政略結婚の相手に見向きもされません

矢野りと

文字の大きさ
4 / 44

3.離宮で愛される

しおりを挟む
シルビアが離宮の中へと入ると、左右にずらりと使用人達が並んでいた。ずらりと並んでいると言っても、その数20人前後…。正妃が住む離宮の使用人としては少なすぎる。

それに人数を少しでも多く見せるために、本来なら表に出てこない料理人や庭師やが並んでいる。
(うん?御者?さっきまで一緒に馬車にいたわよね?)
御者は顔を真っ赤にして、ゼイゼイと肩で息をしている。このシルビアの出迎えに加わる為、全力で走り、裏にある使用人通用口から入ってきたのである。御者トト爺、御年70歳、死を覚悟した猛ダッシュをみんなに披露した。
彼はゼイゼイと息をするごとに揺れる体を小さくして、目立たないようにしているようだ。
でもその仕草が叱られる前の子供のようで、却って目立っている…。

(((イヤイヤ、一番目立っているから…)))
使用人一同の意見が一致した。

シルビアは挨拶も忘れ、おもわず心配そうに御者1人を凝視してしてしまった。そんなシルビアの様子に誰も気づかない。
当然である、他の使用人達も今にも死にそうなトト爺に目が釘付けだったから。 特に『みんなで出迎え指令』を出した侍女頭は顔面蒼白になっている。自分が殺人犯になるかもしれないのだから。
(((なんとか踏ん張れ、天国に行かないで~)))
みんな心の中で声援を送ること、10分。なんとかトト爺は落ち着いて息をし始めた。
(((神様、トト爺を連れていかないでくれて有り難うございます!)))
シルビア含めみんな神に感謝しまくった。

安堵してみんながシルビアに視線を向けると、シルビアは柔らかい微笑みを浮かべ声を発した。
「本日から離宮で暮らす正妃シルビアです。
獣人国についてはまだまだ勉強中の身ですから、迷惑を掛けることもあると思います。早くこの国に馴染み、公務に取り組みたいと思っていますのでよろしくお願いします」

頭こそ下げていないが、使用人に対するシルビアの丁寧な挨拶に彼らはびっくりした。

そもそも離宮の使用人に立候補した者はいなかった、誰も冷遇される者の下で働きたくないのは当然であるから。
そこで訳ありの者などが宰相から指名され、離宮専属使用人となったのである。

指名された時はみんな、
(((そんな殺生な~)))   
と心の中で叫んでいたが、訳ありの彼らには断るという選択肢はない。

「「「はい、承知いたしました」」」
と答えるしかなかったのである。 

そんな使用人達はお飾りの正妃離宮での仕事に期待などしていなかった。でもシルビアの挨拶を聞き、自分達の未来が少しだけ明るいものになるのではと感じていた。


******************************
 

使用人への挨拶を終えたシルビアは、サーサに部屋へと案内された。

離宮の中のシルビアの部屋は素晴らしいの一言だった。南に面し日当たりが良く、広々としている。
白を基調とした内装に、繊細な装飾品が適度に配置されている。落ち着いた雰囲気だが、可愛らしさもある。

豪華な外観に、素敵な内装。
お飾りの正妃シルビアを大人しくさせるのが目的なのは分かっていたが、シルビアは予想とは真逆な部屋に満足していた。

「こんな素晴らしい部屋を有り難う」 

と満面の笑みで告げる。

その微笑みに、サーサは不覚にも顔を真っ赤にしてしまった。

(シルビア様、女神なの!あんなの反則だわ。同性なのにドキドキが止まらないー)

臣下に対する態度や言葉遣い、そしてこの微笑み。シルビアはプライドの高い王女ではない、噂とは違うと確信した。サーサはシルビアに臣下として誠心誠意仕えることを決めた瞬間であった。

侍女として真っ赤な顔をさらし続けるわけにはいかないと、
(平常心、大切!平常心、大切!)
と唱えること三回…、なんとか侍女の顔に戻ること成功し、シルビアに今後の予定を尋ねた。


「厨房…でございますか?」

「ええ、厨房に案内をお願い」


普通、高位の者は厨房に行くことはない。
シルビアの真意が分からないが、サーサはとりあえず厨房に案内することにした。 
   
厨房は食材が悪くならないように一階の北側にある。 
日当たりが悪く、普段は使用人しかいない場所なので料理人達もワイワイと話しながら仕事を進めていた。

そこに主人であるシルビア登場である。 
…厨房にいる料理人三人は固まった。シルビアが厨房にいる現実を理解出来ない…いや、拒否している。 

「シ、シルビア様、いかがいたしましたか?」 

料理人三人のなかで一番偉いコック長が恐る恐る尋ねた。お喋りをしていたことを𠮟責されるのか、または獣人国料理が口に合わないからどうにかしろと言われるのかと内心ビクビクしながら。

「お仕事中にごめんなさいね。あなたがコック長かしら?」

「はい、コック長のアートンでございます」 

アートンはクマ獣人特有の大きな体を小さくしながら答える。

「王宮のコック長はあなたの親戚かしら?」

「はい、私の父でございます。父がいかがしましたか?」

アートンは王宮コック長の父と比べられることが多く、その度に『父と比べて息子はパッとしない』と嫌な思いばかりしてきた。 
なのでまたなのかと思った、ここでも比べられるのかと。

「ふふふ、王宮のコック長には花婿代理をしてもらったの。でも結婚式後ちゃんとお礼を言えなかったのよ。私は離宮にいるから、なかなか会うこともないでしょう、あなたからお礼を伝えてもらえるかしら?」

「はい。父に会ったら伝えます」 

ただの伝言でホッとしていると、

「ああそれと、肝心な用件を伝えなくてわ。
部屋に置いてあった焼菓子はとても美味しかったわ、素晴らしい腕前ね」

父の料理を褒め称える言葉はいつも聞かされるが、自分の料理に対して直接お礼を言われたことは初めてだった。
自分の存在が認められてるようでアートンは嬉しかった。
わざわざ厨房に来て、言ってくれたことに心が熱くなるのを感じた。

「ありがとうございます!!」  

「これからも美味しい料理やお菓子を楽しみにしているわ」

シルビアはアートン達料理人三人に微笑んだ。
コック長アートンはシルビアのために一生懸命美味しいものを作ると心に決めた!
もちろん他の二人も同じ決意である。

それから厨房ではシルビアを交えて、好きな食材や好きな味付けなどで話が盛り上がった。最初こそ遠慮がちに話していた料理人やサーサであったが、シルビアの気さくな態度に五人で大爆笑するほど打ち解けていった。

「へ~。シルビア様の国ではカエルも食べるんですか?!我が国では食べたことはありませんや」
見た目がグロテスクなカエルを食べるなど人族は悪食かとびっくりしている。

「私は食べたことあるけど、ニギ国の文化ではないから普通食べないわよ 味はまぁまぁだけど身が少ないから、捕る労力に比べて割に合わないわよ~」

「「「いやいや、そうじゃないだろう(でしょう)!」」」
平然と言うシルビアに、おもわず四人はつっこんだ。

(((見かけによらず逞しいーー)))
シルビアに対する評価に新たな項目が追加された。


厨房を後にする時には、
「シルビア様、これ新鮮な苺です。小腹が空いた時に食べてくださいや」
と籠一杯の苺を渡された。
「うふふ、ありがとう。部屋で食べるわね」
大好きな苺を手にご満悦のシルビアであった。 


(この短時間で使用人の心を次々に掴んでいくとは、恐るべしシルビア様!)
サーサはシルビア様を慕う仲間が増えたことが嬉しく、侍女にあるまじき顔でニンマリとしていた。


こうしてシルビアは味方のいない獣人国で、無意識に味方を増やしていく。
王族でありながら臣下に対して丁寧で優しい態度、そしてあの女神の微笑み。
人族への偏見もなんのその、みんな次々にやられていった。
気付けば離宮の少ない使用人達は【シルビア様を愛する会】なるものを裏で結成していた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした

三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。 書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。 ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。 屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』 ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく―― ※他サイトにも掲載 ※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

処理中です...