今の幸せを捨て新たな幸せを求めた先にあったもの

矢野りと

文字の大きさ
7 / 21

7.失望する②〜息子視点〜

しおりを挟む
期待した声の代わりにあの女の人に負けないほど不快な声が僕の耳に入ってきた。それは尊敬している父の今まで聞いたことがないような声だった。


『もちろんだ、寄って行くよ。俺のためにいつも美味しいワインを用意してくれて有り難う、アマンダ』

部下の名を呼び捨てにする父さんの口調は部下に対するものではなかった。

『ふふふ、愛しているのだからこれくらい当然よ』

父さんの返事に甘えた声で答える女性騎士。


どう見ても上司と部下の会話じゃなかった。それはまるで恋人同士の会話だった。


でも父さんは母さんと結婚している。だからこれは恋人同士の会話ではなく、父さんと浮気相手の会話ということになる。



つまり父さんは母さんを裏切っている。

家族を騙している。


考えたこともなかった現実が僕の目の前で起こっていた。


 う、うそ…。
 父さんが浮気をしている…。
 あんなに素敵な母さんがいるのに…。
 毎日愛しているって言ってるのに?
 うそ…だろう…。


動くことも声を出すことも出来ずにいると二人は僕が隠れていることに気づかず通り過ぎていった。

そして表通りに近くづくとまた適切な距離を取り上司と部下という感じで巡回を始めた。
さっきの会話などなかったかのように平然と。

その後ろ姿はどう見ても真面目な騎士と新人騎士の組み合わせにしか見えない。

それがたまらなく腹立たしかった。

今まで生きてきてこんなに怒りを覚えたこと初めてだった。

ただ怒っているのではない、心の底から憎いと思った。自分がこんな感情を持つことが出来るなんて今日まで知らなかった。


僕は二人の後ろ姿が見えなくなるまでただ黙って睨みつけていた。




そのあと帰りながらトボトボと歩いていると、さっき見た光景が何度も頭の中で繰り返されいつの間にか涙が流れていた。何度も袖で涙を拭っても溢れてくる涙が止まらない。
泣き声だけは必死に我慢してたけど、心のなかでは声を上げていた。


 どうして、どうしてだよ!
 父さんは母さんを愛しているっていつも言ってたじゃないか!
 それなのに…あんな人と。

 このことを母さんが知ったらどう思うかな…。
 きっと悲しむよね…、泣いちゃうよね。

 父さん、どうしてこんな真似してるの?
 本当は家族が嫌いだったの?
 『俺の宝物』って嘘だったの?

 ずっと僕たちに嘘をついていたの…。

 笑いながら…。



わざと遠回りをして時間をかけて家に帰った。泣いたままでは母さんに理由を聞かれてしまう。

母さんを悲しませたくなかったから今日見たことは絶対に言えないし、だからといって上手く嘘をつく自信もなかった。

…どうしよう。


だから疲れたふりをしてその日は早くにベットに入った。でも父さんのことを考えて眠ることはできなかった。

すると父さんは遅い時間に屋敷へと帰ってきた。

どんなに遅い時間でも母さんは必ず父さんの帰りを出迎える。
二人の声が聞こえてきた。
『急に予定が入って遅くなった、すまないなエラ』
『いいのよ、今日もお疲れ様』

平然と嘘を吐く父さんと何も知らずに労いながら出迎える母さん。



僕は耳を塞いで毛布をきつく噛み締めながら声を押し殺して泣いていた。

知らなければ良かったと、どうして今日に限って寄り道なんかしたんだろうと。



大好きだった父さんが好きではなくなった。
浮気をしているのが許せないし憎らしい。
そう思っている気持ちは本当なのに…。

それなのに…まだ全部は嫌いにはなれない。

僕の父さんだから…。
この前まで大好きだったから。


母さんを裏切っている父さんのことが嫌なのに、大嫌いになりたいのに、…なれないのがたまらなく悔しかった。
『嫌いになれ、嫌いになれ』と何度も泣きながら念じても気持ちは変わってくれない。

なんだか僕まで母さんを裏切っているように感じて涙が止まらない。




大好きな母さんが裏切りを知ったらどうなるのか不安で仕方がない。
我が家の太陽ような母さん、僕の大好きな母さん。
泣いて欲しくなかった、傷ついて欲しくなかった。
いつだって笑っていて欲しい…。

大好きな母さんには…。


母さんを助けられない自分が嫌だった。頭の中には母さんの辛そうな顔が浮かんできて、消したくても消せない。
そんな顔今まで一度だって見たことがないはずなのに…頭から離れない。



12歳の僕はどうすればいいか分からなかった。
なにも出来ないことが悔しかった。

ただ泣いて、泣いて…泣き疲れていつの間にか眠っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

【完結】貴方と離れて私は幸せになりたいと思います

なか
恋愛
貴方のために諦めた夢、叶えさせてもらいます。 心に決めた誓いと共に、私は貴方の元を離れる。 夫である貴方を支え続けた五年……だけど貴方は不倫という形で裏切った。 そして歳を重ねた私に『枯れた花』と評価を下して嘲笑う。 どうせ捨てられるなら、私から捨ててあげよう。 そして証明するの。 私は枯れた花ではないと…… 自らの夢を叶えて、華であると証明してみせるから。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

完結 この手からこぼれ落ちるもの   

ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。 長かった。。 君は、この家の第一夫人として 最高の女性だよ 全て君に任せるよ 僕は、ベリンダの事で忙しいからね? 全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ 僕が君に触れる事は無いけれど この家の跡継ぎは、心配要らないよ? 君の父上の姪であるベリンダが 産んでくれるから 心配しないでね そう、優しく微笑んだオリバー様 今まで優しかったのは?

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

処理中です...