目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第2章 2 逃げられない夜と悪夢 (イラスト有り)

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1

 「皆さん。こんばんは。今夜はとても素敵な夜ですね。」

突如として現れたマリウスはそう言うと私の所に歩み寄り、いきなり抱きしめてきた。
私は愚か、その場に居た全員が固まってしまう。

「お嬢様、こんな寒空の下で流星群を眺めていたのですか?ああ・・こんなに身体が冷え切って・・。さあ、温かい部屋の中で私と一緒に流星群を見ましょう。」

そして私を胸に埋め込まんばかりに抱きしめる力を強くしていく。く、苦しい・・。
「マ・マリウス・・・。く、苦しいから離して・・よ・・。」
必死で逃れようとしても、ちっとも腕の力が弱まらない。

「グラント君、リッジウェイさんが苦しんでいるじゃ無いか。その手を放しなさい。」

普段の穏やかな話し方とは比べ物にならない位、冷たい声でマリウスに話しかけるジョセフ先生。

「マリウス!ジェシカを放せっ!」

アラン王子がマリウスに近付き、声をかけた。私はマリウスに抱きしめられ、視界が塞がっているが、どうやらマリウスの肩に手を置いたようだ。

「アラン王子、その手を放して頂けますか?」

マリウスは口の中で何か小さく呪文を唱えた、途端に壁際まで弾き飛ばされるアラン王子。

「グッ!」

何かが崩れ落ちる音とアラン王子の呻き声が聞こえる。何かあったのだろうか?!

「アラン王子っ!」

グレイの叫び声が聞こえる。

「グラント君!君・・なんて事をっ!」

珍しくジョセフ先生の焦りの声を聞いた。

「アラン王子っ!マリウス・・・ッ!貴様・・・っ!」

ルークの声だろうか?いけない、今のマリウスに手を出しては・・・。かくなるうえは・・・。
ドスッ!ドスッ!
私は必殺技?でマリウスの両足の甲を踏みつける。

「うっ・・・!」

痛みで腕の力を緩めるマリウスから逃れると私は周囲を見渡した。アラン王子は一体どこに・・?

「ぐ・・・。」

アラン王子の呻き声が背後から聞こえてきた。慌てて振り向くと壁が崩れ落ち、そこに倒れ込んでいる王子の姿があった。

「アラン王子っ!」

私は慌ててアラン王子に駆け寄ろうとする所をマリウスに腕を掴まれた。

「どちらへ行かれるのですか?お嬢様。」

マリウスは冷たい光を宿した目で私を射抜くように見ている。思わず身がすくみそうになったが・・・所詮、マリウスは私の従者。ここは勇気を振り絞って・・。

「その手を放しなさい、マリウス。主の言う事が聞けないの?」

冷たい瞳で睨み付ける。そう、それこそドライアイスのように触ると火傷する位—!

「・・・。」

 マリウスがたじろいで、後ずさる。・・・しかし、こんな場面でも相変わらずだ。僅かに頬が染まり、口元が嬉しそうに笑っている。
全身に鳥肌が立つが、私は表情を崩さずに再度睨み付けると瓦礫の間にうずくまっているアラン王子に駆け寄った。

「アラン王子、大丈夫ですか?しっかりして下さいっ!」
邪魔な瓦礫を取り除くと、私はアラン王子に声をかけた。

「あ、ああ・・・。大丈夫だ。」

アラン王子はよろめきながら立ち上がると、マリウスを睨み付けて対峙した。

「マリウス・・・貴様・・っ!グレイを痛めつけただけでなく、一方的にジェシカを連れ出そうとしたり、挙句の果てにこの暴挙・・・ゆ、許せん・・っ!」

「ほう、それではどうなさるおつもりですか?アラン王子。」

マリウスは腕組みをしながら余裕の表情を浮かべている。
まずい!このままでは、何とか場を治めなくては・・・っ!

「やめなさいっ!マリウスッ!アラン王子に手出しをしようものなら許さないわよっ!」

私はマリウスから庇うようにアラン王子の前に立ち塞がった。・・・流石のマリウスでも私に攻撃を仕掛けてくることは・・恐らく無い・・だろう。と信じたい。
「グレイとアラン王子に謝りなさいっ!これは命令よっ!」

「・・・ただでは聞けません。」

「「「「はあ?」」」」」

私達全員の声がハモった。何?何なの?この場において、ただでは聞けないって?ちょとあり得ないんですけど!

「ねえ・・ただでは聞けないってどういう事?」
落ち着け、冷静に話を聞くんだ私。

「そうですねえ・・・私と一緒に温かい部屋の中で流星群を見てくれるのであれば、謝罪でも何でも致しますよ。そうでなければ・・・ここにいる方全員を痛い目に遭わせなければ私の気が済まないかもしれません。」

マリウスは天を仰ぎながら言う。

「マリウスッ!貴様・・まだそんな事を言うのか?!」

ついに我慢の限界なのか、アラン王子が私の前に立ち、マリウスを怒鳴りつけた。

「ああ・・アラン王子。お怪我はされていないようですね・・。流石は私が認めただけあって、お強いようですねえ・・・。でもお嬢様の事が絡んでくると、私も理性が抑えられなくなるので、手加減出来ないかもしれませんよ?」

ええ?嘘!あれで手加減していたと言うの?どうやら私はマリウスの力をみくびっていたようだ・・・。

「お嬢様、どうか私の元へ戻って頂けませんか?お嬢様の事が無ければ、私だってこんな事はしたくは無いのです。ジェシカお嬢様が私の元へ戻って頂けるなら、謝罪だってなんだって致します。どうかお願いですから。」

懇願するようなマリウス。私がマリウスの元へ行かなければ、何をしでかすか分からないと言うのであれば・・・怖いけど、行かなければ。
「・・分かったわ。マリウスと・・一緒に行くから。」

「ジェシカ?!」

グレイが悲痛な声をあげる。

「駄目だっ!マリウスの言う事は聞くなっ!」

ルークが私に駆け寄ろうとすると、マリウスが魔法弾を放ち、ルークの足元に穴を開けた。

「ルークッ!」
私は悲鳴を上げた。

「リッジウェイさん・・・。」

「行かせると思うのか?」

アラン王子が身構えたその時。

「アラン王子、こちらにいらしたのですね?」

聞き覚えのある声。一斉に振り向く私達。現れたのはやはり、アメリアとソフィーだった。 
しかも彼女達と一緒にいるのは生徒会長、ノア先輩にダニエル先輩まで揃っている。

「あ、ああ・・・ソフィー。」

え?今アラン王子はアメリアでは無く、ソフィーの名前を呼んだ?私は背中がゾクリとするのを感じた。
良く見ると、生徒会長達もアメリアでは無く、ソフィーに寄り添っているようにも見える。
彼等の目にはソフィーしか映ってはいないのだろうか・・・?何処か目も虚ろだ。
 そんな私を他所にソフィーはアラン王子に話かけた。
「さあ、アラン王子様。向こうに流星群を見るのに最適な場所を用意しました。この様なへんぴな場所はアラン王子様には似合いません。一緒に参りましょう?」

「あ、ああ。そうだな。」

アラン王子はフラフラとソフィーの元へと歩いてゆく。
ソフィーはニコリと笑みを浮べると、アラン王子達を引き連れて背を向けて歩き始めた。
 私や、グレイ、ルーク、それにジョセフ先生は呆気に取られてその様子を見ていたが、マリウスだけは違った。
 突然私に足早に近づくと、私を自分の腕の中に囲い込み、彼等に語りかけた。

「皆さん、お待ち下さい。少しよろしいですか?」

マリウスの声にソフィー達は足を止めて振り返る。

「いいですか?今後一切あなた方は私の大切なお嬢様に近づかないで下さいね。何よりそちらにいる女性を選ばれたのですから・・・。」

まるで挑発するような言い方をした。マリウス、一体なにを考えているのよ?

「・・・。」

すると何故か目を伏せるアラン王子に生徒会長。ノア先輩やダニエル先輩は何か言いたげに私を見つめている。

「え・・・?」
私が彼等に注目したその時、マリウスが私をクルリと自分の方を向かせた。

「マ、マリウス・・・?」
まただ、また非常に嫌な予感がする・・・っ!

マリウスは私の前髪をかきあげ、額にキスをすると言った。
「今夜はこれで我慢しておきましょう。」

「な・・・っ?!」
私は焦ってマリウスを見た。

グレイ、ルーク、ジョセフ先生は呆気に取られた表情をしているし、アラン王子達は何故か青ざめている。

「ジェ、ジェシカッ!」

突然我に返ったかのように私の名前を呼ぶダニエル先輩。

「マリウス、ジェシカから離れろっ!」

ノア先輩は私に向かって駆け寄ろうとし・・・。
マリウスは私を連れて、転移した─。



2

転移した先は高台にある満天の星が見えるテラスだった。
今も流れ星が尾を引いて飛んでいる。
この場所は確か・・・?

「どうですか?お嬢様。この場所は覚えてらっしゃいますか?」

マリウスは私を自分の腕に囲いながら尋ねてきた。
「勿論覚えてるけど?入学式の夜にマリウスが連れて来てくれた場所でしょう?」

「本当にそれだけでしょうか?」
意味深な言葉を耳元で囁くように言うマリウス。背筋に鳥肌が立つ。お願いだから耳元での囁きはやめて欲しい。

「あ、当たり前でしょう?それよりいつまでくっついているの?いい加減に離れてくれる?」

「本当に夜に訪れたのが初めてでしょうか?」

それでも尚、妙に喰い下がってくるマリウス。本当に一体なんだと言うのだろう。それよりも・・・。
「ねえ、本当にいい加減早く離れてよ。」

「嫌だと言ったら?」

「ねえ・・・。殴ってもいい?」
そんなつもりはさらさら無いが、試しに言ってみると、マリウスはクスクス笑いながら言う。

「本当にお嬢様は面白い方ですね。以前とはまるで・・・別人です。」

言いながら私から身体を離すマリウス。そして私をじっと見つめる。
しかし、マリウスに別人とは言われたくない。私よりも余程別人のように変貌を遂げてしまったのはむしろマリウスの方ではないだろうか?
それにしても・・な、何よ・・・。急にまともになったりして。
何だか妙な雰囲気になってきたので私は話題を変えることにした。
「マリウス、いつの間にか転移の魔法も使えるようになっていたのね。」

「はい、そうです。お陰様で。」

「どのくらいの距離を移動出来るの?」

「そうですね・・・。実際に試した事はありませんが、3000km程なら可能でしょうか?」

顎に手をやりながら、物凄い事をサラリと言ってしまうマリウス。

「3、3000km?!」
ま、まずい・・・。そんなに移動出来るなら私はもっともっと遠くへ逃げなければ・・・っ。マリウスに捕まってしまう!
「あ、あの、ちなみにマーキングした相手の所迄は転移出来るのよね?」

「ええ、当然でしょう?だから今迄もお嬢様を探し出してきたのですから。」

う~っ!こ、この男は、完全にストーカーだっ!何が悲しくて自分の下僕に私はストーカー行為をされなければならないのだ?何か、た・対策は・・・?
「ねえ、マーキングした相手ならどの位の距離まで後を終えるの?」

ピクリ。マリウスが反応する。
「何故そのような事を尋ねるのですか?」

「い、いえ。少し気になりましたので。」
思わず敬語になってしまう。

「相手に付けるマーキングの量にもよりますね。試した事はありませんが・・・1000km位なら可能でしょうか?何なら・・・今たっぷりマーキングして試してみますか?」

言いながら私の顔を両手で持ち、グイと上に持ち上げるマリウス。
ヒエエエエッ!!
「や・やめなさいよ~っ!!」
必死でマリウスの顔を両手で押さえて抵抗する。

「そうですか・・・それは残念です。」

しょんぼりとするマリウス。そ、それにしても・・・。さ・寒い・・・。
防寒着を着ていても寒いものは寒い。私は両手で自分の身体を抱えているとマリウスが言った。

「これはお嬢様、気が付かずに申し訳ございませんでした。只今温かいお部屋にご案内しますね。」

そして、私を抱えると再びマリウスは転移した。

着いた先は温かい暖炉が燃える広々とした部屋。大きな掃き出し窓からは満点の夜空が見える。
しかし・・・この部屋は一体何だろう?立派な調度品に奥にはまた別にドアがある。あのドアの先にはもう一つ別の部屋があるのだろうか?

「どうですか?お嬢様。このお部屋・・気にいって頂けましたか?」

マリウスが私の両肩に手を置き、背後から声をかけてきた。
「ま、まあ・・・ね。広くて温かいし・・いいんじゃないかなあ?」
適当に返事をするが、一体この場所は何処なのだろうと言う考えが頭の中を占めていた。

「明日までゆっくり過ごしましょうね?お嬢様。」

マリウスは何やら意味深な台詞を言い、ますます私に密着してくる。
ま・まさか・・・ね・・?駄目だ、絶対にこの場所が何処なのかマリウスに問い詰めてはいけないと私の中で激しく警鐘が鳴っている。

「だ・・だから、距離が近いから離れてって言ってるでしょう?!」
私はマリウスの腕をわざと乱暴に振り払うと、窓へと近寄り夜空を見上げた。
 まもなく流星群の天体ショーが終わるのだろうか・・・。大分星が降って来る量が減ってきた。
はあ・・・なんて1日だ。本来ならジョセフ先生と2人で静かに流星群を観察する予定だったのに、何故私は今マリウスと2人でこのような訳の分からない場所に居なくてはならないのだ。しかも果てしなく貞操の危機を感じるような部屋に・・・!
こうなったら・・・よし、帰ろう。
私はマリウスの方を向くと言った。

「マリウス、私もう帰るわ。悪いけど女子寮まで送ってくれる?」

「ええっ?!帰ってしまうのですか?折角今このお部屋にお嬢様の大好きなお酒を用意させて頂こうと思っていたのですが・・・。ヴィンテージもののワインもありますよ?今宵は朝までご一緒して頂くつもりすので」

言いながら、マリウスは何処から持ってきたのかワインボトルを大事そうに抱えてこちらへやってきた。

「それに、このお部屋には小さなバーカウンターがついているんです。お嬢様のお好きなカクテルを私がお作りいたしますよ?」

え?!なんとマリウスはそのような特技まで持ち合わせていたのか?顔良し、剣の腕前強し、魔法の実力も飛びぬけている上にカクテルまで作れるとは・・スペック高過ぎ!これで変態M男で無ければ最高なのに・・・っていやいや。相手はマリウスだ。年中発情しているような危険人物。
そのような男と一緒に2人きりで部屋にいるのは私にとって危険過ぎる。
お酒・・・非常に魅力的ではあるが、自分の貞操を守る方が大事だ。

「ありがとう・・気持ちだけで十分だから。私まだ里帰りの準備が出来ていないから帰らないと。」
適当な言い訳をしてドアへと向かう。と、その時・・・

ダンッ!!
ドアを開けようとした私の背後からマリウスがドアノブを握りしめ、片方の腕でドアに思い切り片手を着いた。

「!」
驚いて振り向くと、眼前にマリウスの顔が思いもよらない程近くに迫っていた。
マリウスの瞳に私の強張った表情がはっきりと映し出されている。

「・・・じゃないですか。」

「え?」
マリウスが囁くように小さな声で呟いている。

「言ったじゃ無いですか・・・。温かい部屋の中で私と一緒に流星群を見ましょうと。そうでなければアラン王子達に何をするか分からないと言いましたよね?」

マリウスの目に再び狂気の色が宿る。
そうだ、私は確かに約束した。だけど、こんな・・・こんな状況で安心して部屋にいられるわけが無い。けれど約束は約束。


「わ・・・分かったから・・。ここにいればいいんでしょう?そ、その代わり約束してもらうわよ。」

私はドアに追い詰められながらも何とか気丈に振舞いながら言う。

「約束・・?一体どんな約束ですか?」

「いい?私はこの部屋でマリウスと一晩一緒にいてもいいけど・・・その代わり・・。」

「その代わり?」

マリウスは首を傾げる。

「わ・・私に指一本でも触れたりしたら、し・承知しないんだからね!」

マリウスを指さしながら、何とか言い切った。その台詞を聞いたマリウスはポカンとした顔をしていたが・・・やがて、おかしくてたまらないと言わんばかりに笑い出した。

「な・・何がおかしいのよ・・。」
私はジト目でマリウスを睨み付ける。

「アハハハ・・・ッ!し、失礼!ほ、本当にこれがジェシカお嬢様でしょうか・・?も、もうおかしくておかしくて・・・。」

マリウスは目に涙を浮かべながら笑い続けている。う~っ一体何なのよ、この男は?こっちは真剣に言ってるのに・・・。
私はマリウスの笑いが収まるまでじっと待っていた。
 やがて、ようやく笑いが収まったのか、マリウスが改めて私の方を見据えて言った。

「ええ、それが今夜一晩一緒に過ごして頂ける条件だとしたら、勿論そのように致しますよ?」

そう言って、美しい笑みを浮かべた—。



3

「お嬢様、お酒を作っている間に入浴でもされてこられたらどうですか?」

マリウスがバーカウンターの中でソファに座っている私に突然声をかけてきた。

「ふえッ?!お、お風呂へ?!」
し、しまった・・・驚きの余り変な返事をしてしまった。一体この男は何を言い出すのだ?私にお風呂に入って来い等と・・・!

「クックッ・・・何ですか?今の返事は。」

マリウスは氷をアイスピックで割りながら肩を震わせて笑っている。

「む、無理よ!だって着替えとか持って来ていないもの!」
私はわざと強気な態度で言う。駄目だ、絶対に私の動揺をマリウスに知られてはいけない!

「大丈夫ですよ。お嬢様。私がちゃんとバスルームにご用意させて頂きましたから・・。さあ、どうぞお入りになってきて下さい。」

 言われてみれば確かに今日は色々な事があり過ぎたのでシャワーを浴びてすっきりしたいのは山々だ。それにこの部屋でマリウスと2人きりでいると、今にも息が詰まりそうだ。それなら・・・バスルームへ行って来た方がましだ。
「ワ、ワカリマシタ。」
う、台詞が棒読みになってしまう。

私はすぐに立ち上がると、逃げるように部屋を後にした。ところでバスルームはどこだろう・・・?場所が分からないのであちこち部屋のドアを片っ端から開けてみる。
それにしても何て広い部屋なんだろ・・・っ!
私は今自分が明けた部屋を見て、心臓が飛び上がりそうになった。
な・・・何なのよ・・こ、この部屋は・・・・っ!
そこは薄暗い部屋で不自然なほどに大きなキングサイズのベッドが置いてあり、小さなサイドテーブルがあるだけの部屋だった。
灯り取りの為か、サイドテーブルにはランタンが置かれている。床には分厚いカーペットが引かれ、窓には豪華なドレープカーテンが付いた、いかにもな雰囲気がありありと漂っている部屋である。
ま、間違いない・・・こ・この部屋は・・・っ!
心臓がバクバクしてくる。ま、まさかそんな事は無いよね?!だってマリウスは私に指1本触れない約束をしたのだから・・。
よし、ここはマリウスを信じ・・よう!

 私は逃げるようにその部屋を後にし、ようやくバスルームを見つけた。
そこでも私は衝撃を受ける事になる。

「フウ~・・・気持ち良かった。」
私はバスタオルで濡れた髪を拭きながらバスルームから出てきた。
ここの部屋のお風呂は最高だった。バスタブはコックを捻ればあっという間にお湯が溜まるし、備え付けの石鹼などのアメニティも泡立ちよし、香りよし、全てが最高で、肌がすべすべになった気がする。
「それにしても・・・。」
私は着替えのナイトウェアを見て呟いた。
「これって・・・マリウスが用意したのかな・・?」
着替えようとして棚に置かれた足首まである純白のナイトウェアはまるでウェディングドレスのように襟元や袖、裾の部分にふんだんにレースがあしらわれている。
普段ネグリジェ等着て寝ない私にとっては何とも動きにくいし、足元が心許ない。
おまけに何故か用意された下着はサイズがピッタリである。
どこまでマリウスという男は恐ろしいのだろう・・・・。

でも他に着る物が無い私はやむを得ず、用意されたナイトウェアを着ると、髪の毛を乾かして、バスルームから出てきた。
先程までいた部屋に戻ると、マリウスは私の姿を見て歓喜した。

「ああ!お嬢様、最高です!本当によくお似合いです。まるで花嫁のようにも見えますよ。少しの間だけ、お嬢様と腕を組んでもよろしいでしょうか?」

マリウスがいそいそと私の傍へとやってきたが、私はすげなく言った。
「却下。」

「はい・・・。」
すごすごと引き下がるマリウス。

 時刻は深夜1時を回ろうとしている。こんな時間にお酒なんて不健康なのかもしれないが、何もせずにマリウスと2人きりでこの空間にいるのは耐えられない。
私は窓際の椅子に座ると、何をする事も無く星空を眺めながら、夜が明けた後の予定について考えていた。
う~ん・・早く起きれる自信が無いから、とりあえずは11時を目安に寮へ戻ってその後は最後のトランクケースを売りに行って・・・。
その時、マリウスに声をかけられた。

「ジェシカお嬢様、お嬢様が大好きなカクテルを作りましたよ。どうぞこちらへいらしてください。」

マリウスに呼ばれ、私はバーカウンターに座った。

「さあ、どうぞ。」

マリウスはスッと私にカクテルを差し出す。それは・・・
『ロングアイランドアイスティー』だった。

「マリウス・・・貴方ねえ・・。」
私は無理やり笑顔を作ってマリウスを見る。

「はい?お嬢様?」

しらばっくれているのかマリウスは至って真面目な顔で返事をする。

「ふ・・ふざけないでよっ!なんで、よりにもよって!こんな部屋でこのカクテルを作ったのよ!」
そう、このカクテルはアイスティーみたいで飲みやすい、けれども度数はかなり高いお酒で男性が女性を酔わせるためのカクテルとも言われている魔性のお酒だ。
このカクテルを私に作ったと言う事は・・・っ!

「こんな部屋とは?いったいどんな部屋の事を言ってるのですか?」

あくまでしらばっくれるマリウス。駄目だ、隙を見せてはいけない!

「どうされました?飲まないのですか?お嬢様。」

「の・・・飲むわよ!」
こうなったらやけだ。飲んでやろうじゃ無いの。でも一人だけ飲んで酔ってしまうのも癪に障るので言った。
「そ、そうだっ!マリウスも同じの飲んでよね?!」

「ええ。お嬢様がそうおっしゃるのであるば。」

そこから私とマリウスの飲み比べが始まった。しかし、マリウスは強い。私と同じお酒を飲みつつ、カクテルを平然と作るのだから。
それにしても気に入らない。何故よりにもよってこの男は度数の強いカクテルばかり作るのだ・・・?
徐々に酔いが回って来る私。

「お嬢様?大分酔いが回られたのではないですか?寝室でお休みになられた方が良いですよ?」

朦朧としている私にマリウスが耳元で悪魔のような囁きをする。

「な・・・何言ってるの・・よ・・。私はまだまだ大丈・・・夫・・。」
そこで私の意識は完全に途切れた—。


私は夢を見ていた・・・。
そこはマリウスと訪れたテラス。空は雲一つない青空だ。そして目の前にはマリウスがいる。
マリウスが感情をあらわに、私に激しく訴えているが何を言ってるのか、全く聞き取れない。
そして私も負けじと何かを叫んでいるのだが、まるで他人事のように内容がさっぱり聞こえない。
そしてついにジェシカは何を思ったのか、テラスのレンガ造りの壁を掴むとよじ登る。
風が強く吹く中、私はそこに座ってマリウスと対峙する。
青ざめたマリウスが懇願するように訴えているが、私は聞く耳を持たずにヒステリックに叫んでいる。その時だ—。
突然強い風が吹き、それに煽られてジェシカの身体がグラリと後ろに傾く。
マリウスが慌てて駆け寄り、手を伸ばすが間に合わずに私はそのまま地面へと落下していく。
マリウスの顔が絶望に満ちた後、一瞬口元に笑みが浮かぶのをはっきり私は見た。
そして激しく地面に叩きつけられる。けれど痛みは全く感じない。
やがて・・・自分の身体から温かい血がゆっくりと流れ出していくのを感じ・・・
私の視界は闇に堕ちた―。
最後に私はジェシカの意識を感じた。
ああ・・・私は死ぬのか・・・と。


「!!」
私はあまりの強烈な夢で一気に意識が覚醒した。ベッドに横たわったまま、見知らぬ天井を見つめる。うっすらと額には汗を掻いていた。
「ゆ、夢・・・。」
ああ・・・そうか、昨夜は私・・マリウスとこの部屋でお酒を飲んで・・・。
ん?
その時に何故か私は違和感を感じた。何だろう?すぐ側で誰かの気配を感じる。
恐る恐る気配のする方向を見ると、私は心臓が止まりそうになった。
何と、私はマリウスの腕枕で眠っていたのだった―!



4

私は暫くの間、自分の置かれている状況が理解出来なかった。
改めて私は隣にいるマリウスを見る。よく眠っているようで目が覚める気配は無い。
よし、今のうちにさっさと起きてここから逃げよう・・・。
その前に・・・ぐっすり眠って油断しきっているマリウスを見る機会は非常に貴重なので、少しだけ観察してみる事にした。
うわ・・睫毛めっちゃ長い・・。鼻も高いし銀色に輝く髪は羨ましい限りである。
その時だ。
パチッ
突然マリウスが目を開けた。わっ!目が覚めた?!

「お嬢様からそのような熱い眼差しで見つめられるなんて幸せです。」

そして抱きしめてきた。嘘っ!目が覚めてたの?!
「マ、マリウス。も・もしかして・・起きてたの?!」

「ええ、当然です。」

ニッコリと笑みを浮かべてさらに強く抱きしめて来る。

「は、離れなさいよっ!!」

「嫌です。」

予想通りの言葉。こ、この男は・・・。どうしたら私を離してくれるのか・・・。
もがきながら必死で考える。あ、そうだ!

「私、お腹が空いたから朝ご飯食べに行きたいの!早く放しなさい!」

「そうですか、なら仕方がありませんね。」

ようやく私を離すマリウス。私は素早くベッドから降りてマリウスから距離を置くと言った。

「ねえ!どうして貴方が私と同じベッドで眠っていたわけ?しかも・・・う、腕枕までして・・っ!絶対私には指一本触れない約束をしていたでしょう?!」

するとマリウスが言った。

「ええ、確かに約束しましたよ。ですが・・・眠ってしまったお嬢様をこちらのベッドルームへお運びして、寝かせた直後に酷くお嬢様はうなされ始めたので、心配になり、隣で休むことにしたのです。」

 ああ・・・そうだった。私はマリウスの言葉で一気に夢の内容を思い出した。
あの夢は一体いつの出来事なのだろうか?夢の中で私はジェシカをまるで他人事のように傍観していた。そして最後に私が地面に落下していく様を笑みを浮かべて見つめていたマリウスのあの表情が頭からこびりついて離れない。
そういえばマリウスはあの時、散々私に尋ねてきた。テラスへ連れて行かれた時、本当に夜に訪れたのが初めてなのかと・・・・。

「お嬢様、一体どうされたのですか?」

ボンヤリしていた私を不思議に思ったのか、いつの間にか私の傍に来ていたマリウスが尋ねてきた。
「べ、別に。何でもない。私、着替えて来るから。」

そして逃げるように部屋を出て行った。言えない。マリウスに私の見た夢の話など。

 着替えを済ませて昨夜マリウスとお酒を飲んだ部屋へ行くと、いつの間にかマリウスが朝食の準備を始めており、私の姿を見ると声をかけてきた。

「お嬢様、朝食の準備が終わるまでゆっくりくつろいでいて下さい。」

「ありがとう。」
私は礼を言うと窓際に置いてある大きなソファに座った。時刻を見ると9時を指している。これから朝食を食べて、女子寮へ戻った後にトランクケースごと町へ売りに行った後にエマに挨拶して来ようかな・・・。等、今日の予定を考えていた所、マリウスが私を呼んだ。

「お嬢様、準備が出来ましたのでこちらへどうぞ。」

呼ばれた私はカウンター席へ向かう。

「うわ・・・これ全部マリウスが作ったの?」
私はテーブルに並べられた料理に目を見張った。
蜂蜜のかかったフレンチトーストにサラダ、スープ。特にフレンチトーストはきつね色にふっくらと焼けて見るからに美味しそうだ。

「ええ。さあ、どうぞ召し上がって下さい。」

マリウスは私の向かい側に座ると言った。

「いただきます・・・。」
私はフレンチトーストをナイフで切って口に運んだ。
・・・・。
「美味しい・・・。」

「お気に召して頂けて光栄です。」

マリウスは笑みを浮かべる。
悔しいけど、すごく美味しい、卵のしみ込んだフワフワのフレンチトーストは程よい甘みがあって最高だ。スープも絶品だし、文句なしの出来栄えだ。
本当に憎たらしい程ハイスペックな男マリウス。内に狂犬を秘めた変態M男で無ければ最高なのに・・・。

「お嬢様、本日のこの後のご予定は・・・。」

言いかけたマリウスの言葉を遮るように私は言った。

「私、今日は里帰りの準備をしないといけないから忙しいの。マリウスも今日は寮で準備をした方がいいと思うよ?」

「いえ、私の準備は全て終わっておりますが・・。」

何か言いたげに私を見る。もしや今日1日自分と付き合えと言っているのか?冗談じゃない。もう今日はこれ以上マリウスの側にいるのはごめんだ。この男と一緒にいると心穏やかに過ごせないのだから!それにどうせ2日後にはマリウスと帰省しなければならない。その間位は自由にさせて欲しい。

「兎に角、私は今日から忙しくなるの。だから次に会うのは2日後だからね。」
なるべくマリウスの神経を逆なでしないように言うと、意外な台詞がマリウスから飛び出した。

「ええ、実は私も他にやる事が残っておりますので次にお迎えにあがれるのは出発日になりますと、お伝えしたかったのです。」

あ・・・そうなんだ・・・。良かった~。でも安堵した顔を見せてはいけない。

「それじゃ、明後日よろしくね。マリウス。」


 食後のコーヒーも飲み終えたし、そろそろ帰ろうかな。
そう思った私は席を立つと言った。
「マリウス、それじゃ私は女子寮に帰るね。」

「お嬢様、お待ちください。ここが何処なのかご存知なのですか?お1人で女子寮まで帰れるのですか?」

マリウスが呼び止めた。
あれ・・・そう言えばここは何処なのだろう?昨夜はマリウスの転移魔法でいきなりこの部屋にやってきたので、私にはここが何処なのか全く見当がつかない。
よし、もうこの場を去るので、思い切って尋ねてみる事にしよう。
「ねえ・・・ところでここは何処なの?」

すると思い切り含みを持たせる笑みを浮かべるとマリウスは言った。
「もう大方見当はついているはずなのでは?ここは・・・以前にお嬢様と一緒に入ろうとしていた場所ですよ?」

「・・・・。」
やっぱりね・・・。良かった、昨夜のうちにこの場所が何処なのか尋ねておかなくて。もし尋ねていたら前回私を連れてきた時に言ったマリウスの言葉通り、2人の距離を縮められるような行為をされていたかもしれない・・・。
思わずブルリと身震いした。

「そ、そうだったのね~知らなかったわ。」
私はわざとしらばっくれると急いで身支度を済ませてさっさと出ようとしたのだが、マリウスに腕を掴まれて阻止されてしまった。

「一緒に学院へ戻りましょうね。お嬢様。」

有無を言わさない表情で迫って来るマリウス。その気迫に押された私は大人しく言うことを聞くしかなかった・・・。



「あ~疲れたっ!」
女子寮に戻った私はベッドの上に大の字になって寝そべった。
1時間程休んだら、もう一度セント・レイズシティの町に戻って、トランクを売ってこよう。
私は部屋の中をチラリと見渡した。
・・・殆ど荷造りが終わっていない。これらを何とかしなければならないと思うと気が重くて仕方が無い。
全く余計な用事が多すぎて、ちっとも自分の時間が取れない環境を呪いたくなってしまう。

そう言えば・・・ふと昨夜の出来事が頭をよぎった。あの後、皆はどうなってしまったのだろう?マリウスの強引な転移魔法であの場を抜ける事になってしまったが、残されたグレイにルーク、そしてジョセフ先生・・。
さらにソフィーと一緒に現れた生徒会長達と彼等の元へ行ってしまったアラン王子は?
グレイの怪我の具合も気になるが、どうすれば会えることが出来るのだろう?

「・・・。」

暫く考えていたが、そこで私は閃いた。
そうだ、ジョセフ先生を尋ねてみよう―と。
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