目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第2章 2 二つの戦い

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1

マリウスとアラン王子が全学年の学生達の前で互いに模造剣を構えて向き合っている。二人とも凄く真剣な表情をしているが、特にマリウスの変化には驚いた。
瞳には鋭い眼光が宿り、まるで別人のようだ。あんな一面もあったとは・・・。
アラン王子も何となくマリウスの気迫に押されているように感じる。

 一陣の風が二人の間を吹き抜ける。イケメン二人が剣を構えている姿はまるで映画の世界の様だなあ・・・。でも、これは現実。どうかお願い。マリウス・・勝ってよ。私の為に!
アラン王子には悪いけど私は必死でマリウスの勝利を祈る。

 ピーッ!
試合開始の笛が鳴らされた。お互い剣を構えてものすごいスピードで相手に向かって駆けてゆく。
速い!二人とも目にも止まらぬ速さで互いに剣で打ち合っている。二人の戦いぶりに学生は愚か、審判を務める教師まで開いた口が塞がらない。勿論私も。
私はマリウスをじっと見つめる。いつもの何処か頼りなさそうな姿とはまるで違う。
悪と戦う正義のヒーローの様だ。いや、別に決してアラン王子が悪役という訳ではなく・・・。アラン王子だって十分素敵だ。剣を振るうたびに太陽の光に照らされた金の髪は神々しい。けれど、マリウスは私にとって身内?のようなものだから、どうしても贔屓になってしまう。第一、アラン王子に勝たれてしまえば、下手したら全校生徒の半分が私の敵にまわってしまう可能性があるからだ。
 その時突然激しく互いの剣と剣がぶつかり合う音が響き、私は思わず席から立ち上がった。
カランカラン・・・・互いの剣がほぼ同時に地面に落ちるのを私は見た。
これは・・一体どうなるのかな?

 審判の教師が笛を高く吹き鳴らすと言った。
「両者、引き分け!!」

一瞬水を打ったようにその場は静まったが、やがて大きな歓声の渦に包まれた。
試合を見守っていた学生たちは全員立ち上がって拍手をしている。

マリウスとアラン王子は握手をして何か話しているが、生憎ここからでは二人が何を話しているのかさっぱり分からない。
でも、これってアレだよね?引き分けって事は・・・アラン王子との約束を反故しても良いって事だよね?

 教師の制止も聞かず、マリウスとアラン王子に駆け寄る学生達。二人とも大勢の学生たちに取り囲まれ、互いに顔を合わせると笑みを浮かべた。おや?もしかしてこれは2人の間に友情でも芽生えたか・・?
それに今回の試合で更に2人の人気は急上昇しただろう。うん、きっとマリウスにも
結婚相手が見つかるだろう。ソフィーだってアラン王子を好きになり、2人はうまくいくはずだ。そして私は平和な学生生活を送り、卒業後はどこか別の土地で働く女性として生きて行こう。
うんうん。腕組みをしながら私は自己満足に浸った。


 さて、そろそろ午後の授業も終わる。
教室へ戻って帰り支度でも始めますか。私は彼等に背を向けて歩き出そうとした時。ソフィーの側に立っているメガネの女生徒がじっと私を凝視していたのだ。

 表情の読み取れないその顔は何を考えているの分からない。私も見つめると何故か彼女は視線を逸らし、ソフィーと会話を始めてしまった。
今のは私の気のせいだったのだろうか・・・?
 まあいい。二人が引き分けになったのだからアラン王子との約束も無くなっただろうし、私に興味も失せただろう。マリウスにも学院生活を楽しんで欲しいから週末の私との外出は取りやめにしてあげよう・・等と考えているとマリウスの声が後ろから追っかけてきた。

「待って下さい!お嬢様!」

息を切らしてマリウスは私の側まで走って来ると申し訳なさそうに頭を下げた。

「お嬢様・・・。申し訳ございませんでした。」

「え?何を言ってるの?マリウスはよくやったよ。凄いじゃない。見直しちゃったよ。あ、マリウス。頭を下げてくれる?」

「は?はい・・・。」

マリウスが頭を下げたので私は背伸びしてマリウスの頭を撫でた。
「マリウスがあんなに強かったとは思いもしなかった。よく頑張ったね。」

「お・お嬢様・・・。」

マリウスは顔をクシャリと歪めて真っ赤な顔をしている。あ・まずい。これじゃまるで小さな子ども扱いだよね?
ところが何を思ったかマリウスは私の手をギュッと両手で握りしめると言った。

「お嬢様!これこそいわゆる『飴と鞭』プレイですよね?もうそのギャップがたまりません!ああ、やはりお嬢様は最高です・・・!」

・・・やっぱり所詮マリウスだった・・。


 午後の授業も全て終わり、学生たちはそれぞれ思い思いに教室から散っていく。
そういえば、クラブ活動の見学会が今月一杯続くんだっけ・・。

「お嬢様、何か倶楽部に入られるのですか?」

 帰り支度をしていた私にマリウスが声をかけてきた。
俺様王子は腰巾着たちと寮へ帰ったのか、今この教室には私とマリウスしか残っていない。
セント・レイズ学院の倶楽部と言うのは日本のクラブ活動とは全く異なる設定をしている。何故ならここに通う学生の年齢は18歳~22歳、しかも全員が貴族。
なので彼らは将来は家を継ぎ、爵位を守ってゆかなければならない使命がある。
そこでこの学院に通う間に財政学や経営学、国際貿易学等々・・幅広く学ばなければならないが、学院のカリキュラムだけでは足りない。そこで登場するのが倶楽部活動だ。いわゆる専門学校的な存在である。

「ふ~ん、成程ねえ。」
私は倶楽部活動案内に目を通しながら考えた。・・・駄目だ。あり過ぎて選べない。
でも将来独立して生計を立てるには何か特別な資格があった方が良さそうだ。この世界では女性は爵位を継ぐことが出来ない。どうせ私は元々日本人であり一般庶民だ。
煌びやかな生活等したくも無いし、別に結婚もしなくてよいと思っている。
 その時、ふと目に入った倶楽部があった。
<薬膳ハーブ師>
何々?え~と、この倶楽部は様々なハーブを元に薬膳から料理、魔法生成薬等様々な研究をする倶楽部。将来性あり・・・。おおっ!これはいいかも。よし、この倶楽部を見学してみようかな?
 私はいつの間にかブツブツと独り言を言いながら食い入るように倶楽部案内を呼んでいた。

 「お嬢様、何か気になった倶楽部が見つかったようですね。」
マリウスはニコニコしながら私に話しかけてきた。

「うん、まあね。マリウスは何か決めたの?」

するとマリウスは大真面目で答える。

「私が入る倶楽部はお嬢様と同じと決めております。」

・・・・おいおい、マリウス君。君は一体何を言ってるのかしら?まさか倶楽部まで私と同じにすると言うの?冗談じゃない!貴方が一緒だとね、いつ変なスイッチが入り、暴走するか分からないのよ?倶楽部活動の時間位、心穏やかに過ごさせて欲しい。

「・・ねえ。マリウス。倶楽部位は自分の興味がある分野の倶楽部に入るべきだと思うよ?」

「はい、私が興味があるのはお嬢様が入る倶楽部ですから。」

「え・・・?で、でもねえ・・。」

ねえ、勘弁してよ。四六時中くっついていられる私の身にもなってよ。ここは一つきちんと伝えておくべきだろう。
コホンと咳払いすると私は言った。
「いい?マリウス。前にも言ったけどこの学院にいる間は貴方に学生生活を楽しんで貰いたいって。だから自分のやりたい事を見付けなよ。新しい友人関係を築くのも良いし、それにいずれはこの学院で誰か好きな女性を見つけるのだって・・・。」
そこまで言いかけて私は、はっとなった。
・・・まずい。




2

ま・まずい・・・・。何だか非常にまずい言葉を言ってしまった気がする・・。
マリウスは黙ったまま、下を向いている。
「あ・・・あのネ・・マリウス・・?」
恐る恐る声をかける。あ・私声が震えちゃってるし。

「それで、お嬢様は何の倶楽部に入られるのですか?」

突然顔を上げて笑顔で話すマリウス。

「え・・・と、それは・・。」
私は言葉に詰まる。どうしよう、教えていいものか。

「ど・こ・の倶楽部に入られますか?」

尚も笑顔で迫るマリウス。ヒイイッ!怖い、マリウスのくせに何か怖い!

「あ・・あの、私は薬膳ハーブ師の倶楽部なんか面白そうかな~なんて・・。」
何だか嫌な汗が出て来てしまう。

「ああ、それは面白そうですね?それなら私もそこの倶楽部に入ります。いつ見学に行きましょうか?」

妙にニコニコしているマリウス。何か嫌だ。これならいつものM男のマリウスの方がずっとマシだ。

「え・・と、そうですねえ・・。いつにしましょうか・・?」
私は思わず敬語になっていた。ウウ・・やっぱり私はマリウスから逃げられないのか?

「いや、ジェシカ・リッジウェイ。お前には生徒会に入ってもらう。」

突然背後から聞き覚えのある声がした。振り向いた先には・・・やはり熱血生徒会長様だ。
「生徒会長様・・・何故1年生の教室にいらしたのですか?それに私、はっきりお断りしましたよねえ?」
作り笑いで私は言う。

「何故、ここに来たからだと?それはお前が生徒会室に来ないからでは無いか。」

生徒会長は何故か苛立たし気に私を見た。
はい?私はっきり断りましたよね?何言ってるの、この人は。

「あの、私生徒会室に行きますなんて一度も言った事ありませんけど?」
私は自分の気持ちも隠そうとせず、露骨に嫌そうな顔で生徒会長を見る。そして、何故かそんな私を小刻みに震えながら頬を染めて私を見つめるマリウス。・・・それ、今やめて欲しい。

「そうだったか?聞いた覚えが無いが。」

さらりと言ってのける生徒会長。こ・この男は・・・・。思わず唇を噛み締め両手を握りしめる。もうこの際、はっきり言ってやるしかない。キリッと睨み付けて私は言った。
「生徒会長様、この際はっきりと言いますが私は生徒会運営には全く興味はありません。私などを勧誘しているお暇があるのでしたら、もっと別の有能な方を探して勧誘して頂けますか?」

「俺はお前以上に適任者はいないと思っている。そうだな・・・役職は生徒会長補佐役・・とでもするか。」

この男、人の話を聞いているのか?私はっきり嫌だと申し上げていますよねえ?
ひょとすると、この若さでもう難聴を患っているのではないだろうか?

「そうだ、君からも彼女を生徒会に入るように説得してくれ。」

不意に生徒会長はマリウスに話を振って来る。そんな事話したって無駄ですよ。
だってマリウスは絶対私の味方なのだから。それなのにマリウスからの口から出た言葉は意外なものだった。

「あの、お嬢様が生徒会に入られた場合は私も生徒会に入れて頂いてもよろしいですか?」

は?いきなり何言っちゃってるの?マリウス、貴方私の味方なんじゃ無かったの?

「ああ、勿論。見た所君もかなり有能そうだ。むしろ大歓迎だよ。仕事が出来る人間は多い方が良い。」

あれ?何だか話の雲行きがおかしくなってきた・・・?これはマズイ!
「生徒会長様、少々マリウスと二人きりでお話させて頂けますか?生徒会に入る入らないは私にとって重要な事なので。」
私はさり気なく本日は、この話はここまでにしてお帰り下さいとの意味を込めて生徒会長に言う。

「あ・ああ。そうだったな。何せお前たちは入学してまだたったの2日目だしな。
慌ててすまない。でも今度是非一度生徒会室に遊びに来てくれ。とっておきの珈琲豆があるんだ。ご馳走するからな。」

「はい、ありがとうございます。」

マリウスは返事をするが、私は無言を貫き通す。

「あ、後それから。」

生徒会長は私に近付くと目の前に立って、顔を覗き込んできた。
強面イケメン男の突然ドアップな顔に思わず腰が引ける。

「な・な・何でしょう?」
思わず声が上ずる私。

「いいか?俺の事は生徒会長ではなく、名前で呼べと言っただろう?」

ゾワゾワッ!耳元で囁かないでよ!動揺する私を見て嬉しそうに笑う生徒会長。

「ほら、名前を呼んでみろ。」

再び耳元で囁く生徒会長。く・・・どう見てもこれは私の反応を楽しんでいるようだ。動揺するな、私。相手は22歳の若造だ。
「分かりました、ユリウス・フォンテーヌ生徒会長様。」
わざと最後に生徒会長と付けてやった。どんなもんよ。あまり私を甘く見ないでね。
仮にも私はこの小説の作者なのだから。
生徒会長は一瞬ポカンとした顔をするが、やがて笑い出した。

「ハハハハッ、やはりお前は面白い女だ。会話していてもちっとも飽きない。生徒会だけでなく、プライベートでもよろしく願いたいな。」

生徒会長は何が面白いのか、ずっと笑い続けている。一方笑えないのは私の方だ。
今、何と言った?プライベートでもよろしくしたい?冗談じゃない!これ以上私のプライベートな空間に入り込まないで欲しい。厄介ごとはもうごめんだ。
「・・名前を呼んだので、気が済んだでしょう?さあ、お帰り下さい。」

「分かった。また来る。」

そう言い残すと生徒会長は出て行った。

いいえ、もう来ないで下さい。心の中で私は答えると改めてマリウスに言った。
「もう寮に戻りましょうよ。」


 寮に戻る道すがら、私はマリウスに言った。
「ねえ、本気で私と生徒会に入ろうと思っているの?」

「ええ、初めはそう思っていました。」

「初めは?」

「はい、生徒会長様とお嬢様の会話・・・聞いているだけでゾクゾクしてきました。
お嬢様が露骨な目で生徒会長を詰るそのお姿は見ているこちらでも思わず興奮してしまいます。」

マリウスはうっとりした目つきで言った。
何?何言っちゃってるの?こっちはあんなに困っていたのに、肝心のマリウスは助け船を出すどころかそんな理由で自分まで生徒会に入るつもりでいたなんて。自分の欲求だけを満たすためにだけ生徒会に入ろうとするのは断じて受け入れられない。

「でも、今は生徒会に入るお話はお断りさせて頂こうかと思います。勿論お嬢様も含めて。」

「え?」
私は驚いて顔を上げた。マリウス・・・私が心底嫌がっている姿を見て生徒会長の間の手から守ってくれるのね?

「やはりだめですよ・・・・。」

「ん?」

「お嬢様があのように誰かを軽蔑する態度、侮蔑を含んだ目、どこか相手を小馬鹿にするような口ぶり・・・。それらを受けていいのはこの私だけなのですから!」

力説するマリウス。あ~駄目だ、この男。でも一応生徒会に入るのには反対してくれる事になったのだから、それはそれで良いかな・・・?




3

「お嬢様、それで本日は倶楽部見学に行かれるのですか?」

並んで歩きながらマリウスは言う。う~ん・・・。見学ならいつでも出来る。だが、昨日からのハプニング続きで、もう私は疲労困憊だ。こういう時は・・・うん、甘いものを食べてリラックスタイムだ。
「今日は疲れちゃったからやめておく。その代わりカフェで甘いコーヒーとケーキ
でも食べて行こうかな。マリウスは・・・。」

「はい、ご一緒させて頂きます。」

嬉しそうに言うマリウス。え?今、マリウスは先に寮に戻ってていいからねと言うつもりだったのに、何故そうなる?誰だって一人になりたい時だってあるでしょう。
そこで私は言った。
「ねえ、毎回毎回私に付き合う事は無いんじゃないかな?マリウスだって寮に戻ったら何かする事とかあるんじゃないの?ほ・ほら、新しく出来た友人達と交流を深めるとか・・・。」
何とか説得を試みる。

「大丈夫です。交流ならちゃんと取れていますよ?何故か彼等から私に友人になってくれと近づいてきたので。」

事も無げに言うマリウス。
え?何それ?一体どういう事なのだろう?謎だ・・・・。考え込んでる私にマリウスが言葉を続けた。

「・・何でも私と親しくしていると色々と得する事があるかもしれないと言ってましたね。女性達と御近づきになれるかも・・・みたいな事を話していました。」

首を傾げながら言うマリウス。
ああ、なるほど。そういう事か・・・・。イケメンのマリウスはとにかく女生徒達から人気だ。そんなマリウスと友人という事でマリウスと親しくしておけば、おこぼれの女性の一人や二人・・・そんな風に考えての事だろう。でも、その事はマリウスには伏せておこう。それに彼等にしても最初は打算的にマリウスに近付いても、将来的に親友になりうる可能性だってある訳だし。
でも、そんな事なら尚更マリウスは私に構ってる暇等ないのではないだろうか?
「ねえ。折角友人が出来たなら、寮に戻って今日は彼等との時間を作ればいいじゃない。私は一人で全然大丈夫だからっ。」
だからたまには一人にしてくれよと心の中で訴える。

「いいえ、お気になさらないで下さい。私の時間は全てお嬢様の為にあるのですから。」

「マリウス・・・。」
マリウスは熱を込めた瞳で私を見つめる。
傍から見たら熱愛中のカップルに見えるかもしれないだろう。けれど、2人の間にはそんなロマンスの欠片も無い。
・・・嘘だ、この男は稀に見ないM男だ。趣味は私に罵られる事。とんでもない人間だ。全ては自分の欲求を満たす為だけに私の側を離れない悪趣味男だ。もう、はっきり言ってやる。私は肩を震わせた。

「お嬢様・・・?」

戸惑ったマリウスが私に手を伸ばそうとする。

「あのねえ、誰だって一人になりたい時だってあるでしょう?今日はそういう心境なの!はっきり言わなくちゃ分からないの?!」
思い切りマリウスの手を振り払うように私は言った。ハッ!ま・まずい・・・。
マリウスは真っ赤になった顔を両手で隠し小刻みに震えている。
よ・喜んでいる・・・!最悪だ最悪だ。そうだ、この男は生粋のM男。私は逆に煽る事をしてしまったのだ。

「お・お嬢様・・・。お、お願いします。もう一度同じことを・・!」

顔を上げたマリウスはうっとりと私を見つめながら言った。
だ・れ・が・やるかーっ!

・・・10分後、結局私はマリウスと一緒に学院内のカフェに来ていた。
窓際の一番眺めの良い席に座った私達。
そして嬉しそうに私の前にブラックコーヒーとチーズケーキを運んでくるマリウス。マリウスは紅茶とスコーン。・・・何だかマリウスのメニューの方が乙女らしさを感じるのは気のせいだろうか?

「お嬢様、私の事は道端に落ちている石ころか、空中にまっている埃とでも思っていて下さいね。」

ニコニコしながら言うマリウスはカバンから1冊の本を取り出して読み始めた。
あ、ずるい。いつの間にか一人で本を借りてきて読んでいるよ。この男は。
「・・・ねえ。何の本読んでるの?面白い?」
つい私はマリウスに声をかける。

「はい、面白いですよ。今読んでいる本は心理学です。」

マリウスは私に表紙を見せた。
本の題名は・・・。[相手の心を動かす心理術]
何これ。怖ッ!マリウスが読んでいるだけに言い知れぬ嫌な予感がする。
そこで私は質問した。
「ねぇ・・・参考迄に、何故この本を読んでるか聞いてもいい?」

「はい、喜んで。それは魔術の為ですよ。」

マリウスからの答えは予想外のものだった。
え、魔術の為?どういう事だろう。
私が不思議そうな顔をしている事にマリウスは気づいたのか、説明を始めた。

「魔法を使っての戦いの場合、いわゆる心理戦も必要なんですよ。いかに自分が相手よりも強いのかを言葉や仕草で相手に思い込ませる。そうする事で自分に有利な魔法戦に持ち込める事が出来るのです。」

おぉ~凄い!マリウスは勉強家なのか。思わず尊敬仕掛けたその矢先・・・。

「最も、いかにお嬢様が私に人間的尊厳を否定するような発言をして貰えるように導けるかの研究にも役立っておりますから。」

・・・前言撤回。この男は外見だけ最高だが、中身はクズだ。
私はため息をつくとコーヒーに口を付け・・・吹き出しそうになった。
「ッ!」
ま、まずい!隠れなくちゃ!私はパニックになった。
何故?どうして彼がここにいるの?!
突然あたふたし始めた私を見たマリウスは、どうしたのですかと慌てて声をかけて来た。
そうだ!マリウスだ!
私はマリウスの腕を引いて引き寄せると、彼の胸に顔を埋めた。

「お、お嬢様?!い、いったい何を・・・?」

突然抱きつかれたマリウスは顔を真っ赤にしている。


「シッ!黙って!」
私は横目でカフェにやってきた人だかりを見た。大勢の女生徒達に囲まれてやってきたのはよりにもよってノア先輩だったからだ。
ああ、何で偶然この店にやってくるのよ。そしてなぜこの店には、私達しかいないのよ。


 その時、1人の取り巻き女生徒が私達に気が付いた。

「まあ、随分仲の良いカップルがいるわ。」
「あら、本当。」
「ノア様程では無いけど、あの男の人奇麗な顔してるわね。」

口々に言う取り巻きをノア先輩はいさめた。

「ほらほら、皆。恋人達の邪魔してはいけないなあ・・・ん?」

ノア先輩は何かに気づいたかのようにこちらを凝視しているようだ。私はますます強くマリウスにしがみつく。

「お嬢様、どうされたのですか?」

流石に異変を感じたのか、マリウスが心配そうに声をかけて来た。
私は黙って首をふる。今私に喋らせないでよ!

「ねぇ、君たち。悪いけど今日はもう帰ってくれないかなあ。」

独特な話し方でノア先輩が話している。
周囲では女生徒達の戸惑う様子。

「聞こえなかったの?今日はもう帰ってよ。」

ゾッとする冷たい声ー。
流石に恐怖を感じたのか、女生徒達は逃げるように去って行った。

「またね。」
ノア先輩は何事も無かったかの様に彼女達に声をかけ・・・

「やあ、また会えたね。」

よく通る声でマリウスにしがみつく私に声をかけたのだー。




4

「どうしたの?お嬢さん。君に声をかけているんだけどなあ・・・。」

どこか色気を含む気だるげな声―。嘘でしょう?後ろ姿の私をどうして分かるのよ?

「やれやれ、酷いじゃ無いか。今朝僕を突き飛ばしておいて・・・そうやって無視するつもりかい?」

やっぱりバレてる!
仕方が無い・・・恐る恐る私はノア先輩の方を振り向く。ああ、どうしようもなく震えが止まらない。

「お嬢様・・・?」
戸惑いながらもマリウスは私の身体から腕を離さない。うん、マリウスが側にいてくれれば大丈夫。
私の顔をみたノア先輩は嬉しそうに言った。

「あはっ。やっぱり君だったんだね。つれないなあ。名前も言わずに僕を置いて逃げてしまうんだもの。初めてだったよ。女の子からあんな扱いを受けるのは。」

笑みを絶やさないノア先輩・・・だが、私はその瞳の奥に宿る冷たさを知っている。
「あ、あの時はすみませんでした。少し驚いてしまったもので・・・。申し訳ございませんでした。」
私はマリウスから身体を離すと立ち上がって頭を下げた。

「ふ~ん・・・。別にいいけどさ。所で、後ろにいる彼は君の恋人かな?随分親密そうに見えるけど?」

ノア先輩は首を傾げながらマリウスを見る。ああ、いっそ恋人だとでも嘘をついてしまおうか?でもそれはそれで後々面倒な事になりそうだ。返事をしない私にノア先輩は言う。

「・・答えないか。でも別にそれでも構わないけどね。恋人がいようがいまいが。」

そして何を考えているのかノア先輩は私の腕を掴むと自分の方へ強く引き寄せた。
ヒッ!思わず心の中で悲鳴を上げる。

「・・っ!お嬢様!」
マリウスは椅子から立ち上った。

「そうか・・。さながら従者と主人の報われない間柄ってとこかな・・・?でも君が誰を好きだろうと僕は構わないよ。だって君に興味が湧いたからね。今までどんな女の子でも僕を見れば一目で恋に落ちたのに、君は違う・・・。ねえ、どうしてなのかな?堕ちない女の子ほど僕は堕としたくなるよ。」

ノア先輩は私の顎を掴んで自分の方を向かせると、私の顔を覗き込んだ。その瞳には狂気が宿っているように見える。嫌だ・怖い・・・!この人からは恐怖しか感じない・・!

その時。

「いい加減にして頂けますか?」

バシッ!目に見えない衝撃でノア先輩の腕がはたき落され、私は両肩をグッと引き寄せられ、マリウスの腕の中にいた。これは―マリウスの魔法だ!初めて見る。

「ノア・シンプソン先輩、そこまでにして頂けますか?これ以上私の大切な主に手を出さないで下さい。」

まるで別人のようなマリウスの姿。その姿は限りなく勇ましく―恰好良かった。

「お・お前・・・。僕の名前を知っているのか?」

明らかに狼狽したようなノア先輩には激しい怒りの表情が宿っている。

「ええ。貴方はとても有名人であり・・・危険人物ですから。どうやって私の主と知り合ったのかは存じませんが、これ以上この方に近付こうものなら、いくら先輩だと言え、容赦しませんよ。見た所、貴方の魔力は私よりも低いようですからね。」

淡々と述べるマリウス。本当に彼は本物のマリウスなのか・・・?私は戸惑うばかりだ。

「な・・・生意気な口を叩くな!」
ノア先輩は突然右手から炎の玉を作り出すと私達目掛けて投げつけてきた。

「!」
ぎゅっと目をつぶる私。
マリウスは私を横に軽く突き飛ばすと、左手で炎の玉を受け止め握りつぶした。
え・・待って!手で握りつぶす?!嘘でしょう?!

「危ないですね。屋内でこんな危険な魔法を使うなんて・・・。」

マリウスの左手からはブスブスと黒い煙が漏れ出している。え?大丈夫なの?火傷していないの?

「く・・っ!」

ノア先輩から焦りの色が現れている。それは当然だろう。まさか炎の魔法を手で握りつぶされたのだから。

「どうされましたか?まだ私とやりますか?言っておきますが私の主に手を出そうとしたからには、相手が誰であれ容赦しませんよ?おや?足が震えているではありませんか?」
言いながらマリウスはノア先輩に一歩にじり寄った。

「随分と・・君は主を大切にしているんだね・・・。いいよ、今日の所は君に免じて退散してあげるよ。じゃあね。お嬢さん。でも・・僕は諦めないからね・・。」

最後にゾッとするような台詞を口に出すとノア先輩はカフェテリアを出て行き、
一方の私はすっかり腰が抜けて床に座り込んでしまった。

「大丈夫でしたか?お嬢様。申し訳ございませんでした。突き飛ばしてしまって。」

マリウスは膝を付くと私に手を差し出した。何とか手を借りて立ち上がるとマリウスは言った。

「お嬢様・・・あの方は危険な方です・・。どうか必要以上にあの方に近寄らないようにして頂けますか?」

マリウスは心底心配そうに私を見つめると言った。
「う・うん・・・それにしても、マリウスは魔法の腕も凄かったんだね。」

「いえ、それ程でも。それこそ自分の方が強いのだと思わせる心理行動ですよ。」

私は素直に頷くが、どうしても聞きたい事があった。
「ねえ、マリウスはどうしてあの先輩の事を知っているの?」

「それは・・・あの方を知らない貴族はいないと思いますよ・・。高位貴族の爵位を持つ麗人と言われ、社交界では有名です。女性関係が激しく、ある時は隣国の王妃と恋仲になり、祖国を滅ぼしかけたという逸話がある程のお方ですから。」

マリウスは話しにくそうに語った。
え?!何その話。確かに私は小説の中でノア・シンプソンを女性関係が派手な人物として作中で書いたが、そこまで過激な話にはしていませんけど?!何故こうも次から次へと予測できない話が湧いて出て来るのだろう。絶対に作者の私だけ置いてかれてどんどん話が先へ進んでしまっている気がする―。

「いいですか?お嬢様は飛びぬけて美しく、人目に付きやすい存在です。本来なら私は24時間貴女の側を付きっ切りで警護したい。でも、悲しい事にそれは無理なお話です。なので・・寮にいる時間以外は全て私の側から離れないで下さいね。」

 最後の方は何故か嬉しそうな笑みを浮かべながら言うマリウス。もしや・・これは私の側を離れたくない言い訳にしているんじゃ・・・?24時間付きっ切り?やめて欲しい。そんな事をされれば間違いなく私はノイローゼになってしまうだろう。
いや、待て。これはマリウスに釘を指せるチャンスかもしれない。
「それじゃあさ、どうしても警護したいっていうなら私に変な要求をしてくるのはもうやめにして貰えないかな?!」

「変な要求とは?」

「とぼけないでよ!だから、私に自分の事を踏みつけろとか、虫けらと呼んでくれみたいな事を言って来ることだってばっ!」
私はマリウスの胸に人差し指を突き立てながら更に言った。
「大体、貴方のそういう所が気持ち悪いのよっ!!」
そして腕組みをして、舌打ちをする。
ああ・・・・とうとう自分の本音をぶちまけてしまった・・・。

「・・・・。」

マリウスから返事が無い。まずい・・。ここまで言えば流石のマリウスを怒らせてしまっただろうか?言い過ぎてしまったかと思い、恐る恐るマリウスの様子を伺うと・・・上を向いて恍惚の表情を浮かべながら感動?に震えるマリウスの姿があったのだった―。

「お・・・お嬢様・・・。」

マリウスはやがて私を見ると声を震わせながら言った。

「い・・今のお言葉・・最高でした!」

 もう、本当に食えない男だ。私たちのそんなやりとりをカフェの店員たちが白い目で見ていたのをこの時の私たちは全く気が付かなかったのは言うまでもない。
後日私とマリウスは店で騒いだと言う事でカフェの店長から呼び出され、厳重注意を受ける事となったのだったが、それはまた後程。
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