目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第1章 6 今宵、貴方を酔わせます (イラスト有り)

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1

「おい、ジェシカッ。本当に大丈夫なのか?顔色が真っ青を通り越して白くなってるぜ?」

ケビンは心底心配そうに私の両肩を掴んで顔を覗き込んでいる。

「あ・・は、はい・・・。だ、大丈夫・・・。」
私はそこまで言うのがやっとだった。

「もしかすると・・・あの連中の会話が気になるのか?」

ケビンはこういう所は察しがいい。
黙ってコクコクと頷くとケビンは私の頭を撫でて言った。

「よし、心配するなジェシカ。俺があいつ等の所へ行って何の話をしているのか聞いてきてやる。ジェシカは取りあえず、俺が渡した指輪で姿を消してこの店から出るんだ。待ち合わせ場所は・・・そうだな。ひとまず先にセント・レイズ学院に戻っていろよ。それで、この間ジェシカと俺が初めて会ったカフェがあるだろう?そこで待ち合わせしようぜ。」

ああ、なんて頼もしい言葉なのだろう!やはりケビンは私にとってお地蔵様的なありがたい存在だ。
「すみません、よろしくお願いします。ケビンさん。」

「ああ、大丈夫だ。それじゃジェシカ、まずはこのテーブルクロスの下にでも隠れろよ。」

ケビンに言われた私はテーブルクロスの下に隠れる。幸い?周囲の人達には私の取っている奇妙な行動に誰一人注目している人物はいなかった。

「それじゃジェシカ。この指輪を握るように祈るんだ。姿が消えるようにと」

ケビンに言われた通りに私は指輪を握りしめて祈る。指輪よ・・どうか私の姿を消してっ!
すると指輪が怪しく輝き始め、徐々に指先から私の姿が消えてゆく。

「よしっ!ジェシカっ、姿が消え始めたぞ!」

やがて徐々に消えて行く範囲が広がってゆき・・・約1分後には完全に私の姿は消えていた。

姿が見えなくなった私にケビンが言う。

「いいか、ジェシカ。その指輪はせいぜい姿を消していられるのが10分位だ。その間にこの場所から出て行くんだぞ?」

「はい、分かりました。」
私はテーブルクロスの中から這い出ると改めて自分の手足を確認してみる。うん、確かに消えているな。
ケビンにはもう私の姿は完全に消えて見えなくなっているだろうから、私は彼の近くで声をかけた。

「それじゃ、先に学院に戻っていますね。よろしくお願いします。」

「ああ、俺に任せておけって。」

 ケビンはそっと呟くように言うと、生徒会長達の元へと歩いて行く。私はそれを見届けると、人にぶつからないように足早にフードコートを抜け出し、寒空の下駆け足で学院へと向かった—。



「遅いな・・・ケビン。」
あれから約1時間が経過した。
私はあの後、すぐに学院に戻ると自分の自室へ向かった。そこで元の姿に戻るのをじっと待つ事30分。
ようやく透明人間から元の姿に戻ったので、私は手持ち無沙汰にならないように以前セント・レイズシティで購入した本を持ってケビンに指定されたカフェに入り、本を読みながらケビンが来るのを待っているのだ。

「もしかして、何かあったのかな?」

更に1時間が経過し、私は不安な気持ちになってきた。
何か不測の事態が起きたのだろうか?ソフィーの暗示にかけられたアラン王子達に酷い目に遭わされたのではないか?
もう居ても立っても居られなくなった頃・・・ようやくケビンが現れたのだ。

「よっ、ジェシカ。待たせたな。」

私の心配をよそに飄々とした態度のケビン。何だか心配していた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

「遅かったじゃ無いですか・・・・。ケビンさん。」

「あれ?どうしたんだ?何だか機嫌悪そうだけど?」

「別に悪くなんかありません。」
ケビンから目を逸らしながら言う。

「何だよ、だったらこっち見ろってば。」

ケビンが無理やり私の顎を掴んで自分の方を向かせる。

「あ?なーんだ。やっぱり怒ってるんじゃないか。」

私が恨めしそうにケビンを見ていたので、彼は怒っているのかと勘違いしたようだ。
「違いますっ、怒ってなんかいません。ただ・・・。」

「ただ?」

首を傾げるケビン。

「ものすごーく心配していただけですっ!」
あ、駄目だ。ケビンの変わりない様子を見て、安心して涙腺が緩んできた。

「何だよ、こっち向けって・・・!」

ケビンは再び私を自分の方に向かせ、そこで初めて私が涙を浮かべているのを見て息を飲んだ。
しまった。ケビンに泣き顔を見られてしまった。ウウ・・彼にだけは自分の弱みを見せたくは無かったのに。

「ジェ、ジェシカ・・・泣いているのか・・?」

驚いているケビンに私は言った。
「ち、違います!目に・・ゴミが入っただけです。」
そして両目をゴシゴシ擦る。

「あ、そうか・・・ゴミか・・。」

ケビンは言ったが、あの表情から嘘をついているのは分かった。でも私自身嘘をついているので、人の事は言えない。

「それで、アラン王子や生徒会長の話を聞く事が出来たのですか?」
気を取り直して、改めてケビンに尋ねた。

「ああ。ばっちり聞いて来たぜ。まあ・・要約するとあれは単なる痴話喧嘩だな。」

「痴話喧嘩?」

「そう、誰がこの中で・・えっと・・アメリア・・だっけ?その女の恋人として相応しいかどうかを話し合っていた、実にくだらない痴話喧嘩さ。」

呆れたように言うケビン。
それではソフィーは一体何のためにあの場に居たのだろう?
「あの、もう1人女生徒がいましたよね?ストロベリーブロンドの美少女ですよ。
名前はソフィーと言うんですけど・・彼女は何の為にあの場にいたのですか?!」

「う~ん・・・それが俺にもよく分からないんだよな。何せ、あの場にいた男どもはみんな、アメリアに夢中になっていて、もう片方の女生徒には全く興味を示していなかったんだよなあ。」

ケビンは不思議そうに言う。

「そうですよね?ソフィーはあれ程に美少女なのに、何故アラン王子や生徒会長達が全く興味を持たないのか、おかしいですよね?」
私は身を乗り出してケビンに言ったが、当のケビンすら考え込んでいる。

「うん、そこなんだよな・・・。確かにあのソフィーという女は美少女なのかもしれないが・・・悪いけど、俺もちっとも興味が湧かないんだよな?不思議な事に。余程アメリアって名前の女性の方がマシだと思うぜ。自分でも不思議だと思うよ。」

 なんと!私の小説の中で所詮、モブキャラにしか過ぎないケビンでさえ、ソフィーには全く興味が湧かないとは・・・。一体何故なのだろう。
だってヒロインはソフィーだ。アメリアなんて女性は名前すら出てきたことは無い。

「と言う訳だから、な?安心しろよジェシカ。誰もお前の話をしていなかったからさ。恐らくあいつらの中では、もうお前の存在はきれいさっぱり忘れていると思うぜ?」

ケビンはポンと私の肩に手を置くと言った。

「そうですよね・・・。きっと。」
呟くように私は言った。

「だからさ、ジェシカ。」

いきなり口調が変わるケビン。

「はい?」

「もう付き合う相手、この俺にしちまえよ。」

私の肩に腕をまわすと、急に馴れ馴れしい態度で接し始めてきたケビン。

「ち、ちょっと待って下さいよ。私、まだ誰かと付き合うなんて・・。」

そこまで言いかけた時、何やら背後に強い視線を感じて私は振り向いた。
するとそこにはライアンが立っているではないか。

「おい・・ケビン・・・。お前一体ジェシカに何してるんだ・・?」

拳を握りしめてブルブル震えているライアン。あ、マズイ・・。何だかすごく怒っているよ。

「あれ~、ライアン。お前良く俺達の居場所が分かったな?」

「あ・・当たり前だっ!普段からお前が利用しているカフェはこの店だからな。案の定、来てみるとジェシカと一緒だったとは・・・。」

う、まずい・・・。このままだと2人は喧嘩になりかねない・・っ!
そう思った時、私はセント・レイズシティで買ったライアンへのプレゼントを思い出した。

「ラ・・ライアンさんっ!これ私が町で買って来たプレゼントなんです。良かったら受け取って下さい!」

ケビンの腕から抜け出すと、私はライアンの元へ駆け寄って紙袋を手渡した。

「え・・?これを俺に・・?」

途端に態度が変わるライアン。

「はい、気に入っていただけたら良いのですが・・・。」

ライアンは紙袋から帽子を取り出すと、驚いたように私を見た。

「これを俺に・・・くれるのか・・?」

私が黙って頷くとライアンは帽子を抱きしめて言った。

「ありがとう、ジェシカ。一生使わないで大事に取っておくよ。」

う~ん。やはり親友同士、同じことを言う2人であった・・・。



2


その後、ライアンとケビンからしつこく夕食を一緒に食べようと誘われたが、精神的に疲れた等と適当な言い訳をして、今私は大人しく自室の寮へと引きこもっている訳だ。
「はあ~・・・マリウスと一緒に実家へ里帰りするのは気が重いなあ・・・。」
それにジェシカの家族とも今迄一度も会うどころか、手紙のやり取りすらした事が無かったので、全く人物像と言うものが掴めない。
いざ、私を目の前にしたときのジェシカの家族の反応が・・・はっきり言って怖い。
一目で外見は同じでも自分たちの娘では無いと見抜かれてしまうのでは無いだろうか?
なのではっきり言ってしまえば里帰りなどしたくはない。けれども実家へ行き、ジェシカの私物を(私好みでは無い衣類やアクセサリー)持って現金化して、一刻も早く何処か遠くへと逃げなくては。
 逃げる・・。でも一体何処へ逃げれば良いのだ?女1人でも生きて行けるような国がこの世界には果たしてあるのだろうか・・。
「そうだ・・・エマだ!エマに聞いてみよう。そしてついでにさり気なくお別れを告げれば・・・。」
でも帰省するまでにあと3日はある。それに明日はジョセフ先生と流星群を見る約束をしている。そうなると・・エマに話をするのは、明後日の方が良さそうだ。
となると、今私がするべきことはただ一つ。
「よし、さっさと荷物整理をして趣味の悪いアクセサリーや衣類はまとめて売りに出しに行こうっ!」

 それから私は大急ぎで荷造りの準備を始めた。


「うわ、何よ。このドレスは・・っ!これじゃまるで露出狂女じゃ無いの!それに何なの?このネックレスは・・・大体、いつネックレスなんかする機会があったっていうのさ。」
ブツブツ独り言を言いながら、いるもの、いらないものを仕分けし終えると、トランクケース3つ分も不必要な衣類やアクセサリーが出てしまった。

「これでよし・・・と。時間は今何時だろう?」
部屋の時計を見ると時刻は午後5時になっていた。辺りはすっかり暗くなっているし、外はとても寒いのは承知の上。
「う~外に出るのは辛いけど・・一度に売りに出せないから、今日の所は1つだけ売りに行こうかな。」

 私は分厚い防寒コートに、本日ケビンがプレゼントしてくれたマフラーを首に巻くと、重いトランクケースを引きずって、セント・レイズシティへ続く門へと向かった。
 大きなトランクケースを引きずって歩いている私を途中何人かの学生達が不審げにこちらを見ていたが、そんな事いちいち構ってはいられない。

「あら?ジェシカさんではありませんか?」

もうすぐ門へ到着と言う所で、不意に背後から声をかけられた。その声に振り向くと、そこにいたのはリリスだった。デートの帰りだったのだろうか?見知らぬ男子学生と一緒に寒空の下、立ち話をしていた。

「あ、こんばんは。リリスさん。」
私は愛想笑いをすると、一緒にいた男子学生はペコリと頭を下げてきた。

「ジェシカさん、そんな大きな荷物を持って今から町へ行くつもりなのですか?」

リリスは驚いた様に私を見ている。
どうしよう、まずい、非常にまずい!

「え、ええ・・・。ちょっと急用を思い出して・・・。」
冷汗をかきながら愛想笑いをする。

「え・・?今から・・・ですか・・?」

首を傾げているリリスだが、一緒にいた男子学生が何事かリリスの耳元に囁いた。
途端に顔を赤らめるリリス。

「あ、あの・・ごめんなさい。余計な詮索をしてしまって・・・。どうぞ今夜はごゆっくりしてきて下さい。それじゃ私達はもう行きますね。」

 そう言って頭を下げて学院へ帰って行く2人。
はて・・・?今のは一体なんだったのだろう・・・?私は首を傾げた。
でも知り合いに見つかればあのような反応をされる事は分かった。
一刻も早く町へ行ってさっさとトランクケースごと売りに出さなくては!

 私は必死でトランクケースを引きずって門をくぐり、町へと向かった。
しかし・・・まさか彼に見つかり、後を付けられていた事には全く気が付いていなかった。



「お待たせ致しました。素晴らしい品々をどうも有難うございました。」

 私は今リサイクルショップへ来ている。ここは以前にも訪れた場所で、道順も把握していたので迷うことなく店へと来ることが出来た。
私にはこの世界の物の価値の値段が未だにあまり分かっていない所があるのだが、今回は店側との交渉を頑張った。頑張って頑張って、思った以上の値段で売る事が出来た。

「衣類17点、アクセサリー28点でお値段はだ・・・大金貨5枚と・・金貨8枚になりま・・す。」

店主の若い男性が引きつったような笑みを浮かべながら私に金額を告げながらお金を手渡してきた。
この世界では金貨10枚で大金貨1枚となる。大金貨1枚の値段は大体日本円に換算すると20万円で、金貨1枚は10万円位・・・となると今私は180万円の大金を手に入れたことになる。

「ありがとうございました・・・。」

 若干やつれ気味の店員の声に見送られて、私は店の外に出た。
コートの下に隠す様にしまった金貨の入ったショルダーバックを肩にかけ、私は白い息を吐きながら夜空を見上げた。
今、私の手持ちのお金は180万円・・そして自室の金庫にしまってある50万円と合わせて230万円。明日もトランクごと不要な物を売り払えば少なくとも300万円以上にはなるはず・・・。そのお金を逃亡資金に充てて、後は自分の住む場所を見つけるまではどこか安い宿を借りて、そこで仕事を探さないと・・・。
そんな事をブツブツ言いながら考え事をしていたので、私は自分の背後に近付いてきている人物に全く気が付いていなかったのだ。

「・・い。おい、ジェシカッ。」

「!!」
いきなり肩に手を置かれ、私は飛び上がりそうになるくらい驚いてしまった。
恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのはグレイだった。

「グ、グレイ・・・・。」
私のあまりの驚き様にグレイも戸惑っている様だった。

「あ・・・わ、悪い・・・。いくら呼びかけても気付きもしなかったから・・。まさかジェシカがそれ程驚くとは思いもしなかったよ。驚かせて本当に悪かった。」

驚くも何も、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「グレイ・・・こんな時間まで町にいたの?」
私は助け起こして貰いながらグレイを見上げて尋ねた。

「何言ってるんだジェシカ。それはこっちの台詞だよ。お前こそどうしたんだ?
もうすぐ夜になるって時間にあんな大きなトランクケースを引きずって町へ来たんだろう?・・・あの姿を見かけた時は正直驚いたぞ。だから・・悪いとは思ったけど心配だったから後を付けてきたんだ。」

気まずそうに言うグレイ。
ええーっ!み、見られていた・・・。まさかグレイに見つかり、あまつさえ後までつけられていたなんて・・・。
私が呆然としている所を、グレイが質問して来た。

「なあ、ジェシカ。どうしてこんな時間に町へ1人でやってきたんだ?それにあのトランクケースはどうした?ひょっとして、そこの店で売ってきたのか?」

立て続けに質問してくるグレイ。
う~ん・・・まあ別に話しても差し支えは無いかな・・?でもその前に・・。

「ねえ、マリウスには会ってないよね?」

「え?マリウスにか?アイツの姿は見かけていないけど?」

そうか、ならマリウスには見つかっていないと考えて大丈夫かな・・・。

「それじゃ今から言う事は絶対にマリウスには内緒にしておいてね?」
グレイに念押ししておく。

「ああ、分かった。」

「あのトランクケースの中身はね、私の衣類やアクセサリーが入っていたの。でも正直言って趣味が合わないから売りに出す事にして、今運んで来た訳。」

「ふ~ん・・・そうか。でもこんな時間にわざわざ来る必要があったのか?売りに出すならいつでも出来ただろう?」

中々食い下がって来るわね・・・。私はグレイをチラリと見ると言った。
「ま、まあまあ。ねえ外は冷えるから2人で何処か温かいお店でちょっとお酒でも飲んで行こうよ。私が奢るからさ。」

よし、お酒に誘って有耶無耶にしてしまえ。ついでにグレイには尋ねたい事が山ほどあるし—。




3

私とグレイは今、個室付きのバーに来ている。3人は座れそうな長いソファにそれぞれガラスのテーブルを挟んで二人向かい合って座った。

「おい、ジェシカ・・・こんな高級そうな店に来て大丈夫なのか?俺、着の身着のままでお前の後を追いかけてきたから、それ程持ち合わせないぞ?」

心配そうに声をかけてくるグレイ。

「フッフッフッ・・・。心配ご無用よ。何せ、今夜の私は懐が温かいんだから。お金の事は気にせず、ジャンジャン飲んでよね?」

 今私の目の前にはスパークリングワインの瓶が置いてある。それをグラスに開けて飲む、飲む、飲む・・・。ついでにグレイにも同じものを注いであげる。

「ちょ、ちょっとお前、最初から飲みすぎだぞ?」

流石に慌てるグレイだが、最近はマリウスのせいでストレスが溜まりっぱなしだ。お酒でも飲んで発散させなければやってられない。

「まあ、いいからいいから。それよりもね、グレイには聞きたい事があるのよ。」

「何だ?聞きたい事って?」

グレイはおつまみのアンチョビが乗ったバゲットを手に持ったまま返事をした。

「アラン王子様はどうしてる?」
私は膝を組んで左手を顎の下に置くと尋ねた。

「な?!ア、アラン王子様って・・・一体・・・?」

グレイは目を白黒させながら驚いている。それはそうだろう。私は今まで様付でアラン王子の名前を言った事が無いのだから。

「グレイ、貴方はアラン王子様の従者じゃ無かったっけ?今夜の付き添いはしなくて良かったの?」

「あ、ああ。今夜の当番はルークなんだ。」

 おつまみを口に運びながら答えるグレイ。けれどその目は何となく泳いでいるようにも見える。

「本当はアラン王子様に私の監視をするように言われたんじゃ無いの?」

「いや、それは無い。」

きっぱりと断言するグレイ。だけど私には分かる。
・・・嘘だな。グレイは私に嘘をついている。何故なら私がお店を探している時に、グレイが少し用があると言って一時的にその場を離れた時があった。
そして私が今居るこの店を見つけ、グレイを呼びに行った時に、何やら魔法の通信アイテム?らしきもので誰かと会話をしている最中だったのだ。
そして会話の端々にアラン王子の名前が途切れ途切れに聞こえてきたからだ。

 でも一体何の為にアラン王子はグレイに私の監視を頼んだのだろう?
あの時、私の目の前で自分の愛する女性はアメリアだといい、更に一時の迷いで私を選ぼうとしたなんてどうかしていた、とそこまで言ったのに。
おまけに最後はアメリアを抱きしめたまま、冷たい瞳で私を睨み付け・・・。
 あ、何だか思い出したら腹が立ってきた。何故そこまでアラン王子にあんな態度を取られなければならないのだ?


「ふ~ん・・・。ルークも大変だよね。あんな我儘王子様の付き人をしないとならないんだからさ。」
私はスパークリングワインの入ったグラスをゆっくり回しながら言った。

「あ、ああ・・・。そう・・だな・・。」

明らかに動揺しているグレイ。全く、アラン王子に何を言い含められているのだろうか・・・。

「それで、ジェシカ。今お前はアラン王子の事をどう思っているんだ?」

「う~ん・・・そうだね・・・。その前に・・。」
私は手に持っていたスパークリングワインを飲み干すと、部屋に備え付けの呼び鈴を押した。

するとノックの音がして、すぐに店員が部屋へとやってきた。

「何かご注文でしょうか?」

「はい。えっと、ここからここまでのカクテル下さい。あとサラダとピザにフィッシュアンドチップスもお願いします。」

私の注文を聞いた店員はギョッとした顔を見せたが、かしこまりましたと言って下がって行った。

「おい、マジかよ。ジェシカ・・・それは飲みすぎだろう?!」

グレイが驚いて立ち上がった。

「え~?別にいいじゃないの?飲んだってさ・・・。だってもう授業は無いんだし、門限だって無いんだから寮に戻る必要も無いし。」

「え・・ええ~っ?!」

 グレイが何やら複雑そうな顔で驚きの声をあげる。私が寮に戻る必要が無いと言った事がそれ程びっくりする事なのだろうか?
私は何としてもアラン王子の魂胆を知っておかなければならない。私の弱みでも握るようにソフィーに頼まれた?何故グレイに私の監視をさせる?そもそもどうしてグレイは監視を引き受けたのだろう?味方だと思っていたのに・・・。
 こうなったらアラン王子との連絡を絶たせ、グレイからアラン王子の魂胆を何としても聞きださなくては。
その為には・・・グレイを酔い潰す!

テーブルの上にはカクテルがズラリと並んでいる。

「さあ、グレイ。飲んで飲んで。」

「あ、ああ・・。」

私はグレイにカクテルを勧めるが、中々飲もうとしない。もう、何で飲まないのよ!さっさと飲んで酔い潰れて私の質問に答えて貰わなくては!
こうなったら・・・。



「そう、グレイは私とはお酒飲みたくないって言う訳なんだ・・・。ならいいよ。もう帰っても・・・。私は1人で飲んでるから。それともバーの中にいる人を誰かこの部屋に誘って一緒に飲もうかなあ・・・?」

それを聞くと、途端に顔色が変わるグレイ。

「な・・・何だって?!ジェシカ、お前本気でそんな事言ってるのか?!」

「うん、そうだけど?」
私はグラスホッパーを飲み終えると返事をした。

「お前・・・っ!今自分がどんな表情して言ってるのか分かってるのか?!」

何故かイライラしながら私の両肩を強く掴むグレイ。
い、痛い・・・。

「ちょ、ちょっと。グレイ、痛いんだけど・・・。」

「あ、わ、悪かった。」

パッと両手を離すグレイ。全くさっきのグレイの態度は一体何だったのだろう。

「だったら、私とお酒付き合ってよ。」
私はじっとグレイを見つめた。そして心の中で呟く。
—それでアラン王子の魂胆を教えてよねー。
アイコンタクトをしたつもりだが、グレイは顔を真っ赤に染めて視線を逸らしてしまった。

「分かったよ・・・。お前と一緒にこのカクテルを飲めばいいんだろう?」

グレイは溜息をつきながら言った。よしっ!引っかかった!
私はグレイがカクテルには殆ど詳しくない事は知っている。なので、わざと度数の高いカクテルばかり勧めていった。

「はい、グレイ。このカクテルもどうぞ。男性にも飲みやすいカクテルなんだから。」

何杯目かのカクテル。グレイの目がだんだんトロンとしてきた。
よしよし、大分酔いがまわってきたみたい。ではそろそろ本題に入っていこうかな?

「ねえ、グレイ?」

グレイはソファの背もたれに寄りかかって、うつらうつらしている。あれ?聞こえていないのかな?

「グレイってば!」
もう一度大きな声でグレイを呼ぶと、ようやく顔を上げた。

「ん?あ・・・悪い、ジェシカ。今呼んだか?」

「うん、呼んだよ。ねえ、アラン王子について教えて欲しいんだけど・・。」

「う~ん・・アラン王子がどうしたんだ・・・?」

よしよし、この調子なら誘導尋問に引っかかりそうだ。

「本当は、今日グレイはアラン王子に頼まれて私の監視をしていたんでしょう?どうしてそんな事したの?」

「それは・・・アラン王子が、やっぱりジェシカの事をまだ忘れられないから・・・さり気なく、ジェシカの気持ちを聞きだして欲しいって頼まれて・・・。俺だってそんな事はしたくは・・無かったけど・・・・。」

最期の方は声が小さすぎて聞き取れなかった。

「え?何?今何て言ったの?」
私はグレイの声が聞き取れなかったので、席を移動してグレイの隣に座った。

「グレイ?」
呼びかけてもグレイは下を向いたまま無反応だ。え・・・?もしかすると寝ちゃった?う~ん・・寝られるのは困るなあ・・・。

「ねえ、グレイ。」
私はグレイの両肩を掴んで揺すってみた。するとグレイは薄目を開けて、ぼんやりと私を見つめた。

「ジェシカ・・・?」

すると、突然グレイは私を強く抱きしめ、自分の唇を強く押し付けて来るとそのままソファに押し倒し、耳元で囁いた。

「ジェシカ・・・俺は・・・。」

何やら言いかけていたグレイはそのまま静かになってしまった。

「ち、ちょっとっ!グレイッ!」
押し倒された姿勢のまま私はグレイに呼びかけた。

「ス~・・・。」

グレイの寝息が聞こえている。え?もしかして寝ちゃった?それにしても・・。

「お・・重い・・・っ!ね、ねえっ!重いってばっ!」

 必死でもがく私だが、グレイの身体はビクともしない。結局私の騒ぎ声を聞きつけた店員がグレイを私の上からどかしてくれて、事なきを得た。

 幸い、この店の2階は宿屋になっていたので、私は店の店員に多めのお金を握らせ、グレイの事を頼むと、ほろ酔い気分で学院へと帰って行った。

今頃アラン王子はグレイから連絡がこないからヤキモキしているのだろうな・・・。


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