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私――ケイト・オールガーは、オールガー伯爵家の長女として生まれた。普通なら家と家との繋がりの為に、幼い頃に婚約者が決められていてもおかしくはない。
だが幸い?なことに両親がとても緩い感じの人だったからか、政略結婚を求められることなかった。


『好きな相手と結婚していいのよ』
『えっ?でも貴族として生まれたからには家のために結婚する覚悟はできています、お母様』
『そんなこと気にしなくても大丈夫だぞ、ケイト』
『お父様、本当にいいのですか?』
『我が家はしっかり者の跡継ぎがいるから安泰だ、はっはっは』

お母様は優雅に微笑みながら『そう、そう』と頷いている。
お父様は豪快に笑いながら、我が家の嫡男である弟の小さな背中をバンバンと叩いている。

『ちょっと父上、やめてください。僕はまだ子供だから、父上の大したことがない力でも骨が折れてしまう可能性があります。もし背骨が折れたら僕は寝たきりになりますよ。我が家のを自ら手放すような真似はしないほうがです』
『はっはっは、ケイレブはまだ子供のくせに相変わらず小難しいことを言うな~。私に似たのかな?』
『父上、それだけはありえません。だからなんですよ』

容赦ない一言にお父様は一瞬息を止めるが、お母様は『そうよね~』と頷いている。

『息子がいじめる…』
『……でも安泰は保証されましたね』

こんな会話があったのは私が12歳で、弟が6歳の頃だった。

確かに6歳年下の弟は幼い頃から子供とは思えないほど落ち着いている子だった。
これは持って生まれた性格もあるだろうが、それよりも両親の影響が大きかったと思う。

 ……そうよね。
 こんな緩い両親を見てたら、いろいろ考えたくなるわよね。

両親はある意味素晴らしい反面教師だった。

弟のケイレブはそのせいで、本当にしっかりと育っていった。
私だって、弟には負けるけれども、ちゃんと育っていると思っている。

いや思っていた、つい最近までは…。

今はちょっとだけ自信喪失気味だ。


両親の言葉通りに自力で相手を探しているが、一向に婚約の申込みがこないのだ。
社交界でも学園に在学中も、友人に恵まれて楽しくやっていた。男性だって周りにはいたけれども、私のことを異性をして見てくれる人はなぜか一人も現れない。

自分で言うのもなんだが、見た目だって性格だって悪くはないと思うのに。
なにが足りないのか…。

学園卒業後に友人達は次々と結婚していくのを、私は笑顔を引きつらせながら見送りつづける。

悔しくなんてないけれど、ちょっとだけ焦りだしていたのは事実だ。
でも前向きに考えるようにして頑張っていた。

 大丈夫、いつか私にも春が来るわ!
 絶対に…たぶん……。
 ………そうよね?


出会いの場を求め、王宮で侍女としては働きはじめるが、ここでも誰からも声を掛けられることがない。

たまに声を掛けられると、完璧な笑顔で振り向く。

『はい、なんでしょうか?』

声がいつもよりも高いのは期待しているからだろう。

『ちょっと、これあの子に渡してくれないかな』
『…はい、分かりました』

差し出された手紙には、私の同僚の名が書いてある。

『ありがとう、助かるよ!』
『上手くいくことを祈っていますね』

なんで私がと思う気持ちを作り笑顔で隠して、橋渡し役を快く引き受ける。


 ……虚しい、ほんのちょっとだけ。


嘘だ、本当はかなり虚しい。

そんな私に頻繁に声を掛けてくれる男性といえば、幼馴染のライアン・グレシャムだけだった。
彼はグレシャム伯爵家の三男で、学園卒業後は騎士となる道を選び、王宮で護衛騎士の任についている。

だからよく会うのだ。

「おい、ケティ。お前まだ結婚相手見つからないのかよ。けっ、本当にお前はモテないなー」
「大きなお世話よ、ライ。あなただってまだ婚約者がいないでしょう。私のことを言えないわよ」
「はんっ、俺はモテるけど作らないだけだ。
お前は作りたいけれど、誰にも相手にされない。お互いに自由な身だが、全然意味が違うからな。一緒にするなよっ」

ライアンは幼馴染の気安さから私には口が悪い。
でも彼の言う通りだった。
私と彼は婚約者がいないのは同じ、でも彼は引っ張りだこだ。

彼は他の女性には常に礼儀正しい。
そのうえ美形の部類に入るので、彼を狙っている女性はたくさんいるのだ。

ちょっと私にも分けてほしい。彼だって全員は相手に出来ないはずだ。


 あっ、でも女性とは結婚できないな…。


彼のそばにいたら、おこぼれにあずかれるかもと思ったのに、とても残念だ。
がっかりしている私を見ながら、彼は鼻で笑ってくる。
 
「ケティ、また馬鹿なことを考えてたんだろう。本当にお前って奴は駄目だな。そんなんじゃ一生独り身だぞ。どうするんだ?出来のいい弟が将来結婚したら、お前の居場所はないぞー」

どうしてライは、いつも私が考えていることが分かるのだろう。
それに少しは私にも遠慮してものを言って欲しい。

「…頑張って相手を見つけるわ」
「だ・か・ら、どう頑張るんだ?今までだってずっと結婚相手を見つけようと頑張っていたよな。でも見つからなかったんだろう?なんか秘策があるのか?はっはは、そんなものあるとは思えないがなー」
「…っ………」

私の頭を大きな手で軽くポンポンと叩きながら笑っているライアン。

悔しいけれど反論することができない、私には秘策なんてなにもない。

そのうえ最近は流石に心も折れそうだ。
そろそろ初婚に拘らずに、後妻の座も真剣に検討するべきかと悩んでいるくらいだ。
でもこれはまだ誰にも言っていない。


「ったく、ケティは世話が焼けるな。
分かった、今日から恋人になってやる」
「誰が?誰の恋人になるの……?」

ライアンとは長い付き合いだけれど、言っている意味が分からないのは初めてだった。

「だからケイトの恋人に今日から俺がなるって言ってるんだ!」
「…なんで??なんかその行動に意味があるの?」

なぜか彼は偉そうな口調だった。ますます訳が分からない。 

首を傾げて質問する私に、彼は苛立った様子で話しを続けてくる。

「お前モテないだろう?でも俺が、その、なんだ……恋人のふりをすれば、周りからも女として見られるかもしれないだろう。そしたら、もしかして万が一にも『好きでした』とか告白してくる馬鹿がいるかもしれないだろう?俺様がケティの踏み台になってやるって言ってるんだ、喜べ」

 はぁっ??
 なにそれ……。
 
思わず口を開けて固まってしまう。

確かに恋人がいる女性のほうが、モテる場合もある。
人のものは良く見える効果というやつだ。
でもそんなモテかたはなんか嫌だ。
それにそんな状況になって告白してくる人はきっと碌な人ではない。
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