目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第2章 4 私達は空気が読めない

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1


「お嬢様、一体彼等とどのようなお話をされているのですか?よろしければ私も混ぜて頂けないでしょうか?」

マリウスがぴったり私の背後に張り付いて話しかけてきた。マリウスの顔を見上げると何故かグレイとルークに冷たい視線を投げつけているかのように見える・・・?

「おい、丁度ご本人様が登場したぞ?ほら、ジェシカ聞いてみろよ。」

「グ、グレイ?!」
な、なんて余計な事を言ってくれるの?少しは空気を読んでよ!私はジロリとグレイを睨み付けてやった。

「お嬢様・・・いつの間にか随分彼等と仲良くなられたようですね。私に何か聞きたい事があるのなら、何故直接聞いて下さらないのですか?」

恨みがましそうに私を見るマリウスの目。・・・いつの間にかこんな目をするようになったのね。やるじゃない。私はまけじとぐっとマリウスを見つめた。一瞬、マリウスの顔が真っ赤に染まる。こ、こら!人前で変なスイッチ入れないでよ!

「ほら。もうすぐ授業が始まるから席に戻ろうよ。じゃあね。グレイ、ルーク。」
私はマリウスの背中を押すように席へ戻ろうとしたその時、またグレイがそこで爆弾発言をしてくれた。

「じゃあな、ジェシカ。明日楽しみにしてるよ。」

わざとらしい笑みを浮かべているグレイ。どうやらこの男は私とマリウスの中を引っ掻き回して楽しみたいようだ。いい加減にして欲しい。
その言葉に反応するマリウス。ピクリと肩を動かすと私ではなく何故かグレイの方を向いた。

「明日・・・?明日一体何があると言うんですか?」
マリウスの背後から何やら黒いオーラが出ているようにも見える。あの・・・少し怖いんですけど。

「おい、そろそろこの辺でやめておけ。」

ついに見かねたのかルークはグレイを止めようと間に入ってきた。ねえ、止めるならもっと早く止めてよね。仮にも貴方の相棒でしょう?

「別に、ただ明日は俺達と町へ出ないかって誘っただけだ。」

一体何を考えているのか涼しい顔をしたグレイはマリウスの正面に立つと腰に手を当てて言った。あ、終わった・・・。

「お嬢様・・・。」

ギギギギ・・・首からまるで音が出るのでは無いかと思うくらい、ゆっくりとこちらを振り向くマリウス。その顔は笑みをたたえているが、何故か背すじが寒くなる。

「は、はぃぃ!」 
思わず声が裏返る。駄目だ、今日のマリウスはおかしい。これならいつものM男の方が数倍マシだ。

その時・・・
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン・・
予令のチャイムが鳴り響いた。

「ああ、授業が始まりますね。お嬢様、席に戻りましょう。」

マリウスは逃さないぞと言わんばかりに私の腕をガッチリ掴むと、グレイとルークの方を振り向いた。

「それでは失礼致します。」

そして私は半ば強引に引きづられるように席へ連れ戻されるのだった。
私がこの時程、マリウスが自分の隣の席である事を恨んだのは言うまでも無い。

 午前中の授業はとてもじゃないが集中して受けられたものでは無かった。何しろマリウスが事ある度に、こちらを何か言いたげに凝視してくるのでたまったものではない。
でもそれを言うならこっちにだって言い分はある。本当に昨夜はナターシャと逢瀬の塔に行き、事に及んだのか・・・。駄目だ、やっぱり聞けない。何だか自分だけ針のむしろ状態で不公平では無いだろうか?

 やがて息が詰まるような時間は終わった。
授業は殆ど集中出来なかったので、今夜は寮に戻ったら復習をした方が良いだろう。

「さあ、お嬢様。午前中の授業が終わりましたので、昼食に行きましょう。積もる話しもありますし。」

ね?と言わんばかりに笑顔で言うマリウス。
駄目だ。今日の私は食欲等皆無だ。いや、むしろ食べたら胃もたれをおこしてしまうかもしれない。
こうなったのも全てグレイのせいだ。彼には責任を取って貰わなければ・・・。そう思いグレイを探すと、ちょうど彼は私に手を振って教室を出るところだった。
あ!卑怯者!逃げたな!

「どうしたのですか?お嬢様。行きますよ。」
黙っている私にマリウスは再び声をかけてきた。観念した私は立ち上がり・・・。

「マリウス様!」
甘えた声でマリウスの名前を呼ぶ声。
声の持ち主は案の定、ナターシャだった。

ピシッ!
マリウスが固まる音が聞こえた気がした。

「ナ、ナターシャ様・・・何故こちらの教室に・・・?」

明らかにマリウスの顔は青ざめている。
おや?何故だろう。昨夜2人は思いを通じ合わせたのでは無かったのか?

「嫌ですわ。そのような言い方・・・。私と貴方の仲ではありませんか。」

ナターシャは頬を染めている。あれ?そう言えば今日は取り巻きがいないわね。
ナターシャは私を見ると言った。

「と言う訳で、ジェシカ様。マリウス様をお借りしてもよろしいでしょうか?」

やった!ナターシャに感謝!
「ええ、勿論。どうぞ私にお構いなく。」

「そんな!お嬢様?!」

「それでは失礼致します。」
悲痛な声を上げるマリウスの声を聞かなかった事にして、私は教室を後にしたー。

 面倒なマリウスをナターシャに押し付ける事に無事成功した私。
気が楽になった私は俄然食欲が湧いてきた。
さて、今日は何処でお昼を食べようか・・・。
ブラブラ外を歩き回っているとハンバーガーショップのテナントを発見。
うん、天気も良いし、今日は外で食べよう。
チーズのたっぷり乗ったハンバーガーにポテト、サラダ、そしてアイスコーヒーのセットメニューをテイクアウトして、芝生のある園庭に移動し、手近な木の下にあるベンチに座ると、早速ハンバーガーを手に取り・・・。

「邪魔するぞ。」

突然ドサッと私の隣に座る人物。恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは熱血生徒会長。
何故、そこに坐る?と言うか、何処から湧いて出てきたのだ。この人は。

「ほう。今日の昼食はハンバーガーか。」

生徒会長は私のランチを覗き見る。

「・・・何故ここにいるのですか?」
私は冷めきった目で生徒会長を見る。

「いや、たまたまお前の姿が目に入ったからな。」

どうだか。怪しいものだ。

「お前1人とは珍しいな。」

言いながら生徒会長は手に持っていたバスケットの蓋を開ける・・・は?バスケット?
男性のくせに随分女らしいアイテムを・・・。さらに中から取り出したランチを取り出した。

「?!」
な、なんと言う事でしょう・・・生徒会長のランチは可愛いらしいロールサンドイッチではありませんか!
隣で紙袋に入ったチーズたっぷり肉厚ハンバーガーを食べてる私って一体・・・。

「生徒会長・・・。」

「生徒会長ではない。名前で呼べと言っただろう。」

ああ、もう面倒臭い。
「ユリウス様・・・。」

「何だ?」

心なしか生徒会長が嬉しそうに返事をした・・・ように見えた。
「もしかして、恋人でもいらっしゃいますか?」

「ゴフッ!」

やだ、汚い。この人、吐き出したよ。

「な、何をを突然言い出すのだ?お前は。」

「だって、そのサンドイッチ・・・。」
とても乙女チックですよ。と私は心の中で続きを語る。

「ああ、これは俺の手作りだ。」

事もなげに言う生徒会長。
「はいい?!」
噓だ!そんな強面で、このような可愛らしいお弁当を作るなんて・・・。はっ!もしかして生徒会長には・・・。

「あの・・・ユリウス様。」

「何だ?」

「好きな女性がいるんですか?」
そうだ、きっと生徒会長には好きな女性がいるのだ。その人の為にランチを作ったに違いない。それなら私と一瞬に昼食を食べてる場合では無いはずだ。

「突然、何を言い出すのだ。お前は!いたらお前の所に来るはずは無いだろう?」

う~ん・・・言われて見れば確かにそうかも。と、言う事は・・・。

「ユリウス様。安心して下さい。」

「何をだ?」

訳が分からないようで首をかしげる生徒会長。

「周りがどう言おうと、私は応援しますよ。」

「は?」

「人はどんな相手を好きになろうと、周りが止める権利はありません。」

「おい、さっきから一体何を・・・。」

「大丈夫ですって!私は誰にも言いませんから。」

「だから、何を話してるのか、はっきり言え。」

「ユリウス様は・・・。男色家なんですよね?」

「・・・・ふ、」

生徒会長は俯いて肩を震わせている。
「ふ?」
私は首をひねった。

「ふざけるな~ッ!!」

直後、生徒会長の怒鳴り声が辺りに響き渡ったー。





2

生徒会長は男色家では無い事が分かった。

「まあ。そんな事より、いつ生徒会には顔を出すのだ?」

まだこんな事言ってるよ、この人は。難聴だけでなく認知症も患っているのかもしれない。・・・気の毒な人だ。

「何だ?その憐れみを含んだような顔は・・?」

「いえ、何でもありません。気のせいではありませんか?」
生徒会長め、中々勘が鋭い。相手の心を読む読心術でも心得ているのだろうか?

「何度も申し上げましたが、私は絶対に生徒会には入りません。これ以上しつこく勧誘してくるようなら学院の理事長にパワハラで訴えますよ。」
私は上目遣いに生徒会長を見た。

「パワハラとは何の事だ?」

そうだ、この世界ではパワハラ等と言う言葉は存在しない。

「何でもありません。聞き間違いではありませんか?それにマリウスも生徒会には入らないとはっきり言ってましたよ。」

「そうなのか?!あれ程生徒会の為に尽力を尽くすので是非入らせて下さいと言っていたのに!」

うん?そんな言い方マリウスはしていなかったよねえ?どうもこの生徒会長は事実を捻じ曲げて頭にインプットされてしまうようだ。

「兎に角、私とマリウスは生徒会には何があっても入る気はありませんので、どうぞ他所を当たって下さい。私等ではなく、もっと有能な人物がいるのではありませんか?例えばアラン王子とか・・・。」
ここで私はさり気なくアラン王子を推薦した。

「そうか・・・確かにアラン王子は有能な人物だ。まして王族の人間だし、彼が生徒会に入ってくれれば、もっと学院の運営資金を我々の思うまま、自由に動かせるかもしれない・・。」

最後の方は何やら腹黒い事を言っているようだが、聞かなかったことにしよう。
「お話は済みましたね。それではお昼ご飯も食べた事ですので、私はここで失礼致します。」

私は立ち上がってその場を去ろうとしたが、またしても生徒会長に強く腕を引かれて引き留められてしまう。

「まだ、話は終わっていないぞ。お前は何故、そこまで生徒会に入るのを拒む?」

真剣な表情で尋ねて来る生徒会長。
それはね、貴方がこの小説に出て来る重要人物の一人で、ジェシカのソフィーに対する悪事(本当はジェシカがやった事ではないけれども)を暴き、アラン王子に報告して私を罪人に仕立て上げた人物の一人だからです等とはとても言えず・・・。

「それなら、逆に尋ねますけど何故生徒会長はそれ程までに私にこだわるのですか?」

「う・・そ、それは・・・。」

何故か答えに窮する生徒会長。
「ほら、答えられないじゃ無いですか。でもどうしても私が生徒会に入りたくない理由を述べるように仰るのであれば、お話しても良いですけどね。」
そう、私にはもう1つ、絶対に生徒会に入りたく無い理由があるのだ。

「本当か?是非聞かせてくれ!」
生徒会長はパッと明るい顔になり私の答えを促した。

「・・・副会長がいるからですよ。」

「ノアの事か?確かにあいつは少し素行に問題はあるものの・・・女性達からはすこぶる人気が高いぞ?だから彼を名ばかりの生徒会員へ引き入れたのだが・・。第一彼は全く顔を見せない幽霊役員だ。普通は彼を目当てに生徒会に入れてくれと頼んでくる女生徒の方が多いと言うのに・・・。」


何?そんな理由でノア先輩を生徒会に入れたわけ?小説の中ではノア先輩が何故、副生徒会長になったのかの理由は書かなかったが、まさかそんな単純な理由だったとは・・・最早生徒会長が有能なのか無能なのか分からなくなってしまった。

「あの先輩は・・危険です。一緒にいると貞操の危機を感じます。」
私が真顔で言うと生徒会長は目が点になった。・・・ように見えた。

「お前・・・女の身でありながら、こんな昼間から何て言葉を使うんだ?確かにあいつは女癖は悪いが・・。!ま、まさかノアに何かされたのか?!」

生徒会長は私の両肩をガシイッと掴むと、睫毛が触れる位私に顔を近付けて見つめてきた。
あの・・・非常に近いんですけど。

「すみませんが、もう少し離れて頂けませんか?これだけ近いと話す事もままならないので。」

「あ、ああ。すまなかった。つい、焦ってしまって。それでノアに何かされたのか?」

生徒会長は私から距離を置くと再びたずねてきた。何故、そこまで私を気にかけるのだろう?
「別に、大したことはありませんよ。ただ、迫られただけです。でも・・・・少し怖かったですよ。だから、そんな危険な先輩がいる生徒会には入りたくありません。」
余計な事は話さず、私は事実だけを簡潔に述べた。

「そうか・・・よし、分かった!ならノアを生徒会から辞めさせる!そうしたら生徒会に入ってくれるな?」
生徒会長は再びガシイッと今度は私の両手を握りしめると意気揚々と言った。はい?!何故そうなるのだ?この生徒会長は。自分の目的の為なら簡単に人を切るのか?!やはり典型的なパワハラ男だ。日本にいたら、ろくな上司にならないだろう。この男は・・・。
私は両手を強く握りしめ、生徒会長を見上げた。
「それでも絶対に嫌です!失礼致します!」
私は生徒会長を振り払うように言った。
もうこれ以上誰にも構って欲しく無い。
私はこの場から立ち去ろうとしたが、最後にふとある事を尋ねてみたくなった。

「ユリウス様。」

「何だ?生徒会に入る気になったか?」

生徒会長は嬉しそうな声を出した。
あのねえ、たった数秒前の考えが急に変わる訳無いでしょう?
「いえ、そうでは無くてですね・・・。あの、少し質問しにくい内容なのですが・・。」

「大丈夫だ、お前の質問ならどのような内容でも受け付けるぞ。」

そうか、それなら安心して質問してみよう。
「逢瀬の塔は完全予約制なのですか?」

「・・・は?」

生徒会長は唖然とした顔をしている。私の声が聞き取りにくかったのだろうか?

「ですから、逢瀬の塔は予約しないと利用出来ないか、どうかお尋ねしているのですが。」
そう、私はこう考えたのだ。もしかすると逢瀬の塔は完全予約制で、昨夜ナターシャは予約を入れていなかった為にマリウスと中に入る事は出来なかった。けれども次の予約を入れて・・・だからナターシャは女のプライドを傷つけられた訳でも無く、機嫌が良かった。と、私は頭の中でストーリーを考えたのだ。

「お、お前・・・あの場所を利用したいのか・・・?」
 
ん?今何と言った?

「一体、相手は誰なのだ?お前といつも一緒にいるあの男か?それともアラン王子?・・・ハッ!もしかすると他にも別の男がいるのか?そうか?そうなのか?!。」 
生徒会長は傍目からも分かる位に大袈裟によろめいている。
本当にいちいち芝居がかっているんだよね。この人は。ましてこんなコスプレのような制服を着ているのだから、まるで本物の役者みたいだ。・・・それにしても何故ここまで動揺しているのだろう?私が誰とどんな関係を持とうが、全く関係無いはずだ。
それとも昼間から不謹慎な発言をする私に衝撃を受けているのだろうか?
仮にも生徒会長だしな・・・。
でも、これだけは確認しておきたい。

「で、どうなんですか?予約は必要なんですか?」

「い、いや・・・部屋が空いていれば、特に、その必要は・・・無い。」

動揺を隠しきれない様子の生徒会長。
でも、そうか。予約は、必要無いのか。だとしたら昨夜2人は、やっぱり・・・?

「誰なんだ・・・?」

「はい?」
生徒会長の突然の質問に、間の抜けた返事をする。

「お前が逢瀬の塔を一緒に利用したい男はどこのどいつなのだーっ!」

・・・何だか思い切り勘違いされているようだった・・・。





3


私の目の前で思い切り勘違いをしている生徒会長。でもこの勘違いが続く限りは生徒会への勧誘どころでは無いだろう。
それならこのまま生徒会長には勘違いさせておこう。
そこで私はナイスな考えが頭に浮かんだ。

「ええ、そうですね。近々利用したいと思ってオリマス。」
あ、棒読みになっちゃった。

「な、なんと言う事だ・・。」

 生徒会長は私の下手な演技を完全に真に受けているのか、顔面蒼白だ。だから、何故そこまでショックを受けているのでしょう?
私が、何処の誰とお付き合いしようが、関係無いはずだ。大体、小説の中の生徒会長はジェシカに付き纏われて、うんざりしている設定だ。そして生徒会長が密かに思いを寄せていたのは、言うまでもなく本作品の主人公ソフィーである。
 しかし、ソフィーは現段階ではこれと言って特筆すべき目立った点は特に無い。アラン王子と接点も無いときている。今のままでは話に埋もれる美しいモブキャラで終わりかね無い。このままではまずい・・・!私の小説の世界が崩れてしまう・・・。この世界での私の目標はソフィーとアラン王子をめでたくゴールインさせ、自分は悪女になる事も無く、学院を無事卒業して自立した働く女性を目指す。何としてでも2人のまだ始まってもいない恋?を成就させなくては・・・!

 生徒会長は未だに頭を抱えて悶絶している。
・・・もう放っておこう。

「それでは失礼致します。」
私はまだパニックを起こしている生徒会長に挨拶をして教室に戻る事にした。何とかして、ソフィーをこの物語の主人公へと押し上げなくては・・・!

 教室へ入る前に私は中を覗き込む。幸い?な事にマリウスはまだ戻っては来ておらず、グレイとルークは殆ど学生がいない教室に戻ってきていた。
授業が始まる迄はまだ余裕がある。この学院の昼の休憩時間は90分もあるのだ。しかし、残り時間があと30分とは・・・。生徒会長と1時間近くもくだらない時を過ごしてしまったのか・・・。
 まあでも二人が丁度教室に居て私は実にラッキーだ。ここは先程の件で文句の1つでも言って、今後の私の平和な学生生活を過ごす為にも余計な事は口走らぬように釘を指しておかなければ。何せグレイもルークもアラン王子の付き人なのだから。

「グレイ!」
私はグレイの側に行き、名前を呼んだ。

「何だ、ジェシカか。さてはまた俺に会いたくなって、やってきたのか?」 

何処か私をからかうように言うグレイ。

「おい、グレイ。またお前は・・・。」

ルークはグレイを窘めようとしたが、私は言ってやった。

「ええ、そうよ。貴方に会いに来たのよ。」
ちゃんと話ををつける為にね・・・!
なのに何故か私の言った言葉に予想外な反応をするグレイ。

「あ、え~と、そうなのか?」

少し戸惑いを見せるグレイの腕を私はむんずと掴んだ。そしてルークに言う。

「ごめんね、ルーク。少しグレイの事借りるね。行くわよ、グレイ!」
そして問答無用でズンズンとグレイの腕を掴んで廊下を進む。
早く、早くマリウスが教室へ戻る前に話をつけなければ。今後は一切私とマリウスの仲を引っ掻き回さないようにと・・・!

「お、おい!何処へ行くつもりだよ?!」

「誰にも邪魔されない所よ!」
グレイが、息を呑む気配がした。もしかしたら私の迫力に焦っているのかもしれない。
とにかく、マリウスや生徒会長・・・その他モロモロの邪魔が入っては落ち着いて話も出来ない。
そうしてキョロキョロしていると、おあつらえ向きに備品室が目に入った。よし、ここならあまり人も立ち寄らないからゆっくり話が出来そうだ。

「入って!」
私はドアを開けると、グレイの背中を押して中に入らせると自分も中に入り、ドアを閉めた。
中は薄暗く、少し埃っぽい。でも話をするだけだから別にいいだろう。

「おい・・・どういうつもりだよ。」

グレイはあまり日が差さない窓に寄りかかりながら何やら困ったように声をかけてきた。
はて?どういうつもりとは?

「ジェシカ、お前なあ・・・男をこんな人気の無い場所に連れ込むって事がどういう意味か分かってるのか?」

グレイは髪をクシャリと掻きむしりながらため息1つ。
ああ、そうか。実際の私は25歳の精神年齢を持っている。だから18歳の彼等は私にとっては年下の弟みたいなもので・・男性と意識等してなどいなかった。・・・等と考えてる場合ではない。

「そんな事より!」
私はグレイに詰め寄った。
「どういうつもりよ。マリウスにあんな事言うなんて。」

「あんな事って?」
グレイは涼し気な顔でしらを切る。全く、ここに登場する男性キャラはどいつもこいつも・・・。

「あ・・・貴方ねえ。ふざけないでよ!元はと言えばグレイがマリウスの前で意味深な事を言うから変に誤解されてしまったんだからね?もう私達の仲を引っ掻き回すのは金輪際二度としないでよ!」
私はグレイの襟首を掴み、自分に引き寄せると強く言った。目の前にはドアップなグレイの顔。グレイの顔には明らかに狼狽の色が現れている。
ふふん、これだけ釘を刺して置けば大丈夫だろう。

「わ、分かったよ・・・。悪かった。ついお前等を見ていたら、からかいたくなって。」

あ、以外。素直に謝ったよ。でも、まあいい。
「それならいいよ。じゃあ、教室に戻ろうか?」
私はグレイに背を向けて備品室のドアを開けようと背を向けたその時―
突然、私はグレイの腕の中に捕らえられていた。
「グ、グレイ?!」
一体彼は何をしているのだろう?グレイは私の髪に顔を埋めている。

「どうしたの?」
何故かグレイが震えているのが分かった。何かあったのだろうか・・・。

「何でだよ・・・。」

「え?」

「何でお前はこんな事されても余裕なんだよ・・・。」

「グレイ?」
彼は私に何を言いたいのだろう?私にはグレイの気持ちが分からない。

「俺だけじゃ無い。マリウスにも、アラン王子に対しても余裕な表情を見せて・・・!」

何処か痛みを伴うようなグレイの言葉。どうしよう・・・。と、思った矢先。

「な~んてな。」

急に明るい声でグレイは私からパッと手を離した。唖然とする私にグレイはいつもの様なイタズラな笑みを浮かべると言った。

「どうだ?びっくりしたか?」

「え?」

「女にあまり言われっ放しも尺に触るからな~。中々の演技だっただろう?ああ、でも安心しろ。あの生真面目なマリウスの前ではお前に対する悪ふざけはもうしないからさ。だってお前の前で言うのも何だが、あいつ、ちょっと普通に見えないんだよなぁ。」

なんと!グレイにはマリウスのヤバイ部分に気付いているのか?!
「ど、どうしてそんな風に思ったのかな~なんて・・・。」

「いや、別にただの感だよ。そんな事よりもそろそろ教室に戻ろうぜ。マリウスに見つかったらマズイだろう?」

「あ、そ・そうだった!」
大変だっ。マリウスが教室に戻る前に一刻も早く戻らなければ・・・!
慌てて教室に戻る私とグレイ。幸いな事にまだマリウスは戻っていなかった。

 安心して胸を撫で下ろす私。何事も無かったかのように授業の準備をしていると、フラフラになりながらマリウス登場。
おぉ~。イケメンが何処かやつれた姿も中々素敵では無いの・・・?

「お、お嬢様・・・お昼はきちんと召し上がりましたか?」
やつれた笑顔で私に問いかけるマリウス。

「私はちゃんと食べたけど・・・マリウスは食事したのかな?」
ねぇ、人の心配するより自分の心配した方が良いよ。

「ええ。ナターシャ嬢の手作りの昼食を・・・。味付けがあまりに独特で・・・ですから明日は私が昼食をご用意する事になりました。」

「えええっ?!」
気の毒なマリウス・・・・。自分で墓穴をほってるね。まあ、気の毒ではあるが、明日もナターシャとデートを頑張って下さい。今は彼女が苦手でも、その内マリウスにも恋愛感情が芽生えて来るかもしれない。
私はノーマル人間だから、M男君は受け入れられないのだよ。それにこの間の朝食の席で私はナターシャのS的要素を垣間見た気がする。うん、きっと2人はお似合いだと思った矢先、マリウスからとんでもない台詞が飛び出した。

「ですから、お嬢様。明日はナターシャ様と3人で町へ一緒に行って頂けますね?」




4


はい?マリウスは今何と言った?ナターシャと3人で町へ出る?冗談じゃない!!ナターシャはね、貴方と2人きりで町へお出かけしたいのよ?彼女からみたら私等完全にお邪魔虫の何者でも無い。こんな事で怒りを買ったら、この先の私の穏やかな学院生活が・・・・。マリウスめ。何と余計な事をしてくれたのだ。
 私は思い切り恨みがましい目でマリウスを睨み付けてやった。
途端に喜びに打ち震えるマリウス。

「お、お嬢様・・・!その怒りに満ちた凍てついた瞳・・・その瞳から放たれる氷塊で思いの丈を込めてこの私にぶつけて下さい・・・!」

 美しい顔で興奮しながら私を熱い眼差しで見つめるマリウス。これで気色悪い台詞を言っていなければ他人から見ればイケメンに愛を語られている女性と見られるかもしれないが、冗談じゃない!ほら、その証拠に私の全身に鳥肌が立っているのだから。ああ、嫌だ嫌だ。何故私の周りにはまともな人間がいないのだろう。小説の世界では誰もが素敵な男性達だったのに、どうしてこうなってしまったのか・・・。
 あ、駄目だ。ショックで胃が痛くなってきた・・・。

「マ、マリウス・・・。」

「ど、どうされたのですか?お嬢様。顔色が真っ青ですよ?!」

「私・・・ちょっと胃の具合が・・。医務室に行って来るから教授に伝えておいて貰える?それと・・後でノート見せてね。」
立ち上って医務室へ行こうとするのをマリウスに止められた。

「何を言っているのですか?!お嬢様、私が一緒に付いてまいります!」

 言うが早いか、マリウスは私をヒョイと御姫様抱っこした。途端に周りで沸き起こる騒めき。馬鹿ッ!何てことしてくれるのよ!これじゃまた目立ちまくるじゃ無いの。と言うか、こんな事がナターシャの耳に入りでもしたら・・・!
ますます具合が悪くなりそうだ。
 その時、何故か偶然グレイと目が合った。ん・・?何だか随分ショックを受けた顔をして私を見ている気がする。そうか、そんなに私の事を心配してくれているのね?グレイとは良い友達になれそうだ。

 マリウスにお姫様抱っこされて医務室へ連れて行って貰うと、優しそうな20代後半と思われる眼鏡をかけた女性医師が出迎えてくれた。・・・中々の美人だ。仕事が出来そうな感じだ。って当たり前か、お医者さんなのだから。

「先生、ジェシカお嬢様が突然胃の痛みを訴えられましたので、大至急こちらへお連れ致しました。どうかお嬢様を診察して下さい。」

そしてマリウスは丁寧に頭を下げる。・・・過保護だなあ。自分の病状位伝えられるし、ここへだって1人で来れたのに。

「あらまあ、まさか抱きかかえて女生徒を運んでくるなんて・・こんな学生は初めて見たわ。余程貴方にとって大事な人なのね。」

クスクス笑いながら言う女性医師にマリウスはとんでもない事を言う。

「はい、ジェシカお嬢様は私にとって世界一大切な女性です。」

 な!何故またここで爆弾発言をする?!少しは空気を読んで欲しい。マリウスのせいで、どんどん私の立場が悪化していくような気がする・・・。とんだ疫病神だ。
ますます私の胃がキリキリと痛み出してきた。もし胃潰瘍にでもなったら絶対にマリウスのせいだ。
 私のそんな思いには全く気付かない女心に疎いマリウスは言った。

「それではお嬢様、私は授業に戻りますね。ノートの事ならご心配なさらずに。教科書が必要にならない位に完璧な記述のノートにしておきますから。」

・・・いえ、そんな必要はありません。出来れば要点だけまとめたノートでお願いします。そのノートを書き写す身にもなって欲しい。

「分かったから、もう行って。ここに長くいたら授業に出るのが遅くなるでしょう?」
私はやんわりと断った。だって女性医師の視線がいたたまれないんだもの。早く教室に戻って、さっさとノートを取っておいてよ!

「そうですか?お嬢様がそこまでおっしゃるのであれば・・・それでは教室に戻りますね。」

 マリウスは何度も何度も先生に頭を下げると教室へと戻って行った。
ああ、済々した。

「・・・随分彼のせいで苦労している様ね。」

「え?」
先生、今何とおっしゃいましたか?

「ああいう思い込みの激しいタイプは得てして鈍い人が多いのよね~。自分の行動が相手を追い詰めているって事に気付いていないと言うか・・・。」

「先生、分かって下さるんですね?!」
流石大人の女性。この女性医師は恐らく私の日本人だった時の年齢とほぼ変わり無いのではないだろうか?何だかこの女性とはすごく気が合いそうな気がする・・。是非ともここはお近づきになりたい!

「ええ、私内科が専門だけど、心理学的な学術にも興味があって独学で勉強している最中なのよ。そうね・・・彼が貴女を見る、あの目つき・・・。」

「は・はい・・・・。」
私は震えながら答えた。どうしよう、何て言われるのだろう?

「完全に貴女を崇拝している!だから貴女も彼を好きなように出来るわよ?あれ程のハンサムを傍に置いて好き放題できる貴女はすごくラッキーなのよ。なんて羨ましいのかしら・・・。」

 やはり、この女性医師ともあまり関わりを持たない方が良いのかもしれない。だって胃痛の原因がマリウスなのに傍に置いておけと言うなんて。私の胃は益々痛む。
「先生・・・胃薬があれば頂けますか?」
私はお腹を押さえながら女性医師に尋ねた。

「胃薬より、こっちの方が効果があると思うわ。」
女性医師はガラスの薬草が入ったポットにお湯を注ぎ、数分待った後、コーヒーカップにそのお茶を注いでくれた。

「カモミールティーよ。胃痛に良く効くの。これからあなた達、魔法学も学んでいくけども、ハーブも凄く重要よ。今のうちに色々なハーブの勉強をしておくと良いわ。」

そう言って理知的な笑みを浮かべた。
う~ん。言動はおかしいけれども、やはりこの先生は今後親しくしておいた方が良さそうだ。ハーブの知識があれば自活するのも夢ではなさそうだし。

「少し、ベッドで休んでいくといいわ。」

女性医師は奥のカーテンを開けてベッドへと案内してくれた。うん・・・やっぱり先程の言葉は撤回。いい先生だ。私はベッドに横になると声をかけた。
「先生・・・先生のお名前、教えて頂けますか?」

「名前?マリア・ペインよ。」

「マリア先生・・・・。これからよろしくお願い致しますね・・。」
自分でも妙な事を言っていると思ったが、この言葉が今一番適切なように感じた。

「ええ、よろしくね。ジェシカさん。」

 マリア先生のハーブティーの効果によるものなのか、私は徐々に眠くなっていき・・完全に眠ってしまったのだった。


 どの位、眠っていただろうか・・・。気が付いてみると窓の外は夕暮れになっていた。ああ、今日も午後の授業に出れなかったか・・。私はのそのそとベッドから起き上がった。

「マリア先生?」
私はカーテン越しに声をかけたが、返事は無い。代わりに別の声が答えた。

「先生なら今病棟を回っているから不在だぞ。」

え?
その声は・・・・。驚いた私はベッドのカーテンを開けた。するとそこにいたのは窓の近くに座っていたグレイだったのだ。しかも何故か私のカバンを持っている。

「グ・・グレイ?どうしてここに?」
私は驚いて声をかけた。それはそうだろう。だって迎えに来るのは絶対にマリウスだと思っていたから。

「何だよ、俺が迎えに来たら悪いか?」

何処か機嫌を損ねたように言うグレイ。あれ?何か怒らせるような事言ったかな?

「ううん、そんなんじゃないけど。ただ、てっきりマリウスが来ると思っていたから。」

「ああ、あいつならナターシャとか言う女が教室に迎えに来て掴まってたぞ。ほら、俺が逢瀬の塔で見た女だ。」

何故かそこの部分を強調して言うグレイ。・・・気のせいだろうか。
「グレイがここに来たのはマリウスに頼まれたからなの?」
私は疑問点を尋ねた。

「まさか、マリウスが半ば強引に連れさられたから俺が代わりに迎えに来たんだ。どうだ?具合は良くなったのか?」

グレイは心配そうに私を覗き込む。うん、彼はやっぱり軽い所もあるが、根本的にはいい人なのだろう。グレイとは良い友達になれそうだ。

「ありがとう、グレイ。貴方とは良いお友達になれそうだな。」
私はグレイに笑いかけた。

「―友達か。」
グレイはそれを聞いて笑った。でも・・・何故か少し寂しそうな笑顔をしているように感じたのは気のせいだろうか。

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