目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第9章 4 私の信頼する人

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1

 え~と・・・私の止めておいた自転車は・・・?
先程令嬢達に声をかけられた場所まで戻って来た私はキョロキョロ辺りを見渡した。
あ・・駄目だ、自転車が無くなっている・・。
どうしよう、盗まれてしまったのだろうか?こんな時何か無くした物を探せるような魔法でもあれば・・・。私は溜息をついて近くのベンチに座った。
 全く、それにしてもあの令嬢達とチャールズのせいで酷い目に遭わされた。
今日は厄日なのかもしれない。こんな事なら城で大人しくしていれば良かったかな・・・?
 その時、私は自転車が止めてあった付近で露店を開いているお婆さんが居る事に気が付いた。何を売っているのかはここからでは分からないが、ひょっとすると自転車を持って行った人物の事を見ていたかもしれない。
よし、ダメもとで聞いてみよう。


「こんにちは。」
私は露店のお婆さんに声をかけた。

「おやまあ、これは綺麗なお客さんですね。」

「あの・・・この店では何を売っているのですか?」
テーブルの上にはカードからアクセサリー、瓶に入った液体等、全く統一性の無い商品ばかり扱っている。

「ああ、この店はマジックアイテムを取り扱ってる店なんですよ。」

「えっ?!マジックアイテムですか?!ど、どんなのがあるか見せて下さいっ!」

「ええ、いいですよ。どうぞ好きなだけ見て行って下さいな。」

その後は私は夢中になって色々なマジックアイテムを見せて貰った。

 例えば、自分が訪れた事のある場所なら何処にでも行ける1度だけの使い切りの移動カードや薬の効果が切れるまでは空を飛ぶことが出来る液体ドリンク、催眠術を使えるネックレス等々・・・。しかし、そのどれもが驚くほど高額で一般庶民にはとても手が出せるような物では無かった。

「はあ・・やっぱりマジックアイテムってどれも高いんですね・・。」
溜息をつきながら私が言うと、お婆さんが言った。

「でも、お客様・・・貴女はもうすでにマジックアイテムを身に付けていらっしゃいますよ?」

「え?」
嘘!そんなもの身に付けた覚えは少しも無いけれど・・・。

「ほら、耳にピアスをしているじゃないですか。どんな魔法がかけられているか分かりませんが、それはかなり強い魔力を持っている様ですよ。どうぞ大事に持っていて下さいね。」

 露店のお婆さんは私のピアスを指さしながら言った。
このピアスはノア先輩からのだ・・・。先輩はきっと私の身を案じて、このピアスを私に付けてくれたんだ。自分の方が辛い立場に置かれているのに・・・思わず涙ぐみそうになってしまった。
 私は鼻を擦ると言った。

「すみません、このお店の前に自転車を止めていたのですが、私がちょっと目を離した隙に盗まれてしまったようで・・・怪しい人を見ませんでしたか?」

「うん?そう言えば誰かが自転車を持って行ってたね・・・。でも怪しい人物には見えなかったよ?すごくいい身なりをしていたし・・・。」

お婆さんは考え込むように言った。

「あの、その人物ってどんな人でしたか?」

「そうですな・・。それじゃお客さん。このマジックアイテムをお買い上げしてみてはどうですか?」

お婆さんが私に見せたのは小さな手鏡だった。

「あの・・・これは・・?」

「これは自分の探し物が何処にあるのか教えてくれる、それはそれは特別なマジックアイテムですよ。今回は特別価格大金貨10枚でどうでしょう?」

ええええっ!大金貨10枚・・・・円に換算すると約200万円・・・!な、なんという大金・・・。しかし、私の本能が囁きかけて来る。絶対にこのアイテムは買うべきだと。

「はい、か・買いますっ!」
私は震える手で大金貨10枚を手渡した。

「はい、お買い上げありがとうございます。お客さん、一つ良い事を教えてあげますね。このアイテムは一度使っても無くなる事はないですから。」

「そうなんですか?!それじゃ早速ですが使い方を教えて頂けますか?」

「ええ、使い方は簡単。自分の探し物を強く念じて鏡を見てください。」

私は頷くと、自転車の事を強くねんじながら鏡を覗き込んだ。
初めに写っていたのは私の顔だったのだが、やがて徐々に鏡に靄がかかり始め・・少しずつ靄が晴れ始めると、そこには全く別の光景が映っていた。

 何と鏡に映っていたいのはアラン王子だったのだ。
興味深げに自転車を触っていたが、やがて何を思ったのか急に自転車のハンドルを手に取ると、何処かへ持って行ってしまったのだ。
「あ~っ!ア、アラン王子っ!ど、泥棒!」
何てことだ、まさか王子ともあろう人物が他人の物を勝手に持って行くなんて!

「ホホホ・・・どうです?持って行った人物は分かりましたか?」

お婆さんは面白そうに笑う。

「ええ、お陰様でばっちり分かりました。」
アラン王子め・・・こうなったらまだ城に居るはずだから乗り込んで返して貰わなければ!

「ところで、お嬢さん。実はそのアイテムはどんな物だって探し出せることが出来るんですよ。それが人であろうが、物であろうが・・・。思いが強ければ強いほど、はっきりと場所を教えてくれる、この世には2つとない貴重なアイテムなんですよ。」

「え・・・?」
私はその言葉を聞いてドキリとした。
まるで私の胸の内を分かっているかのような物言いに聞こえたからだ。
まさか、ノア先輩の居場所も・・・?そう思った時、鏡の中に変化が起こった。
ユラリと風景が揺れ、鏡の中に薄っすらと現れた人物を見て私は息を飲んだ。

 ノア先輩—!
まさしくそこに写っていたのはノア先輩。頬杖を付いて窓の外を眺めているようだったがその目は何処か虚ろだった。しかし、映ったのはほんの一瞬ですぐにその姿は掻き消え、鏡に映ったのは驚きで目を見開いていた自分の顔だった・・・。

「お、お婆さん、この鏡・・・!」
私が慌てて露店を見た時、何故か店は跡形もなく消えていた。まるで初めからそこの場所にはなにも無かったかのように・・・・
「え・・?お、お婆さん・・・?」
私は白昼夢を見ていたのだろうか?いや、それは無い。
何故なら私の右手にはしっかりと小さな手鏡が握られていたのだから・・・。


 私は王宮の応接室の中にいた。
門番の人にこの城に滞在中のアラン・ゴールドリック王子にジェシカ・リッジウェイが会いに来たと伝えてくださいと言うと、すぐにこちらの部屋に通されたのだ。

 ソファに座って待っていると、ドアの外からバタバタと走って来る音が聞こえてきた。

「ジェシカッ!!」

バアアンッ!!
激しくドアが解放され、満面の笑みを浮かべたアラン王子が現れて私に駆け寄って来ると有無を言わさず力強く抱きしめて来た。

「ジェシカ・・・ッ!まさか、お前から俺に会いに来てくれなんて・・・!やっぱりお前も俺と同じ気持ちだったんだな?!」

く・苦しい・・・。
問答無用でギュウギュウに締め上げて来るアラン王子。
「ち・・・違いますっ!」
必死に叫ぶとアラン王子の動きがピタリと止まる。

「え・・・?ち、違うのか・・・?」

アラン王子は私の身体を放すと、じっと私を見つめる。その目はとても悲しげだ。
う・・・。ここでまたグラリと自分の心が揺れそうになるが、ぐっと堪えると言った。

「アラン王子っ!酷いじゃ無いですか!私の自転車・・・勝手に持って行きましたね?!」

「ええ?!あれはお前の自転車だったのか?」

「私の・・・と言うか、人から借りた物なんです。どうして持って行ってしまったのですか?」

「ああ・・・あれは誰かの忘れ物かと思って、警察に届けて来たんだ。すまなかったな。お前の物だと知っていたら、あんな事しなかったのに。」

頭をかきながら謝るアラン王子。・・・そうか、アラン王子は忘れ物かと思って親切心で警察に・・・。私は溜息をついた。
「そうだったんですね。申し訳ございませんでした。何も聞かずにアラン王子を責めるような言動をしてしまい・・お詫び致します。」
ペコリと頭を下げる。

「いや、いいんだ。そんな事はちっとも気にしていないから。それよりも俺はお前が会いに来てくれた事の方がとても嬉しいからな。それで、ゆっくりしていけるのだろう?」

アラン王子はソワソワしながら言う。

「いえ・・・。自転車を取りに行ったら私は役所に大事な書類を取りに行かなければなりませんので・・・。」

「役所に大事な書類・・・だと?」

アラン王子がピクリと反応する。

「ま・・・まさか・・・他の誰かと結婚する為の婚姻届けでも取りに行くつもりかっ?!」

・・・全く、どこをどう解釈すればそのような極論に至るのだろう―?



2

 アラン王子が言いつけてくれたのか、約30分後には私の手元に自転車が戻ってきた。

「役所の場所を知らないのだろう?俺が連れて行ってやろう。」

「はい、ありがとうございます。」
どうせ場所も分からないし、ここは素直にアラン王子にお願いする事にした。

 2人で歩く道すがら、アラン王子は言った。

「それにしてもジェシカが自転車に乗れるとは以外だったな。普通、女性は・・・ましてや貴族女性は供の者に車を出して貰い、自分で自転車に乗って何処かへ行く等はあり得ない話だが。」

「やはり自分の用事の為に誰かの手をいちいち煩わせてしまうのは申し訳ないと思うので。それでしたら自分一人で外出する方が余程気が楽です。」

 まあ確かにこの世界では貴族女性は外出時は誰かに車を出させる、それが当たり前の事なのだろうが、何せ私は日本人。
日本人ほど自転車に馴染み深い国民はいないと思っている位なのだから、乗れて当然。そしてましてや私はごく普通の庶民である。誰かにいちいち何処かへ連れて行って貰うのは気が引けて仕方が無い。

「俺だったら、ジェシカの為なら何処へなりとも供をするのは苦では無い。いや、むしろ幸運だとすら思っている。」

アラン王子はじっと私を見つめながら言う。
あのねえ・・・・仮にも大国の王子がそんな情けない事を言っては駄目でしょう。だからアラン王子がいつまでも国に帰って来なくても黙認されているのだろうか?

「アラン王子、本当にいつになったらお国に帰られるのですか?まさかこのまま冬期休暇が明けるまでこの国に滞在されるおつもりですか?」
改めてアラン王子に問いかけると、やはり傷付いた顔を見せた。

「ジェシカ・・・そんなに俺を追い返したいのか?本当は・・俺は一分一秒でも長くお前と一緒にいたいのに・・・。そうだ!ジェシカ、やはりお前も俺の国へ来い!そうすればすぐにでも俺は国へ帰るぞ?!」

「お断り致します。」
即答で私は答える。

「な・・何故なんだ?ジェシカ・・・。」

嫌だなあ、そんな恨めしそうな目でこっちを見ないで欲しいよ。仮にも相手は王子様。こんな態度を取っては失礼に当たるのは百も承知、社交辞令でもアラン王子の国へ行ってあげられれば良いのだが・・・私にはやるべきことがある。
ノア先輩を魔界から助け出す為に色々下準備をしなければならないのだ。
仮にアラン王子の国へ行こうものなら、1日中付きまとわれて自分の時間が全く取れなくなるのは目に見えている。
 今は幸いマリウスもいないので、自由に動けるチャンスなのだからそんな機会をみすみす見逃す訳にはいかない。

 私は話題を変える事にした。
「所でアラン王子。来学期はいよいよ聖剣士に選ばれる選抜試験が行われますよね?」

「ああ、そう言えばそうだったな。まあ俺としては自分が選ばれようが選ばれまいがどちらでも構わないがな。何せ、成績がかなり落ちてしまったので今の俺が選ばれる確率は低いと思う。」

そうか、確かにアラン王子は成績が落ちてしまったが・・・それは精神的な影響のせいで勉強が手に付かなくなってしまっただけの事。元々アラン王子は成績優秀、剣の腕前もさることながら、魔力も高いと来ている。絶対に選ばれるのは目に見えている。現に小説の中で私はアラン王子を聖剣士のヒーローとして書いていたのだから選ばれないはずが無い。

 だから私は言った。
「大丈夫ですよ、きっとアラン王子は選ばれます。」

「ジェシカ・・・お前、そこまで俺の事を・・・。」

何故か熱を帯びた目で私を見つめるアラン王子。そこですかさず私は言った。
「なので、その為にもお国へ変えられて勉学と剣術に励むべきだと思いますよ?」

「ぐう・・・やはり、結局はお前・・俺を国へ帰したいだけなのだな?だがな、折角ドミニク公爵との婚約を破棄にしたのだから、俺にはいつだってチャンスがあるんだからな?」

アラン王子は言った。

「・・・・。」
私は何と答えれば良いか分からず、口を閉ざした。
アラン王子は今迄口には出さなかったが、やはり私がドミニク公爵との婚約(あくまでフリだが)を白紙に戻したことを知っていたのか。
その事を私に尋ねなかったのは、ひょっとすると私が傷ついているとでも思っての事だったのだろうか・・・。

「そう言えば、最近マリウスを見かけ無いようだが、どうしたのだ?」

私の沈黙をどう捉えたのかは不明だが、アラン王子はマリウスについて質問して来た。

「さあ、私もよくは分からないのですが、何でも領地に行ったそうですよ。後半月程は戻って来ないそうです。ひょっとすると学院で再会する事になるかもしれませんね。」

私が言うと、何故か嬉しそうになるアラン王子。

「そうか、そうか。マリウスはいないのか。それなら俺も安心して・・・。」

「国へ帰る事が出来るだろう?」

その時、突然私達の背後から声がかけられた。

「え?!」
慌てて振り向くと、そこにはフードで顔を覆い隠した人物が立っている。

「俺だ、フリッツだよ。」

なんと、この国の王太子がお供も付けずにふらふらと王都を出歩いているなんて・・・!

「おい!フリッツ!お前、何故こんな所へいるんだ?今は職務の真っ最中だったはずだぞ?!」

アラン王子は小声で抗議するとフリッツ王太子は言った。

「ああ、そのつもりだったのだが、窓からお前達2人が外出するのを見かけたから、残りの仕事は秘書に任せてお前達の後を追って来たのだ。」

しれっと答えるフリッツ王太子。
な・・・なんと無責任な・・・。そしてお気の毒な秘書さん・・・。



「所で、お前達何処へ向かっているのだ?」

当然の如く後を付いて来るフリッツ王太子。

「はい、役所に書類を取りに行くのです。」
私が応えると、フリッツ王太子は顔色を変えてグラリと大きく身体が傾いた。

「な・・・何だって・・・ひょっとすると・・・2人で婚姻届けでも取りに行くつもりなのか?」

「それだったらどんなに良いか・・・。」

アラン王子が小声でポツリと呟くのを私は聞き逃さなかった。
ああ、それにしても・・・やはりこの人もアラン王子と頭の中は同じだ。どうして役所イコール婚姻届けとなってしまうのだろうか?

「そんなものではありません。ですが、何をしに行くのは申し訳ありませんがお2人にお話しする事は出来ません。」

「「何故だ?!」」

うんうん、今日も綺麗にハモる2人。
「私にもプライバシーという物があるのです。あまり私の行動にいちいち関心を示さないで頂けますか?さもないと・・・・。」

「「さもないと?」」

「お2人とは絶交させて頂きます。」

その言葉をきいて、2人の王子は言葉を無くす。
絶交って言い方は変だったかな?だって他に適切な表現が思い当たらなかったし・・・。

「わ、分かった!それだけはやめてくれ!」
「ああ。悪かった。もうこの件に関しては首を突っ込まないから絶交はしないでくれ!」

2人の王子は酷く慌てた。
おや?思った以上にこの言葉は効果があったようだ・・・。



 今、私は役所に来ている。
リッジウェイ家から戸籍を抜く為の準備をする為だ。必要書類を全て受け取り、記入すると窓口の女性にいつでも戸籍は抜く事が出来るのか、そしてそれは代理人でも大丈夫なのかを尋ねると、日付指定も出来るし、代理人が提出しても受理する事は可能であることを確認する事が出来た。
うん、やはりこの世界は意外とそういう事に関しては緩い世界なのかもしれない。

 私はこの除籍届を預かってもらう相手を決めていた。
そう、ピーター。彼ならリッジウェイ家の使用人であると同時に、個人的に私は彼を信頼している。
彼にこの書類を託すのだ―。 



3

その後アラン王子とフリッツ王太子の強引な誘いで、仕方が無く昼食を3人で食べ、私は自転車に乗って自宅へと帰って来た。

「ジェシカお嬢様、お帰りなさいませ。」

ミアが私を出迎えてくれた。
「ねえ、ミア。お母様とアンジュはどうしたの?まだ帰って来ないの?」

するとミアから驚きの答えが返って来た。

「はい、何でもお茶会で訪れた先方でお話がとても盛り上がり、今夜は是非城に滞在して下さいと頼まれてしまったそうです。どうしても断る事が出来なかったらしいので今夜はお戻りになりません。」

「へえ~・・・それって、アンジュが余程皆から気に入られちゃったって事なんだね・・。」

でもあれだけの美少女だ。気にいられないはずが無い。

「ジェシカお嬢様、お夕食ですが今夜は旦那様もお仕事が忙しく、アダム様も帰宅されるのが夜中になるかもしれないと言う事でして、お1人になってしまうのですが・・。」

ミアが申し訳なさそうに言う。

「え?そうなの?だったら今夜は自室で1人で食事するわ。簡単なサンドイッチでいいからそれを用意してくれたら嬉しいな。」

「ええ?!そんなものだけでよろしいのですか?!」

ミアは驚いた様に言う。
確かに貴族令嬢が夕食で食べるような内容の代物では無いかも知れないが、私にはこれで十分だ。

「うん、それと・・・だったらアルコールを用意して貰えると嬉しいな?」

「はい、かしこまりました。で、アルコールはいかほど・・・。」

「そうだな・・・ワイン1本、何かカクテルを数種類用意してくれたら助かるのだけど。」


「はい、後程お部屋にご用意させて頂きますね。」


「うん、このサンドイッチ最高!ワインによく合うじゃない!」
私は今1人で部屋にこもっている。 
貴重なマジックアイテムも手に入った事だし、自分の手元には除籍届が入っている。
後はこれをピーターに託し・・・。
まだまだ魔界へ行く方法の足掛かりはみつかていないが、少しずつノア先輩救出に向けて近づいている気がして、私は1人、部屋で食事とアルコールを口にしている。
こうして私は久しぶりに1人での夕食とお酒を満喫するのだった―。

 翌朝—
今朝も誰もいない朝食の席で、私はパンとサラダ、スープと簡単なメニューを頼み、食事を済ませた。

「うん、こんな感じでいいかな?」
私は今王都で庶民の女子の間で流行しているエプロンドレスの付いたワンピースを着ると、防寒着を羽織ってピーターの家へ向かった。


ドンドン
家のドアをノックする。

「はい、今開けますっ!」
中から慌てたようにピーターの声が聞こえて来た。

ガチャリ
ドアが開けられ、ピーターが家の中から顔を出す。

「すみません、ジェシカお嬢様にわざわざ俺の家まで足を運ばせてしまって・・・。」

ピーターは頭をポリポリ掻きながらすまなそうに私に言った。

「何言ってるのよ。こんな近い距離にあるのにそんな言い方をしないで。それより今日は何処へ連れて行ってくれるの?楽しみにしてたんだよ?」

「え?お、俺と出掛けるの・・・楽しみにしてくれてたんですか?」

信じられないとでも言わんばかりにピーターは顔を赤らめて私を見つめる。

「うん、もちろんよ。」

「そそそ、それじゃ、し・しっかりエスコートさせて頂きますっ!」

より一層顔を赤らめてピーターは言った。



「え?スケート?」

「はい、ジェシカお嬢様はスケートを御存知ですか。」

「う、うん。勿論知ってるけど・・・殆どやった事が無くて。それに・・・転んだりしたらびしょ濡れになるでしょう?」

車を運転しながらピーターは今日はスケートを滑りに行く予定である事を説明した。

「それなら大丈夫です。そこの氷は絶対に溶けないんですよ。何故かというと本当は氷では無く、巨大なクリスタルを平らに加工したスケート場なんです。だから1年中スケートを楽しむことが出来る場所なんですよ。」

「すごい・・それなら転んでも絶対に濡れる事は無いね。」

「ええ、それに俺・・実はこう見えてスケートが得意なんですよ。ジェシカお嬢様にもスケートの楽しみを知って貰えたらなと思って・・・。」

恥ずかし気に言うピーター。

「うん、ありがとう。ピーターさん、それじゃ向こうへ着いたら私に滑り方教えてね?」

「ええ、勿論ですよ!」

ピーターは嬉しそうに笑った。



「うわあ・・すごい、ここがスケート場なの?」

そのスケート場は王都の中心部から少し離れた郊外にあった。
そこは王都に作られた巨大な公園で、緑に囲まれた一部分がスケート場になっていた。大きさ的にはサッカーコート並みの広さがある。

「はい、どうですか?ジェシカお嬢様。」

隣に立つピーターが私に声をかけてきた。

「どうもこうも・・これほど広いスケート場が、しかも王都にあるなんて思わなかったわ。」

スケート場には大勢の人々が滑っていた。小さな子供を連れた家族連れや、1人で滑りに来ている人、そして手を繋ぎながら滑っているカップル・・・等々。

「ジェシカお嬢様は記憶を無くされているから忘れてしまわれたのかもしれないですね。この国はクリスタルの採掘量が世界一なんですよ。この国が裕福なのは全てクリスタルのお陰なんです。」

「そうだったんだね・・・。ちっとも知らなかった。」
自分で言いながら思った。当然私が知る由も無い。だって小説の中ではジェシカの出身の国どころか、家族についてすら記述してこなかったのだから。

 その後、私とピーターはスケート靴を借りて履き替えた。

「それじゃ、ジェシカお嬢様。滑りましょうか?大丈夫です。俺が絶対に手を放しませんから。」

ピーターは言いながら手を差し出してきた。

「ありがとう。」

ピーターの手をそっと握ると、彼は一瞬とまどったように私の手を軽く握ったが、やがて意を決したかのように強く握り締めると言った。

「それじゃ、滑りましょう。」


・・・その後、約2時間近く私達はスケートを楽しんだ。
最初慣れないうちは全く滑る事が出来なかったが、ピーターは相当スケートが得意なのだろう。根気よく私にスケートを教えてくれて、1時間も経過する事には大分1人でも滑る事が出来るようになていた。


「どうでしたか?ジェシカお嬢様。楽しかった・・・ですか?」

スケート場にあるベンチに2人で並んで座り、お互いにコーヒーを飲んでいると彼が尋ねて来た。

「うん、勿論!すごく楽しかったわ。スケートって・・・滑れるようになるとこんなに楽しいんだね。」

日本にいた時はこんな遊びなんかしたことがないからすごく新鮮に感じられた。

「ジェシカお嬢様、お腹が空きませんか?この近くに美味い料理をべさせてくれる食堂があるのですが・・・良かったらそこへ行きませんか?」

どこか遠慮がちに言うピーター。

「で、では・・・お気に召して頂けたらいいのですが・・・。」


「うわあ・・・。」
 ピーターが連れて行ってくれた食堂は日本にある大衆食堂のような店だった。こちらの世界に来てからはお洒落な店にしか入ったことが無かった私にとってはすごく懐かしく感じられた。
思わず言葉を無くして店の出入り口で立ち止まると、背後にいたピーターから声がかけられた。

「あの・・・やっぱりこんな安っぽい店嫌ですよね?ほ、他の店にしましょうか!」

引き返しかけたピーターの上着を掴むと私は言った。
「何言ってるの?ここで食べるよ!私、この店の雰囲気すごく気に入ったもの!」

「え・・ええ・・っ?!ほ、本当ですか?」

ピーターは目を白黒させていたが、私が喜ぶ姿を見てほっとしているようだった。
私達は早速店内に入ると、2人でメニュー表に目を通した。

そして私はオムライス、ピーターはフィッシュフライプレートを頼み、2人でその味に舌鼓を打った。


食事を終え、コーヒーショップへ入った私達はおしゃべりをしていた。
「ああ、美味しかった~。まさかあんなに美味しい料理が食べられるなんて思わなかった。」

「そんなに気にいって頂けるとは光栄です。良かった。本当はあんな庶民の店・・・嫌がられるんじゃないかと心配していたんです。でもやはりジェシカお嬢様は普通の貴族達と違っていて嬉しいです。」

ニッコリと笑うピーター。
うん、やはり彼になら託せる。

「ねえ、ピーターさん。お願いがあるのだけど・・・聞いてくれる?」

「お願い・・・ですか?他ならぬジェシカお嬢様のお願いならどんな事だって聞きますよ。」

「本当?それなら・・・この書類を預かって欲しいの。」

私はカバンから書類の入った封筒を取り出して見せた。

「ジェシカお嬢様・・・この書類は一体何ですか?」

中身をチラリと見たピーターは尋ねて来た。

「うん、実はこの書類はね・・・私の除籍届が入っているの。

「ええ?!じょ、除籍届ですって?!い、一体何の為に?!」

「ごめんなさい・・・今は言えない・・。でもこの除籍届をピーターさんに出して貰う時には・・・きっと全てが分かるから・・今は聞かないでくれる?こんな事頼めるのは貴方しかいない・・・。」

私は真剣な目でピーターを見た。

するとピーターは言った。

「わ・・・分かりました・・・。俺はジェシカお嬢様の為ならどんなお願いだって聞き入れます・・・!」


こうして私はピーターに除籍届を出して貰う事を約束して貰えたのだった—。
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