33 / 57
30.ダイソン伯爵夫人④
しおりを挟む
「お久しぶりです、マリア様。どうか私のことは以前と同じようにラミアとお呼びくださいませ」
私から挨拶をしたことで受け入れて貰えたと思ったのか、ラミアはほっとした表情を見せ、名を呼んでくれと自ら求めてくる。
彼女を『ダイソン伯爵夫人』と呼んだのは、名を呼ぶほど親しい間柄ではないと拒絶の意味を込めていたのに気づいていないのだろうか。
ここで頑なにダイソン伯爵夫人と呼び続けるのも大人げないので『分かりましたわ、ラミア様』と言うと、彼女はにこやかに微笑む。
囲まれていた時とは違って、それは自然な笑顔だった。
彼女は今、自分のことしか見えていない。だからこそ笑えている。
私のことは考えいない。
目の前にいるのはただ自分の窮地を救ってくれた人でしかないのだろう。それとも過去は過去として割り切っているのだろうか。
私が知っている彼女はこんな人ではなかったのに…。
もう関係ないわ。
ただ関わりたくないだけ…。
形だけの挨拶のみで話しを終わらせ、早々に彼女から離れようとする。
「お元気そうなラミア様に会えて嬉しかったですわ。折角夜会に来たのですから、社交をしなければもったいないですわね。お互いに他に社交をするべき相手がいるでしょうから、時間を大切にいたしましょう。では失礼致しま、」
さり気なく彼女を拒絶する言葉を口にするが、それは遮られてしまう。
「大丈夫ですわ!マリア様と話す時間ならたくさんありますから!」
私の言葉の意図は伝わっているだろうに、彼女は無理矢理話を続けようとする。
彼女は私と話したいのではない。
ただあの場に引き戻されるのを危惧しているだけ。
それは良く言えば防衛本能で、悪く言えば我儘な自己保身に過ぎない。
『勝手だわ…』と思ってしまう。
彼女に悪意はない、私のことを貶めようともしていない。それはその目を見れば分かった。
ただ彼女は悪意にさらされ続け、正常な判断を放棄している。それは彼女の弱さゆえ。
でも心が狭い私は、そんな彼女を受け入れるほど優しくはない。
「では私にするべき話をして頂けますか?」
突き放すような口調に彼女は慌てて『…っ、えっと…そうですね、』と話し出す。
それはダイソン伯爵家の義家族や使用人達の近況。確かに私と以前は親しかった人達の話だけれども、今の私に話すべきことではない。
彼女は冷めた表情の私に焦りながらも話しを止めない、意味のない会話をひたすら続ける。
……分かるわ、辛いのでしょう。
標的にされ苦しいのでしょう。
でも誰かを犠牲にして逃げるのは違うわ。
それで本当にいいの…?
貴族社会の厳しさを知っているからこそ彼女の気持ちも理解は出来る。
なんの術もなくあの悪意に立ち向かうのは至難の業だから。
それでも彼女が私に縋るのだけは間違っている。
これ以上ラミアの茶番に付き合いたくなくて、彼女の話しを今度は私が遮る。
「ラミア様、有り難うございます。素敵なお話を聞かせて頂き心より感謝申し上げますわ。
ですがもう十分です、これ以上は聞く必要はないですから。では御機嫌よう」
明確な拒絶に『まだここにいさせて…』とラミアは目で訴えてくる。
その甘えは人を傷つけているの。
自分のことだけではだめなの、何も解決はしない。
それに気がついて…。
私は挨拶をした時と同じくらい完璧な微笑みを浮かべ優雅に去っていこうとする。
それはお互いにとって最善の終わり方だった。それなのに彼女はまだ縋ってこようとする。
「あ、あの…まだお話が…。そう、そうです!まだケビンのことをお伝えしておりませんでしたわ。マリア様のご配慮のお陰であの子はダイソン伯爵家の嫡男としてすくすくと成長しております。最近では『まぁー』などと私のことを呼んでくれとても可愛らしくって、」
その言葉にビクッと身体が止まってしまう。
それをラミアは私の了承と捉え、嬉々として『ケビンが…』と捲し立てるように話し続ける。
私を引き止められた嬉しさだけでなく、我が子への愛情の深さゆえなのだろう。
その顔は優しさと母性が滲み出ていて、計算なんてなかった。
羨ましいと思うと同時に胸が苦しくなる。
心の奥に仕舞い込んだ大切な想いが土足で踏みにじられる。
ケビン…ケ…ビ……ン…。
可愛い我が子はなによりも大切なもの……。
そんなの分かっているわ。
大切な宝物だもの。
もう…やめ…て……。
悪意のない鋭利な言葉が突き刺さり血が流れ出す。
ドクン…ドクン……。
ああまただ。
頭の中では我が子を呼ぶ母の声が鳴り止まない。
聞いたことがない泣き声まで聞こえてくる。
きっと私は青褪めているだろう。でもラミアは気づかず我が子の話に夢中になってる。
彼女は自分のしていることの本当の意味を知らない。
私から挨拶をしたことで受け入れて貰えたと思ったのか、ラミアはほっとした表情を見せ、名を呼んでくれと自ら求めてくる。
彼女を『ダイソン伯爵夫人』と呼んだのは、名を呼ぶほど親しい間柄ではないと拒絶の意味を込めていたのに気づいていないのだろうか。
ここで頑なにダイソン伯爵夫人と呼び続けるのも大人げないので『分かりましたわ、ラミア様』と言うと、彼女はにこやかに微笑む。
囲まれていた時とは違って、それは自然な笑顔だった。
彼女は今、自分のことしか見えていない。だからこそ笑えている。
私のことは考えいない。
目の前にいるのはただ自分の窮地を救ってくれた人でしかないのだろう。それとも過去は過去として割り切っているのだろうか。
私が知っている彼女はこんな人ではなかったのに…。
もう関係ないわ。
ただ関わりたくないだけ…。
形だけの挨拶のみで話しを終わらせ、早々に彼女から離れようとする。
「お元気そうなラミア様に会えて嬉しかったですわ。折角夜会に来たのですから、社交をしなければもったいないですわね。お互いに他に社交をするべき相手がいるでしょうから、時間を大切にいたしましょう。では失礼致しま、」
さり気なく彼女を拒絶する言葉を口にするが、それは遮られてしまう。
「大丈夫ですわ!マリア様と話す時間ならたくさんありますから!」
私の言葉の意図は伝わっているだろうに、彼女は無理矢理話を続けようとする。
彼女は私と話したいのではない。
ただあの場に引き戻されるのを危惧しているだけ。
それは良く言えば防衛本能で、悪く言えば我儘な自己保身に過ぎない。
『勝手だわ…』と思ってしまう。
彼女に悪意はない、私のことを貶めようともしていない。それはその目を見れば分かった。
ただ彼女は悪意にさらされ続け、正常な判断を放棄している。それは彼女の弱さゆえ。
でも心が狭い私は、そんな彼女を受け入れるほど優しくはない。
「では私にするべき話をして頂けますか?」
突き放すような口調に彼女は慌てて『…っ、えっと…そうですね、』と話し出す。
それはダイソン伯爵家の義家族や使用人達の近況。確かに私と以前は親しかった人達の話だけれども、今の私に話すべきことではない。
彼女は冷めた表情の私に焦りながらも話しを止めない、意味のない会話をひたすら続ける。
……分かるわ、辛いのでしょう。
標的にされ苦しいのでしょう。
でも誰かを犠牲にして逃げるのは違うわ。
それで本当にいいの…?
貴族社会の厳しさを知っているからこそ彼女の気持ちも理解は出来る。
なんの術もなくあの悪意に立ち向かうのは至難の業だから。
それでも彼女が私に縋るのだけは間違っている。
これ以上ラミアの茶番に付き合いたくなくて、彼女の話しを今度は私が遮る。
「ラミア様、有り難うございます。素敵なお話を聞かせて頂き心より感謝申し上げますわ。
ですがもう十分です、これ以上は聞く必要はないですから。では御機嫌よう」
明確な拒絶に『まだここにいさせて…』とラミアは目で訴えてくる。
その甘えは人を傷つけているの。
自分のことだけではだめなの、何も解決はしない。
それに気がついて…。
私は挨拶をした時と同じくらい完璧な微笑みを浮かべ優雅に去っていこうとする。
それはお互いにとって最善の終わり方だった。それなのに彼女はまだ縋ってこようとする。
「あ、あの…まだお話が…。そう、そうです!まだケビンのことをお伝えしておりませんでしたわ。マリア様のご配慮のお陰であの子はダイソン伯爵家の嫡男としてすくすくと成長しております。最近では『まぁー』などと私のことを呼んでくれとても可愛らしくって、」
その言葉にビクッと身体が止まってしまう。
それをラミアは私の了承と捉え、嬉々として『ケビンが…』と捲し立てるように話し続ける。
私を引き止められた嬉しさだけでなく、我が子への愛情の深さゆえなのだろう。
その顔は優しさと母性が滲み出ていて、計算なんてなかった。
羨ましいと思うと同時に胸が苦しくなる。
心の奥に仕舞い込んだ大切な想いが土足で踏みにじられる。
ケビン…ケ…ビ……ン…。
可愛い我が子はなによりも大切なもの……。
そんなの分かっているわ。
大切な宝物だもの。
もう…やめ…て……。
悪意のない鋭利な言葉が突き刺さり血が流れ出す。
ドクン…ドクン……。
ああまただ。
頭の中では我が子を呼ぶ母の声が鳴り止まない。
聞いたことがない泣き声まで聞こえてくる。
きっと私は青褪めているだろう。でもラミアは気づかず我が子の話に夢中になってる。
彼女は自分のしていることの本当の意味を知らない。
263
あなたにおすすめの小説
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる