄がいて、スペアとして帝王学を習得している者もいる。だが、急な退位の混乱を敵国が見逃すはずがない。民のためにも、国王の交代は時間を掛けて行う必要がある。

 ……いいや、それは言い訳だ。

 私は大切なものをひとつだけ選ぶ勇気がなかったのだ。
 父親になりきれなかったと項垂れる私に、リディアが微笑み掛けてくる。

「信用しているからこそ頼らないと決めました。私達がこの国にとどまれば、みんなは私達を守ろうと動いてくれます。あの国王なら、みなの家族を人質にしかねません。そう思いませんか? タイアン魔法士長」

「……するでしょうね」

 普段の兄は良き執政者。だが、ザラ王女が絡むと違う顔を見せるのは実証済みだ。

「王宮の鴉は家族も同然です。でも、彼らにもそれぞれ家庭があって、守るべきは仲間だけではありません。私達のせいで、誰かが傷つくのは嫌なんです」

「だから、やっと見つけた居場所を手放すのですね」

 リディアはその境遇から自分の居場所を必死に求めていた。苦しんで、足掻いて、一生懸命に頑張って、やっと鴉という家族を見つけたのだ。
 こんな決断をさせてしまったことが心苦しくて堪らない。


 リディアは一瞬キョトンとしたあと、ふふっと笑いながら自分の胸に手を当てた。

「私はもの凄く欲張りなんです。大切なものは何一つ手放したりなんてしません。遠く離れたとしても、ずっと心の中にみんないます。これが私――いいえ、私達の居場所です。ね? ルーク」

 問われたルークが軽く頷くと、ふたりは交互に鴉ひとりひとりの名を心を込めて紡いでいく。
 そして、残すは最後のひとりとなった。

「タイアン魔法士長、家族になってくれて有り難うございます」

「父さん、愛してくれて有り難うございます」

「……っ、……こちらこそ有り難うございます」

 私は声を殺して泣いた。

 まだまだ守るべき子鴉だと思っていた。なのに、いつの間にか私は追い越されていたのだ。
 私は大切なものをひとつだけ選べないと嘆いていたが、ふたりは大切なものすべてを守る道を迷わず選んだ。

 寄り添うように立っているふたりの姿は、まるで比翼の鳥だ。

 雌雄それぞれが目が一つ、翼が一つのため、常に二羽一体となって飛ばなければならない比翼の鳥は、仲睦まじい夫婦のたとえとなっている。

 だが、彼らはただの鳥ではなく鴉。

 比翼の鴉は四つの目と四枚の翼で、新天地へと力強く羽ばたいていくのだろう。


 子供はいつか親元から巣立っていくものだ。それを止める権利は親にはない。

 ルークライに肩を抱かれたリディアは、ぽろぽろと泣いている。本当にこの子は泣き虫だ。これからはルークライの隣でたくさん嬉し涙を流すのだろう。……叶うことなら近くで見守りたかった。


 旅立つのは叙爵式典の前だろうと尋ねる。

「今日ですか、それとも明日ですか?」

「明日の宴のあとに出ていきます。叙爵の祝いを仲間内で行うことは随分前から決まっていたので、予定を変更したら怪しまれますから」

 ということは、闇夜に紛れて出国するのだろう。


「みなには何も告げずに旅立ちます。そのほうがお互いのためです」

 ルークライはきっぱりと言いきった。互いのためではない。知っていて黙っているのは加担したと見なされるからだ。

 別れの挨拶も出来ないのは辛いだろう。でも、明日はきっとみなの前でふたりとも笑ってみせるのだ。

「本当に立派になりましたね、ルークライ。セリーヌ君の母親によく似てます」

「たぶん、あなたにも似ています」

 声を上げる代わりに、涙目のリディアはぶんぶんと首を縦に振っている。 

「嬉しいことを言ってくれますね。自慢の息子とその嫁は」

 気が早いと誰も笑わなかった。
 ふたりが結婚したあと会う機会はもう来ない。許可なく他国に渡った魔法士は罪人となる。捕まる危険を犯して戻って来る価値はこの国にはない。

 ……心の中に家族は刻まれているのだから。



 ルークライとリディアが部屋を出ていった後すぐに、監視役は戻ってきた。

「アクセル様、問題なくお済みでしょうか?」

「もちろんですよ」

 監視役はそれ以上聞いては来なかった。
 ルークライとリディアは扉を出ると別々の方角へと歩いていった。その姿を確認済みなのだろう。ふたりの表情から決別したと思っているはずだ。
 
 『周囲が誤解するように、リディアとルークライは距離を取ってください。そうですね、リディアは憤怒と悲しみの表情を。ルークライは王命に従い王女を選んだ男を演じてください』 

 私はふたりにそう告げていた。


 策略が得意なのは国王であって周囲の者達ではない。人は自分と同じタイプを近くに置きたがらないものだ。それは兄も同じだった。真面目な監視役は、素直に見たままを報告するだろう。

 彼は執務室を足早に出ていった。それでいい。あと二日、波風を立てないことが重要だ。

 兄を出し抜ける才覚は残念ながら私にはない。
 だが、私だから持っているものもある。王位継承権を放棄したからこそ、上下関係がない本物の友人がいる。

「さあ、忙しくなりますね」

 ……些細な頼み事なら快く引き受けてくれる友人は少なくない。


しおりを挟む
感想 349

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

【完結】実兄の嘘で悪女にされた気の毒な令嬢は、王子に捨てられました

恋せよ恋
恋愛
「お前が泣いて縋ったから、この婚約を結んでやったんだ」 婚約者である第一王子エイドリアンから放たれたのは、 身に覚えのない侮蔑の言葉だった。 10歳のあの日、彼が私に一目惚れして跪いたはずの婚約。 だが、兄ヘンリーは、隣国の魔性の王女フローレンスに毒され、 妹の私を「嘘つきの悪女」だと切り捨てた。 婚約者も、兄も、居場所も、すべてを奪われた私、ティファニー16歳。 学園中で嘲笑われ、絶望の淵に立たされた私の手を取ったのは、 フローレンス王女の影に隠れていた隣国の孤高な騎士チャールズだった。 「私は知っています。あなたが誰よりも気高く、美しいことを」 彼だけは、私の掌に刻まれた「真実の傷」を見てくれた。 捨てられた侯爵令嬢は、裏切った男たちをどん底へ叩き落とす! 痛快ラブ×復讐劇、ティファニーの逆襲が始まる! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

処理中です...