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第9章 3 最低な男

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1

ナターシャがノア先輩の子供を妊娠・・・一体彼女は何処の教会に今いるのだろうか?出来れば会って話をしてみたい。もしかして・・・ナターシャならノア先輩の記憶が残っているかもしれない。しかし、もし記憶が消えていたとすると・・・こんなに気の毒な事は無いだろう。自分に全く身に覚えが無い妊娠をしてしまったのだとすると・・今のナターシャの心境を考えると、哀れに思えて仕方が無かった。
 
 もし・・もし、ノア先輩が今この世界にいたとして、ナターシャが自分の子供を身籠っている事を知ったら、どうするのだろう・・・・。

 その時、部屋のドアがノックされた。

「ハルカ、ボクだけど・・・入ってもいい?」

アンジュの声だ。

「うん、鍵はかかっていないから中へどうぞ。」

 カチャリとドアノブを回す音と共に、アンジュが部屋の中へ入って来た。
頭には大きな青いリボンが付けられ、襟元がキュッと絞られた青いストライプのフリルたっぷりのロング丈のワンピースを着た彼女はまるでフランス人形のように可憐な姿であった。

「キャ~ッ!な、なんて・・・可愛いの・・・!」
私は感動のあまり、アンジュをギュウウウッと抱きしめてしまった。

「ハ、ハルカッ!お、落ち着いてってばっ!」

私の腕の中でもがくアンジュ。はっ!いけない、興奮してつい・・・。
「アハハハ・・・・ご、ごめんね。あまりにもアンジュが可愛い姿でつい・・。」
アンジュから離れると照れ笑いをした。

「うううん、まあ別にいいけどさ・・・・。まさかハルカの家でこんな格好をさせられるとは思いもしなかったなあ。」

「どうして?すごくよく似合ってるのに?」

「そう?・・・・ボクに似合ってる・・・の?」

ここでも何故か躊躇う様子を見せるアンジュ。どうしたのだろう?女の子なら誰でもこういう格好に憧れるはずだと思っていたけど・・・?

「ところでハルカ。今何をしていたの?」

「うん。学院の皆から手紙が届いてそれを読んでいた所。」

「へえ・・・すごく沢山お手紙来ているね。こっちの手紙は読まないの?」

アンジュは未開封の手紙の束を指さして言った。

「うん、後で読むことにするよ。それより今はアンジュとのお話の方が大事だものね。」

私はアンジュを自室のソファに座らせると自分も向かい側に座った。

「ねえ、アンジュは魔法使いのような恰好をしていたけど魔法については詳しいの?」

「魔法・・・?うん、そうだね。魔法の事は詳しい方かな?」

「アンジュは言ってたよね。魔界では人間かで通用する魔法が一切使えなくなるって・・・。私は元々魔法なんてものは使えないけど、それはマジックアイテムについても同じことが言えるのかなあ?」

私は頬杖を付きながらアンジュに尋ねた。

「マジックアイテム?何の為に使うの?」

「う~んと・・・。つまり、魔界へ無事に行けたとして・・魔族たちに見つからずに連れされれた人を助け出せることが出来るようなマジックアイテムが無いかと思って・・・。」

しかし、私の期待とは裏腹にアンジュはバサッと切り捨てるように言った。

「人間界にあるマジックアイテムで魔界で使用できるものなんてある訳ないでしょ。」

あ、やっぱりね・・・。
「そ、それじゃあもう無事にその人を見つけ出せたとしても・・・逃げ切れる事は難しいって事なのかな・・。」

私は溜息をつきながら言うと、アンジュは私をじっと見つめながら尋ねた。

「そう言えば・・・ハルカはまだ一度もボクにどうして魔界へ行かなくてはならない羽目になったのか教えてくれた事は無かったよね?どうしてなの?」

「実はね・・・。」
私はついに今迄の事を全て説明する事にした。
ある日、突然目を覚ましたら海賊に連れされれた事、助けに来た仲間達の目の前で毒の矢を受けてしまった事、そして私を助けるために魔界から花を摘んで貰ったけれども、それを管理している魔族の女に見つかり、花と引き換えに自分の身を差し出した男性が居た事・・・。

「私は彼を何としてでも魔界から助け出したい。誰かを犠牲にしてまで自分だけが平和に生きていくわけには・・いかないから。」
そう、あの夢の通りなら私は確実にノア先輩を助け出して戻って来れる。でもその後待っているのは・・流刑島への島流しの刑・・。

 アンジュは黙って私の話を聞いていたけれども、やがて言った。
「分かったよ、ボクもハルカの為に何か良い方法が無いか探してみるね。大丈夫、きっと何とかなるよ。」

「ありがとう、アンジュ・・・。」
何だろう、不思議な感じだ。アンジュは私よりも年下なのに時々すごく頼りがいのある大人に見える時がある。

「だって、ハルカはこんなにもボクに良くしてくれるんだもの。恩返し、しなくちゃね?」

そう言ってアンジュは笑った・・・。


 その日の夜、仕事から帰って来た父とアダムはアンジュを見て、かなり驚いた様子ではあったが、アンジュの博識の凄さにすっかり感動したのか、夕食に席でかなり盛り上がり、その後もリビングで夜が更けるまで3人は盛り上がった様だった。

 私は届いた手紙を読まなければならないと思い、先に退出して自室へ戻り生徒会長の手紙を除いた男性陣全ての手紙に目を通した。

 手紙の内容は誰もが殆ど同じ内容であった。
早く年が明けて新学期になって欲しい。私に早く会いたいと言った内容ばかりであった。けれどもグレイやルークに関してはアラン王子についての問い合わせだろうと思っていたのに、彼等の手紙でさえ他の皆と変わらない内容だったのには呆れてしまった。
う~ん・・・ひょっとするとアラン王子は周囲の人間からどうでもよい存在と思われてしまっているのでは・・・?流石に心配になってしまった。
あれでも一応、アラン王子はこの小説の主人公だ。来学期からは聖騎士に抜擢される予定になっている。(あくまで私の小説の中の設定では)
しかし、最近のアラン王子は何と言うか・・・クールなキャラが段々崩壊してきている。やはりここは王道の小説の中のヒーローらしく振舞って貰わなくては。
よし、今度アラン王子に会う事があれば、すぐに国へ戻るように言う事にしよう。

 最期に私はダニエル先輩の手紙を読んでみる事にした。
私のお見舞いに来てくれた時、先輩は言っていた。
あの日以来、何だか胸の中で何かが欠けてしまったかのような感覚を感じているんだ・・と。今もそう感じているのだろうか?
 けれどもダニエル先輩の手紙にはそのような内容は一切書かれていなかった。
冬休みはこういうふうに過ごしているだとか、1学期の学院での思い出・・・2学期に私に会えるのを楽しみにしていると言った当たり障りのない内容の手紙だった。
 ひょっとするとダニエル先輩は完全にノア先輩がいたという記憶の断片すら無くしてしまったのだろうか・・・?

 溜息をついてダニエル先輩の手紙を封筒にしまう。そして私は最後に残った生徒会長からの手紙を・・・・読まずに引き出しにしまった。
どうせ暴君生徒会長の事だ。ろくでも無い事が書いてあるに決まっている。

 それにしても、後半月で学院が始まってしまう。その前に何とか魔界への行き方とノア先輩を救出する方法を考えなければならない。そして・・他にも私にはやるべき事がある。
リッジウェイ家から私の戸籍を抜いてもら事。本当なら今すぐ抜いてしまいたいところだが、それをしてしまえば学院に戻る事も出来なくなってしまう。
 書類だけ作って置いて、タイミングを見計らって戸籍を抜くしかない。でもそんな方法があるのだろうか?

「誰か信用出来る人にお願いするしかないかな・・・・。」

ポツリと呟くと、私は腕組みをして天井を見上げるのだった—。



2

翌朝―
 何故かすっかり母に気に入られてしまったアンジュは朝食後、母主催のお茶会に参加させられる羽目になり、朝から衣装合わせだとか言われて何処かへ連れ去られてしまった。
 そこで1人取り残された私はピーターさんの元へ向かう事にした。

「おはよ、ピーターさん。」

「おはようございます、ジェシカお嬢様。」

ピーターは帽子を取って挨拶をした。  

「また王都へ行きたいんですか?」

「うん、そうなんだけど・・・忙しいよね?」

「とんでもありません。ジェシカお嬢様の為ならどんな時だって最優先に時間を作りますよ。」

笑顔で言うピーター。

「いやいや、それではあまりにご迷惑では・・・。だってピーターさんはリッジウェイ家の庭師さんじゃ無いの。せめて私でも1人で乗れる乗り物があればいいんだけどね・・・。」

「別に俺は迷惑なんて一度も思った事は無いですけどね。でも・・・お1人で乗れる乗り物ですか・・・。あ、お嬢様。自転車が有るのですが・・乗れますか?」

「え?!自転車?!」


 ピーターに見せて貰った自転車は、中々レトロな自転車ではあったが、馴れれば乗れない事は無かった。

「素晴らしい!ジェシカお嬢様、中々筋が宜しいのでは無いですか!」

ピーターは目を丸くして驚いている。
「ふふん、まあね。」
何たって日本にいた時は自転車など日常茶飯事的に乗っていたのだ。これ位お手のモノである。

「一通り練習も終わったし、そろそろ王都に向かおうかな。ピーターさん、今迄ありがとう。これ・・・少ないけど・・・。」

私が袋に用意した少しばかりのお金をピーターは見ると顔色を変えた。

「ジェシカお嬢様、これは・・・一体どういうおつもりですか?」

何故かピーターは怒っているようにも見える。
「え?だから、今迄王都迄送ってくれたお礼を・・・。」

「ジェシカお嬢様。俺が今迄王都へジェシカお嬢様をお連れしていたのはお礼が欲しかったからだと思っていたのですか?」

「え?ま、まさか・・・そんな風に考えた事は、一度も無いよ?ただ、ピーターさんは庭師の仕事で忙しい人なのに、貴重な時間を使わせてしまったわけでしょう?だから・・・。」

「だったら、お金等では無く別の事でお礼を頂きたいです。」

ピーターは真剣な表情で私を見た。
「別の事・・・?」

「あ、それじゃ手編みでピーターさんにマフラー編もうかな?私これでも編み物得意なんだよ?冬の外仕事は寒くて大変だものね?」

「ええっ?!ジェシカお嬢様の手編みのマフラーですか?そ、それは喉から手が出る程欲しいですが、俺の言っているのはそういう事では無く・・・・。」

何故かピーターは落ち着かない様子だ。
「え?それじゃ何がいいの?」

「あ、あの。実は俺、明日仕事休みなんですよ。だ、だからもしジェシカお嬢様さまさえよければ明日1日俺にそ、その付き合って頂ければな・・と思いまして・・・。」

顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながらピーターは言った。
何もそんなに緊張しながら言わなくてもいいのに。
そう思いながらピーターを見ると、彼は何を勘違いしたのか、顔を曇らせて言った。

「あ・・・やっぱり駄目・・ですよね?すみませんでした。俺みたいな身分の低い男がジェシカお嬢様を誘うなんて・・。」

 まただ。身分の話を持ち出して・・・。
「聞いて、ピーターさん。私の今の地位は自分で手に入れたものじゃない。たまたま、この家の生まれだっただけの話。私自身が偉い訳じゃ無いんだから、そんな言い方しないで。いいよ、明日一緒に出掛けましょ?」

「ほ、本当ですか?!ジェシカお嬢様!」

途端に笑顔になるピーター。

「そ、それじゃ・・・。明日10時にすみませんが俺の家に来て貰えますか?こちらで待ち合わせすると人目に付くので。」

「うん、それじゃ明日ね。」
ピーターに手を振ると私は自転車をこいで王都へ向かった。

 自転車をこいで、約20分程で王都に着いた私は往来で自転車を降り、押しながら歩いていると何故か注目を浴びる。
ひょっとするとこの世界では女性が自転車に乗るのは珍しいのかな?自分で書いた小説の世界だと言うのに、相変わらずここは未知の世界に満ちている。



「う~ん・・・お役所は何処にあるのかなあ?」
いずれ、私がアラン王子やドミニク公爵に裁かれる時に家族の縁を事前に切っておけば、迷惑を掛ける事は無いだろうと考えた私は戸籍から自分を抜く手続きの書類を手に入れたかったのに肝心なお役所が見当たらない。

「困ったなあ・・・。」
仕方無い、明日ピーターに役所迄連れて行って貰おう。彼なら信頼しても良さそうだし。
今日はどうしよう。やはり王立図書館へ行って本を閲覧して来ようかな・・・?

 その時、前方から数人の女性達がこちらに向って談笑しながら歩いているのが目に入った。身なりの良い恰好をしている所を見ると、恐らく貴族令嬢たちなのかもしれない。その内の一人と偶然目が合い、私に声をかけてきた。
「ねえ、そこの貴女。貧乏くさい恰好の上に、自転車を押して歩くなんて恥ずかしくは無いのかしら?」
他の女性達も足を止めて私を上から下まで無遠慮にジロジロ見て、何処か軽蔑の視線を向けている。

「驚きですわ。庶民の、しかも男性が使う自転車を押して、よりにもよって王都を歩くなんて。」

そうか、だから町行く人々が皆してジロジロ私を見ていたわけだ。
「でも・・・誰にも迷惑をかけてはいないと思いますが?」
自転車のスタンドを降ろして停めると、私は彼女達を見渡して反論した。
そして1人の女性と目が合った時、何処かで会ったような気がした。
先方も私と同じ事を思っていたのか。暫く私を見つめていたが、やがて言った。

「貴女・・・もしかしてジェシカ様かしら?」

「はい、そうですけど?え~と・・何処かでお会いしましたっけ?」

「まあ、私をお忘れなんですか?エリーゼですわ。貴女の元婚約者のチャールズ様の今は婚約者ですけど?」

「あ~。思い出しました。そう言えば、そのようなお名前でしたね。こんにちは。」
頭を下げると、何が気に入らないのかエリーゼは何処か睨み付けるような目で私を見ると言った。

「な、なんなんですか?貴女は・・・私を馬鹿にしていらっしゃるのですか?」

私の態度が気に入らなかったのか、何故かイライラした口調で話す。
う~ん・・・困ったなあ。
それに、何やらお高くとまった他の令嬢達も敵意の籠った目で私を見てるし・・。

やがて1人の令嬢がエリーゼに声をかけた。

「ねえ、エリーゼさん。このお方はどなたなの?何やらあまり良い身なりをしていないようですし・・・。伯爵家のエリーゼ様が相手にするようなお方なのかしら?」

「本当、そうですね。確かにあまり良い家柄の方にはみえませんわね。」

別の令嬢も賛同する。
確かに今の私の格好は貴族女性達が着るようなロング丈の防寒コートでは無く、庶民の人達に好まれて着ている軽くて暖かい防寒着に動きやすさを追求した?膝丈のスカートにスパッツ、ロングブーツといった格好をしている。でも私はこの服装がお気に入りだ。何せ日本にいた時に着ていた服に少しデザインが似ているからね。
しかし貴族令嬢達からすれば、私の衣服は品がよろしくないと見える。

「ほんと、庶民の服ってどこか貧乏くさいわね。」

最期の貴族女性はこれまた言い方に棘がある。一番きつい目つきをしているしね。
 しかし、それを聞いて慌てたのはエリーゼの方だった。

「皆さん、お待ちになって。このお方はジェシカ・リッジウェイ様よ。」

「「「ええっ?!」」」

他の3人の女性が一斉に声を上げる。

「ま、まさか・・・あのジェシカ様・・・?」
「傲慢で、高飛車な・・。」
「究極の悪女と呼ばれた・・・。」

あの~さっきから黙って聞いてれば、この令嬢達の方が余程悪女に見えますけど?!

「それにしても、随分雰囲気が変わりましたわね?」

貴族女性Aが言う。(ここからはもうエリーゼ以外の令嬢をいつものようにABCと名付けよう)

「何でもチャールズ様に聞いた話によると、事故に遭って記憶喪失になり性格も変わってしまったらしいわ。」

エリーゼが説明する。

「そう言えば、私の友人もジェシカ様によってドレスを破かれたと言っていたわ。」

貴族女性Bが言う。

「私の友人はお茶会でコーヒーをドレスにかけられたんですって。」

「私の知り合いの男性は二股をかけられたと言ってたわ。」

貴族女性Cの証言。

「それなら皆さん、全員がジェシカ様に思う所があると言う訳ね・・。」

エリーゼが腕組みをして、私の前に立ちはだかる。
あれ?何だかすごく嫌な予感が・・。

「ジェシカ様?少しお顔を貸していただけるかしら?」

エリーゼが言うと、私は貴族女性B、Cに突然両腕を掴まれる。

「ここは人目につきますわ。少し、私達にお付き合いして頂きますね。」

耳元でエリーゼに囁かれ、私は女性達4人に拉致されるような恰好で何処へともなく連行されていく。

 ど、ど、どうしようっ―っ!!



3

連れて行かれたのは人通りが少ない空き地。
私は4人の女性達と対峙させられていた。

「ジェシカ様・・・。実はあの夜のダンスパーティー以降、チャールズ様の様子がおかしいんですの。中々会って下さらないし、やっと会えたかと思えば退屈そうにしてらっしゃるし・・・。ねえ、ジェシカ様。何か心当たりございませんかしら?」

冷淡な目で私を見るエリーゼ。しかし、心当たりも何も無い。
「待って下さい、私はあのダンスパーティーの日以来チャールズさんとは一度も会ってもいないし、連絡すら取った事はありませんけど?」

「嘘を言わないでっ!!」

ヒステリックに叫ぶエリーゼ。

「そんなはずはないわ・・・。だってそれまでのあの方は私にとびっきりの愛情を注いでくださっていたのに、あの日の夜以来、私の事に全く興味を無くしてしまわれたのよ?絶対に貴女が何かしたに決まっていますっ!」

「ねえ、確かジェシカ様は貴族のくせに魔法を使えなかったわよね?ここは幸い誰の目も無い事だし、多少何かあっても私達に疑いの目は来ないと思いません?」

それを黙って聞いていた貴族女性Cがさり気なく恐ろしい事を言った。

「そうね、それがいいわ。」

エリーゼは言うと、右手の人差し指を立てた。すると、そこからバチバチと小さな雷が発生している。
あれは・・・まさか電気の攻撃?ひょっとしてあれを私にぶつける気じゃ・・・。
「お、お、落ち着いて・・・。」
何とか彼女の気を押さえようとするが。全員聞く耳を持たない。

「貴女が悪いのよ・・・一度はチャールズ様に捨てられたくせに、再び言い寄るから・・。」

エリーゼは虚ろな表情で私を見ながら呟いている。
誰が、誰に言い寄っているって?!
誤解も甚だしい!

「大丈夫、死なない程度に痛めつけてあげるだけだから。」

ぞっとするような冷たい声の後にエリーゼは指を振り下ろした。
私はギュッと目を閉じて、思わず頭を抱えた。
だ、誰か・・・・助け・・っ!!


「おいっ!!やめろっ!エリーゼッ!!」

その時、突然1人の男性の声が聞こえた。

「落ち着けっ!お前、今自分がなにをしようとしていたのか分かっているのか?!」

え・・・?あの声は・・・?
恐る恐る目を開けるとそこにはエリーゼを後ろから羽交い絞めにしたチャールズの姿があった。

「は、離してっ!チャールズ様っ!!わ、私はあの女を・・・っ!」

 髪を振り乱しながら私を睨み付けるエリーゼの姿に私は背筋が寒くなった。その姿はまるで鬼女のように見えたからだ。
 他の貴族女性達もエリーゼの余りの変貌に恐怖を抱いたのか、遠巻きに小刻みに震えながら見つめていた。

「よせっ!本当に俺はジェシカとはあのダンスパーティーの夜以来会うどころか、連絡すら取っていない!」

そこでようやくエリーゼは落ち着いたのか、チャールズを見上げると尋ねた。

「ほ、本当に・・・?」

「ああ。本当だ。」

「そ、それなら何故突然私と中々会ってくれなくなってしまったのですか?」

エリーゼは縋るようにチャールズに訴えるが、何故か彼はそれに答えず、3人の貴族令嬢達に言った。

「君達・・・悪いが、エリーゼを彼女の屋敷へ連れ帰ってくれないか?頼む・・。」

「え?何を仰ってるのですか?!チャールズ様!」

途端に再び暴れそうになるエリーゼ。そんな彼女にチャールズは近付くと優しく抱きしめて言った。

「エリーゼ、必ず後で説明をするから・・・それより今は君の友人達と先に屋敷へ戻っていてくれないか?」

「わ・・・分かりました・・・。約束・・・ですわよ?」

「ああ。約束する。」

チャールズはそっとエリーゼから離れると、貴族令嬢達に言った。

「それじゃ、エリーゼを頼む。」

令嬢達は頷くと、エリーゼを両脇から支えるように連れ出す後ろ姿をチャールズは黙って見守っていたが、やがて彼女達の姿が完全に見えなくなると、私の方を振り向いた。

「怪我は無かったか?ジェシカ。」

「はい、大丈夫です。あの、助けて頂いて有難うございました。」

「いや・・・お前が無事で本当に良かった。」

フッとほほ笑むチャールズ。

「本当に、ジェシカは変わったな。見合いしたばかりのあの頃のお前は性格も見た目もきつくて、全く可愛げが無い女だったのに。だから俺もすぐにあの時婚約破棄してしまったのだがな。」

チャールズは目を細めて私を見た。
うん・・・?今頃何故こんな話をしているのだろう?それよりも、だ。

「チャールズ様、私などに構わずに早くエリーゼ様の元へ行って差し上げて下さい。
私はもう大丈夫ですし、何より彼女は婚約者ではありませんか。きっとエリーゼ様はチャールズ様の事を待ってらっしゃいますよ?」
この人は何故さっさとエリーゼの元へ行かないのだ?そもそもこんなところで油を売ってる場合では無いだろうに。

「いや、エリーゼは大丈夫だ、まだ俺が行かなくても平気だ。」

何だか訳の分からない事を言っている。大体何故チャールズは婚約者を放っておいて私に構ってるのだろう?普通に考えて、あんな状態の婚約者を友人達に任せて良いのだろうか?

「チャールズ様。仮にもエリーゼ様は貴女の婚約者ですよね?何故彼女があんなになるまで放っておかれたのですか?大体、先程の彼女の質問にも答えておりませんよ?それではあまりにも不誠実だと思います。私に構わずに一刻も早くエリーゼ様の元へ行って差し上げてください。それでは私もここで失礼致します。」

頭を下げて、チャールズの前から去ろうと歩き出した時に突然左手首を掴まれた。

「ああ、だから俺はエリーゼと距離を開けていたのだ!」

「はあ?」
突然のチャールズの訳の分からない発言に私は間の抜けた返事をした。

「俺は自分の心に誠実になる為にエリーゼから離れようと決心したのだ。そうでなければエリーゼを傷つけてしまうからだ。」

チャールズは私の左手首を握りしめたまま放そうとしない。

「はあ・・・。」
一体この男は何が言いたいのだろう?そんな事よりも私は路の真ん中に止めておいた自転車がどうなったのか気になって仕方が無いと言うのに・・・。いい加減に私を解放して欲しい。

「分かりました。では素直にお気持ちをエリーゼ様にお伝えください。」

「・・・。」

それでもチャールズは私を離さない。
「あの・・・。」
私が声をかけたその時。

「ジェシカ、あの時は本当に悪かった。改めてもう一度俺と婚約しよう。いや、何ならそのまま結婚してもいい。」

まさかの爆弾発言だ。

「はああっ?!な、急に一体何を言い出すんですかっ?!」
うわっ!この男は最低だ!生徒会長に負けず劣らずクズ男だ!思わずドン引きしてしまう私。
まさかこの男は真昼間から寝ぼけているのでは無いだろうか?

「別に急な話しでは無いぞ?あの夜からずっとその事しか考えていなかった。やはりジェシカと婚約破棄した時の俺はどうかしていたんだろうな。」

いやいや、今の貴方の方が余程どうかしてるとしか思えませんけどっ?!
「いい加減にして下さいッ!私は迷惑です!それよりもエリーゼさんをどうするおつもりですか?」

「エリーゼ?当然彼女との婚約は破棄するに決まっているだろう?」

あ・・・駄目だ。何だか頭が痛くなってきた。

「兎に角私はもう二度とチャールズさんと婚約する事はありませんっ!これ以上私はエリーゼさんに恨まれたくありません。あれでは命が幾つあっても足りません。どうぞ彼女とこのまま結婚まで進み、末永くお幸せに暮らしてください。」

そこまで言うと私はチャールズの腕を振り払うと言った。

「それでは失礼致します。」

私は後ろで何か喚いているチャールズを放って置き、空き地を後にした。

全く、ジェシカの身体でいると、どうにもトラブルに巻き込まれやすくて困る。
私は溜息をついた—。
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