目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第2章 3 モブキャラ脱却

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1


カフェテリアの一騒動の後、そのまま私とマリウスは学食に移動して夕食を共にする事にした。

「お嬢様、何をキョロキョロされているのですか?」

 マリウスはチキンステーキを食べながら不思議そうに尋ねてきた。うん、確かに私の取っている行動は完全に挙動不審かもしれない。
だって仕方が無いじゃない。いつどこで面倒な彼等と鉢合わせしてしまう事になるかもしれないのだから。

「別に、何でもない。」
説明するのも面倒臭いし。
どうやら俺様王子や強面生徒会長、それにノア先輩はいないようなので私はようやく食事を口にすることにした。私の今夜の夕食はハンバーグステーキセット。ここの学食は一流のシェフが常駐しているので本当に美味しい。私は熱々料理に舌鼓を打っているとふいに声をかけられた。

「まあ、ジェシカ様ではありませんか?よろしければご一緒させて頂いてもよろしいですか?」

声の主はナターシャだった。やはりいつものメンバーを後ろに従えている。
・・・今更ながら思ったが、どうやらナターシャと彼女たちは主従関係にあるのかもしれない。

「ええ。どうぞ。」
私とマリウスのテーブルにはまだ空席があったので、私は快く返事をした。

「それでは失礼致します。」

ナターシャはお辞儀をすると上品に椅子に座り、自分のトレーを置いた。流石お嬢様らしくメニューは上品なレディースセットだった。私のハンバーグステーキセットとは大違いだね。よく見ると他のメンバーも皆彼女と同じメニューだ。気が合うのか、彼女に合わせてるのかよく分からない。
席に着いたナターシャはマリウスをチラリと見た。おや?もしかしてナターシャの目的はマリウスかな?

「あの、失礼ですがマリウス・グラント様ですよね?」

微笑みながらマリウスに話しかけて来る。ああ、やっぱりナターシャはマリウスが目的だったのね。ひょっとして私に近付いたのもマリウス目当てだったのかもしれない。

「ええ、そうです。よく私の名前をご存知ですね。」

マリウスも笑顔で返す。
そりゃそうでしょう。マリウス、貴方はそのイケメンぶりと今日の剣術の練習試合で俺様王子と並んでアイドル並みの人気者になったのだから。しかし、M男と俺様王子が人気を博すなんて、この学院大丈夫?
 ナターシャの声かけを機に、彼女達は一斉に目をキラキラさせながらマリウスに話しかける。そんなマリウスも律儀に会話に応じている。うん、基本的にマリウスは優しいんだよね。ただし変態M男だけど。私は色々マリウスに助けて貰っているけれど、私の中でどんどん彼の評価が下がっている。だって知れば知る程マリウスのMぶりがエスカレートしてきてるんだもの。それにしてもいい雰囲気なんじゃない?
私は蚊帳の外でモクモクと食事を続ける。

 ・・・・全て完食。しかしナターシャ達は会話に夢中でまだほとんど料理に手を付けていない。あ~あ。折角のグラタン、冷めちゃってるよ。チーズは冷めるとあまり美味しくないんだから。等と余計な心配をする私。
一方マリウスも会話に付き合わされて、すっかり料理は冷めきっている。・・・ご愁傷様です。
 食事を食べ終えた私は特にする事も無いので、寮に戻ろうかと思い、席を立った。

「皆さん、すみません。食事が済みましたので、お先に失礼させて頂きますね。少し自室ですべき事もあるので。」
嘘です。そんな用事ありません。

「え?!お嬢様?!」

マリウスは情けない声を出した。・・・そんな声出すのはやめなさいってば。私だって1人になりたいのだから。

「まあ、ジェシカ様。申し訳ございません。私達だけで勝手に盛り上がってしまって。」

ナターシャはわざとらしく私に言う。

「いえ、どうぞお気になさらないで下さい。」
笑顔で返した。
そんな男でよければ熨斗を付けてお渡ししますよ。との意味を込めてね。

「それではご機嫌よう。」
 後はお若い人達でと言わんばかりに私はその場を後にしたのだ。
帰り際、マリウスを見ると私を恨めしそうな目で見ていた。やった、ついにマリウスを困らせる事が出来たー。
私は誇らしい気持ちでカフェテリアから外に出た。

 夜風が気持ちいい。時刻は夜7時、まだソフィーとの約束時間迄余裕がある。学院は夜になるとあちこちがライトアップされて幻想出来である。何だか日本にいた時のイルミネーションを思い出させてくれる。私はこの時間を密かに気に入ってしまった。周囲にはカップルたちが仲が良さそうに散策している姿が見られる。
健一は今頃どうしているのだろうか・・・・。ふと健一の顔が頭に浮かんだが、すぐに頭を振って思いを打ち消した。

そうだ、マリウスみたいに私も図書館に足を運んで見よう。
意気揚々と踵を返すとー

「ムグッ!」
前を見ていなかった私は勢いあまって男性の背中に思い切りぶつかってしまった・・・。

「おい、気を付けろよ。」

振り向いた男性が迷惑そうに声をかけて来た。
「は、はい。すびばせん・・・。」
鼻をしたたかに打ち付けてしまった私は痛む鼻を抑えながら涙目で謝罪した。

「お、おい。大丈夫か?」

思いの他、心配そうに声をかける男性。案外いい人なのかもしれない。
「はい。大丈夫です。」
今度こそ顔を上げると―。

「あ。」
男性は私の顔を見て少し驚いたような顔をした。

「?」
あれ・・・そう言えば何処かで見たことがあるような・・?そこでピンときた。
この男性はアラン王子の腰巾着Aだ。
何故Aかって?それはアラン王子を挟んで左隣の男性をA、右隣の男性をBと勝手に決めているからだ。そして腰巾着Aは赤毛で少し野性的な雰囲気を持っている。
「腰巾着Aさんだ・・・。」
思わず私は声に出してしまっていた。あ、まずい・・・。

「おい、誰が腰巾着Aだ?」

男性は心外だと言わんばかりに眉をしかめたが、それ以上文句を言う事は無かった。
「まあ、俺の名前なんか別にあんたが知ってもしょうがないけどな。」
男性は溜息をつきながら言った。

「今夜は御1人なんですね。いいんですか?アラン王子を放っておいて。それとももう一人のBさんがアラン王子と一緒なんですか?」
Bさんは青い長髪で後ろで1本に髪の毛を束ねた男性である。

「あ?Bさん?なんだ、アイツの事か。そうだ、アイツが今夜のアラン王子の付き人をやってる。俺達だって夜位は一人になりたいさ。」

Aさんは溜息をついて言った。

「奇遇ですね。私もその通りです。」
相槌を打ちながら私も言う。うん、この人とは気が合いそうだ。気が抜けたような話し方をするのも日本で暮らしていた頃を思い出す。そうそう、私はこういう何気ない会話が気楽なのよ。

「アラン王子に振り回されて、正直大変でしょう?」
あ、気が付けば私普通にしゃべっちゃってるよ。

「まあな、あの王子様は何でも自分の思い通りに事が運ばなければ納得しないタイプだからな。あんたも大変だな。あの王子に目を付けられて。」

Aさんはどこか同情するような、しかし爽やかな笑顔で私に言った。

「本当、正直困ってるの。もう私の事は放っておいて下さいとAさんから伝えて貰えないかなあ?」

「無茶言うな、俺から言える訳ないだろう?それに俺はAさんなんかじゃない。
グレイって言う名前があるんだからな。」

「そうですか、グレイさん。ではアラン王子に伝言お願いね。」

「だから、俺からは言えないって言ってるだろう?それよりあんたこそあの付き人は何処へ行ったんだ?」

「彼は他の女生徒達と食事をしてるけど?」

「ふ~ん・・・。」

グレイは意味ありげに私を見た。

「な・何?」

「だから一人寂しく歩いていたのか?」

「おあいにく様、やっと一人になれてせいせいしていた所ですけどね。四六時中離れてくれないから正直迷惑なんだから。」

「そっか、お互い大変だな。」

苦笑いして私を見るグレイ。

「ところで、何処かへ行くところだったのか?」

「うん、ちょっと図書館へ行こうと思ってね。」

「そっか、気を付けて行けよ。それじゃまたなジェシカ。」

最後にグレイは私の名前を呼んで去って行った。うん、今夜からグレイは私の中でモブキャラ脱却かな。

 その後私は図書館へ行き、ミステリー小説と恋愛小説を1冊ずつかりて寮へと戻った。
さあ、この後はソフィーと入浴場で待ち合わせだ—。




2

私は緊張する面持ちで大浴場の前の椅子に座ってソフィーを待っている。きっと今夜はあのメガネの女性とも一緒に来るに違いない。そう思ったのだが・・・・。

「あ!ジェシカさん。随分早かったのね。」
この小説のヒロイン、ソフィーがやってきた。

「ううん、大丈夫。さっき来たばかりだから。」
本当は随分前から待っていたけどね。でも日本人的な返事の返し方をする私。
私とソフィーはお互い、かしこまった話し方は止めようという事に取り決めたのだ。
最もこれは私から言い出した事では無く、ソフィーからの提案である。
 私の小説の中のソフィーは明るく天真爛漫な性格で、例え相手がどれだけ爵位が高くても気後れしない性格と言う設定で描いている。それ故、侯爵令嬢のジェシカは彼女の態度が気に入らず、何かにつけて嫌がらせを・・・。あくまで公式設定では。
 でも本来のジェシカは別に爵位など全く気にしない性格だったのだ。そしてジェシカの取り巻き達から、もっとソフィーの態度を改めるように言って欲しいと頼まれていたジェシカだったが、そんなのは放っておけばいいと相手にはしなかった。それが裏目に出てしまい、ジェシカはソフィーに対する嫌がらせの数々を擦り付けられてしまう事に・・・。

「・・・さん、ジェシカさん。一体どうしたの?さっきからずっと黙ってるけど?」

・・はっ!私はソフィーの呼びかけで我に返った。いけない、思わず自分の書いた小説を思い返すのに夢中になってしまっていた。

「ううん、ごめんね。今日のお風呂はどんな入浴剤が使われるかな~って考えていたから。」
私は必死に言い訳する。・・実はここのお風呂の入浴剤は日替わりで様々な種類に変わるんだよね。昨日はローズの香りだったし。

「そうね。今夜はどんなお風呂かしら。楽しみね。」
ソフィーはニコニコしながら言った。

「それじゃ、お風呂に入りに行きましょう。あの・・・所で・・ちょっと質問したい事があるのだけど・・・。」
そう、私が今一番物凄く、気になっている事がある。どうしてもそれをソフィーに確かめたい。

「何?気になってる事って?」

「あのね、ソフィーさん。今日眼鏡をかけた女の子と一緒にいたでしょう?」

「あ、見てたのね?あの人は私のルームメイトよ。」

そうだった、ソフィーの爵位は準男爵。そして準備男爵家は別の塔で2人部屋になっている。

そうか、2人はクラスメイトだったのか。
「彼女は一緒にお風呂に来なかったの?」
私は何気なく尋ねてみた。

「うん。彼女ね、大浴場は好きじゃないんですって。部屋に備え付けのバスとシャワーで十分だから行かないって言ってたわ。」

そうなのか、折角探りを入れられると思ったのに。だってどうしても気になるんだよね・・・。私をあれ程凝視して見ていたんだから絶対何かあるに違いない。

「ジェシカさん?お風呂・・入りに行かないの?」

ソフィーは顔を覗き込んできた。
「あ、い・いえ。入る、勿論入りますよ!」


「今日も誰もいないのね。」
わたしは大きなお風呂に足を伸ばしながら言った。

「本当、何だか勿体ないわ。こんなに素敵なお風呂なのに誰も入りに来ないなんて。」
ソフィーはキョロキョロしながら言った。

「でも何だか貸し切りみたいでちょっと楽しいかも。」
私は咄嗟にそう言ったが、きっとこれは私の書いた小説のせいかもしれない。小説の中では学生たちは爵位が違う者同士が同じ風呂に入るなど許せないと考えを持つ気位の高い貴族が多数いたので、ほとんどの学生が入りに来ない。と、記述してしまったからだ。
何もこんな所だけ、小説の世界を反映しなくても良いのに・・・・。

「今日の剣術の試合、皆さん凄かったわね。」

突然ソフィーが話題を変えてきた。よし、この会話の流れからソフィーのアラン王子への気持ちが確かめられるかもしれない。

「ええ、本当。さすが皆さん、子供の頃から剣術を磨いてきただけの事はあると感じたわ。ところで、ソフィーさん。今日試合を見て、どなたか気になる男性は見つかりましたか?例えば・・・アラン王子とか。」
あ、名前出しちゃった。でもいいや。

「ええ?アラン王子様ですか?とんでもないわ。だって王子様なんて私のような者には恐れ多くて。それにアラン王子様が夢中になられている方はジェシカさんと聞いていますよ?」

ソフィーはキョトンとした顔で私に言った。あああ!やっぱりいい!おのれ、アラン王子め。貴方が周囲に誤解を与える態度ばかり取るからヒロイン・ソフィーまであらぬ勘違いをしてしまっているではないか!まずい、このままでは絶対にまずい・・!

「いやねえ~。ソフィーさんまでそんな噂を信じて。大体私はアラン王子様とは何の関係もないんだってば。ただ、アラン王子様は私をからかって楽しんでいるだけだから・・・。」
ま・まずい。何故かアラン王子の事を喋れば喋る程墓穴を掘っている気がする・・!
このままでは私がソフィーとアラン王子をめでたく結婚させるという計画が流れてしまう可能性が出てくるかもしれない。

「あら、好きな女性には男性はからかいたくなるって聞いたことがあるわよ。」

「う~ん・・・。必ずそうとは言い切れないと思うけど・・・。だ、第一私はアラン王子には全く興味が無いから。むしろソフィーの様なタイプの女性が好みなんじゃ無いかな~・・。」
必死で私はソフィーの興味がアラン王子へと向くように話す。

「それは無いと思うけど?だって私はまだ一度もアラン王子様とお会いした事がないもの。」

嘘?!無いの?私は頭の中で必死に自分の書いた小説の記憶を手繰り寄せる。
そうだ、確か二人の初めての出会いは入学後、初の休日。町へ遊びに行った学生たちの中にアラン王子とソフィーもいた。そして友人達と互いにはぐれたソフィーとアラン王子が偶然出会って、一緒に町を周る・・・と、思い切りベタな内容を書いたんだっけ。
それなら今度の週末アラン王子とソフィーを私が引き合わせれば・・・その後、私が2人を残してこっそり消えれば物語のように話が進むでは無いか?うん、我ながら名案だ。幸い私は週末にアラン王子と出掛ける約束をしている。このチャンスを生かす手はない。
またしても黙り込んでしまった私をソフィーは不思議そうな顔でみるのだった・・。

 その後、私達はお風呂から上がった後休憩室で少しだけ話をした。私が尋ねたかったのはソフィーは今度の週末は町へ遊びに行くのかと言う事。
やはり思った通りソフィーはクラスメイトと町へ一緒に遊びに行く事にしているらしい。行き場所を尋ねると女性向けの雑貨を扱っている店があるらしく、そこで買い物と、今町で流行のおしゃれなスイーツカフェでお茶をするつもりのようだ。
うん、成程。頭の中で何度も内容を復唱する。

 これからも時々一緒にお風呂に行く約束を取り付けて、私達は別れた。
よし、リサーチもした事だし後はどうやってアラン王子とソフィーをさり気なく接近させるか・・・。

 剣術の試合、アラン王子は自分が勝ったら週末付き合えと言ってきたが、マリウスとの試合結果は引き分け。そうなると別にアラン王子との約束を守る必要は無いし、私としても俺様王子と憂鬱な時間を出来れば過ごしたくはない。でもソフィーとの恋を進展させるには不本意でも週末アラン王子に付き合うしか無いか・・・。
マリウスとの約束はまた今度にして貰おうかな。
 この日の夜、私は寝るまで初イベント?になるシュミレーションを考えたのだった。 




3


今朝の事—。
朝食を食べる為にホールへ降りていくと、大勢の女生徒達の中にナターシャの姿があった。例のごとく同じメンバーを連れている。成程・・・やっぱり彼女たちは取り巻きで間違い無さそうだ、
ナターシャは私の姿を見ると、嬉しそうに手を振って来た。

「ジェシカ様!どうぞこちへお掛け下さい。私達とご一緒しましょうよ。」

うわ、露骨な態度だなあ・・。分かりやすッ。
「はい、でもまだ朝食を取ってきておりませんので。」
さり気なく彼女たちと離れた場所に座ろうと思い、口に出すと・・・。

「マリアさん!ジェシカ様のお食事をお持ちして差し上げて頂けますか?」

黒髪にそばかすが印象的な女生徒に向かって厳しい口調で言った・・と言うかどう見ても命令にしか聞こえないんですけど・・・。

「は・はい!」

可哀そうにマリアと呼ばれた女性は肩をビクリとさせて、取りに行こうとする。
私は慌てて彼女を引き留めた。

「お待ちください、自分の朝食位自分で持って参りますわ。誰かのお手を煩わせるなんて事、して頂くわけにはいきませんから。」
お上品な言葉は幾ら使っても慣れない。全身に鳥肌を立てながら私は笑みを浮かべながらマリアさんに言った。・・・私の笑顔が引きつっていない事を祈る。
引き留められたマリアさんは呆然とした表情で私を見ている。

「まあ、ジェシカ様はとても心がお優しい方でいらっしゃいますのね。私、感動致しましたわ。」
大袈裟なリアクションで目をウルウルさせるナターシャ。いちいち演技がかっているなあ。昨夜の私に対する態度と偉い違いだ。さては余程昨夜は楽しかったのだね?

「ええ。ですから失礼致しますわね。」
オホホホと言わんばかりの態度で私はそそくさとナターシャ達の側を離れ、トレーを持つと料理を次々と皿に乗せていった。

 なるべく目立たない、端の席に座ると私は食事を口に運んだ。あ~やっぱりここの食事は最高に美味しい。まるで○○ホテルのビュッフェのようだわ・・・・。
それにしても・・・朝食の席で一度もソフィーに会った事が無いのは何故だろう?もしかすると学生の数が多いので時間帯をずらしているのかな?
最後に食後のブラックコーヒーを飲んでいると一つ隣のテーブルで食事をしながら会話する数名の女生徒達が居た。

「ねえ、昨夜のナターシャ様御覧になりましたか?」
「勿論ですわ。それにしても露骨でしたわよね。」
「男性にあのようにしつこい態度で迫るのはどうかと思いますわ。」
「ええ、ええ。最後は『逢瀬の塔』へ連れて行こうとしておりましたわよ。」

何?『逢瀬の塔』・・・?そこで私はピクリと反応し、全身を集中させて彼女たちの会話に集中する。盗み聞きだが、許してね。

「本当、とんだ災難でしたわよね。お気の毒なマリウス様。」

!私は思わず飲みかけの珈琲を危うく吹き出しそうになった。何?マリウスが?!
彼女たちの話を聞いて私は眩暈を起こしかけてしまった。
『逢瀬の塔』・・・それはつまり、男性と女性が逢引をする場所。通常この学院では男子寮・女子寮は行き来禁止。でもこの『逢瀬の塔』では恋人同士が朝まで一緒に過ごす事が出来る特別な場所なのである。
何せ、このセント・レイズ学院は結婚相手を見つけ、更にこの場所で結婚式を挙げる事も出来る特殊な学院だ。・・おまけに保育園まであるという親切さ。
 マリウス、ごめん!作者である私がこんな設定まで小説の中で作ってしまった為に
危うくナターシャの毒牙にかかりそうになってしまったのね。後でマリウスに会った時には、きっちり謝罪しておかなくては。

 でも結局、本当の所マリウスはナターシャに無理やり塔に連れて行かれてしまったのだろうか?だってナターシャは今朝あんなに機嫌がいいし。これが上手くいかなかったなら機嫌悪くて誰かに八つ当たりの一つくらいしそうなタイプだ。
 だけど、絶対マリウスには尋ねる訳にはいかない。
だって<昨夜は御楽しみでしたか>なんて事聞ける訳ない!いや、これはあまりに下世話な表現だったかもしれない。もっと適切な尋ね方は・・・。
そこまで考えて私はふと我に返った。
何だ、別にマリウスの事なんかどうだっていいじゃない。これでマリウスが私から離れてナターシャさんと恋仲にでもなってくれれば万々歳だ。
 私はすっきりした気持ちで残りの珈琲を飲むと、席を立ったのだった。

学院指定のカバンに筆記用具を入れ、昨日図書館で借りてきた小説を手に取る。

「うん、この本も持って行こう。」
私はついでに昨日途中まで読みかけていたミステリー小説をカバンに入れると自室を出た。

寮の出口に向かうと昨日の騒ぎとは違って今朝は静まり返っている。そうか、今朝はきっとマリウスがいないからだ。私はそのまま外へ出ると—

「お嬢様、ジェシカお嬢様。」
建物の側にある茂みから何やら声が聞こえる。それに何だかガサガサ動いている様だ。

「マリウス!」
茂みから現れたのはマリウスだった。そしてマリウスは何故か手招きをして私を呼ぶ。

「マリウス、何やってるのよ。こんな所で。」
私は慌ててマリウスに近寄ると言った。ところが何故かマリウスは口元に人差し指を立てて、静かにする様にジェスチャーすると私を茂みの中へと引きずり込んだ。

「ち・ちょっと、何するのよ。」
私が抗議の声をあげようとすると、マリウスは私の口を塞ぎ、小声で言った。

「申し訳ございません、お嬢様。少しだけお静かにして頂けますか?」

マリウスは真剣な顔で茂みから外の様子を伺っている。程なくして現れたのはとナターシャと取り巻き達だった。

 やがて彼女たちがその場を去ると、マリウスは大きなため息をついた。

「・・・授業に行きましょうか?お嬢様。」
マリウスは疲れ切った笑顔で私に手を差し伸べた—。


 暫く無言で歩き続ける私とマリウス。き・気まずい・・・。マリウスの顔を横目でチラリと見る。

「お嬢様、どうされたのですか?先程から私の事を見ておられますが・・・何か顔についておりますか?」

ええ、ええ。そりゃついてますよ。目と鼻と口が!と突っ込みたいところだが今はそれどころではない。どうしよう、どうやって話を切り出すべきか・・・。でも個人のプライバシーにそもそも部外者の私が突っ込んでよいものだろうか?だけどこんなモヤモヤした気持ちでは授業に集中出来ない。ええい!もうこうなったら思い切って聞いてやれ!私は覚悟を決めた。

「あの・・・ね。マリウス。」

「はい、何でしょう?」

「昨夜は・・・その・・先に帰って、ごめんなさい・・・。」
う、駄目だ。どうしても声が上ずってしまう。

「お嬢様・・・・。」

マリウスが目を見開いた。

「お嬢様、どうされたのですか?今朝のそのしおらしい態度は。いつものように高飛車で人をズバズバ切り捨てる刃のような鋭いお言葉は何処へ行ったのです?!」

「ちょっと!私そこまで酷い態度取った事は無いでしょう?!」
思わず、強く言い返す。はっ!違うでしょ私!こんな事話すつもりじゃ無かったでしょう?

「そ、そうじゃなくて・・・昨夜何か酷い目に遭ったりしなかったかなあ・・・。と思って。」

「ああ・・・あの事ですか?」
マリウスは何処か遠くを見るような目をした。

あの事?あの事って何?やっぱり2人の間には何かがあったって訳?!

「でももう、済んだ事ですし大丈夫ですよ。お嬢様は何も気になさらないで下さい。」
ニッコリ笑うマリウス。だ、か、ら、そこは何があったのかはっきり言って貰わないと分からないでしょ!この間の夜のお務めの話と言い、何故マリウスは私を悩ますような事ばかり言うのか。天然なのか、それとも嫌がらせなのか・・・私には彼の事がさっぱり理解出来ない。
私は溜息をつくのだった・・・。




4


結局、昨夜マリウスとナターシャの間に何が起こったのは確認する事が出来なかった。でもまあ、仕方が無い。それよりも明日は入学して初めての休日だ。ソフィーの明日の予定は確認済みだし、後はアラン王子に一緒に出掛ける約束を取り付けてみよう。そう思って教室へ入ったのだが、何かおかしい。
アラン王子の姿が見えないのだ。でも一番前の席には腰巾着A・・・もとい、グレイが座っている。隣に居るのは腰巾着B。一体アラン王子は何処へ行ったのだろう?

「どうされたのですか?お嬢様。」

マリウスは私がずっと立ったままなのを見て不思議に思ったのか、声をかけてきた。

「あ、あのね。私グレイに用事があるから、ちょっと行って来るね。」

「え?グレイ?」

一瞬マリウスは眉を潜めた気がしたが、そんな事かまっちゃいられない。
私は急いで、彼らの元へ向かった。


「グレイ!」
私は声をかけた。

「うおっ、何だ。ジェシカか。驚かすなよ。所で昨夜は何か良い本借りる事が出来たか?」

爽やかな笑顔でグレイは尋ねて来た。

「うん。お陰様でね。」

「どんな本を借りたんだ?」

「ミステリー小説と恋愛小説よ。」

「へえー。ミステリー小説を好きそうなのは分かるが、まさかジェシカが恋愛小説とはね。」

何やらニヤニヤしながら言うグレイ。

「何?似合わないとでも思ってるの?」

「いや。そうじゃない。だってジェシカは恋愛には興味が無さそうに見えたからさ。」

「どうしてそう思うの?」

「だって、マリウスのような男が側にいても、興味が無さそうだし、挙句にアラン王子に言い寄られても何か逃げ腰だもんな。」

一方、私とグレイが仲良さげに話しているのを腰巾着Bは不思議に思ったのか、突然話に割って入って来た。

「おい、どうしたんだよ。お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」

腰巾着Bは私とグレイの間に入ってきた。

「あ、お早う。Bさん。」

「お、おう。」

私が挨拶すると、途端に顔を背けて返事をするBさん。ん?何だろう?
するとグレイは笑いながら言った。

「悪いな、こいつ見かけによらずあまり女に免疫が無いんだよ。」

笑いながらBさんの背中を軽く叩く。あら、イケメンなのにそれは気の毒な・・・。

「う、煩い。余計な事言うな。それに大体Bさんて何だよ。」

あ、グレイと同じ事言われちゃった。
「ごめんなさい。名前が分からなかったからBさんて私の中で勝手に呼んでただけなの。」

「・・・だ。」

「え?」
何を言ったのか声が小さくて聞き取れなかった。

「俺の名前はルーク・ハンターだ。」

「そう、ルーク。よろしくね。」

「ふん。」

ルークはそっぽを向いてしまったが、耳まで赤く染まっている。やだ、何か可愛いんですけど。この人。・・・年下の弟みたい。

「ところでジェシカ。お前もしかしてアラン王子に用が会って来たのか?」

「あ。そうそう。忘れてた。」

「忘れてたって・・・お前なあ・・・。クッ・・気の毒な王子だぜ。」
グレイは笑いをこらえるように言った。

「ねえ、アラン王子はどうしたの?明日の件で話があるんだけど。」

「アラン王子なら流感にかかって、療養病棟に入っている。」

ルークがぶすっとした様子で答えた。

「ええ?アラン王子が?!」
な、何てこと・・!折角の明日の計画がパーに・・!

「何だ?もしかして明日の休日、アラン王子と出掛ける約束でもするつもりだったのか?」

まさかな~なんて言いながらグレイは言う。
「うん、そうだけど。」

「「何い?!」」

グレイとルークが同時に声を上げた。・・・うるさい。
「何で驚くの?私がアラン王子を誘いに来たらいけないの?」
こっちだって好きで声をかけにきたんじゃありませんよ、ソフィーとアラン王子を何とか引き合わせる為にセッティングの場を設けようとしているだけです。

「でも・・・具合が悪いなら、明日は無理だよねえ。」
私は溜息をついた。あ~あ・・・。

それなのに、何を勘違いしたのかグレイは嬉しそうに言った。

「それじゃあ、ジェシカ。明日の予定はどうするんだ?」

「・・・特に何も考えていないけど・・。」
恐らくマリウスはナターシャ達と一緒に過ごすかもしれない。いや、是非
そうして貰いたい。下手に二人きりで外出してナターシャ達の恨みを買いたくはない。マリウス、ごめん。ナターシャ達と仲良くしてあげて。

「一人で町へ行って来ようかな・・。」
どの道、町へは行かなくてはならない。今ある手持ちの服を全部売って、新しい洋服を買い替えなければならないのだから。

「ならさあ、悪いけどアラン王子のお見舞いに行ってやってくれないかなあ?」

とんでもない事を言うグレイ。
「ええ?!どうして私が?」
療養病棟―それは身内か、余程親しい間柄しか見舞いに行く事は出来ない場所なのだ。そこへ見舞いに行けだなんて―。

「無理だってば!私がアラン王子の見舞いに行けるはず無いでしょう?」

「大丈夫だって。俺とルークで話し通して置くからさ。な・頼むよ。」

グレイはしきりに頭を下げて来る。・・・仕方が無い。
「分かったわよ・・・。行ってくればいいんでしょう?」

「おう、よろしく頼むな。」

グレイはわたしの肩をポンポン叩きながら言った。うん、こういう気さくな態度は嫌いじゃない。

「ああ、そうだ。」 

一通り話しが終わり、私がグレイ達の側を去ろうとした時、グレイは声をかけて来た。
「何?」
私はグレイを見た。

「ジェシカ、明日もし誰とも一緒に町に行く相手がいなければ俺たちが付き合ってやってもいいからな。」

「な、何お前勝手な事言ってるんだ!」

ルークは驚いた良い様に大声を上げる。反応有り過ぎだよ。

「大体、その女には付人がいるんだろう?」 

「いや~それがそうでも無いんだよな。」

意味深に私を見ながら言うグレイ。何?一体何が言いたいの? 

「う~ん・・これって言ってもいいのかなあ。」

何言ってるの?そこまで言って教えないつもり?
「もったいぶらないで教えてよ!」
私は必死で詰め寄る。

「わ、分かったってば!言うよ!その代わり責任持てないからな。」

観念したようにグレイは言った。

「実はさ・・・ジェシカと別れた後、見ちまったんだよ。」

「見たって何を?」

「マリウスが女と一緒に逢瀬の塔に入る所をさ。」

え・えええ~!!
「や、やっぱり・・・。」

「何だ?やっぱりって知ってたのか?」

「うん・・・。今朝朝食の時間、他の女生徒達が話してるのを耳にして・・。でもまさか中に入ったとは思わなかった。」
そ、それではやっぱり2人はあの塔の中の部屋で・・・?!
「そ、それで2人はどの位で塔から出てきたの?!」
私はさらに詰め寄り、気付けばグレイの両肩を揺さぶっていた。

「し、知らねーよ!第一、何であいつ等を俺が見守ってなくちゃならないんだよ?」

ああ!なんて、使えない男なの?!思わず頭を掻きむしる。

「お、おい。少し落ち着いたらどうだ?」
今迄黙っていたルークが声をかけて来た。

「だって、これが落ち着いていられると思う?!」
私はキッとルークを見る。思わずたじろぐルーク。

「おい、そんなに気になるならそこにいる本人に直接聞けばいいじゃないか。」

グレイの言った方を向くと、そこに立っていたのはマリウスだった・・・。

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ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

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