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第5章 3 ジェシカとマリウス (イラスト有り)
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1
次に目を覚ました時は部屋の中は日が差し、明るく照らされていた。
試しにゆっくり身体を起こすと、真夜中に目が覚めた時よりは若干痛みとだるさが消えていた。
部屋の中を見渡しても誰もいない。今は一体何時なのだろう・・?
ふとベッドの下を見るとスリッパが置いてあった。
外の様子を知りたいな・・・・。
そう思った私はゆっくりベッドに座ると、スリッパを履いて歩こうとし・・・。
「キャアッ!」
身体に全く力が入らず、床の上に倒れてしまった。
「ゴホッ」
身体を打ち付けてしまい、思わず苦しくて咳き込むとマリウスが慌てた様子で部屋の中へ飛び込んできた。
「お・お嬢様ッ?!どうされたのですか?!」
私が床の上に倒れているのを見てマリウスは顔色を変えた。
慌てて私の傍へ駆け寄るとマリウスは言った。
「お嬢様、まだ1人で歩くのは無理です。申し上げたでは無いですか。お嬢様が受けたのは恐ろしい猛毒で、普通であればあのまま死んでもおかしくない程の毒だったのですよ?しかもあの男が放った弓は心臓に刺さったのですから。」
マリウスは私を抱き上げながら言った。
え・・・?心臓に・・・?私はその話を聞いて恐ろしくなり、身体をブルリと震わせた。
私を抱きかかえたマリウスはベッドまで私を運んで寝かせると布団をかけてくれた。
「お嬢様、今私にして貰いたい事があれば遠慮なく言って下さい。」
マリウスは私のベッドの傍に椅子を持って来ると穏やかな表情で言った。
そう、それなら・・・。
「今、何時なの?」
マリウスは腕時計を見ると言った。
「午前10時でございます。」
「そう・・・。」
私は矢で撃たれて、この世界で死んでいる間に現実世界へ戻っていたのかな・・・?
「お嬢様、何かお召し上がりになりますか?もしよろしければこちらに朝食をご用意致しますが。」
「うん・・・。」
マリウスはそう言うが、今の私には食欲は皆無だった。一度は死んでしまう程の深い傷を負っただけでなく、日本での出来事を思い出すと・・。
「お嬢様、せめてスープだけでも召し上がった方が怪我の回復が早いと思いますよ。」
マリウスは心配そうに私に声をかけてくる。そこまで言われると断る訳にもいかない。
「そう、ならスープだけでも・・。」
「はい、すぐに持って参りますのでお待ちくださいね。」
マリウスはいそいそと立ち上がると部屋を後にし、ものの5分ほどでお盆の上に乗せたスープを持ってきた。
そして嬉しそうに椅子に座るとスープをスプーンですくい、フウフウ冷ますと言った。
「はい、お召し上がりください。」
「・・・・。」
私はジト目でマリウスを見た。口元にスプーンを差し出すマリウス。
まさか・・・私に「あ~ん」して食べさせようとするつもりでは・・?
「マリウス・・・。」
「はい、何でしょうか?」
「スープ位・・1人で食べられるから。」
「えええ?そんな・・・。折角念願の『あ~ん』をお嬢様にしてさしあげることが出来ると思っておりましたのに・・。」
心底残念そうに言うマリウス。まさか・・・本気でそんな事考えていたわけ?
「大丈夫、1人で食べられるので、お盆ごと渡して。」
「はい・・・。」
渋々マリウスは私にスープの乗ったお皿を渡してきた。
私がスープを食べている姿をマリウスはじ~っと穴の空くほど見つめている。
「あの・・・マリウス・・。」
「はい、何でしょうか?お嬢様。」
「そんなに見ないでくれる・・・?食べにくいから・・。」
「駄目でしょうか・・・?」
しゅんとした声で言うマリウス。本当に最近までのマリウスと今とでは大違いだ。今のマリウスはまるで飼い主を慕う子犬のようにも見える。
「駄目って言う訳じゃ無いけど・・・あまりにも態度が変わると拍子抜けると言うか・・。」
私はブツブツ言いながら、マリウスに見つめられながらも結局スープを飲み切った。
「ご馳走様、ありがとう。美味しかった。」
笑顔で空になったスープ皿をマリウスに渡した途端、マリウスは一瞬で顔が真っ赤に染まる。
「え・・・・?マリウス・・・?」
「お・・・お嬢様・・・。本当に・・・何てお嬢様は愛らしい方なのでしょうか・・?」
マリウスは口元を押さえ、顔を真っ赤にしながらとんでもない事を言って来た。
「え・・・?ちょ、ちょっと、いきなり何そんな事言って・・・。」
よくもそんな歯の浮くような台詞を言えるのだろう?聞かされるこっちの方が恥ずかしくなってくる。
「そう言えばアラン王子達やウィル達はどうしているの?」
「さあ?ひょっとするとそれぞれの帰るべき場所へ戻られたのでは無いですか?」
「ええ?そうなの・・・何だ・・。皆にお礼言いたかったのに・・・。」
すると・・・
「嘘をつくなっ!マリウスッ!」
突然乱暴にドアが開けられ、中へ入って来たのはアラン王子達にウィル達だった。
「マリウス、貴様・・・。ジェシカの目が覚めたら俺達に連絡をすると約束していただろう?!」
アラン王子はマリウスの襟首を掴むと睨み付ける。
「お、落ち着いて下さい、アラン王子!」
「ここは病室ですよ?!」
そんなアラン王子を必死で宥めるグレイとルーク。
「ジェシカッ!会いたかったぜっ!」
ウィルが私を抱きしめて来る。
「ボスッ!ジェシカに近すぎですぜ?」
それを引き離すレオ。
もう病室は大騒ぎだ。そして、私は部屋の隅に佇んでいるダニエル先輩に気が付いた。
「ダニエル先輩も来てくれたんですね。」
声をかけると、ダニエル先輩は笑顔で言った。
「うん、まあね。」
私の傍に来ると先輩は言った。
「本当に良かったよ、ジェシカの目が覚めてくれて。」
「ありがとうございます。ご心配おかけしました。それと・・助けて頂いて本当に感謝しています。」
「いや、当然の事だから・・・。」
しかし、何故かダニエル先輩の歯切れが悪い。
「先輩・・・どうされたんですか?」
「うん・・・それが・・こんな事言ったらおかしいって思うかもしれないけど・・。」
そこまで言いかけた時、マリウスが間に入って来た。
「ダニエル先輩?何をされているのですか?まだお嬢様は病み上がりでお疲れなのですよ?本日から交代でお嬢様の面会時間を設けるとお話しましたよね?ダニエル先輩の面会予定は明日ですよ?本日はもうお帰り下さい。」
「ちょと待ってよ。何でそんな重要な話を私抜きで決める訳?別に自由に面会して貰っても私は構わないけど・・。」
言いかけると、そこへアラン王子が割り込んできた。
「それは困る。」
「ア、アラン王子・・・。」
「俺達は邪魔されずにゆっくりジェシカと話がしたいと思っている。だからこれは俺達皆で決めた事なんだ。分かってくれ、ジェシカ。」
そしてアラン王子の言葉に全員がウンウンと頷いている。何とウィルまでもだ。
「そして本日はお嬢様の下僕である私が最初の面会相手なのですよ。さあ、分かりましたら皆さん、お帰り下さい。」
マリウスは言いながらその場に居た全員を病室から追い払おうとする。
皆、それぞれブツブツ言いながらもマリウス以外を残して全員が病室から帰って行った。
「全く・・・本当に騒がしい方達ですね。」
マリウスは腕組みしながら言うと、再び私の傍に置いてある椅子に座ると、神妙な面持ちになった。
「お嬢様、お尋ねしたい事があります。」
「え?何・・・?」
「お嬢様、貴女は一体何者ですか?」
それは予想外の質問だった―。
2
「な、何?急に。何者って言われても・・・私はジェシカだけど・・?」
ドキン
心臓の音が大きくなった気がする。何?マリウスは一体何が言いたいのだろう?
「私の質問の仕方が悪かったでしょうか?では言い方を変えます。お嬢様、貴女の本当の正体は誰なのですか・・・?」
マリウスは全てを見越すかのような視線でじっと私を見つめている。けれども決してその視線は私を非難するような視線では無い事は分かった。
「私は・・・10年間ずっとジェシカお嬢様の御側に仕えておりましたので、誰よりもお嬢様の事を理解しているつもりです。ジェシカお嬢様。以前の貴女はそのような方ではありませんでした。」
「マリウス・・・。」
「屋敷にいた頃・・・私はお嬢様の下僕と言うよりは、完全にお嬢様の奴隷でした・・。肉体的にも、精神的にも・・・。貴女は美しい外見とは裏腹にとても冷たく、恐ろしい方でした。気に食わないメイドに熱湯をかけて火傷させたり、自分よりも素敵なドレスを着た御令嬢のドレスをわざと破くように自分よりも立場の低い令嬢に命令したり・・・。」
私は過去のジェシカの蛮行を次々とマリウスから聞かされ、恐ろしさを感じた。私の書いたジェシカはそこまで性格は歪んでいなかったのに・・・!
「お嬢様が・・・この学院に入学が決まった時・・。屋敷に仕える者達は皆大喜びしました。やっとあのお方がこの屋敷からいなくなってくれると・・・。勿論私もその内の1人でした。」
マリウスはじっと私の目を見つめたまま逸らさない。
「ですが・・・父と旦那様に命じられたのです。ジェシカお嬢様の下僕としてこの学院に入学しろと・・・。」
私はゴクリと息を飲んだ。
「分かりますか?その時の私の気持ちが・・・まるで地獄へ落された気分でした。10年間支配され続け、ようやくお嬢様から逃げられると思っていたのに・・・・。
そしてその日の夜ですよ。お嬢様が私の部屋へ訪れたのは。何があったか分かりますか?」
「・・・?」
そんな事を言われても私はジェシカでは無いのでさっぱり分からない。マリウスは一体何を言うつもりなのだろうか・・?
「お嬢様は言いました。セント・レイズ学院に入学したら自分の身体を使って男を虜にしたいから、私に練習台になれと・・・。」
「!」
私は両手で自分の口元を覆った。ま・・まさか・・ジェシカはそんな事をマリウスに命じた・・?それじゃ、この2人は・・・!
「お嬢様の命令は絶対ですからね・・・歯向かうなんて無理な話です。お嬢様と私は何度も男女の関係を持ちました。」
淡々と話すマリウス。一体何を考えて私にこんな話を・・・しかもこんなタイミングで・・・。
「私の精神はもう限界でした・・・。だから決めたのです。学院に入学後、お嬢様には行方不明になって頂こうと・・。」
「え・・・・・。」
余りの突然のマリウスの告白に私は頭の中が真っ白になってしまった。
「その日の為に私は準備を始めていました・・・。そして冬期休暇に入った時に帰省する最中、お嬢様には行方不明になって頂こうと・・・。」
分からない、今マリウスが考えている事が。ひょっとして私の体力が弱っているから、逃げる事が出来ないから、安心して話をしているのだろうか?
「ですが・・・思いもよらない事故が起こりました。」
「じ・・・事故・・・?」
「ええ、事故です。覚えていますか?入学式の日の夜、二人で学院の高台にあるテラスに行きましたよね?そこで入学式の朝、事故があったのですよ?」
私は黙ってマリウスの話の続きを待った。
「あの日の朝は・・・とても清々しいほどの天気でした。私はお嬢様に誘われて、2人でテラスに行きました。そこでちょっとした口論があったのです。学院で人気のある女子学生がいたら、私に誘惑させ、彼女達の弱みを掴んでくるようにと言って来たのです。勿論、そんな事はしたくはありませんので拒否しました。するとお嬢様はわざとあのテラスの塀によじ登ったのです。私は危険だったので必死にお嬢様にそこから降りるように説得しました。けれどお嬢様は私に言ったのです。降りて欲しければ私の言う事を聞けと—。」
もしかすると、あの時私が見た夢はこの時の事だったのだろうか・・?
「すると、その時突風が吹いてお嬢様は風に煽られて落下しました。私は手を伸ばそうとしましたが、間に合わず・・・いえ、自分でも分かっています。本当は間に合ったはずなのです・・。でも私はわざとお嬢様を見殺しに・・・。」
マリウスは目を閉じ、顔を右手で覆い隠すように言った。
「下を見ると、そこには頭から血を流して倒れているお嬢様が・・・いました。上から見ても分かりました。もう・・・亡くなってしまったと言う事が。お嬢様が死んでしまった事で私はパニックを起こしました。どうすれば今の自分の最悪な状況を回避できるか?それしか考えていませんでした・・・。でもその時です。」
マリウスは言った。
「お嬢様の姿は・・・消えてしまったのです・・。」
一度言葉を切ったマリウスは続けた。
「驚きました。まさか目の前でお嬢様の姿が消えてしまったのですから・・・。我に返った私は必死でお嬢様を探しましたが見つかりませんでした。もう全て終わったと絶望的な気分で講堂に向かいました。ですがそこでアラン王子達の会話を聞いたのです。見晴らしの丘で女生徒が眠っていると・・まさかと思い外見を尋ねると、まさにジェシカお嬢様と一致したのですから。そして急いでそこへ向かった時・・・貴女がそこに立っていたのです・・・。」
マリウスは私の瞳を真っすぐ見つめて言った。
「一目見た時から別人だとすぐに分かりました。確かに外見はジェシカお嬢様でしたが、全然違っていました。何故なら彼女は貴女のように優しい目をしていなかった。愛らしい方では無かった・・・。そしてこれ程強烈に・・・人を引き付ける魅力は持っていなかった・・・。」
マリウスはまるで私に恋しているかのような瞳で見つめて来るので、思わずベッドの上で後ずさった。
「貴女の周りにはいつの間にか邪魔な男共が群がるようになっていました・・。だから尚の事・・・私は当初の計画通り、冬期休暇で帰省する時に貴女を連れ去ろうと思ったのです・・・っ!」
「!」
余りの衝撃に私は言葉を無くしてしまった。
「ですが・・・悪い事は出来ないものですね・・・。私が準備をしている間に、貴女は本当に誘拐されてしまったのですから・・・。挙句に・・・一度は弓矢で撃たれて心臓が止まってしまったのですから・・・っ!その時になって私は初めて自分がとんでもない事をしてしまったのだと言う事に気が付きました。お嬢様・・・貴女を失ったら本当に私は生きていけないと・・・。」
いつの間にかマリウスは涙を流していた。
「許してください・・・。貴女が本物のお嬢様でない事は初めて会った時からずっと気付いていました。ですが・・・私が御側にいたいのは今のお嬢様です・・・。どうか・・・私を今まで通り貴女の御側で・・・。」
だから、私は・・・・
泣いて俯くマリウスの頭をそっと撫でるのだった—。
3
ひとしきり泣いた後、ようやくマリウスは落ち着きを取り戻した。
「申し訳ございません。お嬢様、父からは・・・常日頃から、どんな時も冷静でいられるように仮面を被って生きろと言われていたのに・・どうしてもお嬢様を前にすると・・・冷静でいられなくなる自分がいます。」
「だったら・・・。だったら私の前では仮面を被って生きる必要は今更無いんじゃ無いの?だってもうとっくに色々な顔のマリウスを見ているしね。」
そう、今更だ。最初に出会った頃はどMなマリウス。それがある日を境に年中発情男のマリウスになり・・・ん?発情・・・?ひょっとすると私・・今非常にまずい事を言ってしまったのでは・・・?
恐る恐るマリウスを見ると、マリウスは顔を赤く染めて小刻みに震えている。
・・・何だか非常に嫌な予感がしてきた。
「お・・お嬢様・・・。先程の言葉・・本当ですか?」
「あ・・・い、いえ。あの、さっきのは言葉のあやと言うか・・・。」
「ゆ、夢のようです・・。お嬢様の前では本来の自分をさらけ出して構わないと言って下さるなんて・・・っ!」
「だ、だからそれはそう言う意味で言ったわけじゃなくて・・・!」
私は必死で言い訳しているのに。マリウスは全く話を聞いていない。
「お嬢様の許可を頂いたと言う事ですから、今後は2人きりの時は、遠慮なく心の赴くままに行動させて頂きますっ!それでは早速アラン王子に付けられた、その忌々しいマーキングを上書きしないと・・・!」
言いながら私の両肩をガシイッと掴むと、ぐぐぐっと唇を寄せ・・・。
ぎゃ~っ!や・やっぱりっ!
「い、いい加減にしなさいよっ!や、病み上がりの人間にそんな事して良いと思ってるわけっ?!」
するとマリウスは弾かれたようにパッと私から離れた。
「そ、そうでしたね・・・。お嬢様は昨日目が覚めたばかりでした・・・。つい嬉しさの余り・・申し訳ございませんでした。」
マリウスは素直に頭を下げて来た。ホッ・・・・よ、良かった・・・。
けれども次の台詞を聞いて私は戦慄を覚えた。
「では・・・お嬢様の傷が完全に癒えた暁には・・・。」
マリウスが意味深に私を見つめた。
「アラン王子の付けたマーキングを上書きさせて頂きますね・・・?」
嬉しそうに笑みを浮かべて言った。
ま、まずいっ!このままでは再び私の貞操の危機が・・・!
な・何とか方法を考えて回避しないと・・。ハッ!で、でも確かマーキングはキスをしなくても出来たはず・・・。そうだ、マーキングされそうになったらこの台詞を言おう!うん、そうしよう。え?でも待って・・・。この事実は一体私は誰に教えて貰ったんだっけ・・?
何だか凄く重要な事を忘れてしまっている気がする・・・。何だろう?私、一体何を忘れてしまったのだろう・・・?
「お嬢様、どうかされましたか?」
急に真顔になった私を見て、マリウスは心配そうに声をかけてきた。
「ううん、何でもない・・・」
そう、この感覚はまだはっきりしないのだから、マリウスに言う訳にはいかない。
「ところで・・・お嬢様。先程の話の続きですが・・・。」
「え?続き・・?」
「もうそろそろ私に教えて頂けないでしょうか?お嬢様が本当は何者であるのかを・・・。」
「な・何者って・・・・?」
え?まだその話続いていたの?もう終わったと思っていたのに。
「お嬢様、私は自分の抱えていた秘密を全て告白致しました。なのでお嬢様も私の質問にお答え頂けませんか?」
マリウスの瞳は真剣だった。どうしよう・・・何とか誤魔化せないだろうか・・?
しかし、マリウスは言った。
「お嬢様、私は例えどんなお話でもお嬢様の話される事は信じます。だから・・・お願い致します。」
マリウスは私の手を取ると言った。
「本当に・・・?ど、どんな話・・・でも?」
マリウスを信用して私の秘密を話して良いのだろうか?でもこの世界は私が書いた小説の世界で、私はここの世界の人間では無いと・・・そんな突拍子も無い話・・・。
私が黙り込んでしまうとマリウスは言った。
「お嬢様・・・。」
「は、はい。」
思わずかしこまった返事をする。
「どうしてもお話しして頂けないのなら・・・キス致しますよ?」
はああっ?!な、何故そんな話になる訳?!
「ちょ、ちょっと待ってよ!幾ら何でもそんなのおかしいと思わない?!」
しかしマリウスは私の抗議に耳を貸さずに、再び私の両肩を掴み・・・。
「わ、分かったからっ!い、言うからやめてよっ!」
必死に抵抗すると、マリウスは私の肩から手を降ろすと言った。
「それではお話頂けますか?」
ニコニコしながら私に話を促す。
う~。まんまとマリウスにはめられた。けれどいくら何でも全てを話す訳にはいかない。さて、どうしよう・・・。取り合えずは話の核心には触れずに、マリウスに説明する事にしようかな・・?
「あの・・・実は私はね・・ここの世界では無い、別の世界の人間なの。<日本>と呼ばれる国に住んでいたのよ。私が住んでいた世界は『魔法』っていう物が存在しない世界なんだけど、ここの世界よりは文明が発達していて、魔法が無くても便利な世界なの。」
言いながら、マリウスの様子を伺うと何故かとても興味深げに私の話を聞いている。それどころか、逆に私に質問をしてきた。
「それは、どれくらい文明が発達しているのでしょうか?具体的に教えて頂けますか?」
う~ん・・・具体的にと言われてもなあ・・そうだっ!マリウスにならあの話がいいかもしれない!
「た、例えば・・・宇宙飛行士として宇宙に人が行ったり・・・とか?」
「ええ?!宇宙にですか?!それは誰でも行けるものなのですか?!」
宇宙と言う言葉を聞いて俄然興味が湧いたのか、マリウスは話に食いついて来た。
「そ、それは・・・誰でも行けるって訳じゃないよ。選ばれたエリートだけが行けるって感じかな・・・?」
うう~もう、この辺で勘弁してよ・・・。
「どうですか?ジェシカお嬢様から見て私は宇宙に行く権利を得られると思いますか?」
「それは無理でしょう。」
即答する私。
「えええっ?!何故ですか?!」
マリウスが悲惨な声を上げる。だから私は言った。
「だ、だってねえ、宇宙飛行士に選ばれるのは単にエリートってだけじゃ無くて、コミュニケーション能力がある人じゃ無いとなれないんだよ?性格に少々問題があるような人は・・・ハッ!」
そこまで言いかけて私は口を押えた。マリウスが何とも言えぬ恨めしそうな表情で私を見ているからだ。
「つまり・・お嬢様は私の性格に少々問題がある・・・と仰りたいのでしょうか?」
ヒッ!だ、だからそんな目で見ないでってば!
思わず黙ってしまうと、マリウスは溜息をついた。
「まあ・・・それなら仕方ないでしょうね。私自身、自分の性格に少々難有と思っておりましたので・・・。」
え?嘘?まさか自覚があったの?
「まあ、宇宙に行ける程の科学文明がある事は分かりました。お嬢様のお話は実に興味深いです。他にはどのような違いがあるのか教えて頂けますか?」
「他に・・・?う~ん。例えば・・・魔法が無くても『携帯電話』って言うのがあって、どんなに遠く離れた相手でも話をする事が出来たりとか、『携帯電話』からメッセージを書いて一瞬で相手にメッセージを送れたりとか・・・。」
私の話をマリウスは目を輝かせながら聞いている。その様子を見ていて私は何だか意外に思えた。何でも悟っているかのようなマリウスがまるで子供の様にワクワクした様子で私の話を聞いているのだから、これはある意味新鮮に感じた。
けれど、これだけ話しをすれば私が別の世界からやってきた人間なんだと流石のマリウスも信じてくれるだろう。
「どう・・・?これで私がここの世界の人間では無いって事・・・信じてくれた?」
私は上目遣いにマリウスを見た。何せ、これ以上話せば私は最大級の秘密を話さなくてはならなくなるかもしれないから・・・。
「ええ。・・・実は私もそうでは無いかと思っておりましたから。」
マリウスは意味深な事を言った。
「え?どういう意味なの?」
「いえ、言葉通りですよ。でも・・・成程・・・。だからお嬢様は魔法を使う事が出来なかったのですね?」
「うん・・・そうかも・・・。」
「それで、お嬢様。今の話は他に誰かにお話しされましたか?」
マリウスの言葉に私は首を振った。
「まさか!誰にも話してないってぱ。だってこんな話、他の誰かに話しても信じてくれるはずないじゃない。」
するとマリウスは言った。
「そうですか、それを聞いて安心致しました。それならこの事は2人だけの・・・秘密なのですね?」
そしてマリウスはその美しい顔に笑みを浮かべるのだった—。
次に目を覚ました時は部屋の中は日が差し、明るく照らされていた。
試しにゆっくり身体を起こすと、真夜中に目が覚めた時よりは若干痛みとだるさが消えていた。
部屋の中を見渡しても誰もいない。今は一体何時なのだろう・・?
ふとベッドの下を見るとスリッパが置いてあった。
外の様子を知りたいな・・・・。
そう思った私はゆっくりベッドに座ると、スリッパを履いて歩こうとし・・・。
「キャアッ!」
身体に全く力が入らず、床の上に倒れてしまった。
「ゴホッ」
身体を打ち付けてしまい、思わず苦しくて咳き込むとマリウスが慌てた様子で部屋の中へ飛び込んできた。
「お・お嬢様ッ?!どうされたのですか?!」
私が床の上に倒れているのを見てマリウスは顔色を変えた。
慌てて私の傍へ駆け寄るとマリウスは言った。
「お嬢様、まだ1人で歩くのは無理です。申し上げたでは無いですか。お嬢様が受けたのは恐ろしい猛毒で、普通であればあのまま死んでもおかしくない程の毒だったのですよ?しかもあの男が放った弓は心臓に刺さったのですから。」
マリウスは私を抱き上げながら言った。
え・・・?心臓に・・・?私はその話を聞いて恐ろしくなり、身体をブルリと震わせた。
私を抱きかかえたマリウスはベッドまで私を運んで寝かせると布団をかけてくれた。
「お嬢様、今私にして貰いたい事があれば遠慮なく言って下さい。」
マリウスは私のベッドの傍に椅子を持って来ると穏やかな表情で言った。
そう、それなら・・・。
「今、何時なの?」
マリウスは腕時計を見ると言った。
「午前10時でございます。」
「そう・・・。」
私は矢で撃たれて、この世界で死んでいる間に現実世界へ戻っていたのかな・・・?
「お嬢様、何かお召し上がりになりますか?もしよろしければこちらに朝食をご用意致しますが。」
「うん・・・。」
マリウスはそう言うが、今の私には食欲は皆無だった。一度は死んでしまう程の深い傷を負っただけでなく、日本での出来事を思い出すと・・。
「お嬢様、せめてスープだけでも召し上がった方が怪我の回復が早いと思いますよ。」
マリウスは心配そうに私に声をかけてくる。そこまで言われると断る訳にもいかない。
「そう、ならスープだけでも・・。」
「はい、すぐに持って参りますのでお待ちくださいね。」
マリウスはいそいそと立ち上がると部屋を後にし、ものの5分ほどでお盆の上に乗せたスープを持ってきた。
そして嬉しそうに椅子に座るとスープをスプーンですくい、フウフウ冷ますと言った。
「はい、お召し上がりください。」
「・・・・。」
私はジト目でマリウスを見た。口元にスプーンを差し出すマリウス。
まさか・・・私に「あ~ん」して食べさせようとするつもりでは・・?
「マリウス・・・。」
「はい、何でしょうか?」
「スープ位・・1人で食べられるから。」
「えええ?そんな・・・。折角念願の『あ~ん』をお嬢様にしてさしあげることが出来ると思っておりましたのに・・。」
心底残念そうに言うマリウス。まさか・・・本気でそんな事考えていたわけ?
「大丈夫、1人で食べられるので、お盆ごと渡して。」
「はい・・・。」
渋々マリウスは私にスープの乗ったお皿を渡してきた。
私がスープを食べている姿をマリウスはじ~っと穴の空くほど見つめている。
「あの・・・マリウス・・。」
「はい、何でしょうか?お嬢様。」
「そんなに見ないでくれる・・・?食べにくいから・・。」
「駄目でしょうか・・・?」
しゅんとした声で言うマリウス。本当に最近までのマリウスと今とでは大違いだ。今のマリウスはまるで飼い主を慕う子犬のようにも見える。
「駄目って言う訳じゃ無いけど・・・あまりにも態度が変わると拍子抜けると言うか・・。」
私はブツブツ言いながら、マリウスに見つめられながらも結局スープを飲み切った。
「ご馳走様、ありがとう。美味しかった。」
笑顔で空になったスープ皿をマリウスに渡した途端、マリウスは一瞬で顔が真っ赤に染まる。
「え・・・・?マリウス・・・?」
「お・・・お嬢様・・・。本当に・・・何てお嬢様は愛らしい方なのでしょうか・・?」
マリウスは口元を押さえ、顔を真っ赤にしながらとんでもない事を言って来た。
「え・・・?ちょ、ちょっと、いきなり何そんな事言って・・・。」
よくもそんな歯の浮くような台詞を言えるのだろう?聞かされるこっちの方が恥ずかしくなってくる。
「そう言えばアラン王子達やウィル達はどうしているの?」
「さあ?ひょっとするとそれぞれの帰るべき場所へ戻られたのでは無いですか?」
「ええ?そうなの・・・何だ・・。皆にお礼言いたかったのに・・・。」
すると・・・
「嘘をつくなっ!マリウスッ!」
突然乱暴にドアが開けられ、中へ入って来たのはアラン王子達にウィル達だった。
「マリウス、貴様・・・。ジェシカの目が覚めたら俺達に連絡をすると約束していただろう?!」
アラン王子はマリウスの襟首を掴むと睨み付ける。
「お、落ち着いて下さい、アラン王子!」
「ここは病室ですよ?!」
そんなアラン王子を必死で宥めるグレイとルーク。
「ジェシカッ!会いたかったぜっ!」
ウィルが私を抱きしめて来る。
「ボスッ!ジェシカに近すぎですぜ?」
それを引き離すレオ。
もう病室は大騒ぎだ。そして、私は部屋の隅に佇んでいるダニエル先輩に気が付いた。
「ダニエル先輩も来てくれたんですね。」
声をかけると、ダニエル先輩は笑顔で言った。
「うん、まあね。」
私の傍に来ると先輩は言った。
「本当に良かったよ、ジェシカの目が覚めてくれて。」
「ありがとうございます。ご心配おかけしました。それと・・助けて頂いて本当に感謝しています。」
「いや、当然の事だから・・・。」
しかし、何故かダニエル先輩の歯切れが悪い。
「先輩・・・どうされたんですか?」
「うん・・・それが・・こんな事言ったらおかしいって思うかもしれないけど・・。」
そこまで言いかけた時、マリウスが間に入って来た。
「ダニエル先輩?何をされているのですか?まだお嬢様は病み上がりでお疲れなのですよ?本日から交代でお嬢様の面会時間を設けるとお話しましたよね?ダニエル先輩の面会予定は明日ですよ?本日はもうお帰り下さい。」
「ちょと待ってよ。何でそんな重要な話を私抜きで決める訳?別に自由に面会して貰っても私は構わないけど・・。」
言いかけると、そこへアラン王子が割り込んできた。
「それは困る。」
「ア、アラン王子・・・。」
「俺達は邪魔されずにゆっくりジェシカと話がしたいと思っている。だからこれは俺達皆で決めた事なんだ。分かってくれ、ジェシカ。」
そしてアラン王子の言葉に全員がウンウンと頷いている。何とウィルまでもだ。
「そして本日はお嬢様の下僕である私が最初の面会相手なのですよ。さあ、分かりましたら皆さん、お帰り下さい。」
マリウスは言いながらその場に居た全員を病室から追い払おうとする。
皆、それぞれブツブツ言いながらもマリウス以外を残して全員が病室から帰って行った。
「全く・・・本当に騒がしい方達ですね。」
マリウスは腕組みしながら言うと、再び私の傍に置いてある椅子に座ると、神妙な面持ちになった。
「お嬢様、お尋ねしたい事があります。」
「え?何・・・?」
「お嬢様、貴女は一体何者ですか?」
それは予想外の質問だった―。
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「な、何?急に。何者って言われても・・・私はジェシカだけど・・?」
ドキン
心臓の音が大きくなった気がする。何?マリウスは一体何が言いたいのだろう?
「私の質問の仕方が悪かったでしょうか?では言い方を変えます。お嬢様、貴女の本当の正体は誰なのですか・・・?」
マリウスは全てを見越すかのような視線でじっと私を見つめている。けれども決してその視線は私を非難するような視線では無い事は分かった。
「私は・・・10年間ずっとジェシカお嬢様の御側に仕えておりましたので、誰よりもお嬢様の事を理解しているつもりです。ジェシカお嬢様。以前の貴女はそのような方ではありませんでした。」
「マリウス・・・。」
「屋敷にいた頃・・・私はお嬢様の下僕と言うよりは、完全にお嬢様の奴隷でした・・。肉体的にも、精神的にも・・・。貴女は美しい外見とは裏腹にとても冷たく、恐ろしい方でした。気に食わないメイドに熱湯をかけて火傷させたり、自分よりも素敵なドレスを着た御令嬢のドレスをわざと破くように自分よりも立場の低い令嬢に命令したり・・・。」
私は過去のジェシカの蛮行を次々とマリウスから聞かされ、恐ろしさを感じた。私の書いたジェシカはそこまで性格は歪んでいなかったのに・・・!
「お嬢様が・・・この学院に入学が決まった時・・。屋敷に仕える者達は皆大喜びしました。やっとあのお方がこの屋敷からいなくなってくれると・・・。勿論私もその内の1人でした。」
マリウスはじっと私の目を見つめたまま逸らさない。
「ですが・・・父と旦那様に命じられたのです。ジェシカお嬢様の下僕としてこの学院に入学しろと・・・。」
私はゴクリと息を飲んだ。
「分かりますか?その時の私の気持ちが・・・まるで地獄へ落された気分でした。10年間支配され続け、ようやくお嬢様から逃げられると思っていたのに・・・・。
そしてその日の夜ですよ。お嬢様が私の部屋へ訪れたのは。何があったか分かりますか?」
「・・・?」
そんな事を言われても私はジェシカでは無いのでさっぱり分からない。マリウスは一体何を言うつもりなのだろうか・・?
「お嬢様は言いました。セント・レイズ学院に入学したら自分の身体を使って男を虜にしたいから、私に練習台になれと・・・。」
「!」
私は両手で自分の口元を覆った。ま・・まさか・・ジェシカはそんな事をマリウスに命じた・・?それじゃ、この2人は・・・!
「お嬢様の命令は絶対ですからね・・・歯向かうなんて無理な話です。お嬢様と私は何度も男女の関係を持ちました。」
淡々と話すマリウス。一体何を考えて私にこんな話を・・・しかもこんなタイミングで・・・。
「私の精神はもう限界でした・・・。だから決めたのです。学院に入学後、お嬢様には行方不明になって頂こうと・・。」
「え・・・・・。」
余りの突然のマリウスの告白に私は頭の中が真っ白になってしまった。
「その日の為に私は準備を始めていました・・・。そして冬期休暇に入った時に帰省する最中、お嬢様には行方不明になって頂こうと・・・。」
分からない、今マリウスが考えている事が。ひょっとして私の体力が弱っているから、逃げる事が出来ないから、安心して話をしているのだろうか?
「ですが・・・思いもよらない事故が起こりました。」
「じ・・・事故・・・?」
「ええ、事故です。覚えていますか?入学式の日の夜、二人で学院の高台にあるテラスに行きましたよね?そこで入学式の朝、事故があったのですよ?」
私は黙ってマリウスの話の続きを待った。
「あの日の朝は・・・とても清々しいほどの天気でした。私はお嬢様に誘われて、2人でテラスに行きました。そこでちょっとした口論があったのです。学院で人気のある女子学生がいたら、私に誘惑させ、彼女達の弱みを掴んでくるようにと言って来たのです。勿論、そんな事はしたくはありませんので拒否しました。するとお嬢様はわざとあのテラスの塀によじ登ったのです。私は危険だったので必死にお嬢様にそこから降りるように説得しました。けれどお嬢様は私に言ったのです。降りて欲しければ私の言う事を聞けと—。」
もしかすると、あの時私が見た夢はこの時の事だったのだろうか・・?
「すると、その時突風が吹いてお嬢様は風に煽られて落下しました。私は手を伸ばそうとしましたが、間に合わず・・・いえ、自分でも分かっています。本当は間に合ったはずなのです・・。でも私はわざとお嬢様を見殺しに・・・。」
マリウスは目を閉じ、顔を右手で覆い隠すように言った。
「下を見ると、そこには頭から血を流して倒れているお嬢様が・・・いました。上から見ても分かりました。もう・・・亡くなってしまったと言う事が。お嬢様が死んでしまった事で私はパニックを起こしました。どうすれば今の自分の最悪な状況を回避できるか?それしか考えていませんでした・・・。でもその時です。」
マリウスは言った。
「お嬢様の姿は・・・消えてしまったのです・・。」
一度言葉を切ったマリウスは続けた。
「驚きました。まさか目の前でお嬢様の姿が消えてしまったのですから・・・。我に返った私は必死でお嬢様を探しましたが見つかりませんでした。もう全て終わったと絶望的な気分で講堂に向かいました。ですがそこでアラン王子達の会話を聞いたのです。見晴らしの丘で女生徒が眠っていると・・まさかと思い外見を尋ねると、まさにジェシカお嬢様と一致したのですから。そして急いでそこへ向かった時・・・貴女がそこに立っていたのです・・・。」
マリウスは私の瞳を真っすぐ見つめて言った。
「一目見た時から別人だとすぐに分かりました。確かに外見はジェシカお嬢様でしたが、全然違っていました。何故なら彼女は貴女のように優しい目をしていなかった。愛らしい方では無かった・・・。そしてこれ程強烈に・・・人を引き付ける魅力は持っていなかった・・・。」
マリウスはまるで私に恋しているかのような瞳で見つめて来るので、思わずベッドの上で後ずさった。
「貴女の周りにはいつの間にか邪魔な男共が群がるようになっていました・・。だから尚の事・・・私は当初の計画通り、冬期休暇で帰省する時に貴女を連れ去ろうと思ったのです・・・っ!」
「!」
余りの衝撃に私は言葉を無くしてしまった。
「ですが・・・悪い事は出来ないものですね・・・。私が準備をしている間に、貴女は本当に誘拐されてしまったのですから・・・。挙句に・・・一度は弓矢で撃たれて心臓が止まってしまったのですから・・・っ!その時になって私は初めて自分がとんでもない事をしてしまったのだと言う事に気が付きました。お嬢様・・・貴女を失ったら本当に私は生きていけないと・・・。」
いつの間にかマリウスは涙を流していた。
「許してください・・・。貴女が本物のお嬢様でない事は初めて会った時からずっと気付いていました。ですが・・・私が御側にいたいのは今のお嬢様です・・・。どうか・・・私を今まで通り貴女の御側で・・・。」
だから、私は・・・・
泣いて俯くマリウスの頭をそっと撫でるのだった—。
3
ひとしきり泣いた後、ようやくマリウスは落ち着きを取り戻した。
「申し訳ございません。お嬢様、父からは・・・常日頃から、どんな時も冷静でいられるように仮面を被って生きろと言われていたのに・・どうしてもお嬢様を前にすると・・・冷静でいられなくなる自分がいます。」
「だったら・・・。だったら私の前では仮面を被って生きる必要は今更無いんじゃ無いの?だってもうとっくに色々な顔のマリウスを見ているしね。」
そう、今更だ。最初に出会った頃はどMなマリウス。それがある日を境に年中発情男のマリウスになり・・・ん?発情・・・?ひょっとすると私・・今非常にまずい事を言ってしまったのでは・・・?
恐る恐るマリウスを見ると、マリウスは顔を赤く染めて小刻みに震えている。
・・・何だか非常に嫌な予感がしてきた。
「お・・お嬢様・・・。先程の言葉・・本当ですか?」
「あ・・・い、いえ。あの、さっきのは言葉のあやと言うか・・・。」
「ゆ、夢のようです・・。お嬢様の前では本来の自分をさらけ出して構わないと言って下さるなんて・・・っ!」
「だ、だからそれはそう言う意味で言ったわけじゃなくて・・・!」
私は必死で言い訳しているのに。マリウスは全く話を聞いていない。
「お嬢様の許可を頂いたと言う事ですから、今後は2人きりの時は、遠慮なく心の赴くままに行動させて頂きますっ!それでは早速アラン王子に付けられた、その忌々しいマーキングを上書きしないと・・・!」
言いながら私の両肩をガシイッと掴むと、ぐぐぐっと唇を寄せ・・・。
ぎゃ~っ!や・やっぱりっ!
「い、いい加減にしなさいよっ!や、病み上がりの人間にそんな事して良いと思ってるわけっ?!」
するとマリウスは弾かれたようにパッと私から離れた。
「そ、そうでしたね・・・。お嬢様は昨日目が覚めたばかりでした・・・。つい嬉しさの余り・・申し訳ございませんでした。」
マリウスは素直に頭を下げて来た。ホッ・・・・よ、良かった・・・。
けれども次の台詞を聞いて私は戦慄を覚えた。
「では・・・お嬢様の傷が完全に癒えた暁には・・・。」
マリウスが意味深に私を見つめた。
「アラン王子の付けたマーキングを上書きさせて頂きますね・・・?」
嬉しそうに笑みを浮かべて言った。
ま、まずいっ!このままでは再び私の貞操の危機が・・・!
な・何とか方法を考えて回避しないと・・。ハッ!で、でも確かマーキングはキスをしなくても出来たはず・・・。そうだ、マーキングされそうになったらこの台詞を言おう!うん、そうしよう。え?でも待って・・・。この事実は一体私は誰に教えて貰ったんだっけ・・?
何だか凄く重要な事を忘れてしまっている気がする・・・。何だろう?私、一体何を忘れてしまったのだろう・・・?
「お嬢様、どうかされましたか?」
急に真顔になった私を見て、マリウスは心配そうに声をかけてきた。
「ううん、何でもない・・・」
そう、この感覚はまだはっきりしないのだから、マリウスに言う訳にはいかない。
「ところで・・・お嬢様。先程の話の続きですが・・・。」
「え?続き・・?」
「もうそろそろ私に教えて頂けないでしょうか?お嬢様が本当は何者であるのかを・・・。」
「な・何者って・・・・?」
え?まだその話続いていたの?もう終わったと思っていたのに。
「お嬢様、私は自分の抱えていた秘密を全て告白致しました。なのでお嬢様も私の質問にお答え頂けませんか?」
マリウスの瞳は真剣だった。どうしよう・・・何とか誤魔化せないだろうか・・?
しかし、マリウスは言った。
「お嬢様、私は例えどんなお話でもお嬢様の話される事は信じます。だから・・・お願い致します。」
マリウスは私の手を取ると言った。
「本当に・・・?ど、どんな話・・・でも?」
マリウスを信用して私の秘密を話して良いのだろうか?でもこの世界は私が書いた小説の世界で、私はここの世界の人間では無いと・・・そんな突拍子も無い話・・・。
私が黙り込んでしまうとマリウスは言った。
「お嬢様・・・。」
「は、はい。」
思わずかしこまった返事をする。
「どうしてもお話しして頂けないのなら・・・キス致しますよ?」
はああっ?!な、何故そんな話になる訳?!
「ちょ、ちょっと待ってよ!幾ら何でもそんなのおかしいと思わない?!」
しかしマリウスは私の抗議に耳を貸さずに、再び私の両肩を掴み・・・。
「わ、分かったからっ!い、言うからやめてよっ!」
必死に抵抗すると、マリウスは私の肩から手を降ろすと言った。
「それではお話頂けますか?」
ニコニコしながら私に話を促す。
う~。まんまとマリウスにはめられた。けれどいくら何でも全てを話す訳にはいかない。さて、どうしよう・・・。取り合えずは話の核心には触れずに、マリウスに説明する事にしようかな・・?
「あの・・・実は私はね・・ここの世界では無い、別の世界の人間なの。<日本>と呼ばれる国に住んでいたのよ。私が住んでいた世界は『魔法』っていう物が存在しない世界なんだけど、ここの世界よりは文明が発達していて、魔法が無くても便利な世界なの。」
言いながら、マリウスの様子を伺うと何故かとても興味深げに私の話を聞いている。それどころか、逆に私に質問をしてきた。
「それは、どれくらい文明が発達しているのでしょうか?具体的に教えて頂けますか?」
う~ん・・・具体的にと言われてもなあ・・そうだっ!マリウスにならあの話がいいかもしれない!
「た、例えば・・・宇宙飛行士として宇宙に人が行ったり・・・とか?」
「ええ?!宇宙にですか?!それは誰でも行けるものなのですか?!」
宇宙と言う言葉を聞いて俄然興味が湧いたのか、マリウスは話に食いついて来た。
「そ、それは・・・誰でも行けるって訳じゃないよ。選ばれたエリートだけが行けるって感じかな・・・?」
うう~もう、この辺で勘弁してよ・・・。
「どうですか?ジェシカお嬢様から見て私は宇宙に行く権利を得られると思いますか?」
「それは無理でしょう。」
即答する私。
「えええっ?!何故ですか?!」
マリウスが悲惨な声を上げる。だから私は言った。
「だ、だってねえ、宇宙飛行士に選ばれるのは単にエリートってだけじゃ無くて、コミュニケーション能力がある人じゃ無いとなれないんだよ?性格に少々問題があるような人は・・・ハッ!」
そこまで言いかけて私は口を押えた。マリウスが何とも言えぬ恨めしそうな表情で私を見ているからだ。
「つまり・・お嬢様は私の性格に少々問題がある・・・と仰りたいのでしょうか?」
ヒッ!だ、だからそんな目で見ないでってば!
思わず黙ってしまうと、マリウスは溜息をついた。
「まあ・・・それなら仕方ないでしょうね。私自身、自分の性格に少々難有と思っておりましたので・・・。」
え?嘘?まさか自覚があったの?
「まあ、宇宙に行ける程の科学文明がある事は分かりました。お嬢様のお話は実に興味深いです。他にはどのような違いがあるのか教えて頂けますか?」
「他に・・・?う~ん。例えば・・・魔法が無くても『携帯電話』って言うのがあって、どんなに遠く離れた相手でも話をする事が出来たりとか、『携帯電話』からメッセージを書いて一瞬で相手にメッセージを送れたりとか・・・。」
私の話をマリウスは目を輝かせながら聞いている。その様子を見ていて私は何だか意外に思えた。何でも悟っているかのようなマリウスがまるで子供の様にワクワクした様子で私の話を聞いているのだから、これはある意味新鮮に感じた。
けれど、これだけ話しをすれば私が別の世界からやってきた人間なんだと流石のマリウスも信じてくれるだろう。
「どう・・・?これで私がここの世界の人間では無いって事・・・信じてくれた?」
私は上目遣いにマリウスを見た。何せ、これ以上話せば私は最大級の秘密を話さなくてはならなくなるかもしれないから・・・。
「ええ。・・・実は私もそうでは無いかと思っておりましたから。」
マリウスは意味深な事を言った。
「え?どういう意味なの?」
「いえ、言葉通りですよ。でも・・・成程・・・。だからお嬢様は魔法を使う事が出来なかったのですね?」
「うん・・・そうかも・・・。」
「それで、お嬢様。今の話は他に誰かにお話しされましたか?」
マリウスの言葉に私は首を振った。
「まさか!誰にも話してないってぱ。だってこんな話、他の誰かに話しても信じてくれるはずないじゃない。」
するとマリウスは言った。
「そうですか、それを聞いて安心致しました。それならこの事は2人だけの・・・秘密なのですね?」
そしてマリウスはその美しい顔に笑みを浮かべるのだった—。
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