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第6章 5 大脱走 (イラスト有り)
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1
何故?どうしてアラン王子がここにいるのだろう?ひょっとして・・・アラン王子のそっくりさんだったりとか・・・?
私が 唖然としたまま見つめていると、フッとほほ笑むアラン王子。
そして、そんな私とアラン王子に注目する周囲の人々。
最初に口を開いたのはアラン王子に水をかけてしまったエリーゼという女性だった。
「あ、あの・・・。そこのお方・・・。」
声をかけられたアラン王子は女性の方を振り向いた。
「も、申し訳ございませんでした。あ、貴方に水をかけるつもりでは・・・。」
言いながら、頬を染めている。どうも彼女は水をかけた相手が来賓として招待された王子様だったとはまだ気が付いていない様子ではあるが・・・・アラン王子に見惚れているようだ。なにせイケメンだからね。ん?と言うか、貴女はチャールズさんと婚約中でしたよね?
「いや、別にこれくらいなら大した事は無い。だが・・・グラスの水をかけるという行為はあまりレディらしくないな?」
アラン王子は表情を変えずに言った。
おおっ!なかなかイケメンぶりな言い方をする。流石は王子様だ。
「ジェシカ、大丈夫だったか?」
チャールズは私の肩を抱き寄せると顔を覗き込むように言った。え?ち、ちょっと?婚約者が目の前にいるのに、何するのよ?!
「チャールズ!いつまでジェシカから離れないんだ?!」
ルーカスが文句を言った直後、アラン王子が素早くチャールズに近寄ると言った。
「おい、お前。勝手に俺のジェシカに触るなっ!」
そしてチャールズの手を払い落とした。
それを見て、周囲の女性達から黄色い歓声が沸き起こる。
「お、おい!何するんだよ?大体俺とジェシカは一時期婚約を・・・。」
チャールズがアラン王子を睨みながら文句を言いかけると、そこへ素早くトビーが言った。
「一時期婚約をしていて、一方的にお前がジェシカへ婚約破棄を言い渡したんだよな?」
「ああ、そうだ。トビーの言う通りだ。」
再びルーカスが横槍を入れると、チャールズは真っ赤な顔で抗議した。
「う・・煩いっ!お前達2人は見合いをしたその場で断っただろう?!」
あの~いくら私の知らない黒歴史とはいえ・・・こんな大勢のギャラリーの前で私が婚約破棄されたとか、見合いのその場で断ったとか言わないで欲しいんですけど・・。
「チャールズ様っ!その言い方・・・・まるでジェシカ様に未練があるように聞こえますよ?!」
エリーゼがヒステリックに喚く。
「とにかく、ジェシカは誰にもやらんっ!」
アラン王子も応戦する。
あ~もう、聞いてられない。でも、皆が盛り上がっている隙に・・・私はこっそりとこの場を去る事にした。
「ふう~っ。酷い目に遭ったわ・・・。」
誰にも知られる事無く無事にテラスに出られた私は溜息をついた。テラスからダンスホールにかけられている壁掛け時計を見ると時刻はまだ夜の9時を過ぎた所であった。
「あ~あ・・・。まだこんな時間かあ・・。こんな事ならもっと早く迎えに来てもらえば良かったな・・・。」
ブツブツ独り言を言っていると、突然背後から声をかけられた。
「そんな薄着でテラスに出て寒く無いのか?」
「え?」
振り向くと、青い髪の青年が腕組みをして立っていた。赤いマントを羽織り、とても身なりの良い恰好をしている。恐らくこの人物はかなり高い爵位の人物であろう。
「外は寒いぞ?中へ入らないのか?」
言いながら青年は近付いてくると、私の目の前で立ち止まった。
私は青年を見上げた。・・・すごいイケメンだ。本当にこの世界の人間は誰もが恐ろしいほど顔が整っている。やっぱり小説の中の人物達だからかな?
あ・・・。金色の瞳だ・・・。
「どうした?聞いているのか?」
再度声をかけられて我に返った私は慌てて答えた。
「は、はい。寒い事は寒いのですが・・・今ホールの中でちょっとした騒ぎが合って、中へ戻りたくないんです。本当は今すぐにでも帰りたいところですが、迎えがくるのも後約3時間程ありますし・・・。」
私は溜息をつきながら言った。
「まあ、戻りたくても戻れない事情があるなら仕方が無いかもしれないが・・・そんな恰好では今に風邪を引くかもしれないぞ?」
言いながら青年は自分の羽織っているマントを脱ぐと、私の肩にかけてくれた。
「ほら、これでもあると無いとでは全然違うぞ。」
青年は私の肩にマントをかけるとほほ笑んだ。
「あ、ありがとうございます・・・。でもそれでは貴方が寒いのでは・・・?」
戸惑いながらも私は青年にお礼を言うと、彼はフッと笑った。
「俺の方がずっと君より着こんでいるから、これ位で寒いわけが無いだろう?」
「まあ・・・それもそうですね。」
私は手すりに手を置くと月を見上げながら言った。
「どうだ、ダンスパーティーを楽しめてるか?何曲か踊れたのか?」
青年は私の方を見ずに、やはり私と同様月を見上げながら質問して来た。
「招待して下さった王家の方には申し訳無いのですが・・・・。」
私は言葉を濁しながら答えた。
「正直・・・参加したくなかったのです。だって私踊れないですし。」
「は?」
青年は目を見開いて私を見た。
うわあ・・・まるで闇夜に光る猫のような瞳だ・・・。
「貴族令嬢だろう?普通は踊れて当然だが・・・?」
「まあ、あまりその辺りの事は追及しないで下さい。実は・・ちょと記憶を無くしてからそれまでの事なにもかも覚えていないのですから。」
私は苦笑しながら言った。
「・・・。」
青年は黙って聞いているので、私は話を続けた。
「なので、本当は欠席したかったのですけど家の為にも出席をしなければならないと思って・・・でも踊れないから兄にここまで送ってもらい、1人で会場へ入って来たのです。隅っこの方で立食を楽しめばいいかなと思って。本当にこのお城の料理は最高でしたっ!久しぶりに大好きなお酒も少しだけ飲んだし・・・。」
私は先程食べた料理の味を思い出し、つい顔がにやけてしまった。
「そ、そうか。それ程美味しかったのか。良かったな?」
青年は肩を震わせて笑いながら言った。
「ええ、美味しかったです。もっと食べたかったな・・・。でも・・・。」
私はチラリとダンスホールを見ると、何だか・・騒ぎが大きくなっているんじゃない?!
アラン王子を始め、チャールズやトビーにルーカスがバタバタとダンスをしている人々の中を必死で誰かを探しているようにも見える。ひょっとすると・・・?
「た、大変っ!皆私を探してるんだっ!ど、何処かに隠れないと・・・っ!」
私はキョロキョロ辺りを探していると、突然青年に腕を掴まれた。
「こっちだ。」
「え?」
「ここは1Fだろう?手すりを乗り越えて外へ出ればいい。」
青年は手すりに手を置くと、ひらりとテラスから続く中庭へ飛び降りた。
「さ、来いよ。」
えええ?!こんな格好しているのに私にやれと?!
「あの・・・・私、一応ドレスを着ているんですけど?」
「ああ、見れば分かる。」
「・・・。」
もうこうなったらやけだ。
「では一度こちらをお返しします。」
私はマントを脱ぐと、青年に渡した。そしてドレスを膝までたくし上げると、青年は慌てたように言った。
「お、おい?一体何をしているんだ?」
「え?だってドレスの裾が邪魔ですから。」
そしてたくし上げたドレスの裾をギュッと結んで絞った。よし、これなら動けるね。
私は手すりに手を置くと、飛び上がり足をかけてよじ登った。
「な・・・。」
青年は呆気に取られたように私を見ている。
私はそのまま手すりの上に座ると、ソロソロと足を伸ばし・・・ああ!駄目だっ!届かない!
それなら・・・・。
「ま、待て!今度は何をしているんだ?」
益々焦る青年。
「飛び降りるのにハイヒールを履いていては危ないですからね・・・。幸い下は芝生ですので、靴を脱いで飛び降りようかと思って。」
言いながら私はハイヒールを脱ぐと、ポイポイと地面に投げ落とし、そのままストンと飛び降りた。
よし、脱出成功!
足裏の汚れを持っていたハンカチで拭いて再びハイヒールを履き、ドレスを元に直すと、青年は突然笑い出した。
「ククク・・・アハハハハッ!」
「ちょ、ちょっと!そんな大声で笑わないで下さいよっ!折角逃げ出したのに誰かに見つかったら大変じゃ無いですかっ!」
「い、いや・・そんな事言われても・・ね・・。」
青年はおかしくてたまらないと言わんばかりに笑いが止まらない。
そこへ冷たい北風が吹いて、思わず私は肩を抱えてブルリと身震いした。
あ~あ・・こんな事ならクロークで上着を預かって貰わなければ良か・・・ん?
「寒いのか?大丈夫か?」
気付けば青年が自分のマントを私にかけ、背後から抱きしめてきた。
「あ、あの・・・だ・大丈夫ですからっ!」
ええええ?初対面の女性にこんな事するのは幾ら何でも変じゃ無いの?
私は身をよじって、青年の腕から逃げると言った。
「あの・・この場所、詳しいですか?」
この青年が城の構造を知っていれば、何処かに時間まで隠れていられるんだけどなあ・・。
「ああ・・まあ、一応詳しいかな?」
おおっ!それはラッキー。
「それではすみませんが・・人目が付かない場所があれば教えて頂けませんか?出来れば・・時間までそこの部屋で隠れていたいので・・・。」
「まあ、別にそれ位は構わないが・・・でもいいのか?彼等は君を探しているんだろう?それに・・あそこにいた人物の1人は国賓で呼ばれたアラン王子だろう?」
「ええ?アラン王子の顔ご存知なのですか?」
「あ、ああ。そうだ。先程ダンスが始まる前に紹介されていたじゃ無いか?」
「ああ・・・それで・・ですか。私、あの時食事に夢中でお話を聞いていなかったので・・・。」
ポツリと言うと、青年は言った。
「そうか、それで・・・。」
「え?何か言いましたか?」
「い、いや。何でもない。それならいい部屋がある。こっちだ。」
案内された場所は城の奥にある入口だった。ここは裏口だから誰にも見つかる事は無いと青年は言い、中へ案内してくれた。
「この部屋は来賓客用で今は誰も使っていないし、今夜は使う予定も無い。この部屋で迎えの時間が来るまで待っていろ。すぐ隣はダンスホールだから、大勢の客が帰る時間にどさくさに紛れ込めるだろう?」
「そうですね。色々ありがとうございました。」
私は頭を下げた。
「何かお礼をしたいのですが、生憎何も手持ちが無くて。」
私が言うと、青年は言った。
「お礼ねえ・・・。それじゃダンスを一曲踊って貰おうかな?幸い、隣のホールからの音楽も聞こえて来るしな。」
「え?ちょ、ちょっと待って下さい!私ダンスは・・・!」
しかし青年は私の意見を無視し、ぐいと腕を掴んで引き寄せると私の右手を握りしめ、腰に手を当てると私の耳元で囁くように言った。
「何、別に難しく考える事は無いんだ。相手の動きに合わせて動くだけで構わない。」
そして私の身体をぴったり抱き寄せると、右へ左へステップを踏む。
う~ん・・この人、かなりダンスが上手なのかもしれない。だってリードするのがすごく上手だからね。
「どうだ?ダンスを踊ってみた感想は?」
ステップを踏みながら青年は尋ねて来た。
「う~ん・・・悪くは・・無いですかね?」
「悪くはない・・か。」
青年はクスクス笑いながら言った。
「はい、悪くは無いです。」
それから私達は曲が終わるまでゆっくりとステップを踏みながらダンスを踊った―。
その後、青年はもうそろそろ会場に戻らなければならないからと言って部屋から去って行った。
そして私はその部屋で迎えの時間になるまで大人しく待っていた。
「どうだった?ダンスパーティーは?」
帰りの車の中、アダムが尋ねてきた。
「そうですね・・。取り合えず、参加したので家の名誉は保たれたかな?と思っています。」
「その様子だと、あまり楽しくは無かったようだね?」
「そんな事はありませんよ?お食事も美味しかったですし。」
そして私は窓の外を眺め、思った。
早く家に帰って休みたい—と・・・。
2
「ハ・・・クションッ!」
私はベットの中で12回目のくしゃみをした。あ~頭と喉が痛いし、関節も痛む。熱は高くて頭はボ~っとするし何より咳が出始めると止まらなくなる。
ダンスパーティーが終わって1週間。私は酷い風邪にかかり、ずっと寝込んでいた。
始めの頃は殆ど意識が無く、うつらうつらしていたらしい。
何人かのメイドに交代で看病に当たるようアリオスさんが命じたらしいが、皆私を怖がり、結局看病したのがミアとマリウスだったそうだ。
朦朧とした意識の中、マリウスの声が聞こえていた。
お嬢様、お許し下さい。どうか私をお傍に置いて下さいと・・・。許しを乞う声が・・・。
誰かが濡れタオルを頭に乗せてくれて目が覚めた。ぼんやり見ると、メイドのミアだった。
「あ・・・ミア・・。」
「ジェシカお嬢様、起こしてしまいましたか?申し訳ございません。」
ミアが慌てて頭を下げた。
「ううん、ありがとう。ずっと看病してくれていたんだね。」
「いえ、とんでもありません!一番ジェシカお嬢様を看病されていたのはマリウス様だったのですから。」
「そう・・・。それじゃ後でマリウスに御礼言わなくちゃね。」
するとミアが言った。
「そのマリウス様ですが、手紙を渡してきたメイドに謝ったそうですよ。冷たい態度を取ってごめんと。それでお詫びを兼ねて、その彼女と王都へ食事に行ったそうです。」
私はそれを聞いて感心した。
「へえー。マリウス、デートしてきたのね。やるじゃない。その彼女とうまくいくといいわね。応援してあげなくちゃ。」
するとミアは妙な顔をした。
「お嬢様・・・もしや本気で仰ってますか?」
「うん、そうだけど?」
「お気の毒なマリウス様・・・。」
ミアはため息を付きながら言うのを私は黙って聞いていた。
そして、再び眠くなって・・・目を閉じた。
私は夢を見ていた。
辺りは靄がかかり、視界が悪くて見通せない。一体ここはどこだろう・・・?
当てもなくさ迷い歩いていると、やがて徐々に周りが明るくなってきた。
そして開けた先には、淡いピンク色の空の下に咲く一面の真っ白い花々・・。
上空には巨大な島のような物体が浮かんでおり、城がそびえたっているのが見える。
あれは・・・まるで私が小説の世界で書いた魔界城のようにも見える。
ひょっとすると、ここは魔界なのだろうか?
辺りには全く人の気配は無い。何処を目指しているのか、私はフラフラと無意識に歩いている。
どの位歩いただろうか・・・・白い花畑の中に1人の男性がこちらに背中を向けて立っている。
そうだ、あの人にここが何処なのか尋ねてみよう。私は徐々に近づくと、その男性に声をかけた。
「あの・・・すみません。ここは何処なのでしょうか?」
すると男性はこちらを振り向き・・・その顔を見て私は驚いた。
「ノ・・・ノア先輩?!」
「ジェシカ・・・。」
ノア先輩は私を見ると悲しそうに微笑んだ。そうだ、どうして今まで私はノア先輩の事をすっかり忘れていたのだろう?
「ノア先輩?何故こんな場所にいるのですか?ここは一体どこですか?」
するとノア先輩は今にも泣きそうな顔で言った。
「ジェシカ・・・駄目だよ・・・。君はこんな所に来てはいけない。」
「な、何言ってるんですか?ノア先輩、ここが何処かは分かりませんが私と一緒に帰りましょう!ダニエル先輩も待っているんですよ?」
しかし、ノア先輩は首を振ると言った。
「駄目だ、僕はもう皆の所へは戻れないんだよ。だって・・・・約束したから・・。」
「約束?一体どんな約束ですか?誰と約束したのですか?」
けれどもノア先輩はそれに答えずに言った。
「ジェシカ・・・・嬉しかったよ。君がここまで僕に会いに来てくれて・・・。だけど君はこれ以上この場所にいてはいけないよ。」
ノア先輩が余りにも切なげに笑うので、私は何故か無性に悲しくなってきた。
「だ・・・駄目ですよ・・。先輩を1人残して・・私だけ帰れるわけ無いじゃ無いですか・・・。」
私は下を向いてノア先輩の袖を握りしめた。
するとノア先輩は突然私の腕を掴み引き寄せると強く抱きしめてきた。
「ジェシカ・・・。」
ノア先輩は私の髪に顔を埋め、声を震わせている。先輩・・・もしかして泣いてる・・・?
やがて先輩は私からそっと身体を離し、言った。
「ジェシカ・・・元気で・・。」
そして先輩は私に口付けしてきた。
「!!」
直後、ノア先輩は私をドンッと突き飛ばす。途端に地面が割れて、私はその割れ目に落ちて行く。どこまでも、どこまでも・・・。
「ノ・ノア先輩ーッ!!」
私は落下しながら手を伸ばして必死で叫んぶ・・。
「ハッ!」
私は突然目が覚めた。物凄い汗を掻いている。そして身体をベッドから起こすと、私の心臓が何故か激しく波打っていた。
何だろう?すごく胸が締め付けられるように悲しい夢を見ていた気がする。
夢の中で私は必死で誰かの名前を呼んでいた。あれは一体誰だったのだろう・・・?
何も思い出せないのがもどかしくて仕方が無い。絶対に忘れてはいけない重要な夢だった気がするのに・・・。
「酷い寝汗・・・。」
私はベッドから起き上がるとシャワールームへ向かった。寝ている間に汗を沢山かいたせいだろうか?熱は下がったようで、体調はすっかり回復していた。
シャワーを浴びて、すっきりすると私は着替えを済ませ、部屋に戻ってくるとそこにはミアが待っていた。
「ジェシカお嬢様、良かったです・・・。もう起き上がれるようになったのですね?
「ええ、これもミアやマリウスの看病のお陰だね。今まで看病してくれてありがとう。」
ニッコリ微笑んで言うと、ミアは頬を染めて言った。
「そんな・・・勿体ないお言葉です。そう言えば、旦那様と奥様が先程お部屋にいらしたのですよ。何か大事なお話があったそうで・・・。今夜のディナーの時にお話をするそうですので、それまで休まれてはいかがですか?」
「うん、そうだね。それじゃ夕食まで休んでるわ。」
私が言うと、ミアは頭を下げるも、何か言いたげで部屋から出ようとしない。
「どうしたの?ミア?」
「あ、あの・・・実は先程からマリウス様が廊下でお待ちなのですが・・・・どうしてもジェシカ様にお会いしたいそうです・・・。」
ああ、マリウスか。そう言えば手紙を渡してきたメイドの女の子とデートして来たんだものね。それじゃ会ってもいいかな?
「うん、それじゃマリウスを呼んでくれる?」
私の返事を聞くと、ミアが元気よく返事をした。
「は、はいっ!ではすぐに呼んで参りますね!」
そしてミアが出てくと同時に、ほぼ入れ替わるようにマリウスが部屋の中に入ってきた。
マリウスはすっかりやつれ、憔悴しきっているようにも見えた。マリウスは私を見るなり、足元に跪くと言った。
「ジェシカお嬢様。体調がすっかり回復されたようで安心致しました。」
そして顔を上げると言った。
「お嬢様、私は今回の件に付きましてすっかり反省致しました。手紙を渡してきたメイドにも謝罪をし、お詫びとして一緒に食事もして参りました。なので、どうかお願いです。私を再びお嬢様のお傍に置いて下さい。」
私はそんなマリウスの様子を見て言った。
「反省・・・したんだね?」
「はい。」
「なら・・・いいよ。」
「え?今何と・・・?」
「だからもういいってば。明日からまた宜しくね?マリウス。」
「お、お嬢様・・・。」
マリウスは目をウルウルさせている。
「・・・それで?」
「それで?とは?」
マリウスは首を傾げている。
「今度はいつデートの約束したの?その女性とは上手くいきそう?」
私はわくわくしながらマリウスに訊ねた。
他人の恋バナは大好物なのである。
「お嬢様・・・。」
マリウスの顔が青ざめている。
「何?」
「お嬢様は、本当に私の気持ちに気が付いて無かったのでしょうか・・・?」
そして、がっくりとマリウスは膝を落とすのだった。
私はそんなマリウスを見て心の中で謝罪した。
ごめんね、 マリウス。貴方の気持ちはとっくに気付いているよ。
だけど私は―。
何故?どうしてアラン王子がここにいるのだろう?ひょっとして・・・アラン王子のそっくりさんだったりとか・・・?
私が 唖然としたまま見つめていると、フッとほほ笑むアラン王子。
そして、そんな私とアラン王子に注目する周囲の人々。
最初に口を開いたのはアラン王子に水をかけてしまったエリーゼという女性だった。
「あ、あの・・・。そこのお方・・・。」
声をかけられたアラン王子は女性の方を振り向いた。
「も、申し訳ございませんでした。あ、貴方に水をかけるつもりでは・・・。」
言いながら、頬を染めている。どうも彼女は水をかけた相手が来賓として招待された王子様だったとはまだ気が付いていない様子ではあるが・・・・アラン王子に見惚れているようだ。なにせイケメンだからね。ん?と言うか、貴女はチャールズさんと婚約中でしたよね?
「いや、別にこれくらいなら大した事は無い。だが・・・グラスの水をかけるという行為はあまりレディらしくないな?」
アラン王子は表情を変えずに言った。
おおっ!なかなかイケメンぶりな言い方をする。流石は王子様だ。
「ジェシカ、大丈夫だったか?」
チャールズは私の肩を抱き寄せると顔を覗き込むように言った。え?ち、ちょっと?婚約者が目の前にいるのに、何するのよ?!
「チャールズ!いつまでジェシカから離れないんだ?!」
ルーカスが文句を言った直後、アラン王子が素早くチャールズに近寄ると言った。
「おい、お前。勝手に俺のジェシカに触るなっ!」
そしてチャールズの手を払い落とした。
それを見て、周囲の女性達から黄色い歓声が沸き起こる。
「お、おい!何するんだよ?大体俺とジェシカは一時期婚約を・・・。」
チャールズがアラン王子を睨みながら文句を言いかけると、そこへ素早くトビーが言った。
「一時期婚約をしていて、一方的にお前がジェシカへ婚約破棄を言い渡したんだよな?」
「ああ、そうだ。トビーの言う通りだ。」
再びルーカスが横槍を入れると、チャールズは真っ赤な顔で抗議した。
「う・・煩いっ!お前達2人は見合いをしたその場で断っただろう?!」
あの~いくら私の知らない黒歴史とはいえ・・・こんな大勢のギャラリーの前で私が婚約破棄されたとか、見合いのその場で断ったとか言わないで欲しいんですけど・・。
「チャールズ様っ!その言い方・・・・まるでジェシカ様に未練があるように聞こえますよ?!」
エリーゼがヒステリックに喚く。
「とにかく、ジェシカは誰にもやらんっ!」
アラン王子も応戦する。
あ~もう、聞いてられない。でも、皆が盛り上がっている隙に・・・私はこっそりとこの場を去る事にした。
「ふう~っ。酷い目に遭ったわ・・・。」
誰にも知られる事無く無事にテラスに出られた私は溜息をついた。テラスからダンスホールにかけられている壁掛け時計を見ると時刻はまだ夜の9時を過ぎた所であった。
「あ~あ・・・。まだこんな時間かあ・・。こんな事ならもっと早く迎えに来てもらえば良かったな・・・。」
ブツブツ独り言を言っていると、突然背後から声をかけられた。
「そんな薄着でテラスに出て寒く無いのか?」
「え?」
振り向くと、青い髪の青年が腕組みをして立っていた。赤いマントを羽織り、とても身なりの良い恰好をしている。恐らくこの人物はかなり高い爵位の人物であろう。
「外は寒いぞ?中へ入らないのか?」
言いながら青年は近付いてくると、私の目の前で立ち止まった。
私は青年を見上げた。・・・すごいイケメンだ。本当にこの世界の人間は誰もが恐ろしいほど顔が整っている。やっぱり小説の中の人物達だからかな?
あ・・・。金色の瞳だ・・・。
「どうした?聞いているのか?」
再度声をかけられて我に返った私は慌てて答えた。
「は、はい。寒い事は寒いのですが・・・今ホールの中でちょっとした騒ぎが合って、中へ戻りたくないんです。本当は今すぐにでも帰りたいところですが、迎えがくるのも後約3時間程ありますし・・・。」
私は溜息をつきながら言った。
「まあ、戻りたくても戻れない事情があるなら仕方が無いかもしれないが・・・そんな恰好では今に風邪を引くかもしれないぞ?」
言いながら青年は自分の羽織っているマントを脱ぐと、私の肩にかけてくれた。
「ほら、これでもあると無いとでは全然違うぞ。」
青年は私の肩にマントをかけるとほほ笑んだ。
「あ、ありがとうございます・・・。でもそれでは貴方が寒いのでは・・・?」
戸惑いながらも私は青年にお礼を言うと、彼はフッと笑った。
「俺の方がずっと君より着こんでいるから、これ位で寒いわけが無いだろう?」
「まあ・・・それもそうですね。」
私は手すりに手を置くと月を見上げながら言った。
「どうだ、ダンスパーティーを楽しめてるか?何曲か踊れたのか?」
青年は私の方を見ずに、やはり私と同様月を見上げながら質問して来た。
「招待して下さった王家の方には申し訳無いのですが・・・・。」
私は言葉を濁しながら答えた。
「正直・・・参加したくなかったのです。だって私踊れないですし。」
「は?」
青年は目を見開いて私を見た。
うわあ・・・まるで闇夜に光る猫のような瞳だ・・・。
「貴族令嬢だろう?普通は踊れて当然だが・・・?」
「まあ、あまりその辺りの事は追及しないで下さい。実は・・ちょと記憶を無くしてからそれまでの事なにもかも覚えていないのですから。」
私は苦笑しながら言った。
「・・・。」
青年は黙って聞いているので、私は話を続けた。
「なので、本当は欠席したかったのですけど家の為にも出席をしなければならないと思って・・・でも踊れないから兄にここまで送ってもらい、1人で会場へ入って来たのです。隅っこの方で立食を楽しめばいいかなと思って。本当にこのお城の料理は最高でしたっ!久しぶりに大好きなお酒も少しだけ飲んだし・・・。」
私は先程食べた料理の味を思い出し、つい顔がにやけてしまった。
「そ、そうか。それ程美味しかったのか。良かったな?」
青年は肩を震わせて笑いながら言った。
「ええ、美味しかったです。もっと食べたかったな・・・。でも・・・。」
私はチラリとダンスホールを見ると、何だか・・騒ぎが大きくなっているんじゃない?!
アラン王子を始め、チャールズやトビーにルーカスがバタバタとダンスをしている人々の中を必死で誰かを探しているようにも見える。ひょっとすると・・・?
「た、大変っ!皆私を探してるんだっ!ど、何処かに隠れないと・・・っ!」
私はキョロキョロ辺りを探していると、突然青年に腕を掴まれた。
「こっちだ。」
「え?」
「ここは1Fだろう?手すりを乗り越えて外へ出ればいい。」
青年は手すりに手を置くと、ひらりとテラスから続く中庭へ飛び降りた。
「さ、来いよ。」
えええ?!こんな格好しているのに私にやれと?!
「あの・・・・私、一応ドレスを着ているんですけど?」
「ああ、見れば分かる。」
「・・・。」
もうこうなったらやけだ。
「では一度こちらをお返しします。」
私はマントを脱ぐと、青年に渡した。そしてドレスを膝までたくし上げると、青年は慌てたように言った。
「お、おい?一体何をしているんだ?」
「え?だってドレスの裾が邪魔ですから。」
そしてたくし上げたドレスの裾をギュッと結んで絞った。よし、これなら動けるね。
私は手すりに手を置くと、飛び上がり足をかけてよじ登った。
「な・・・。」
青年は呆気に取られたように私を見ている。
私はそのまま手すりの上に座ると、ソロソロと足を伸ばし・・・ああ!駄目だっ!届かない!
それなら・・・・。
「ま、待て!今度は何をしているんだ?」
益々焦る青年。
「飛び降りるのにハイヒールを履いていては危ないですからね・・・。幸い下は芝生ですので、靴を脱いで飛び降りようかと思って。」
言いながら私はハイヒールを脱ぐと、ポイポイと地面に投げ落とし、そのままストンと飛び降りた。
よし、脱出成功!
足裏の汚れを持っていたハンカチで拭いて再びハイヒールを履き、ドレスを元に直すと、青年は突然笑い出した。
「ククク・・・アハハハハッ!」
「ちょ、ちょっと!そんな大声で笑わないで下さいよっ!折角逃げ出したのに誰かに見つかったら大変じゃ無いですかっ!」
「い、いや・・そんな事言われても・・ね・・。」
青年はおかしくてたまらないと言わんばかりに笑いが止まらない。
そこへ冷たい北風が吹いて、思わず私は肩を抱えてブルリと身震いした。
あ~あ・・こんな事ならクロークで上着を預かって貰わなければ良か・・・ん?
「寒いのか?大丈夫か?」
気付けば青年が自分のマントを私にかけ、背後から抱きしめてきた。
「あ、あの・・・だ・大丈夫ですからっ!」
ええええ?初対面の女性にこんな事するのは幾ら何でも変じゃ無いの?
私は身をよじって、青年の腕から逃げると言った。
「あの・・この場所、詳しいですか?」
この青年が城の構造を知っていれば、何処かに時間まで隠れていられるんだけどなあ・・。
「ああ・・まあ、一応詳しいかな?」
おおっ!それはラッキー。
「それではすみませんが・・人目が付かない場所があれば教えて頂けませんか?出来れば・・時間までそこの部屋で隠れていたいので・・・。」
「まあ、別にそれ位は構わないが・・・でもいいのか?彼等は君を探しているんだろう?それに・・あそこにいた人物の1人は国賓で呼ばれたアラン王子だろう?」
「ええ?アラン王子の顔ご存知なのですか?」
「あ、ああ。そうだ。先程ダンスが始まる前に紹介されていたじゃ無いか?」
「ああ・・・それで・・ですか。私、あの時食事に夢中でお話を聞いていなかったので・・・。」
ポツリと言うと、青年は言った。
「そうか、それで・・・。」
「え?何か言いましたか?」
「い、いや。何でもない。それならいい部屋がある。こっちだ。」
案内された場所は城の奥にある入口だった。ここは裏口だから誰にも見つかる事は無いと青年は言い、中へ案内してくれた。
「この部屋は来賓客用で今は誰も使っていないし、今夜は使う予定も無い。この部屋で迎えの時間が来るまで待っていろ。すぐ隣はダンスホールだから、大勢の客が帰る時間にどさくさに紛れ込めるだろう?」
「そうですね。色々ありがとうございました。」
私は頭を下げた。
「何かお礼をしたいのですが、生憎何も手持ちが無くて。」
私が言うと、青年は言った。
「お礼ねえ・・・。それじゃダンスを一曲踊って貰おうかな?幸い、隣のホールからの音楽も聞こえて来るしな。」
「え?ちょ、ちょっと待って下さい!私ダンスは・・・!」
しかし青年は私の意見を無視し、ぐいと腕を掴んで引き寄せると私の右手を握りしめ、腰に手を当てると私の耳元で囁くように言った。
「何、別に難しく考える事は無いんだ。相手の動きに合わせて動くだけで構わない。」
そして私の身体をぴったり抱き寄せると、右へ左へステップを踏む。
う~ん・・この人、かなりダンスが上手なのかもしれない。だってリードするのがすごく上手だからね。
「どうだ?ダンスを踊ってみた感想は?」
ステップを踏みながら青年は尋ねて来た。
「う~ん・・・悪くは・・無いですかね?」
「悪くはない・・か。」
青年はクスクス笑いながら言った。
「はい、悪くは無いです。」
それから私達は曲が終わるまでゆっくりとステップを踏みながらダンスを踊った―。
その後、青年はもうそろそろ会場に戻らなければならないからと言って部屋から去って行った。
そして私はその部屋で迎えの時間になるまで大人しく待っていた。
「どうだった?ダンスパーティーは?」
帰りの車の中、アダムが尋ねてきた。
「そうですね・・。取り合えず、参加したので家の名誉は保たれたかな?と思っています。」
「その様子だと、あまり楽しくは無かったようだね?」
「そんな事はありませんよ?お食事も美味しかったですし。」
そして私は窓の外を眺め、思った。
早く家に帰って休みたい—と・・・。
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「ハ・・・クションッ!」
私はベットの中で12回目のくしゃみをした。あ~頭と喉が痛いし、関節も痛む。熱は高くて頭はボ~っとするし何より咳が出始めると止まらなくなる。
ダンスパーティーが終わって1週間。私は酷い風邪にかかり、ずっと寝込んでいた。
始めの頃は殆ど意識が無く、うつらうつらしていたらしい。
何人かのメイドに交代で看病に当たるようアリオスさんが命じたらしいが、皆私を怖がり、結局看病したのがミアとマリウスだったそうだ。
朦朧とした意識の中、マリウスの声が聞こえていた。
お嬢様、お許し下さい。どうか私をお傍に置いて下さいと・・・。許しを乞う声が・・・。
誰かが濡れタオルを頭に乗せてくれて目が覚めた。ぼんやり見ると、メイドのミアだった。
「あ・・・ミア・・。」
「ジェシカお嬢様、起こしてしまいましたか?申し訳ございません。」
ミアが慌てて頭を下げた。
「ううん、ありがとう。ずっと看病してくれていたんだね。」
「いえ、とんでもありません!一番ジェシカお嬢様を看病されていたのはマリウス様だったのですから。」
「そう・・・。それじゃ後でマリウスに御礼言わなくちゃね。」
するとミアが言った。
「そのマリウス様ですが、手紙を渡してきたメイドに謝ったそうですよ。冷たい態度を取ってごめんと。それでお詫びを兼ねて、その彼女と王都へ食事に行ったそうです。」
私はそれを聞いて感心した。
「へえー。マリウス、デートしてきたのね。やるじゃない。その彼女とうまくいくといいわね。応援してあげなくちゃ。」
するとミアは妙な顔をした。
「お嬢様・・・もしや本気で仰ってますか?」
「うん、そうだけど?」
「お気の毒なマリウス様・・・。」
ミアはため息を付きながら言うのを私は黙って聞いていた。
そして、再び眠くなって・・・目を閉じた。
私は夢を見ていた。
辺りは靄がかかり、視界が悪くて見通せない。一体ここはどこだろう・・・?
当てもなくさ迷い歩いていると、やがて徐々に周りが明るくなってきた。
そして開けた先には、淡いピンク色の空の下に咲く一面の真っ白い花々・・。
上空には巨大な島のような物体が浮かんでおり、城がそびえたっているのが見える。
あれは・・・まるで私が小説の世界で書いた魔界城のようにも見える。
ひょっとすると、ここは魔界なのだろうか?
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どの位歩いただろうか・・・・白い花畑の中に1人の男性がこちらに背中を向けて立っている。
そうだ、あの人にここが何処なのか尋ねてみよう。私は徐々に近づくと、その男性に声をかけた。
「あの・・・すみません。ここは何処なのでしょうか?」
すると男性はこちらを振り向き・・・その顔を見て私は驚いた。
「ノ・・・ノア先輩?!」
「ジェシカ・・・。」
ノア先輩は私を見ると悲しそうに微笑んだ。そうだ、どうして今まで私はノア先輩の事をすっかり忘れていたのだろう?
「ノア先輩?何故こんな場所にいるのですか?ここは一体どこですか?」
するとノア先輩は今にも泣きそうな顔で言った。
「ジェシカ・・・駄目だよ・・・。君はこんな所に来てはいけない。」
「な、何言ってるんですか?ノア先輩、ここが何処かは分かりませんが私と一緒に帰りましょう!ダニエル先輩も待っているんですよ?」
しかし、ノア先輩は首を振ると言った。
「駄目だ、僕はもう皆の所へは戻れないんだよ。だって・・・・約束したから・・。」
「約束?一体どんな約束ですか?誰と約束したのですか?」
けれどもノア先輩はそれに答えずに言った。
「ジェシカ・・・・嬉しかったよ。君がここまで僕に会いに来てくれて・・・。だけど君はこれ以上この場所にいてはいけないよ。」
ノア先輩が余りにも切なげに笑うので、私は何故か無性に悲しくなってきた。
「だ・・・駄目ですよ・・。先輩を1人残して・・私だけ帰れるわけ無いじゃ無いですか・・・。」
私は下を向いてノア先輩の袖を握りしめた。
するとノア先輩は突然私の腕を掴み引き寄せると強く抱きしめてきた。
「ジェシカ・・・。」
ノア先輩は私の髪に顔を埋め、声を震わせている。先輩・・・もしかして泣いてる・・・?
やがて先輩は私からそっと身体を離し、言った。
「ジェシカ・・・元気で・・。」
そして先輩は私に口付けしてきた。
「!!」
直後、ノア先輩は私をドンッと突き飛ばす。途端に地面が割れて、私はその割れ目に落ちて行く。どこまでも、どこまでも・・・。
「ノ・ノア先輩ーッ!!」
私は落下しながら手を伸ばして必死で叫んぶ・・。
「ハッ!」
私は突然目が覚めた。物凄い汗を掻いている。そして身体をベッドから起こすと、私の心臓が何故か激しく波打っていた。
何だろう?すごく胸が締め付けられるように悲しい夢を見ていた気がする。
夢の中で私は必死で誰かの名前を呼んでいた。あれは一体誰だったのだろう・・・?
何も思い出せないのがもどかしくて仕方が無い。絶対に忘れてはいけない重要な夢だった気がするのに・・・。
「酷い寝汗・・・。」
私はベッドから起き上がるとシャワールームへ向かった。寝ている間に汗を沢山かいたせいだろうか?熱は下がったようで、体調はすっかり回復していた。
シャワーを浴びて、すっきりすると私は着替えを済ませ、部屋に戻ってくるとそこにはミアが待っていた。
「ジェシカお嬢様、良かったです・・・。もう起き上がれるようになったのですね?
「ええ、これもミアやマリウスの看病のお陰だね。今まで看病してくれてありがとう。」
ニッコリ微笑んで言うと、ミアは頬を染めて言った。
「そんな・・・勿体ないお言葉です。そう言えば、旦那様と奥様が先程お部屋にいらしたのですよ。何か大事なお話があったそうで・・・。今夜のディナーの時にお話をするそうですので、それまで休まれてはいかがですか?」
「うん、そうだね。それじゃ夕食まで休んでるわ。」
私が言うと、ミアは頭を下げるも、何か言いたげで部屋から出ようとしない。
「どうしたの?ミア?」
「あ、あの・・・実は先程からマリウス様が廊下でお待ちなのですが・・・・どうしてもジェシカ様にお会いしたいそうです・・・。」
ああ、マリウスか。そう言えば手紙を渡してきたメイドの女の子とデートして来たんだものね。それじゃ会ってもいいかな?
「うん、それじゃマリウスを呼んでくれる?」
私の返事を聞くと、ミアが元気よく返事をした。
「は、はいっ!ではすぐに呼んで参りますね!」
そしてミアが出てくと同時に、ほぼ入れ替わるようにマリウスが部屋の中に入ってきた。
マリウスはすっかりやつれ、憔悴しきっているようにも見えた。マリウスは私を見るなり、足元に跪くと言った。
「ジェシカお嬢様。体調がすっかり回復されたようで安心致しました。」
そして顔を上げると言った。
「お嬢様、私は今回の件に付きましてすっかり反省致しました。手紙を渡してきたメイドにも謝罪をし、お詫びとして一緒に食事もして参りました。なので、どうかお願いです。私を再びお嬢様のお傍に置いて下さい。」
私はそんなマリウスの様子を見て言った。
「反省・・・したんだね?」
「はい。」
「なら・・・いいよ。」
「え?今何と・・・?」
「だからもういいってば。明日からまた宜しくね?マリウス。」
「お、お嬢様・・・。」
マリウスは目をウルウルさせている。
「・・・それで?」
「それで?とは?」
マリウスは首を傾げている。
「今度はいつデートの約束したの?その女性とは上手くいきそう?」
私はわくわくしながらマリウスに訊ねた。
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「お嬢様・・・。」
マリウスの顔が青ざめている。
「何?」
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そして、がっくりとマリウスは膝を落とすのだった。
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だけど私は―。
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