幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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53.決断③

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「私がこれからやろうとしていることは純血の竜人に口頭で伝わっている禁術だ。私が知る限り千年以上誰もやっていないし、実際に出来るかも定かではない。
これには贄と代償が必要だ。贄は竜力の塊である竜眼で、代償は術が施された者の『番の感覚』の喪失だ。
つまり成功したらアンは10年間の記憶と共に獣人の『番の感覚』を永遠に失う、どちらも取り戻すことは不可能だ。

……心は壊れる前に戻り、番と出会った記憶も番を求める心も消えるが、穏やかな人生を取り戻すことは出来るはずだ。

幸い婚姻の儀は最後まで行えていないから、アンの寿命は変わっていない。貴方達家族と同じ寿命を生きることが出来る。どうか成功したら記憶を失ったアンを受け入てくれないか。そしてまた元のように笑って暮らせるようにしてあげて欲しい。

都合のいい事を言っているのは承知している、だが記憶を失ったアンには普通の幸せを歩んで欲しい。
楽しい時に笑って、悲しい時には泣ける…そんな当たり前の幸せに包まれて生きて欲しいんだ。

…そこには番である私の存在は邪魔でしかない、アンにとってはもう番ではなく他人だからな。
だから私はアンから離れることにする。

どうか私の願いを受け入れて貰えないだろうか…頼む」

竜王としてではなく、番を幸せに出来なかった馬鹿な男として頭を下げて頼んだ。
そんな私に向かって父親は更に問いただす。

「……あんたはどうなんだ?竜王、あんたも番の感覚を喪失するのか?どうなんだっ!」

ここで誤魔化しは通用しない、偽っても見破られるだけだ。

「いや…私は番の感覚を喪失しない。だが一度アンの愛を受け入れたから狂気に陥ることはない、安心してくれ」

「つまりあんたは片方の竜眼を失い、『番』を失い、それを受け入れて孤独に生きていくというのか…。今後一切アンとは関わらずに生きていくというのか?
それが本当に出来るのかっ、純血の獣人なのに。誰よりも番を求める本能が強いはずだろう?

番の感覚を喪失したアンはもう番を求めることなく平穏に生きていけるだろう。それはいい、別に番がいなくても幸せに生きていく事は出来るからな。
だがあんたにとっては永遠にアンは番だ。あんたは本当に番の喪失感に堪えられるのか?巡り会ってしまった番に会わずにいられるのか…。

それに成功すら不確かだというのにそれに掛けるのか?ただ眼を失うだけに終わってしまったらどうするつもりだ?」

私の覚悟を見定めようとしているのだろう、真剣な表情で訊ねてくる。
アンの父親が娘の為ならどこまでも強くなれるこの男で良かったと思わずにはいられなかった。

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