英雄の平凡な妻

矢野りと

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35.平凡な幸せ

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あれからエディは数週間の特別休暇を与えられたので、私達は自然豊かな領地に戻りゆっくりと過ごしている。

ルイも最初こそ人見知りをしていたが、すぐに父親の事を思い出し『ダーダー』と毎日エディに甘えている。
そんな息子が可愛くて仕方がない彼は、まだ一歳のルイの為にいつの間にか馬まで内緒で用意していた。
そして今、目の前には見事な黒毛の仔馬が一頭いる。

「エディ、これは何かしら?」

「…仔馬だな」

「それは見れば分かるわ。その仔馬がなんで我が家の馬小屋にいるのか聞いているのよ?」

「この前買いに行った」

確か一週間前にエディはちょっと出かけてくると言って一人でどこかに行っていた。あの事件からひと時も私とルイから離れようとしない彼がおかしいなと思っていたが…まさかこっそり仔馬を買いに行っていたなんて思ってもみなかった。

---はぁ~、ルイはまだ一歳よ。
いくらなんでも早過ぎるでしょう…。

「エディ、ルイはまだハイハイしか出来ないのに馬なんて早いわ。謝って返して来てちょうだい」

「……嫌だ」

「駄目よ、返してきなさいね!」

我が家だって伯爵家なのだから馬の一頭ぐらい購入は出来る。だがそういう問題ではないのだ、無駄使いは言語道断、贅沢は駄目!
私は腕を組み、ルイを抱っこしているエディをジト目で睨みつけている。
こういう私を前にすればエディの方が折れるのに今日は譲る気はないらしい。

「絶対に返さないぞ。この前、義兄上がまだ字を読めないルイに百科事典全集を買い与えていたじゃないか。それは良くてなんで馬は駄目なんだ。
ルイもそれを見て義兄上を『ジイージー』と何度も喜んで呼んでいた。俺もたくさん呼ばれたい!
それにあの嬉しそうな義兄上の顔がむかつく。
ズルいぞ。
俺が父親なんだから、俺の方がルイを喜ばしたい!その権利を奪うのか!」

---はぁ~、そういうことね……。

エディはむきになって反論しているが、その認識はだいぶ間違っている。
まずルイは『キャッキャッ』と確かに喜んでいたが、その立派な百科事典の紙を破って遊んで喜んでいたのだ。
---エディは悔しくて、それすら気づいていなかったのかしらね。

それに『ジイージー』と何度も呼んでいたけど兄は笑いながら心で泣いていたはず。
帰り際にポツリと『俺はまだじゃないよな…?』と私に聞いていたのだから間違いない。

まったく親バカに伯父バカ、二人揃って見事にルイを溺愛している。

---これは何をエディに言っても無駄ね…。

「分かったわ、じゃあこの仔馬にちゃんと名前をつけましょう。いつまでも名前がないままでは可哀想だわ」

私の許可が下りるとすぐさまエディはルイを抱っこしたまま仔馬に近づき、

「ルイ、お前の馬だぞ。そうか嬉しいのか!名前を一緒に考えるぞ」

「ダー、うぶぅ、キャー!」

「そうかそうか『ウル』にするのか。良い名前を付けたな!流石俺の可愛い息子だ」

二人で楽しそうに名付けをするとルイは『うぶぅー』と言いながら馬の鼻を撫でて喜んでいる。

「なんでエディもお兄様もルイに激甘なのかしらね。確かにルイは可愛い息子だけど、男親は息子に厳しく娘に甘いのかと思っていたわ」

「ああ確かに男は息子に厳しく娘に甘いと聞くな」

「そうでしょう!なんでエディとお兄様は例外なのかしら、不思議よね?」

「そんな簡単な事も分からないのかい?俺も義兄上もキャッシーのことを心から愛しているから、君が産んでくれたルイも愛おしくて仕方がないのさ」

---えっ?そういう理由なの!

私はエディの言葉を聞いて顔が真っ赤になる。最近の彼は口数も増えてきたけど、面と向かってこういうことを言われると、免疫のない私は嬉しいけれど同時に恥ずかしくなってしまう。

そんな私を更に困らせたいのかエディは近づいてきてそっと耳元で囁く。
『そろそろルイに可愛い妹か弟を作ってあげないか』
私は更に耳まで赤くし、嬉しさを隠しながらもはっきりと頷き彼と見つめ合う。愛おしい存在が近くにいるという幸せはとても贅沢なものだ。

それから一年後にはコウノトリが可愛い女の子と男の子の双子を私達の元に運んできてくれた。我が家はますます賑やかになり慌ただしいけど幸せな毎日を送っている。



今でも社交界で新しい話題がない時には思いだした様に『英雄と平凡な妻』のことが陰で揶揄られているようだ。
だが誰が何と言おうともう気にしないし、気にならない。周りの評価や噂よりも『自分達がどうあるか』それが一番大切なのが分かっているから、もう迷うことはないだろう。

私達が自分の手で築いた平凡な幸せはもう揺らぐことは決してない。




(完)


**************************
これにて完結です。
最後まで読んでいただき有り難うございました。

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