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第1章 5 俺にしておけよ
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1
「お嬢様、本日この後の予定はどうされるおつもりなのですか?」
すたすたと寮に向かって歩いている私の後を追うようにマリウスが付いて来る。
「どうするって言われても・・・寮に帰って少しゆっくりするだけだよ?」
「そうでしょうね・・・。何せお嬢様の着ているお召し物は昨日と変わりありませんからね。セント・レイズシティの宿に予め泊まる予定でしたら着替え位は持って行かれるでしょうしね。」
何故か全てを見透かしたような言い方をするマリウスに背筋が寒くなる気配を感じる。こ、この男は・・・昨日1日も姿を現さなかったから私の事等見てもいないのかと思っていたのに、着ていた服までチェックしていたとは・・怖っ!怖すぎるんですけど・・・最早ここまでくるとマリウスの恐ろしい執念を感じる。
これでは完全にストーカーではないか。下僕にストーカーされる主の私って一体・・・。
そんな私の思いを他所に尚も話しかけて来るマリウス。
「おや、お嬢様。何やら素敵なネックレスをしておいでですね?うっすらと魔力をかけられているような・・・。胸元についているブローチもお嬢様によくお似合いで素敵ですが、私的にはそのネックレスが気になって仕方がありません。そちらの品はどうされたのですか?ご自分で選ばれて購入されたのでしょうか?」
ああ~っ、もう煩い!我慢の限界だ。
「ちょっと、いい加減にしてよマリウス!どうして私にそこまで干渉する訳?そういう貴方は何?一体昨日は1日何をしていたのよ?」
売り言葉に買い言葉的に行って見た言葉なのだが、何故か顔を赤らめて嬉しそうな表情を浮かべるマリウス。
え・・・ちょっと何・・?気味が悪いんですけど・・・。
「お嬢様・・・それは昨日の私の行動が気になると言う意味でしょうか?」
え?このM男、一体何を言ってるの?でも取りあえずは適当に返事をしておこう。
「え、う・うん。まあそんな所だけど・・・・?」
途端に何故か興奮し出すマリウス。
「そうなのですね?やはりお嬢様はこの私の事で頭が一杯なので、私の1日の行動を知っておきたいと・・・ええ、そんな事でしたら喜んでお話させて頂きます。何ならご希望であれば、それこそ分刻みでお話致しますよ?それでは昨日は・・・。」
「待って!ストップッ!やっぱり言わなくていいからっ!」
慌ててマリウスを止める。冗談じゃない。そんな事をされた日には朝から晩までマリウスのどうでもよい昨日の1日の行動を聞かされる羽目になる。はっきり言えば私は昨日のマリウスの行動など微塵も興味が無いのだから。
「それで・・・マリウスはわざわざ私の朝帰りを確認する為に、こんな寒空の下、ずっと待っていたわけ?風邪でも引いたらどうするつもりだったの?」
ため息交じりに言う私。
「お、お嬢様・・・。それはつまり私の身体を心配して・・・?」
「まあね・・・これでも私は貴方の主だから・・・って!ち、ちょっと一体何するつもりなのよ?!」
急に目の前が暗くなったので見上げてみると、背の高いマリウスが私の顔に自分の顔を近づけようとしているではないかっ!
「い、いえ・・・。お嬢様があまりにも嬉しい事を言ってくれたので、感動の余り額にキスを・・・。」
悪びれる様子も無く言うマリウス。
「あ・・・貴方ねえっ!何処の世界に主にキスをする下僕がいるっていうのうよっ!し、しかもこんな朝から・・・っ!」
改めて言っておこう。ここはセント・レイズ学院の敷地の中だ。そして大勢の学生が今も行き交いしている。そんな中でのこのマリウスの態度だ。当然皆の注目を浴びて・・・。
私がマリウスからのキスを拒絶するのを周囲で見ていた学生達からは落胆の声が上がった。
「なーんだ。てっきりキスすると思っていたのに。」
「私だったら喜んでマリウス様のキスを受けるのに・・・。」
「あ~あ、つまんねえの・・・。」
「相変わらず美しいですわ、マリウス様・・・。」
「へっ、美男美女のキスシーンなんか見たってつまんねーよ。」
何、これ。目立ちまくりじゃないっ!くっ・・!この男のせいで私の平穏な学院生活が・・・。思わず拳を握りしめ、その顔面にグーパンチをしたくなる衝動を必死に抑えて、私は言った。
「兎に角、今から少し寮でのんびり過ごしたいと思ってるから、私には構わないでね。」
マリウスを振り切るように歩き出すと、今度は左腕を掴まれた。
「ちょっと、何するのよ・・・。」
不満げにマリウスを見つめると、慌てたように言うマリウス。
「いいえ!そういう訳には参りません!いいですか、お嬢様。昨日お嬢様がアラン王子とセント・レイズシティに出掛けたことが生徒会長とノア先輩、ダニエル先輩にばれてしまいましたっ!」
「ふ~ん・・・そうなの?」
だけど私は動じない。ふん、本当はマリウス、貴方がバラしたのではないの?
「お嬢様・・・?何故そんな風に落ち着いていられるのですか?てっきりいつものようにこの世の終わりがきたかのようにパニックを起こされるのでは無いかと思いましたが・・・?」
一体、マリウスは何処まで人をおちょくるつもりなのだろうか?
「別に。そんな事はアラン王子自らに説明して貰えばいいだけだから。」
半ば投げやりに私は言う。だって元はと言えば、元凶はアラン王子なのだから説明する義理位はあるはずだ。
「それにね、きっとまた彼等もアメリアに再び会えば、私の事なんかどうでも良くなるに決まっているから。」
「お嬢様・・・。」
すると何故か突然、目を潤ませて私を見つめるマリウス。
な、何よ・・・。嫌な予感がする・・と、思った瞬間、マリウスは私をこれでもかと言わんばかりに力強く抱きしめてきた。
ギャ~ッ!!ほ、骨が折れる・・・。
「お嬢様、私は今迄一度もお嬢様の事をどうでも良いなど思った事はありませんよ?!お嬢様は私に取っては人生全てなのですから・・・っ!!もう彼等を許す事は出来ません!大切なお嬢様をこんなにも傷つける等・・・少々痛い目にあわす必要がありますね。」
言いながら、尚も私を締め上げてくるマリウス。ほ、骨がきしんでいる・・・。
「おい、そろそろ離してやれよ。彼女が苦しがっているだろう?」
突然マリウスの背後から声が聞こえた。マリウスは私を離すと、振り返った。私も今の声は誰だろうと顔を上げると・・・。
「貴方は確か・・・?」
マリウスが私を離して露骨に眉をしかめる。
「よう、ジェシカ。」
そこに立っていたのはライアンの悪友で何故か私の彼氏候補に勝手に立候補しているケビンだった。
こ、これは天の助け・・・!
こんな狂気じみたマリウスの魔の手から逃げるには、この軽いノリの男が最適だ。
「ケ、ケビンさん・・・っ!」
「可愛そうに。大丈夫だったかい?あんな馬鹿力で締め付けらて・・・顔色が真っ青になってるぜ?」
ケビンは素早く私に近寄ると、顔を覗き込んだ。
「確かに・・・お嬢様に手荒な真似をしてしまった事は反省しますが、勝手に私とお嬢様の間に入って来ないで頂けますか?」
駄目だ、このままではマリウスから逃れられない・・・っ!ならば・・・。
「ケビンさん、探していたんですよ~。何処に行ってたんですか?今日は一緒に過ごす約束していたじゃないですか?」
私はケビンの腕を取って、必死で目配せする。
「お、お嬢様?!」
マリウスが驚いたように言うが、ここは無視だ。
それにケビンも気づいたのか、私の肩を抱き寄せると言った。
「悪かったな。探させたみたいで。それじゃ、ジェシカも色々準備があるだろう?1時間後に女子寮の前に迎えに行くからまた後でな。よし、俺が寮迄送るぜ。」
「過保護も行き過ぎると嫌われるぞ。」
マリウスの肩を通り過ぎる時にポンと叩くとケビンは私の手を引いて歩き出した。
去り際にチラリとマリウスを見ると悔しげに下を向いているのが見えた・・・。
2
「ケビンさん、先程はありがとうございました。」
女子寮迄送って貰いながら私は礼を言った。
「な~に、美人の頼みならなんだって聞くさ。気にするなって。」
両腕を頭の上で組んで並んで歩く私とケビン。きっと、女子寮まで付いてきてくれるのも私とマリウスを2人きりにさせない為だろう。軽い男だが、その辺りの事は察しが良くて助かる。
「ほらよ、女子寮着いたぜ。」
あっという間に女子寮へと辿り着いたので、私は改めてお礼を言った。
「ありがとうございました。それでは失礼します・・・。」
頭を下げて女子寮へと入ろうとしたところ、ケビンに声をかけられた。
「それじゃ、きっちり1時間後ここに迎えに来るからお洒落して待っていてくれよ。ジェシカちゃん?」
「え・・・?」
ケビンの言葉に思わず振り向く私。あれはマリウスの魔の手から逃れるためのその場限りの話では無かったの?
「どうする?何処か行きたい所リクエストあるか?」
尚も言葉を続けるケビンに私は慌てて言った。
「ちょっと待って下さい、あの話はマリウスから逃げる為にその場しのぎの作り話では無かったのですか?」
「まさか!そんなはずないだろう?念願のデートをまさかジェシカから誘ってくれるんだもんな~役得だぜ。まあ、せいぜい出掛けたい場所をよく考えておくんだな。それじゃまた後でな。」
ケビンはウィンクをすると、口笛を吹きながら立ち去ってしまった。私はその場に立ち尽くし、頭を押さえてしまった。まさか本当にケビンと一緒に出掛ける羽目になってしまうとは・・・。でもマリウスから救って貰ったのだから断る訳にもいかない。
「早く部屋に戻って準備しなくちゃ・・・。」
私は重い足取りで部屋へと戻るのだった。
その後はシャワーを浴びて、洋服を着替えて身支度を整えた。・・・本当は部屋でゆっくりしたかったんだけどなあ・・・。
そんな事をしている内にやがて時間になったので階下に降りて女子寮の玄関を覗くと、その先にはもうケビンが背中を向けて待っていた。
防寒具のマントを身に付け、空を眺めているケビンに私は声をかけた。
「お待たせしました。ケビンさん。」
私の声に振り向いたケビンは口笛を吹いた。
「ヒュ~ッ、良く似合ってるぜ、ジェシカ。うん。あんたは色が白いから、真っ白のコートが本当に映えるな。」
そして爽やかな笑顔を見せる。
「あ、ありがとうございます・・・。」
「うん?でも首元が少し寒そうだな?ほら、俺のマフラー使えよ。」
ケビンはシュルッとマフラーを外すと、手早く私の首元にマフラーを巻き付ける。
「うん、これで良し。」
「でもそれではケビンさんが寒いのでは無いですか?」
マフラーに触れながら言うと、ケビンは笑いながら言った。
「ハハハッ。これ位は平気さ。何なら新しい女物のマフラーをセント・レイズシティに見に行こうぜ。クリスマスのプレゼントをさせてくれよ。その代わり、俺には・・そうだな。手袋のプレゼントなんかくれたら嬉しいかな?」
ケビンは手袋をしていない両手をヒラヒラさせると言った。
うん、確かにケビンの言う通り一方的にプレゼントを貰うよりも、お互いに交換し合う方が気楽でいい。中々取引?がうまいんだなあ・・・。
セント・レイズシティの門へ向かって歩いていると、門の前に何とライアンが待ち構えていて、私達の名前を呼んだ。
「ジェシカ・・・それにケビン・・・。お前達、2人仲良く何処へ行くつもりなんだ?」
「ラ・ライアンさん・・・っ!」
何だか罪悪感が募り、私は思わず立ち止まってしまった。
「よう、ライアンじゃ無いか。ジェシカにデートに誘われたから今からセント・レイズシティに遊びに行くところだぜ。」
「デートだって・・・?」
デートという単語を聞いてライアンの眉がピクリと上がる。
あああっ!なんて余計な事を言うのよ、このケビンと言う男はっ!ほら、ライアンが恨めしそうな眼つきでこっちを見てるじゃ無いの!
「ジェシカ・・・ケビンとデートって・・本当なのか?」
悲し気な声で私に尋ねて来るライアン。うっ・・・!そ、そんな顔で見ないでよ・・・。何だかすごく悪い事をしている気持ちにますますなってきてしまう。
「あ、あのですね、実は、これには深いわけが・・・。」
「俺から話すよ。ジェシカがマリウスに襲われかけていた。そこを偶然通りかかった俺がマリウスからジェシカを助ける為に彼女とデートの約束があるからと言って連れ出してきたのさ。」
ライアンに説明するケビン。まあ、大筋は当たっているけれども・・・するとやはり彼は私が思っていたのと同じ疑問を口に出した。
「マリウスから助けるための口実に過ぎないのなら、実際にデートをする必要など無かったのではないか?」
「いや、それは役得ってもんだ。折角ジェシカとデートできる口実が出来たんだから、実際に利用しない手は無いだろう?それにどうせお前は冬季の休暇前の生徒会の仕事が残っているから遊びに行く事だって出来ないじゃ無いか。」
言うと、ケビンは私の肩にするりと腕をまわすと、わざと耳元で囁くように言った。
「それじゃ行こうぜ、ジェシカちゃん。」
「お、おいっ!ケビン!お前・・・っ!」
ああっ、ライアンを怒らせちゃってるよ。これはまずい・・・。
「ご、ごめんなさい。ライアンさん。何か町でお土産を買ってきますから・・っ!」
私は半ば強引に門へと連れて行かれたのだった。
ここは洋品店。
私とケビンはセント・レイズシティに着くとすぐにこの店へとやってきたのだ。
「う~ん・・・ジェシカにはどんなマフラーが似合うかな・・・?」
ケビンは色々なカラーのマフラーを見比べて真剣に吟味している。別にマフラーなんてどんなものでも私は構わないのだけどなあ・・・。もうかれこれ30分以上は悩んでいるよ・・。
私は欠伸を噛み殺しながらケビンがマフラーを選ぶのを待っていた。
やがて・・・。
「よし!これに決めたっ!」
ケビンが指さしたマフラーは薄いサーモンピンクのマフラーだった。
「うん、ジェシカには絶対にこの色が似あうと思う。」
ケビンは私の首にマフラーをフワリとかけると言った。
「それじゃ、カウンターへ行こうぜっ。」
私の手を握り、店員がいるカウンターへ進むケビン。お金を支払い、お包みしますかと聞かれたのを、このまま使うから大丈夫だと断りを入れる。
私はと言えば、とっくに選んだ手袋を紙袋に入れて、そっとケビンに手渡した。
「あの、私の選んだ手袋はグレーの手袋です。気に入って頂けるといいのですか。」
「ジェシカが選んだものが気に入らない訳は無いだろう?」
ケビンは包み紙を開けて、中から手袋を取り出すと破顔した。
「嬉しいな~。ジェシカからの初めてのプレゼントだ。一生使わないで大事にしまっておくよ。」
「いやいや、手袋なんだから使って下さいよ。その為に買ったのですから。」
全くケビンはどこまで本気で言っているのかが分からない。
「それで、ライアンには何か買ったのか?」
ケビンがもう一つの私が手に持っている紙袋を覗き込むように尋ねてきた。
「はい、どんなプレゼントが良いか迷ったのですが、ライアンさんの故郷は雪深い国と伺っていたので、毛糸の帽子を選んでみました。・・・喜んでくれるといいのですが・・・。」
少し心配顔で私が言うと、ケビンは言った。
「何言ってるんだよ、大喜びするに決まっているだろう?ライアンはな、ジェシカが思っている以上にあんたの事が好きなんだぜ?」
「そ、そうでしょうか・・・?」
ケビンの言葉に声が上ずる私。そこへ追い打ちをかけるように私に言った。
「でもまあ、選ぶなら俺にしておけよな?」
全く、ケビンは本当に何処まで本気で言っているのだ?でも、明るい性格なので一緒にいても楽しい事は事実であった—。
3
「ジェシカ、昨日は1日何して過ごしていたんだ?」
ここはカフェ。
今日は昨日よりもかなり冷え込む日だったので2人で暖を取る為にカフェに来ているのだ。
ケビンの突然の質問に私は一瞬戸惑った。
「え?昨日・・・ですか?」
「ああ!ちなみに俺はもうすぐ里帰りするから1日寮にこもって荷造りしていたぞ。ジェシカはもう帰省する準備は出来ているのか?」
そうだった、もうすぐ国に帰ると言うのに私は何一つ準備をしていなかった。それどころか一緒に帰省する相手がマリウスだと思うと憂鬱でたまらない。
「そう言えば、私何一つ準備していませんでした。それに一緒に里帰りする相手がマリウスだと思うと・・・。」
私は深いため息をついた。
「そうなのか?そんなにマリウスと一緒に帰省するのが嫌なら俺が一緒にジェシカの故郷に付いて行ってやろうか?」
ケビンの提案にギョッとした。
「だ、駄目ですよ!そんな事したらマリウスがどんな暴挙に出るか分かったものじゃないですよっ!ケビンさんはマリウスの怖さを知らないからそういう事を言えるんですよ・・・。」
私がつい愚痴を言うと、ケビンは苦笑いしながら言った。
「まるでジェシカとマリウスの関係は主従関係が入れ替わっているみたいだな?仮にもジェシカはマリウスの主なんだろう?どうしてそんなにビクビクしているんだ?」
「ケビンさんは何も知らないから、そんな事を言えるんですよ。マリウスは本当に危険人物なんです。怒ると何をしでかすか分からないんですから。この間だって私がもし止めなければ相手の腕を本気で折ろうとしていたし、おまけに最近は一緒にいると自分の貞操の危機を・・・!」
ここまで言って私は慌てて口を閉じた。しまった、つい話過ぎてしまった。
私はケビンの顔をチラリと見ると、案の定ケビンは口を大きく開けて唖然とした表情をしている。そして、我に返ると慌ててたように私に詰め寄ってきた。
「おいおい、一体それはどういう意味なんだ?腕を折ろうとした?喧嘩した相手の腕でも折るつもりだったのか?それに貞操の危機って一体どういう事なんだ?確かに今朝見た時のマリウスはジェシカを絞め殺しそうな勢いで抱きしめていたけど・・。」
「はい、ケビンさんの言葉のままですよ。」
私は溜息をつきながら言った。
「まじかよ・・・・。」
ケビンは頭を押さえて椅子の背もたれに寄りかかると言った。
「あんた、大変な男を従者にしてしまったもんだな?」
「別に好きで従者にしたわけじゃありませんよ。気が付いてみたらマリウスが従者になっていただけです。」
「う~ん・・・。」
暫くケビンは何事か考え込出いたが、やがて立ち上がると言った
「よし、ジェシカ。今からマジックショップへ行くぞ。」
そして私の手を掴むとすぐに歩き出し、2人分のコーヒー代を支払うとさっそうと歩きだした。
セント・レイズシティのメインストリートを抜け、私達はマジックショップへと辿り着いた。店内へ入るとケビンはショーケースに収められている様々なマジックアイテムを見て回っている。
一体ケビンは何を探しているのだろう・・・?
「あ!あった!これだ!」
ケビンはガラスケースに顔を近づけて何かを見つけて大声を出した。
「ケビンさん、何を見つけたんですか?」
私が近づいて声をかけると、ケビンはガラスケースを指さした。
「ほら、この指輪だよ。」
「この指輪がどうしたのですか?」
「いいか、この指輪は自分の姿を消す事が出来るんだ。値段によって体を消せる回数や時間も限られているんだが・・・使い方は簡単だ。指輪を嵌めて祈れば姿を消す事が出来る。よし!俺がこの指輪を買ってやるから身の危険を感じたらこの指輪に祈るんだ。いいな?」
ケビンは真剣な眼差しで言うと、私の返事も聞かずに勝手に店主を呼んでさっさとお買い上げしてしまった。
う~ん・・でもマリウスに捕まった段階で姿を消しても意味無いよね?これって。
でもそれ以外に使い道がありそうだし・・ここはありがたくプレゼントしてもらう事にしよう。ケビンにはまた別に後でお礼をすればいいしね。
「ほら、ジェシカ買って来たぞ!どうせなら今すぐ指輪を嵌めた方がいいな。よし、俺が嵌めてやるよ!」
言うと、ケビンは私の左手を取って、するりと嵌めてしまった。
ち、ちょっと!これってまるで結婚式の時の指輪の交換みたいじゃないの!
けれども当のケビンはその事に気付いていないのか、私の指輪を見て満足そうに頷いている。
「あ、ありがとうございます・・・。後で何かお礼させて下さいね。」
私が言うと、ケビンは笑顔で言った。
「ああ、楽しみにしてるぜ!」
その後はセント・レイズシティの巨大フードコートで2人で食事をしに行った。
食事も大分大詰めを迎えた時の事・・・。
突然ケビンが言った。
「あれ?あそこにいるのはアラン王子じゃないか?それに・・うん、生徒会長に副会長までいるなあ・・あいつら生徒会の仕事もしないで何やってるんだ?他にも何人かいるみたいだな。随分大所帯でやってきたんだな。」
「え・・ええ?!」
私はケビンの言葉を聞いて焦った。何故私が焦らなくてはならないのだと頭の中で思いつつも、焦る物はしょうがない。
嫌な汗をかきつつ、私は固まってしまった。
「おい?どうしたんだ?ジェシカ?顔色が悪いぞ?」
ケビンは私の突然の態度の変化に驚いたのか心配そうに声をかけてきた。
「しっ!ケビンさん・・・彼等はもうすぐ食事終わりそうな感じですか?」
私はアラン王子達には背を向ける格好で座っているので彼等の様子を探る事は出来ない。
「う~ん・・。どうだろうなあ?人が大勢いるからあんまりよく見えないんだよ。どうしたんだ?まさか彼等に姿を見られたくは無いのか?」
私は黙ってコクコクと頷く。
「な~んだ、そんな事か。でも安心しろジェシカ。今お前の左手には俺がプレゼントした指輪が嵌められているだろう?その指輪をして祈れば姿を消す事が出来るんだから、彼等に見つかる事はないさ。」
おお!ナイスチョイス!
「そうでしたね!早速こんなに早く指輪を役立てる時が来るなんて思いもしませんでした!それなら安心ですよ。」
「だろ~?だから安心しろよ。それにこんなに大勢客が来ているんだから、アイツらがジェシカに気付く事なんか無いさ。それにしても一緒にいる女2人は一体誰なんだ?」
ケビンの言葉に素早く反応する私。え・・・・?女2人・・・?まさか・・・っ!
私は思わず持っていたスプーンを取り落しそうになった。
「あ、あの。ケビンさん、女2人って・・1人はストロベリーブロンドの美少女、もう1人は眼鏡をかけた女性ではありませんか?」
「あ、ああ。そうだけど・・・何でジェシカはそんな事知ってるんだ?」
尚も何かケビンは私に話しかけてきている様だったが、今の私はそれどころではない。間違いない、ソフィーとアメリアだ。アラン王子だけなく、生徒会等やノア先輩もいると言う事は、ダニエル先輩もあの場にいるはずだ。
やはり私の思った通り、再び彼等はアメリアを愛してしまったのだろう。
ただ、前回と違うのは一緒にソフィーがいるという事だ。
何故だろう?何だかすごく嫌な予感がするのは・・・・。もうすぐ冬の冬期休暇に入ると言うのに不安な気持ちばかりが募って来る。
私を夢で裁いた黒髪の男性はまだ現れてはいない。彼が現れるまでは自分の身は安泰だろうと何処かで、たかをくくっていた。しかし、あの夢で出てきた光景は寒い真冬の出来事だった。凍えるような寒さを私は夢の中で体験し、その感覚が未だに身体に残っている。
彼等が一堂に揃っていると言う事は・・ひょっとするとソフィーがあの場である事無い事、私を罪に陥れる為の作り話を彼等にしているのではないだろうか?
私は自分の足元がガラガラと崩れ落ちて行くような感覚を覚えるのだった—。
「お嬢様、本日この後の予定はどうされるおつもりなのですか?」
すたすたと寮に向かって歩いている私の後を追うようにマリウスが付いて来る。
「どうするって言われても・・・寮に帰って少しゆっくりするだけだよ?」
「そうでしょうね・・・。何せお嬢様の着ているお召し物は昨日と変わりありませんからね。セント・レイズシティの宿に予め泊まる予定でしたら着替え位は持って行かれるでしょうしね。」
何故か全てを見透かしたような言い方をするマリウスに背筋が寒くなる気配を感じる。こ、この男は・・・昨日1日も姿を現さなかったから私の事等見てもいないのかと思っていたのに、着ていた服までチェックしていたとは・・怖っ!怖すぎるんですけど・・・最早ここまでくるとマリウスの恐ろしい執念を感じる。
これでは完全にストーカーではないか。下僕にストーカーされる主の私って一体・・・。
そんな私の思いを他所に尚も話しかけて来るマリウス。
「おや、お嬢様。何やら素敵なネックレスをしておいでですね?うっすらと魔力をかけられているような・・・。胸元についているブローチもお嬢様によくお似合いで素敵ですが、私的にはそのネックレスが気になって仕方がありません。そちらの品はどうされたのですか?ご自分で選ばれて購入されたのでしょうか?」
ああ~っ、もう煩い!我慢の限界だ。
「ちょっと、いい加減にしてよマリウス!どうして私にそこまで干渉する訳?そういう貴方は何?一体昨日は1日何をしていたのよ?」
売り言葉に買い言葉的に行って見た言葉なのだが、何故か顔を赤らめて嬉しそうな表情を浮かべるマリウス。
え・・・ちょっと何・・?気味が悪いんですけど・・・。
「お嬢様・・・それは昨日の私の行動が気になると言う意味でしょうか?」
え?このM男、一体何を言ってるの?でも取りあえずは適当に返事をしておこう。
「え、う・うん。まあそんな所だけど・・・・?」
途端に何故か興奮し出すマリウス。
「そうなのですね?やはりお嬢様はこの私の事で頭が一杯なので、私の1日の行動を知っておきたいと・・・ええ、そんな事でしたら喜んでお話させて頂きます。何ならご希望であれば、それこそ分刻みでお話致しますよ?それでは昨日は・・・。」
「待って!ストップッ!やっぱり言わなくていいからっ!」
慌ててマリウスを止める。冗談じゃない。そんな事をされた日には朝から晩までマリウスのどうでもよい昨日の1日の行動を聞かされる羽目になる。はっきり言えば私は昨日のマリウスの行動など微塵も興味が無いのだから。
「それで・・・マリウスはわざわざ私の朝帰りを確認する為に、こんな寒空の下、ずっと待っていたわけ?風邪でも引いたらどうするつもりだったの?」
ため息交じりに言う私。
「お、お嬢様・・・。それはつまり私の身体を心配して・・・?」
「まあね・・・これでも私は貴方の主だから・・・って!ち、ちょっと一体何するつもりなのよ?!」
急に目の前が暗くなったので見上げてみると、背の高いマリウスが私の顔に自分の顔を近づけようとしているではないかっ!
「い、いえ・・・。お嬢様があまりにも嬉しい事を言ってくれたので、感動の余り額にキスを・・・。」
悪びれる様子も無く言うマリウス。
「あ・・・貴方ねえっ!何処の世界に主にキスをする下僕がいるっていうのうよっ!し、しかもこんな朝から・・・っ!」
改めて言っておこう。ここはセント・レイズ学院の敷地の中だ。そして大勢の学生が今も行き交いしている。そんな中でのこのマリウスの態度だ。当然皆の注目を浴びて・・・。
私がマリウスからのキスを拒絶するのを周囲で見ていた学生達からは落胆の声が上がった。
「なーんだ。てっきりキスすると思っていたのに。」
「私だったら喜んでマリウス様のキスを受けるのに・・・。」
「あ~あ、つまんねえの・・・。」
「相変わらず美しいですわ、マリウス様・・・。」
「へっ、美男美女のキスシーンなんか見たってつまんねーよ。」
何、これ。目立ちまくりじゃないっ!くっ・・!この男のせいで私の平穏な学院生活が・・・。思わず拳を握りしめ、その顔面にグーパンチをしたくなる衝動を必死に抑えて、私は言った。
「兎に角、今から少し寮でのんびり過ごしたいと思ってるから、私には構わないでね。」
マリウスを振り切るように歩き出すと、今度は左腕を掴まれた。
「ちょっと、何するのよ・・・。」
不満げにマリウスを見つめると、慌てたように言うマリウス。
「いいえ!そういう訳には参りません!いいですか、お嬢様。昨日お嬢様がアラン王子とセント・レイズシティに出掛けたことが生徒会長とノア先輩、ダニエル先輩にばれてしまいましたっ!」
「ふ~ん・・・そうなの?」
だけど私は動じない。ふん、本当はマリウス、貴方がバラしたのではないの?
「お嬢様・・・?何故そんな風に落ち着いていられるのですか?てっきりいつものようにこの世の終わりがきたかのようにパニックを起こされるのでは無いかと思いましたが・・・?」
一体、マリウスは何処まで人をおちょくるつもりなのだろうか?
「別に。そんな事はアラン王子自らに説明して貰えばいいだけだから。」
半ば投げやりに私は言う。だって元はと言えば、元凶はアラン王子なのだから説明する義理位はあるはずだ。
「それにね、きっとまた彼等もアメリアに再び会えば、私の事なんかどうでも良くなるに決まっているから。」
「お嬢様・・・。」
すると何故か突然、目を潤ませて私を見つめるマリウス。
な、何よ・・・。嫌な予感がする・・と、思った瞬間、マリウスは私をこれでもかと言わんばかりに力強く抱きしめてきた。
ギャ~ッ!!ほ、骨が折れる・・・。
「お嬢様、私は今迄一度もお嬢様の事をどうでも良いなど思った事はありませんよ?!お嬢様は私に取っては人生全てなのですから・・・っ!!もう彼等を許す事は出来ません!大切なお嬢様をこんなにも傷つける等・・・少々痛い目にあわす必要がありますね。」
言いながら、尚も私を締め上げてくるマリウス。ほ、骨がきしんでいる・・・。
「おい、そろそろ離してやれよ。彼女が苦しがっているだろう?」
突然マリウスの背後から声が聞こえた。マリウスは私を離すと、振り返った。私も今の声は誰だろうと顔を上げると・・・。
「貴方は確か・・・?」
マリウスが私を離して露骨に眉をしかめる。
「よう、ジェシカ。」
そこに立っていたのはライアンの悪友で何故か私の彼氏候補に勝手に立候補しているケビンだった。
こ、これは天の助け・・・!
こんな狂気じみたマリウスの魔の手から逃げるには、この軽いノリの男が最適だ。
「ケ、ケビンさん・・・っ!」
「可愛そうに。大丈夫だったかい?あんな馬鹿力で締め付けらて・・・顔色が真っ青になってるぜ?」
ケビンは素早く私に近寄ると、顔を覗き込んだ。
「確かに・・・お嬢様に手荒な真似をしてしまった事は反省しますが、勝手に私とお嬢様の間に入って来ないで頂けますか?」
駄目だ、このままではマリウスから逃れられない・・・っ!ならば・・・。
「ケビンさん、探していたんですよ~。何処に行ってたんですか?今日は一緒に過ごす約束していたじゃないですか?」
私はケビンの腕を取って、必死で目配せする。
「お、お嬢様?!」
マリウスが驚いたように言うが、ここは無視だ。
それにケビンも気づいたのか、私の肩を抱き寄せると言った。
「悪かったな。探させたみたいで。それじゃ、ジェシカも色々準備があるだろう?1時間後に女子寮の前に迎えに行くからまた後でな。よし、俺が寮迄送るぜ。」
「過保護も行き過ぎると嫌われるぞ。」
マリウスの肩を通り過ぎる時にポンと叩くとケビンは私の手を引いて歩き出した。
去り際にチラリとマリウスを見ると悔しげに下を向いているのが見えた・・・。
2
「ケビンさん、先程はありがとうございました。」
女子寮迄送って貰いながら私は礼を言った。
「な~に、美人の頼みならなんだって聞くさ。気にするなって。」
両腕を頭の上で組んで並んで歩く私とケビン。きっと、女子寮まで付いてきてくれるのも私とマリウスを2人きりにさせない為だろう。軽い男だが、その辺りの事は察しが良くて助かる。
「ほらよ、女子寮着いたぜ。」
あっという間に女子寮へと辿り着いたので、私は改めてお礼を言った。
「ありがとうございました。それでは失礼します・・・。」
頭を下げて女子寮へと入ろうとしたところ、ケビンに声をかけられた。
「それじゃ、きっちり1時間後ここに迎えに来るからお洒落して待っていてくれよ。ジェシカちゃん?」
「え・・・?」
ケビンの言葉に思わず振り向く私。あれはマリウスの魔の手から逃れるためのその場限りの話では無かったの?
「どうする?何処か行きたい所リクエストあるか?」
尚も言葉を続けるケビンに私は慌てて言った。
「ちょっと待って下さい、あの話はマリウスから逃げる為にその場しのぎの作り話では無かったのですか?」
「まさか!そんなはずないだろう?念願のデートをまさかジェシカから誘ってくれるんだもんな~役得だぜ。まあ、せいぜい出掛けたい場所をよく考えておくんだな。それじゃまた後でな。」
ケビンはウィンクをすると、口笛を吹きながら立ち去ってしまった。私はその場に立ち尽くし、頭を押さえてしまった。まさか本当にケビンと一緒に出掛ける羽目になってしまうとは・・・。でもマリウスから救って貰ったのだから断る訳にもいかない。
「早く部屋に戻って準備しなくちゃ・・・。」
私は重い足取りで部屋へと戻るのだった。
その後はシャワーを浴びて、洋服を着替えて身支度を整えた。・・・本当は部屋でゆっくりしたかったんだけどなあ・・・。
そんな事をしている内にやがて時間になったので階下に降りて女子寮の玄関を覗くと、その先にはもうケビンが背中を向けて待っていた。
防寒具のマントを身に付け、空を眺めているケビンに私は声をかけた。
「お待たせしました。ケビンさん。」
私の声に振り向いたケビンは口笛を吹いた。
「ヒュ~ッ、良く似合ってるぜ、ジェシカ。うん。あんたは色が白いから、真っ白のコートが本当に映えるな。」
そして爽やかな笑顔を見せる。
「あ、ありがとうございます・・・。」
「うん?でも首元が少し寒そうだな?ほら、俺のマフラー使えよ。」
ケビンはシュルッとマフラーを外すと、手早く私の首元にマフラーを巻き付ける。
「うん、これで良し。」
「でもそれではケビンさんが寒いのでは無いですか?」
マフラーに触れながら言うと、ケビンは笑いながら言った。
「ハハハッ。これ位は平気さ。何なら新しい女物のマフラーをセント・レイズシティに見に行こうぜ。クリスマスのプレゼントをさせてくれよ。その代わり、俺には・・そうだな。手袋のプレゼントなんかくれたら嬉しいかな?」
ケビンは手袋をしていない両手をヒラヒラさせると言った。
うん、確かにケビンの言う通り一方的にプレゼントを貰うよりも、お互いに交換し合う方が気楽でいい。中々取引?がうまいんだなあ・・・。
セント・レイズシティの門へ向かって歩いていると、門の前に何とライアンが待ち構えていて、私達の名前を呼んだ。
「ジェシカ・・・それにケビン・・・。お前達、2人仲良く何処へ行くつもりなんだ?」
「ラ・ライアンさん・・・っ!」
何だか罪悪感が募り、私は思わず立ち止まってしまった。
「よう、ライアンじゃ無いか。ジェシカにデートに誘われたから今からセント・レイズシティに遊びに行くところだぜ。」
「デートだって・・・?」
デートという単語を聞いてライアンの眉がピクリと上がる。
あああっ!なんて余計な事を言うのよ、このケビンと言う男はっ!ほら、ライアンが恨めしそうな眼つきでこっちを見てるじゃ無いの!
「ジェシカ・・・ケビンとデートって・・本当なのか?」
悲し気な声で私に尋ねて来るライアン。うっ・・・!そ、そんな顔で見ないでよ・・・。何だかすごく悪い事をしている気持ちにますますなってきてしまう。
「あ、あのですね、実は、これには深いわけが・・・。」
「俺から話すよ。ジェシカがマリウスに襲われかけていた。そこを偶然通りかかった俺がマリウスからジェシカを助ける為に彼女とデートの約束があるからと言って連れ出してきたのさ。」
ライアンに説明するケビン。まあ、大筋は当たっているけれども・・・するとやはり彼は私が思っていたのと同じ疑問を口に出した。
「マリウスから助けるための口実に過ぎないのなら、実際にデートをする必要など無かったのではないか?」
「いや、それは役得ってもんだ。折角ジェシカとデートできる口実が出来たんだから、実際に利用しない手は無いだろう?それにどうせお前は冬季の休暇前の生徒会の仕事が残っているから遊びに行く事だって出来ないじゃ無いか。」
言うと、ケビンは私の肩にするりと腕をまわすと、わざと耳元で囁くように言った。
「それじゃ行こうぜ、ジェシカちゃん。」
「お、おいっ!ケビン!お前・・・っ!」
ああっ、ライアンを怒らせちゃってるよ。これはまずい・・・。
「ご、ごめんなさい。ライアンさん。何か町でお土産を買ってきますから・・っ!」
私は半ば強引に門へと連れて行かれたのだった。
ここは洋品店。
私とケビンはセント・レイズシティに着くとすぐにこの店へとやってきたのだ。
「う~ん・・・ジェシカにはどんなマフラーが似合うかな・・・?」
ケビンは色々なカラーのマフラーを見比べて真剣に吟味している。別にマフラーなんてどんなものでも私は構わないのだけどなあ・・・。もうかれこれ30分以上は悩んでいるよ・・。
私は欠伸を噛み殺しながらケビンがマフラーを選ぶのを待っていた。
やがて・・・。
「よし!これに決めたっ!」
ケビンが指さしたマフラーは薄いサーモンピンクのマフラーだった。
「うん、ジェシカには絶対にこの色が似あうと思う。」
ケビンは私の首にマフラーをフワリとかけると言った。
「それじゃ、カウンターへ行こうぜっ。」
私の手を握り、店員がいるカウンターへ進むケビン。お金を支払い、お包みしますかと聞かれたのを、このまま使うから大丈夫だと断りを入れる。
私はと言えば、とっくに選んだ手袋を紙袋に入れて、そっとケビンに手渡した。
「あの、私の選んだ手袋はグレーの手袋です。気に入って頂けるといいのですか。」
「ジェシカが選んだものが気に入らない訳は無いだろう?」
ケビンは包み紙を開けて、中から手袋を取り出すと破顔した。
「嬉しいな~。ジェシカからの初めてのプレゼントだ。一生使わないで大事にしまっておくよ。」
「いやいや、手袋なんだから使って下さいよ。その為に買ったのですから。」
全くケビンはどこまで本気で言っているのかが分からない。
「それで、ライアンには何か買ったのか?」
ケビンがもう一つの私が手に持っている紙袋を覗き込むように尋ねてきた。
「はい、どんなプレゼントが良いか迷ったのですが、ライアンさんの故郷は雪深い国と伺っていたので、毛糸の帽子を選んでみました。・・・喜んでくれるといいのですが・・・。」
少し心配顔で私が言うと、ケビンは言った。
「何言ってるんだよ、大喜びするに決まっているだろう?ライアンはな、ジェシカが思っている以上にあんたの事が好きなんだぜ?」
「そ、そうでしょうか・・・?」
ケビンの言葉に声が上ずる私。そこへ追い打ちをかけるように私に言った。
「でもまあ、選ぶなら俺にしておけよな?」
全く、ケビンは本当に何処まで本気で言っているのだ?でも、明るい性格なので一緒にいても楽しい事は事実であった—。
3
「ジェシカ、昨日は1日何して過ごしていたんだ?」
ここはカフェ。
今日は昨日よりもかなり冷え込む日だったので2人で暖を取る為にカフェに来ているのだ。
ケビンの突然の質問に私は一瞬戸惑った。
「え?昨日・・・ですか?」
「ああ!ちなみに俺はもうすぐ里帰りするから1日寮にこもって荷造りしていたぞ。ジェシカはもう帰省する準備は出来ているのか?」
そうだった、もうすぐ国に帰ると言うのに私は何一つ準備をしていなかった。それどころか一緒に帰省する相手がマリウスだと思うと憂鬱でたまらない。
「そう言えば、私何一つ準備していませんでした。それに一緒に里帰りする相手がマリウスだと思うと・・・。」
私は深いため息をついた。
「そうなのか?そんなにマリウスと一緒に帰省するのが嫌なら俺が一緒にジェシカの故郷に付いて行ってやろうか?」
ケビンの提案にギョッとした。
「だ、駄目ですよ!そんな事したらマリウスがどんな暴挙に出るか分かったものじゃないですよっ!ケビンさんはマリウスの怖さを知らないからそういう事を言えるんですよ・・・。」
私がつい愚痴を言うと、ケビンは苦笑いしながら言った。
「まるでジェシカとマリウスの関係は主従関係が入れ替わっているみたいだな?仮にもジェシカはマリウスの主なんだろう?どうしてそんなにビクビクしているんだ?」
「ケビンさんは何も知らないから、そんな事を言えるんですよ。マリウスは本当に危険人物なんです。怒ると何をしでかすか分からないんですから。この間だって私がもし止めなければ相手の腕を本気で折ろうとしていたし、おまけに最近は一緒にいると自分の貞操の危機を・・・!」
ここまで言って私は慌てて口を閉じた。しまった、つい話過ぎてしまった。
私はケビンの顔をチラリと見ると、案の定ケビンは口を大きく開けて唖然とした表情をしている。そして、我に返ると慌ててたように私に詰め寄ってきた。
「おいおい、一体それはどういう意味なんだ?腕を折ろうとした?喧嘩した相手の腕でも折るつもりだったのか?それに貞操の危機って一体どういう事なんだ?確かに今朝見た時のマリウスはジェシカを絞め殺しそうな勢いで抱きしめていたけど・・。」
「はい、ケビンさんの言葉のままですよ。」
私は溜息をつきながら言った。
「まじかよ・・・・。」
ケビンは頭を押さえて椅子の背もたれに寄りかかると言った。
「あんた、大変な男を従者にしてしまったもんだな?」
「別に好きで従者にしたわけじゃありませんよ。気が付いてみたらマリウスが従者になっていただけです。」
「う~ん・・・。」
暫くケビンは何事か考え込出いたが、やがて立ち上がると言った
「よし、ジェシカ。今からマジックショップへ行くぞ。」
そして私の手を掴むとすぐに歩き出し、2人分のコーヒー代を支払うとさっそうと歩きだした。
セント・レイズシティのメインストリートを抜け、私達はマジックショップへと辿り着いた。店内へ入るとケビンはショーケースに収められている様々なマジックアイテムを見て回っている。
一体ケビンは何を探しているのだろう・・・?
「あ!あった!これだ!」
ケビンはガラスケースに顔を近づけて何かを見つけて大声を出した。
「ケビンさん、何を見つけたんですか?」
私が近づいて声をかけると、ケビンはガラスケースを指さした。
「ほら、この指輪だよ。」
「この指輪がどうしたのですか?」
「いいか、この指輪は自分の姿を消す事が出来るんだ。値段によって体を消せる回数や時間も限られているんだが・・・使い方は簡単だ。指輪を嵌めて祈れば姿を消す事が出来る。よし!俺がこの指輪を買ってやるから身の危険を感じたらこの指輪に祈るんだ。いいな?」
ケビンは真剣な眼差しで言うと、私の返事も聞かずに勝手に店主を呼んでさっさとお買い上げしてしまった。
う~ん・・でもマリウスに捕まった段階で姿を消しても意味無いよね?これって。
でもそれ以外に使い道がありそうだし・・ここはありがたくプレゼントしてもらう事にしよう。ケビンにはまた別に後でお礼をすればいいしね。
「ほら、ジェシカ買って来たぞ!どうせなら今すぐ指輪を嵌めた方がいいな。よし、俺が嵌めてやるよ!」
言うと、ケビンは私の左手を取って、するりと嵌めてしまった。
ち、ちょっと!これってまるで結婚式の時の指輪の交換みたいじゃないの!
けれども当のケビンはその事に気付いていないのか、私の指輪を見て満足そうに頷いている。
「あ、ありがとうございます・・・。後で何かお礼させて下さいね。」
私が言うと、ケビンは笑顔で言った。
「ああ、楽しみにしてるぜ!」
その後はセント・レイズシティの巨大フードコートで2人で食事をしに行った。
食事も大分大詰めを迎えた時の事・・・。
突然ケビンが言った。
「あれ?あそこにいるのはアラン王子じゃないか?それに・・うん、生徒会長に副会長までいるなあ・・あいつら生徒会の仕事もしないで何やってるんだ?他にも何人かいるみたいだな。随分大所帯でやってきたんだな。」
「え・・ええ?!」
私はケビンの言葉を聞いて焦った。何故私が焦らなくてはならないのだと頭の中で思いつつも、焦る物はしょうがない。
嫌な汗をかきつつ、私は固まってしまった。
「おい?どうしたんだ?ジェシカ?顔色が悪いぞ?」
ケビンは私の突然の態度の変化に驚いたのか心配そうに声をかけてきた。
「しっ!ケビンさん・・・彼等はもうすぐ食事終わりそうな感じですか?」
私はアラン王子達には背を向ける格好で座っているので彼等の様子を探る事は出来ない。
「う~ん・・。どうだろうなあ?人が大勢いるからあんまりよく見えないんだよ。どうしたんだ?まさか彼等に姿を見られたくは無いのか?」
私は黙ってコクコクと頷く。
「な~んだ、そんな事か。でも安心しろジェシカ。今お前の左手には俺がプレゼントした指輪が嵌められているだろう?その指輪をして祈れば姿を消す事が出来るんだから、彼等に見つかる事はないさ。」
おお!ナイスチョイス!
「そうでしたね!早速こんなに早く指輪を役立てる時が来るなんて思いもしませんでした!それなら安心ですよ。」
「だろ~?だから安心しろよ。それにこんなに大勢客が来ているんだから、アイツらがジェシカに気付く事なんか無いさ。それにしても一緒にいる女2人は一体誰なんだ?」
ケビンの言葉に素早く反応する私。え・・・・?女2人・・・?まさか・・・っ!
私は思わず持っていたスプーンを取り落しそうになった。
「あ、あの。ケビンさん、女2人って・・1人はストロベリーブロンドの美少女、もう1人は眼鏡をかけた女性ではありませんか?」
「あ、ああ。そうだけど・・・何でジェシカはそんな事知ってるんだ?」
尚も何かケビンは私に話しかけてきている様だったが、今の私はそれどころではない。間違いない、ソフィーとアメリアだ。アラン王子だけなく、生徒会等やノア先輩もいると言う事は、ダニエル先輩もあの場にいるはずだ。
やはり私の思った通り、再び彼等はアメリアを愛してしまったのだろう。
ただ、前回と違うのは一緒にソフィーがいるという事だ。
何故だろう?何だかすごく嫌な予感がするのは・・・・。もうすぐ冬の冬期休暇に入ると言うのに不安な気持ちばかりが募って来る。
私を夢で裁いた黒髪の男性はまだ現れてはいない。彼が現れるまでは自分の身は安泰だろうと何処かで、たかをくくっていた。しかし、あの夢で出てきた光景は寒い真冬の出来事だった。凍えるような寒さを私は夢の中で体験し、その感覚が未だに身体に残っている。
彼等が一堂に揃っていると言う事は・・ひょっとするとソフィーがあの場である事無い事、私を罪に陥れる為の作り話を彼等にしているのではないだろうか?
私は自分の足元がガラガラと崩れ落ちて行くような感覚を覚えるのだった—。
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