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第6章 2 マリウスの戸惑い (イラスト有り)

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1

「つ、疲れた・・・・。」
私はフラフラになりながら、自室へ戻った。
取りあえず、メイドのミアにはマリウスの事が気になったので、部屋の移動は無しにしてもらったのだ。・・・それにしても落ち着かない部屋だ。まさか部屋の内装が全て紫に統一されると、これ程人をイラつかせる雰囲気の部屋になってしまうとは・・。
私は別に紫色が嫌いなわけでは無いが、こうも自己主張の強い色合いの紫色だと、何だか嫌いになってしまいそうだ。ひょっとすると・・・ジェシカが周りにきつくあたっていたのは、このどぎつい紫色のせいかのかもれない。

「マリウスの様子でも見てこようかな。」
私はポツリと呟いた。あの後、アリオスさんが何か良い方法が無いか調べてみると言っていたけど、進展はあったのだろうか?
 マリウスの部屋へと続くドアをカチャリと開けると、何とそこにはマリウスの手を両手で握りしめて椅子に座っているアリオスさんの姿があった。

「ア、アリオスさんっ?!」
私が呼びかけると、アリオスさんはこちらを見た。

「これはジェシカお嬢様。お食事はもう終わられたのですか?それではお部屋で入浴されて、今夜はお早めにお休みください。さぞかし旅の疲れもおありでしょうから。」

にこやかに言うが、その表情には疲労が滲んでいる。
「あの・・・アリオスさん。今何をしていらしたのですか?」

「ええ、いまマリウスに私の魔力を分け与えていたのですよ。こうして自分の魔力を分け与える相手に触れる事により、自分の魔力を移すのです。」

ずっと休まず1人で魔力を移し続けていたのだろうか・・・。
「アリオスさん、顔色が悪いです。・・・少し休まれてはいかがですか・・?」

「ありがとうございます。お気持ちだけで結構ですよ。さあ、ジェシカお嬢様はもうお休みになられて下さい。」

「でも・・・。」
こんな酷い顔色のアリオスさん1人にマリウスを任せるなんて・・・。
すると私の気持ちを読み取ったのか、アリオスさんが言った。

「ジェシカお嬢様。私はこれでもマリウスの父です。息子の命は必ず私が助けます。心配はご無用です。」
アリオスさんの目には強い決意が見えた。それなら・・・。

「わ、分かりました・・・・。マリウスの事、よろしくお願いします。アリオスさんもどうか、無理をしないで下さいね。」
遠慮がちに言うと、アリオスさんは微笑した。



「ふう~・・・気持ちいいなあ・・・。」
私は広々としたバスタブの中でゆっくり手足を伸ばした。
流石は公爵家のお嬢様。紫色の部屋はちょっと趣味が悪いけど、この大きな湯船にバラの香りのする石鹼はとても良い香りで私は満足したバスタイムを贈る事が出来た。


「あ~気持ち良かった。」
私は長い髪をバスタオルでひとまとめにすると、以前セント・レイズシティで買ったカシュクールドレスタイプのナイティに着替えた。普通はあまりこういうナイティは買わないのだが、本来のジェシカならきっとこういうナイティを好んで着るのだろうと踏んで、購入しておいたものだ。

その時—
ドサッ!
マリウスの部屋で何か重たいものが落ちる音がした。え?一体何?!
私は急いでドアを開けると、そこには真っ青な顔で床に倒れているアリオスさんの姿があった。
「アリオスさんっ?!しっかりして下さいっ!」
私はアリオスさんを揺さぶった。お願い!どうか・・!目を開けてっ!ああっ!私にも他の皆のように魔力があれば・・・今目の前にいる2人を助けられるのに・・・!

 すると突然不思議な事が起こった。私の身体から光の粒子のようなものが溢れ出し、その粒子が触れているアリオスさんの身体に流れ込んでいくのをはっきりと目にしたのだ。
え・・・?これは何・・・?

「う・・・。」

アリオスさんは小さく呻くと、目を開けた。

「い・・今のは何だ・・・?急に身体が温かいものに包まれたと思ったら、力が湧いて来た・・。」

アリオスさんは信じられないと言わんばかりに起き上がると自分の両手をじっと見つて言った。

「ま・・・まさか今のはジェシカお嬢様が・・・?!」

ハッとなってアリオスさんが私の方を振り向いて、息を飲んだ。

「ジェシカ・・お嬢様・・そ、そのお姿は・・・?」

「それが、わ・・分からないの・・。急に体の中から光に粒子のようなものが溢れてきて・・・。」
私の身体からは今も光の粒子が出続けている。

「ジェシカお嬢様・・・それが・・魔力です・・・、一体何故突然に・・・。で、ですが今なら・・・。」

アリオスさんが私に言った。

「ジェシカお嬢様っ!どうか・・マリウスに触れて下さいっ!」

私は慌ててマリウスの右手を握りしめた。するとそこから少しずつ光の粒子がマリウスの中へ流れ込んでゆく。
「こ・・これでいいの・・?」

「はい・・・。マリウスの魔力が完全に抜けきってしまっておりますので、時間はかかるかもしれませんが・・・ジェシカお嬢様がマリウスに触れている限りは、魔力は流れ込んでゆきます。」

アリオスさんは疲弊しきった顔で言った。

「なら、後は私が替わってマリウスの身体に魔力を送ります。アリオスさんは今夜はもうお休みください。」

「いえ、しかしそれでは・・・ジェシカお嬢様だけに負担が・・・。」

「それがね、私こうして魔力を送っているけど何ともないのよ。だから大丈夫。本当に心配しないで。疲れたらちゃんと休むから。マリウスは私にとって大事な下僕だから、彼が危機の時は主である私が助けなくちゃね?」

「ジェシカお嬢様・・・・。本当に・・・貴女は変わられましたね・・・。マリウスが貴女を思う気持ちがようやく理解出来ました・・・。」

アリオスさんは声を震わせながら言う。
 
「アリオスさんも本当に、ちゃんと休んでくださいね?」

「はい、ジェシカお嬢様。マリウスを・・・私の息子をどうぞよろしくお願い致します。」

 アリオスさんは深々と頭を下げると部屋を後にした。部屋に残さ


れたのは私と意識を失った状態のマリウスの2りだけ。
「お願い、マリウス。早く目を覚まして・・・。」
私は少しでも多くの魔力を送れるようにマリウスの右手を強く握りしめた。
けれども、一向に血の気は無く真っ青な顔をして意識を失っているマリウス。
「ひょっとすると・・・もっと密着すれば・・・より一層魔力を送る事が出来るのかな・・?確か、マーキングの時にマリウスが言ってたよね・・?」
もうこうなったら躊躇している場合では無い。
よし、それなら・・・・。

 私はまず2人の部屋のドアのカギをかけた。そしてマリウスの眠っている布団をそっとめくると、マリウスの隣に横たわった。
「ごめんね、マリウス。お邪魔しま~す・・・。」
照れ臭さを隠す為に私はわざとそう言うと、意識を失っているマリウスに腕を回した。マリウス、早く良くなって・・・・・。やはり思った通り強く密着する事によって魔力の流れる量が増えた気がする。徐々にではあるが、マリウスの身体が少しずつ温かみを取り戻し、強張っていたマリウスの身体が徐々にときほぐれていくのを感じ取る事が出来た。真っ白だった肌にも徐々に色がついてゆく。
良かった・・・この分だと、きっとマリウスは明日にでも・・・良くなって・・・。

 マリウスを抱きしめたままベッドの中にいると、徐々に体が温まってゆき、最早目を開けているのも困難になって来た。
「フワアア・・・。」
私は何度目かの欠伸をした。。いけない、マリウスの目が覚める前に、起きて自分の部屋へ戻ろうと思っていたのに・・・。
けれど、ついに私の意識はブラックアウトしてしまった―。




2

 暗闇の中—甘い香りと温かく柔らかな温もりで、突然目が覚めた。
ここは何処なのだろう・・・・確か、自分は邪魔な輩共から逃げる為に強引に転移魔法を使って、ジェシカお嬢様の故郷へ帰って来たはず・・・。
でも少々無理をし過ぎてしまったようだ。流石に間に休憩を挟まず、4500kmの移動は無謀だったかもしれない。
魔法が成功して、城の近くにある田園地帯まで移動して来た事は覚えている。
けれどもそこから先の記憶が全く途絶えていた。
どうやら完全なる魔力切れで今迄気を失っていたようだ。
自分の力を過信しすぎていたようだ・・・・。自嘲気味にフッと笑って、薄暗い中でぼんやりと天井を眺めた。数か月前までの見慣れた天井・・。
 
 それにしても魔力が切れて、よくも命が助かったものだ・・・。ひょっとすると父が自分の魔力を分け与えてくれたおかげで命拾いをしたのかもしれない。
朝になったら父にお礼を・・・。
そこでようやく何か違和感を感じた。まだ頭は完全に覚醒してはいなかったが、どうも様子がおかしい。先程から感じる甘い香りに微かな寝息・・・。そして温かくて柔らかな感触・・・。

 気配を感じる方向を何気なく振り返り、一気に目が覚めた。
お・・お嬢様っ?!
何という事だろう。そこにいたのはお嬢様だった。自分の身体にぴったりと密着し、腕を回して抱き付くような姿で眠っている。悩ましい夜着からすんなりと伸びた細い手足。長い睫毛を時々震わせながらスヤスヤと眠るお嬢様。フワフワと波打つ長い髪からは何とも言えず甘い香りが漂っている。

 どうして?何故お嬢様が自分のベッドの中で一緒に眠っていると言うのだろう?
ずっと意識を失っていた自分には今の状況が全く掴めない。ただ、分かるのはお嬢様が今、自分に寄り添うように眠っている。手を伸ばさなくても、いつでも自分から抱きしめる事が出来る距離にお嬢様がいる。
ここでよこしまな考えが浮かんできた。現在お嬢様につけられたマーキングはアラン王子が付けたもの。なら今すぐここで再び自分がお嬢様のマーキングを上書きしてしまえばいいのでは?
 そう、考えてみればこのベッドの上で自分と学院に入学する前のお嬢様は何度も関係を持ったのだ。だとしたら今のお嬢様を抱いたって・・・・。
そう思い、お嬢様の夜着に手をかけた時に我に返った。
いや、駄目だ。意識の無い相手を抱く等最低な行為だ。自分はアラン王子とは違う。
そして、摑んでいた夜着から手を離した。

 本来であれば、お嬢様をお部屋に戻して寝かせて上げるのが正しい行動だろう。以前のお嬢様であれば、迷わずそうしていた。
でも今のお嬢様は自分にとって、愛しくて愛しくてたまらない存在。出来ればずっと、自分の腕に捕らえておきたいくらいだ。

 だから・・・隣で幸せそうに眠っているお嬢様を抱き寄せ、そっとキスをして言った。
「お嬢様・・・お嬢様の目が覚めるまで、このままでいさせて下さいね。」

 さて、目が覚めた時のお嬢様がどんな反応を示すのか・・・今から楽しくてたまらない。
そして幸せな気分で再び目を閉じ、眠りについた―。




3

 う~ん・・・何か息苦しい・・。それに身動きも取れないし・・寝苦しいな・・。
そこで私はパチリと目が覚めた。
え?何?一瞬自分の身に起こったことが理解出来なかった。
私の身体はがっちりとマリウスにホールドされていたのである。
ああ、そうか・・・マリウス・・目が覚めたんだね。良かった・・・じゃなーいっ!
何これ?一体どういう事?私いつのまにかマリウスと同じベッドの中で眠っていたの?それどころか、何故マリウスが私を抱きしめているのよ?

 は、離してよ~!私はもぞもぞとベッドの上でもがき、マリウスを押しのけようとするが、マリウスの腕の力が強すぎてビクともしない。
マリウスめ・・・絶対起きているな?

「ちょ、ちょっとっ!マリウス、起きているんでしょう?」
グイグイ押しのけながら声をかけるも、ちっとも返事が無い。
「ふ・・・ふざけないでよ!は、早く離してってばっ!」

「・・・。」
それでもマリウスから返事は無く、それどころかますます強く私を抱きしめて来る。
「ね、ねえっ!い・いい加減にしないと大声出すわよ?!」

するとようやくマリウスから返事が返ってきた。

「どうぞ。」

「はい?」
今、どうぞって言わなかった?

「ですから、どうぞ大声を出すなりお好きなようになさって下さい。でもその代わり・・恥ずかしい思いをなさるのはお嬢様の方ですよ?私はそれでも少しも構いませんが。」

私はマリウスの胸に顔を押し付けられるように抱きしめられているので、マリウスの表情は分からないが、肩を震わせているのできっと笑っているに違いない。
こ・この男は・・・・っ!具合が良くなった途端に、すぐにいつもの調子に戻っている。しかし、これではちっとも埒が明かない。

「ね、ねえマリウス。今何時なの?」

「朝の6時でございます。」

「た、大変!マリウス、もう起きなくっちゃ!ほ、ほら。下僕と言うと色々仕事があるのでしょう?」

「御心配には及びません。」

それでも平然と答えるマリウス。

「何で?どういう事なの?」

「私はお嬢様専用の下僕となっているのです。お嬢様のライフスタイルに合わせた時間帯で仕事をする事になっております。故にお嬢様がこのようにお休みをしている限りは、私もお休みする事が出来るのです。」

な・・・何という極論を述べるのだろう・・・。

「い、いいから早く離してよっ!」

「嫌です。」

「はい?!」
出たっ!マリウスの『嫌です』が!普通主の言葉に歯向かう下僕が何処の世界にいるというのだ。どうしてこの男は平気で私のお願いを却下するのだろうか?

「ね、ねえっ!マリウスは私の下僕なんでしょう?どうして私の命令に平気で歯向かえるのよっ?!」
すると少しの沈黙があり、やがてマリウスが言った。

「さあ・・・何故でしょう?何故かは分かりませんが・・・ジェシカお嬢様なら幾ら私が我儘を言っても全て受け入れてくれそうな・・・そんな風に思わせてくれるものをお持ちだからでは無いでしょうか?」

何だか訳の分からない台詞を言う。
「そ、そんな訳無いでしょう?!お願いだから離れてよ。」
もうこうなったら懇願するしかない。

「そうですね・・・。それなら・・私に目覚めのキスでもしてくれれば離してさしあげますよ?」

言うと、マリウスは布団の中で私の顎をつまんで上を向かせた。
その言葉に私の頬は一気にカッと赤く染まる。く・・・こ、こんな18歳の男に25歳の大人の私が翻弄されるとは・・・!

「そ、そのお願いは却下で。」

「なら離せませんね。」

「私をからかって楽しいの?」

「からかってなどおりません。私はお嬢様を誰よりもお慕い申し上げております。」

「マ・・マリウス・・・ッ!」
私は思わず拳を握りしめそうになった時、マリウスが悲し気な表情を見せた。

「少しぐらいお願いを聞いていただいてもよろしいではありませんか・・?今まで私は死の淵を彷徨っていたのは自分でも良く分かっております。私がこのような状態になってしまったのは全て自分自身の責任だと言う事も重々承知しております。でも・・お嬢様からのキスで自分は生きていると言う事を実感させて頂きたいのです。」

何故かもっともらしい理屈を述べるマリウス。だけど・・・こんな理由でマリウスの『お願い』を聞くわけには・・・。
私はチラリとマリウスの顔を見上げる。マリウスの瞳は切なげに揺れている。
う・・こ、こんな表情を見せられては・・。
「わ・・分かったから・・・。」

「え?」

途端にマリウスの顔が明るくなる。

「キ・・・キスすればいいんでしょう?!だ、だったら目を閉じてよ。そうじゃないと・・し、しにくいから・・。その代わりに、キスしたら絶対に私を離してよ?!」
私はしどろもどろになりながら言う。

「はいっ!」

マリウスは嬉しそうに言うと目を閉じた。

「・・・・。」

マリウスは眉を潜める。

「はい!お終い!さあ、キスしたんだから離してよね?」

「お嬢様・・・今した場所は・・頬・・ですよね?」

「そうよ、文句あるの?」

「普通、キスと言えば頬では無く、唇ですよね?」

「そ、そんな約束はしていないもの!ほら、早く離してよ。」
ああ・・・こんな事をしている間にどんどん無駄な時間が流れて行く・・・。

「そうですね・・・。分かりました。では、私からのお返しです。」

「え?」

言うなり、マリウスは私の頭を押さえつけると自分の唇を強く押し付けて来た。
・・・・・っ!!



「・・・・。」

押しのけようとしても力が強すぎて敵わない。
必死でマリウスの胸をドンドン拳で叩くと、ようやく私を解放した。

「な・・・何てことするのよ?!こ・・この発情魔っ!!」

私は真っ赤になって抗議をするも、マリウスはそれに答えずにほほ笑むと言った。

「ではお嬢様、お部屋に戻り朝のお仕度をされて下さいね?私に襲われないうちに。」

最期にゾッとする台詞を言われた私は全身に鳥肌が立った。
「も・・戻るわよ・・っ!で、でもこれだけは言っておくからね?マリウスに魔力を与えたのは、私なんだからっ!い・・命の恩人に二度とこ、こんな真似しないでよね?!」
そう言い捨てると、急いで自室へ戻りバタンとドアを閉めて、内鍵をかけた。
最期にマリウスの驚きの表情が見えたけど・・・そんな事、もう知るものかっ!

こうして私はプンプン怒りながら、朝の支度を始めた—。



 温かな日差しが差し込むテラスでの朝食・・・・。

私の向かい側には父、そして左右のテーブルには母と兄が座っている。
給仕のメイド達が次から次へと美味しそうな料理をテーブルに運んでくる。
うわ・・・朝からこんなに豪華な食事が並んでしまう訳?この家では?!
運ばれてくる料理に目を奪われていると、父が話しかけて来た。

「どうだ?ジェシカ。久しぶりの我が家・・・良く眠れたか?」

「ええ、とても穏やかに眠る事が出来ました。」
私は平然と答えた。とても昨夜から今朝の話など誰にも話せるはずが無い。

「そう言えば、マリウスを屋根裏部屋から元の部屋に戻したそうだな?」

突然の父の発言に私は思わずフォークとナイフを持つ手が止まる。
「は、はい。私の一存で戻しました。勝手な事をしてすみませんでした。」
ここは素直に謝って置こう。

「いや、良い、良い。マリウスはお前の下僕だ。好きなように扱って構わんよ。」

父は笑みを浮かべて言うが・・・今の言い方は気に入らない。まるでマリウスを物扱いするみたいな言い方をして・・・。

「ところで、ジェシカ。貴女・・・また随分地味な服を着ているのねえ。まるで一般庶民の女性みたいな身なりよ?」

母は眉を潜めながら言った。

「すみません、お母様。学院生活をしている中で、このような服が一番動きやすい事が分かり、私自身気に入ってしまいましたので・・・これからも活動的な服を着る事をお許しいただけないでしょうか?」

「でも・・ねえ・・・。」

すると、兄のアダムが割り込んできた。

「よろしのではないですか?母上。最近、町で働く貴族令嬢達もジェシカのような活動的な服を着て歩いていますよ。むしろ私としてはその方が好ましく感じますが。」

おおっ!アダムッ!冷たそうな表情をしているけれども、ひょっとするとこの家族の中で一番のジェシカの理解者なのでは?!

「そうだ、ジェシカ。話は変わるが、近々王都でウィンターパーティーが開かれる事になっているのだ。我々リッジウェイ家も当然招待状を受け取っている。ジェシカ、今年も参加するのだろう?」

「え・・・?す、すみません・・。き・記憶を失っておりますので王都のパーティーと言われましても・・・・。」
ま・まずい・・・。どうしよう。パーティーと言ったら、きっとアレだよね?男性とワルツを踊ったりとか・・・。そんなの出来っこないじゃないっ!

「おお、そう言えばそうだったな。今月20日に王都の城で毎年開催されているダンスパーティーだ。今年は20歳になられるフリッツ王太子も参加される。噂によるとそこで結婚相手の女性も見つけられるそうだ。幸いフリッツ王太子はこの年でも珍しくまだ婚約者もいないしな。」

幸い?何が幸いなのだろう?私にとっては不幸な話でしかない。ダンスパーティー?冗談では無い。大体この間開催された仮装ダンスパーティーですら出席をしなかった私が、何故お城で開催される本格的なパーティーに参加しなくてはならないのだ?
この世界の未婚の男女なら喜んで出席するだろうが、生憎私はこの世界の人間では無い。今だって誰も知らない土地へ行って働く女性として生計を立てていく事を考えていると言うのに・・・。

「どうした、ジェシカ?何だか顔色が悪いようだが・・・?」

兄のアダムが心配そうに声をかけてきた。

「い、いえ。あの今のダンスパーティーの話を聞いて、少し気分が・・・。」

「まあ、それはいけないわ。すぐに部屋に戻って休んだらどうかしら?」

母も心配そうな顔をしている。

「学院から帰って来たばかりで疲れが溜まっているのかもしれないな。部屋でゆっくり休むと良い。」

家族全員の許可が下りたので、私は席を立つ事にした。
「それでは、すみませんが部屋で休ませて頂きます・・・。」


 こうして私は落ち着かない紫の部屋へと戻って来た。

 あー駄目だ、落ち着かないっ!何度も言うが、私は決して紫色が嫌いなわけでは無い。むしろ、淡い色合いの紫色なら大歓迎。しかし、このショッキングパープルの色は最早狂気でしかない。黒が混ざったような色の濃い紫の中に更に濃い色で描かれたふんだんな薔薇の絵は、呪われた柄のようにも見えて来る。やっぱり・・・部屋を変えて貰おう。ましてや内ドアで繋がれた私とマリウスの部屋なんて、危険過ぎる。毎晩貞操の危機に怯えながら生活するのは真っ平だ。

 ミアには悪いけれども彼女に部屋の移動を頼んで・・・後は、自分で何とかしよう。
さて、ミアは何処かな・・・?私は1階まで降りると廊下をブラブラ歩きながら、何気なく外を覗いて驚いた。
あそこにいるのはマリウスと・・・見た事も無いメイドだ。
中々可愛らしい姿をしている。あんなところで何をしているのかな?
 

 見ていると、メイドはマリウスに何やら手紙のようなものを渡している。
しかし、それを露骨に迷惑そうな顔で見つめているマリウスは受け取りを拒否しているようにも見える。
それでも諦めないメイドは、ついに強引に手紙をマリウスに押し付けると頬を真っ赤に染めて逃げるように去って行った。

「へえ~。ひょっとしたらラブレターかな?あのメイドさん、頑張って渡せたみたい。良かったね。さて、肝心のマリウスはあの手紙をどうするつもりかな?」

しかし・・・何とマリウスは上着のポケットから何故持っているのかは知らないが、ライターを取り出すと、何のためらいもなく手紙に火をつけた。

「!」
想像もしなかったあまりの行動に私は呆気に取られてしまった。あの男は・・・鬼だ。人の姿をした鬼に違いない。何故中身を見ようともせずに、燃やしてしまうのだろう・・・。あんな姿を見れば世の女性達もマリウスに対する目が変わるだろう。

 その時、顔を上げたマリウスと運悪く視線が合ってしまった。

「お嬢様!」

マリウスは私を見ると嬉しそうに言い、駆け寄って来た。

「お嬢様、朝食はもう終わられたのですか?」

「うん、まあね。」
どうも先程の光景を思い出すと、イライラする。

「お嬢様・・・・何だかご機嫌斜めのように見えますが?」

うん、そうだね。誰かさんのせいで。
「そう?そんな事無いと思うけど?」
もうこれ以上マリウスの顔を見ているのも嫌だ。さっさとミアを探そう。

「それじゃあね。」

そう言って、マリウスの前から立ち去ろうとすると左腕を掴まれて、引き留められらる。

「お待ちください、お嬢様。先程から何だか様子がおかしいですが、どうかされたのですか?」

不安そうな表情で私を見つめるマリウス。全く・・・。

「それじゃあね、聞くけど・・・。マリウス、さっきメイドの女の子から手紙貰っていたよね?」

「ああ、ご覧になっていたのですか?そうなんですよ。あのメイド・・以前からしつこくて困っていたんです。私が通りかかるのを待ち伏せでもしていたのでしょうかね?手紙だけでも受け取ってくれと強引に押し付けて行ったのですよ?いい迷惑です。」

マリウスのあまりの言いように私は呆れてしまった。あのメイドの子がどれだけ勇気を振り絞って手紙を渡したと思っているのだろう?
「ねえ・・・せめて中身を読んであげようとは思わなかったの?」

「ええ、思いませんね。はっきり申し上げますが、時間の無駄ですから。」

この言葉に私は切れてしまった。
「マリウス・・・貴方って・・・人の心が分からないの?どれだけあの子が勇気を出して手紙を渡したのか・・・・。」

「お嬢様?」

流石のマリウスもこれはまずいと思ったのか、声に焦りを感じた。

「マリウス。貴方は最低な男ね。・・・今日はもう私に構わないで。」

言うと、私はマリウスに背を向けて歩き出した。本当はダンスパーティーの事を相談したかったのに、今のマリウスとはこれ以上口を聞きたくは無かった。
私は溜息をついて空を仰いだ。

誰にダンスパーティーの事相談しようかな・・・・。


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