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56.やり直せたら……②〜ザラ王女視点〜
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「嵌めたという言葉を、この結果を生み出したという意味で使っているならそうです」
「詭弁ですわね。どうせ、嘘を流布したのでしょ? そうでなければ、お父様が国王の座から追われることはないわ」
私は泣いて責め立てた。今更何が変わるわけでもないと分かっていても、お父様のためにも怒るべきだと思ったから。
気鬱の病もきっと嘘。気丈な父と母が懸かる病ではない。西の辺境に追いやられたのだ。
「嘘は吐いていませんよ。私は真実という種を一粒づつ蒔き続けました。兄は私の行いを鼻で笑ってこう言いました。『そんなことをしても無意味だ。偉大な国王をやっかんでいる王弟と噂されるだけだ』とね」
アクセルはそう告げたあと、実際に噂を流したのは兄でしたがと嘯いた。
噂を流したかどうかなんて関係ない。流さなかったとしても結果は同じだったはず。偉大な国王と王位継承権を放棄した王弟では言葉の重みが違う。そう反論すると、彼はくくっと笑った。
「流石は親子ですね、兄も同じようなことを言ってました。だから、私を力でねじ伏せはしなかった。する必要を感じなかったんでしょうね。一年間も種が芽吹くことはありませんでしたから。ふたりの魔法士の出奔は、恋慕した鴉の奸計……と表向きはなってました」
それでも、彼はいつか芽吹くと信じて、種を蒔くことを止めなかったと告げてきた。
そして、ある日、声を上げる者が出てきて、それがふたりとなり、三人となり、日を追う毎に増えていった。 その声はじわりじわりと民にも広がり、数年後には父は民の信頼を失った。そして、貴重な魔法士達からの信頼もとうに失っていたのも相まって、泥舟から逃れるように貴族達も離れていったという。
貴族院はこのままでは国が傾くと案じ、一年前から国王交代のために動き出したそうだ。
「兄上は数の力――民の声――を前にして屈するしかなかった。息子達の将来を思ってでしょうが、足掻くことなく、穏便な交代を受け入れてくれたことには感謝しています。誰も傷つかずに済みましたから」
よくも白々しく感謝なんて言葉を使えるものだ。私はアクセルを睨みつける。
……こんなのって酷すぎる。
「血が繋がっている兄の名誉を汚して、叔父様は良心が痛まないのですか!」
「痛みませんよ。私は兄と違って真実のみを伝えていましたから。兄は誰にも嵌められていません。ただ、己の過ちが返ってきただけです」
淡々と告げてくるアクセルは、私が知っている優しい顔をしていなかった。
悔しい、騙されたのだ。朗報なんて最初からなかった。手紙で私を舞い上がらせて、そして突き落とした。
「お父様の退位を朗報と記すなんて、いくらなんでも酷すぎます」
「そこまで悪趣味ではありません。あなたへの朗報はちゃんとありますよ、ザラ」
「えっ……」
私は目を見開いてから、そっと安堵の息を吐いた。
そうだ、彼だけはこんな北の辺境まで通い続けてくれたではないか。親の罪を子に背負わせたりはしないはず。
彼は真実という種のみを蒔いたと言っていた。つまり、私がここで頑張っている姿も世間に訴えてくれたのだろう。 やはり迎えに来てくれたのだと私が頬を緩ませると、それを肯定するように、彼もにこりと笑みを返してくれた。
「ニードル修道院名誉修道女に推薦しました。おめでとう、ザラ。あなたは選ばれましたよ」
…………嘘……よね……?
名誉修道女という称号は、神に心から仕える修道女に贈られるものだ。名誉しかないけれど真の修道女なら泣いて喜ぶ代物。ただ、その称号の前に修道院の名が付けば、何があろうともそこから出られないことを意味する。
……兄が国王になっても恩赦はない。
「はぁっ、はぁっ、」
息が上手く吸えない。王宮を出されるとき、父は数年の我慢だと私に耳打ちした。……だから、耐えられたのに。
床に蹲って苦しんでいると、トントンッと扉を叩く音が聞こえて、数人の修道女が入ってくる。
「アクセル様、面会中に失礼します。そちらの修道女が先ほど戒律をふたつも破りました。よって、神の試練を授けます。連れて行くことをお許しください」
「鞭打ちなんて嫌っ。叔父様、助けて! 背中の皮膚が裂けてしまうのよ」
いやいやと首を振りながら彼の足元に縋ると、アクセルはしゃがんで私の耳元に顔を寄せた。
「私は何度も面会に来ました。ですが、一度もあなたの口から反省の言葉は出ませんでしたね。たかが三人怪我しただけで、この処罰は重すぎると六年間嘆いているだけ。ふたりは狼竜の爪で腕を抉られ、もうひとりは全身を抉られ、そのうえ片足を失くしたというのに」
アクセルは私を心配して面会に来ていたのではなかった。試していたのだ。謝罪の言葉を一度でも言っていたら……。
そうだ、今、……言おう。
私はすぐさま顔を上げ、彼が求めている言葉を吐き出すために口を開く。
「ごめんな――」
「それに比べたらたかが鞭打ちなんて、かすり傷ですよね? ザラ修道女」
アクセルは無理矢理私を立たせると、修道女達に引き渡した。
両脇を抱えられた私は、引き摺られるように冷たい廊下を歩いていく。
ニーデル修道院を出られると思っていたのに、またこの廊下を戻ることになるなんて。もうこの牢獄から逃れる術はない。
……いいえ、ひとつだけあるわ。
この修道院では清掃中に高いところから誤って足をすべらせ、命を落とす者が後を絶たない。吹き付ける北風が夜露を凍らせるからだと思っていたけれど、今なら彼女達の気持ちが分かる。
この現実から逃げだしたのだ。
ああ、私もそうしようか。
鞭打ちの恐怖から逃れたくてそう考える。……でも、飛び降りるのも怖い。
一瞬で死ねればいいけれど、大抵の修道女は半身が砕けたまま数日間のたうち回る。神のご意思の名のもとに、懸命に手当てを施されるからだ。
出来ることなら時間を巻き戻したい。そうしたらやり直すのに――あの鴉を空中庭園から突き落として……。
名誉修道女の祈りなら、神はいつか聞き届けてくださるだろうか。
「詭弁ですわね。どうせ、嘘を流布したのでしょ? そうでなければ、お父様が国王の座から追われることはないわ」
私は泣いて責め立てた。今更何が変わるわけでもないと分かっていても、お父様のためにも怒るべきだと思ったから。
気鬱の病もきっと嘘。気丈な父と母が懸かる病ではない。西の辺境に追いやられたのだ。
「嘘は吐いていませんよ。私は真実という種を一粒づつ蒔き続けました。兄は私の行いを鼻で笑ってこう言いました。『そんなことをしても無意味だ。偉大な国王をやっかんでいる王弟と噂されるだけだ』とね」
アクセルはそう告げたあと、実際に噂を流したのは兄でしたがと嘯いた。
噂を流したかどうかなんて関係ない。流さなかったとしても結果は同じだったはず。偉大な国王と王位継承権を放棄した王弟では言葉の重みが違う。そう反論すると、彼はくくっと笑った。
「流石は親子ですね、兄も同じようなことを言ってました。だから、私を力でねじ伏せはしなかった。する必要を感じなかったんでしょうね。一年間も種が芽吹くことはありませんでしたから。ふたりの魔法士の出奔は、恋慕した鴉の奸計……と表向きはなってました」
それでも、彼はいつか芽吹くと信じて、種を蒔くことを止めなかったと告げてきた。
そして、ある日、声を上げる者が出てきて、それがふたりとなり、三人となり、日を追う毎に増えていった。 その声はじわりじわりと民にも広がり、数年後には父は民の信頼を失った。そして、貴重な魔法士達からの信頼もとうに失っていたのも相まって、泥舟から逃れるように貴族達も離れていったという。
貴族院はこのままでは国が傾くと案じ、一年前から国王交代のために動き出したそうだ。
「兄上は数の力――民の声――を前にして屈するしかなかった。息子達の将来を思ってでしょうが、足掻くことなく、穏便な交代を受け入れてくれたことには感謝しています。誰も傷つかずに済みましたから」
よくも白々しく感謝なんて言葉を使えるものだ。私はアクセルを睨みつける。
……こんなのって酷すぎる。
「血が繋がっている兄の名誉を汚して、叔父様は良心が痛まないのですか!」
「痛みませんよ。私は兄と違って真実のみを伝えていましたから。兄は誰にも嵌められていません。ただ、己の過ちが返ってきただけです」
淡々と告げてくるアクセルは、私が知っている優しい顔をしていなかった。
悔しい、騙されたのだ。朗報なんて最初からなかった。手紙で私を舞い上がらせて、そして突き落とした。
「お父様の退位を朗報と記すなんて、いくらなんでも酷すぎます」
「そこまで悪趣味ではありません。あなたへの朗報はちゃんとありますよ、ザラ」
「えっ……」
私は目を見開いてから、そっと安堵の息を吐いた。
そうだ、彼だけはこんな北の辺境まで通い続けてくれたではないか。親の罪を子に背負わせたりはしないはず。
彼は真実という種のみを蒔いたと言っていた。つまり、私がここで頑張っている姿も世間に訴えてくれたのだろう。 やはり迎えに来てくれたのだと私が頬を緩ませると、それを肯定するように、彼もにこりと笑みを返してくれた。
「ニードル修道院名誉修道女に推薦しました。おめでとう、ザラ。あなたは選ばれましたよ」
…………嘘……よね……?
名誉修道女という称号は、神に心から仕える修道女に贈られるものだ。名誉しかないけれど真の修道女なら泣いて喜ぶ代物。ただ、その称号の前に修道院の名が付けば、何があろうともそこから出られないことを意味する。
……兄が国王になっても恩赦はない。
「はぁっ、はぁっ、」
息が上手く吸えない。王宮を出されるとき、父は数年の我慢だと私に耳打ちした。……だから、耐えられたのに。
床に蹲って苦しんでいると、トントンッと扉を叩く音が聞こえて、数人の修道女が入ってくる。
「アクセル様、面会中に失礼します。そちらの修道女が先ほど戒律をふたつも破りました。よって、神の試練を授けます。連れて行くことをお許しください」
「鞭打ちなんて嫌っ。叔父様、助けて! 背中の皮膚が裂けてしまうのよ」
いやいやと首を振りながら彼の足元に縋ると、アクセルはしゃがんで私の耳元に顔を寄せた。
「私は何度も面会に来ました。ですが、一度もあなたの口から反省の言葉は出ませんでしたね。たかが三人怪我しただけで、この処罰は重すぎると六年間嘆いているだけ。ふたりは狼竜の爪で腕を抉られ、もうひとりは全身を抉られ、そのうえ片足を失くしたというのに」
アクセルは私を心配して面会に来ていたのではなかった。試していたのだ。謝罪の言葉を一度でも言っていたら……。
そうだ、今、……言おう。
私はすぐさま顔を上げ、彼が求めている言葉を吐き出すために口を開く。
「ごめんな――」
「それに比べたらたかが鞭打ちなんて、かすり傷ですよね? ザラ修道女」
アクセルは無理矢理私を立たせると、修道女達に引き渡した。
両脇を抱えられた私は、引き摺られるように冷たい廊下を歩いていく。
ニーデル修道院を出られると思っていたのに、またこの廊下を戻ることになるなんて。もうこの牢獄から逃れる術はない。
……いいえ、ひとつだけあるわ。
この修道院では清掃中に高いところから誤って足をすべらせ、命を落とす者が後を絶たない。吹き付ける北風が夜露を凍らせるからだと思っていたけれど、今なら彼女達の気持ちが分かる。
この現実から逃げだしたのだ。
ああ、私もそうしようか。
鞭打ちの恐怖から逃れたくてそう考える。……でも、飛び降りるのも怖い。
一瞬で死ねればいいけれど、大抵の修道女は半身が砕けたまま数日間のたうち回る。神のご意思の名のもとに、懸命に手当てを施されるからだ。
出来ることなら時間を巻き戻したい。そうしたらやり直すのに――あの鴉を空中庭園から突き落として……。
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