目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第12章 3 私だけの聖剣士

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1

午後の授業の為に時間ぎりぎり教室に戻ると公爵は愚か、アラン王子も姿を見せない。
何処へ行ったのだろう・・・?グレイにルークはいつもの席に座っているし、マリウスも普段通りに席についている。そう言えば、アラン王子とマシューが昼休みに聖剣士になる為の説明会があるって言ってたっけ・・。そっちに行ってるのかな?
何にせよ、隣に公爵が今居ないのは都合が良い。午前中のように始終睨まれていては全く授業内容が頭に入って来ないという物だ。

 やがて教授が現れ、授業が始まった―。


 本日の授業が無事に終わり、片付けをしていると猛ダッシュでマリウスが私の元へやって来た。は・早い・・・。まるで高速移動してきたかのような素早さだ。

「さあ、お嬢様。本日の授業は全て終了しました。これから一緒に夜までご一緒させて下さいね!」

ウキウキしながら私の両手をガシイッと握りしめるマリウス。

「ねえ・・・。マリウス。」

「はい、何でしょう?」

「教室の入口に立っているの・・・ドリスさんじゃないの?」

「え・・ええっ?!」

マリウスは私の視線の先を追い、途端に顔が青ざめてゆく。そこに立っているのはマリウスの婚約者、ドリス。ギュッと唇を握りしめ、今にも泣きそうな目でマリウスを見つめている。

「マリウス、女の人を泣かせるような男性は、お断りだからね。」
私はマリウスの手を振りほどくと荷物を持って席を立ちあがった。
そのまま出口に向かい、ドリスとすれ違う際に言った。
「ドリスさん、マリウスをよろしくお願いします。」

「は、はい!」

 ドリスは顔を赤く染めて私を見た。そこで私は小さく笑い、ドリスの肩を軽くポンと叩くと教室を後にした。
マリウスに婚約者が出来て本当に良かった。お幸せにね、マリウス。

 廊下を歩いていると、グレイとルークが背後から追いついてきて声をかけてきた。

「ジェシカ。俺達、これからアラン王子を迎えに行かないとけないんだが・・。」

グレイが言う。

「明日、今年初めての休暇日だろう?どうやって過ごすか決めてあるのか?」

ルークが質問して来た。
ああ、そう言えば確か明日はマシューとセント・レイズシティへ行く事になっていたんだっけ・・・。マシューが私にかけた魔法・・本当に発動するのだろうか・・・?
「ごめんなさい、今度の休暇は先約があるので、またの機会にお願いします。」
私はマシューに教わった通りの言葉を2人に伝える。すると・・・。

「ああ、そうか。なら仕方ないな。」

ルークがあっさり頷いた。
「え?」
私は一瞬我が耳を疑った。
なんと!こんなにあっさり引き下がるとは今迄一度も無かったじゃ無いの!

「うん、そう言う時もあるだろう、よし。アラン王子には俺達から伝えておくよ。」

グレイが言う。

「でも・・・アラン王子、納得いくかな?」
この言葉は私の口から直接言わなければ暗示が発動しないのでは無いだろうか・・・?

「何、俺達が必ず説得するからジェシカは何も気にする事無いからな。」

ルークは笑顔で言うと、何だか安心して任せられるような気がする。
「う、うん・・・。それじゃよろしくね。」
それならグレイとルークに俺様王子の事は任せよう。

「「ああ、任せておけ。それじゃまたな。ジェシカ。」」

またもや抜群のシンクロ率で言う2人。もはやこの2人の仲は固い絆で結ばれていると考えてよいだろう。
「うん、またね。」

2人は手を振ると急ぎ足で去って行った。1人になった私はゆっくり廊下を歩いて行く。さて、一度女子寮に戻ろうかな・・・。


 女子寮へ戻り、程なくして自室ドアがノックされた。

「ジェシカ・リッジウェイさん。いらっしゃいますか?」

寮母さんの声だ。

「はい、今開けます。」

部屋のドアを開けると、そこには寮母が立っていた。

「貴女に会いたいと男子学生が今、いらしてるんですけど・・・。」

「どなたですか?」

「ええ。フリッツ・アイオーンという方なのですけど・・。」

「え・・・と・・?」
誰だっけ?アイオーン・・・・フリッツ・アイオーン・・。
「ああっ!!」
そうだ、すっかり忘れていた。ジェシカの国の王太子がわざわざこの学院に今年から編入してきたんだっけ!始業式以来会っていなかったからすっかりその存在を忘れていた!!

「は、はい・・・。すぐ伺います。」
大変!母国の王太子に失礼をしては、私が事を起こす前にリッジウェイ家が取り潰しに遭うかもしれない!


「お、お待たせ致しました・・・・。フリッツ王太子様・・・。」
走って来たので、息も絶え絶えだ。

「ジェシカ!そんなに息が切れる程、急いで来てくれたのか?!」

フリッツ王太子は私を見ると顔を輝かせ?いきなり腰を抱いて引き寄せて来た。

「あ、あの・・・ここは女子寮の前で人目があるので・・・。」
私は何とか適当な言い訳をして王太子を軽く押しのけた。
全く、ここの世界の人々はどうしてこうも人目もはばからず平気で密着してくるのだろうか?元々日本人の私にとっては未だにこの風習?には中々慣れない。

「ああ、そうだったな。すまなかった。」

パッと手を離すフリッツ王太子は私の周囲にいる男性陣達の中では随分まともに見える。(グレイやルークは除き)
でもなあ・・・この王太子も出会って間もない私にいきなり求婚してくるような男性だし・・・。私があまりにも見つめていたからだろうか、フリッツ王太子は声をかけてきた。

「どうした、ジェシカ?俺の顔に何かついているか?」

無駄にキラキラ笑顔を振りまきながらフリッツ王太子は話しかけて来る。
「い、いえ。何でもありません。所でどうされたのですか?わざわざ女子寮までおいで下さるとは・・・何かありましたか?」
リッジウェイ家を守るために愛想笑いをしながらフリッツ王太子に質問する私。

「ああ、それなんだが明日はこの学院の休暇日だと聞かされたんだ。この日はセント・レイズシティという町が学生達の為に開かれるそうじゃ無いか。どんな町なのか行ってみたいと思い、ジェシカを誘いに来たんだ。」

ああ・・・やはり、ここに来た目的はそれだったのね。でも生憎私は明日、マシューと外出する約束をしている。
ならば・・・。
「ごめんなさい、今度の休暇は先約があるので、またの機会にお願いします。」
先程と同じ台詞を言ってみる。

「え・・・?」
すると、さっとフリッツ王太子の顔色が曇る。そして悲し気な瞳で私を見つめると言った。
「そうか・・・・それは・・・残念だ。折角明日は色々町を案内してもらおうと思っていたのに・・。」

う!そ、そんな悲し気な瞳で見られると・・ズキリと心が痛んだ。ああ・・これだから私は駄目なんだ。だからはっきり断る事が出来ないんだ・・。でもあんな顔をされたら・・・。よし、それならば代替え案を提示してみようかな・・・?
「あ、あの・・・。フリッツ王太子様。明日は駄目なんですが・・今夜の夕食くらいでしたらご一緒しても・・・大丈夫ですけど?」

「そうか?それでもいい!よし、なら・・・この学院にはお酒を飲める場所があるそうじゃないか。好きなだけご馳走するから是非一緒に行ってくれないか?ジェシカは・・お酒は好きなのか?」

「はい、大好きです。」
即答だ。

「そうか、ならすぐ行こう、今すぐ行こう!」
行こうを連呼するフリッツ王太子。・・・そんなにお酒が好きだったのね。そこは私と気が合いそうだ。

 こうして私とフリッツ王太子はサロンへ一緒に行く事になったのだった・・・。



2

「しかし、驚いたな。学院内にこんな店があるとは。」

フリッツ王太子は、感心したように言った。
今、私達はサロンのVIPルーム?的な部屋に通されている。
そして目の前にはズラリと大量のアルコールとおつまみが並べられていた。こんなに豪勢なのは私にとって初めての体験だ。

「あの・・・本当にこんなに沢山ご馳走になってよろしいのですか?」
思わず恐縮してしまう。

「ああ、遠慮しないでくれ。何しろ今夜は俺とジェシカが初めて一緒にお酒を飲んだ記念日だからな。」

ニコニコしながらフリッツ王太子はグラスにワインを入れようとしている。

「あの~折角なのでお酌でもしましょうか?」
うん、こんなに沢山奢って貰うのに何もお返し出来無いのは心苦しいものね。

「お酌・・・?お酌って何の事だ?」

フリッツ王太子は不思議そうに首を傾げる。あ、そうか・・・・この世界にはお酌という文化が存在しないのか。
「えっと、お酌と言うのはですね、相手のグラスにお酒を注いであげる事なんです。意味合いとしては、お互いの親交を深めると言う事なのですが・・・・って何故?何故そこで肩を抱くのですか?!」

「え?何故って・・・親交を深めると言ったから肩を抱いただけなのだが?」

フリッツ王太子は不思議そうに言う。私はさり気なく王太子を押しのけながら言った。

「いいですか?親交を深めると言うのは別にそういう意味では無いんですよ?例えば仕事で今後お付き合いしていくうえで、円滑に進められていくようにとか・・・。」

「・・・。」

はっ!いけない。フリッツ王太子が何だか若干引いた目で私を見てる。まるでその目は、一体この女は何を言っているのだ?とでも言わんばかりの目つきだ。

「あ、あの・・い、今の話は忘れてくださいっ!」
言いながら私は王太子のグラスにワインを注ぐ。

「それでは2人の未来に・・・乾杯。」

王太子が何やら意味深な言葉でグラスを鳴らしたが、ここは聞かなかった事にしておこう。


 こうして私と王太子の2人だけの飲み会?が始まった・・・。

 色々な話をしつつ、お互いが何杯目かのアルコールを重ねた時、私は尋ねた。

「そう言えば、フリッツ王太子様。新学期になってお会いするのは今日が初めてでしたが・・今までどうされていたのですか?全然学院内でお見掛けする事が無かったのですが・・・。」

私は疑問に思った事を口にした。

「ああ、それはそうだろう。何せ今迄ずっと国に帰っていたのだから。」

「そうだったんですね。お国に帰っていらしたのですか。どうりでお見掛けしなかったはず・・・。」

そこまで言いかけて気が付いた。え?今目の前にいるこの人は何と言った?何だか凄く恐ろしい事を聞いた気がする。

「あ、あの・・・もう一度お聞きしますが・・・。」

「ああ。いいぞ。」

「フリッツ王太子様は、今までどちらにいらしたのですか?」

「ああ、だから国へ帰っていた。溜まっていた仕事があったからな。」

「え・・・ええ~っ?!」
驚きだ、あまりの驚きで酔いがすっかり覚めてしまった。
「あ、あの・・この学院を休んで、ずっと国へ帰っていたのですか?!」

「何だ、随分大袈裟だな。ずっとと言ってもたったの5日間じゃないか。」
それがどうしたと言わんばかりの口調だ。

「こ、ここはセント・レイズ学院ですよ?世界中の名門中の名門の。この学院に入学出来るのは高位貴族か、特別魔力が強い人物しか入学出来ない学院なんですよ?そ、それを・・・新学期早々に国へ帰っていたとは・・・。」

「仕方が無い。俺にとっては仕事が優先だからな。それに・・別に俺がこの学院に入ったのはジェシカとアランがいるから、ただそれだけの理由だ。」

ん?私とアラン王子がいるから・・・?全く意味が分からない。

「アランは見ていると、からかい甲斐があって面白い。俺を退屈させない存在だ。それにジェシカ、お前はアランの一番のお気に入りだろう?本当は俺は2人の仲を応援してやろうと思っていたのだが、逆にジェシカに興味を持ってしまう事になるんだものな。」

フリッツ王太子は私をじっと見つめながら言う。

「は、はあ・・。」

「だからこの学院に入学する事にしたんだ。ジェシカ、今すぐにとは言わないが・・結婚相手に選ぶならアランよりも俺の方がお勧めだからな?」

「ソ、ソウデスカ。」
台詞が棒読みになってしまう。やだ、フリッツ王太子・・自分で言ってるよ。
う~ん・・。もしかして酔ってるのかな?

「だから、一つ余興を思いついたんだ。」

「余興・・・ですか?」

「ああ、余興だ。実はこの店に入る前に遣いを頼んだんだ。」

「遣い・・?」
フリッツ王太子は先程から何を言っているのだろう?私には理解が出来ない。

「アランに言伝を頼んだんだ。今俺とジェシカはサロンに飲みに来ている。どうだ、羨ましいだろうと。」

まるで悪戯っ子のように笑っているフリッツ王太子。
あ~そうですか・・・・。アラン王子に言伝ねえ・・・。え?ま、まさか・・。
「あ、あの!ほ、本当にアラン王子に手紙を出したのですか?」

「ああ。時間的にそろそろアイツが怒鳴り込んでくる頃かな・・・。」

フリッツ王太子がその台詞を言い終わるか、終わらないか内に・・・。
VIP?ルームの入口の外で何やら騒ぎが起こっている。

「ああ!アラン王子様、ど、どうか落ち着いて下さいっ!」

「煩いっ!俺は王子だ!通せっ!!」

そして・・・

バアアアンッ!!
激しくドアが開けられた。

「ジェシカ!フリッツッ!!」

「ア、アラン王子?!」
出たっ!俺様王子だ!!グレイとルークは・・いない。さては置いて来たか、それともあえて何も言わずにここへ1人でやって来たか・・・?

「よお、やっと来たか、アラン。」

フリッツ王太子はおかしくてたまらないと言わんばかりに笑う。

「う、煩いっ!フリッツ!ジェシカは俺の物だと前からお前に話していただろう?一体どういうつもりだ!!」

そして私の方をくるりと向くと言った。

「大丈夫だったか、ジェシカ。フリッツは女に手が早い。アルコールを飲んで酔わされて、何もおかしな真似はされなかったか?」

私の両肩を掴み、覗き込むように言う。

はあ・・・?この俺様王子は一体何を仰っているのでしょう?そもそも私がアラン王子と関係を持ってしまったのはお酒に酔った私をアラン王子がどうのこうのしたのではありませんでしたっけ?
だから、私はつい口が滑って言ってしまった。

「あの・・・その台詞、アラン王子が言うのですか?」

「!!」

途端にアラン王子は何を言われたのかすぐに気付いたらしく、顔を真っ赤に染めた。

「ジェ、ジェシカ・・・・。あ、あの時は、べ、別に最初からそんなつもりは全く無く・・・。」

あたふたと言い訳をする。

「何?一体何の話だ?2人の間に何かあったのか?」

フリッツ王太子が焦れたように首を突っ込んできた。あ・・・ま、まずい・・・。
よし、ここはアラン王子に任せよう!

「さ、さあ・・・?私はお酒に酔っていて何も覚えておりませんので・・・。」
慌てて取り繕う私。

「な、何?ジェシカッ!何も・・何も覚えていないって・・そ、その話は本当なのか?!」

あ、マズイ。今度はアラン王子が真っ青になってショックを受けた顔をしてるよ。
もう収集がつかない状態だ。

「あ、ほ・ほら、王太子様。詳しいお話は全部アラン王子から伺うと宜しいかと思いますよ?何しろ私はその当時の記憶がありませんので・・・。」
ホホホホと適当に笑ってごまかす。

「それもそうだな・・・。分かった、アランに尋ねてみよう。」

そしてフリッツ王太子はショックで腑抜け状態になっているアラン王子に問い詰め始めた。
よし、今のうちに・・・どさくさに紛れて帰ってしまえ!


 そして私はお水を貰いに行くフリをして・・・無事に女子寮へと戻って来たのである。

 やれやれ・・・口は災いの元だ。そして、その後の2人はあの後どうなったか、私は知りたくも無いし、知る事も無かった—。



3

昨日の騒ぎから一夜明けて・・・。
今日はマシューとセント・レイズシティへ一緒に出掛ける日だ。
濃紺のワンピースを着て防寒マントを羽織って女子寮の出口へ行くと、そこにはもうマシューが出迎えていた。ナップザックを背負い、グレーの防寒着に身を包んだ彼は私を見ると眩しそうに目を細めた。

「おはよう、ジェシカ。今朝はいつにも増して奇麗だね。俺の為にお洒落してくれたんだと思うと嬉しいよ。」

にっこりと笑いながら言う。

「あ、ありがとう・・・。」
う、不覚にも顔が赤らんでしまった。そう、マシューはこういう人なのだ。他の人達は何らかの思惑でお世辞で言ってる場合が多いのに、マシューの場合は思った事を素直に口に出してくれる。・・・ちょっと・・と言うか、かなり嬉しいかも。

「うん、それじゃ行こうか?」

マシューに促され、私達は2人で並んで歩きながら門へ向かった。



「ねえ、マシュー。今日は何処へ行くつもりなの?」

セントレイズシティへ着いて、人通りの激しい大通りを歩きながら私は少し前を歩くマシューに尋ねた。

「うん、実は休暇日は殆ど毎週必ず俺はこの町の教会へ行ってるんだよ。」

マシューは私に歩調を合わせながら言った。

「教会へ?」

「そこで何をしているの?」

「まあ、それは着いてから説明するよ。」

そしてマシューは1軒の店の前で足を止めた。

「ごめん、ジェシカ。ちょっとここで買物して行ってもいいかな?」

「うん、私は全然構わないけど?」

「良かった、それじゃ中へ入ろう。」

マシューに促され、店内に入ると途端に甘い香りに包まれる。
「え?この店は・・・?」

店の中は甘い香りが漂い、ショーケースには色とりどりの様々なお菓子が売られていた。クッキーやドーナツ、焼き菓子にキャンディー・・・。
人気の店なのだろうか?店内は小さな子供を連れた親子連れや、若い女性で賑わっている。何人か何処かで見た事のあるような女性達もいた。きっと彼女達は学院の生徒達なのかもしれない。

私はマシューを振り向くと尋ねた。 
「マシュー・・・。もしかしてスイーツ男子だったの・・・?」
もしや、生徒会長と同類だったのだろうか?

「え?いや・・違うよ。ここでお土産を買って行くんだよ。」

「お土産?」

「そう、お土産。それじゃ買って来るから、悪いけどジェシカはここで待っていて?」

言うとマシューは私を店内の入り口付近に残すとショーケースに入っているお菓子を真剣な目で選んでいる。・・・私も何か商品見て回ろうかな?

 ガラスケースに綺麗に並べられているお菓子はどれも美味しそうで、中々お値打ち価格のように思えた。成程、これなら若い女性達や子供にも受けるかもしれない。
しかし・・・お土産って誰に買うのだろう?もしかして彼女だったりして・・?
でもそれならこの町へは私とではなく、彼女と来るべきだよね。

「あ、これ・・美味しそう。」
私は1つの商品の前で足を止めた。それはブランデーがたっぷりしみ込んだフルーツケーキだった。元々あまり甘い物を食べない私でも、その焼き菓子はとても美味しそうに思えた。買って帰ろうかな・・・そう思った矢先。

「お待たせ、ジェシカ。」

ポンと肩を叩かれた。

「あ、マシュー。お土産は買えたの?」

「うん、ちゃんと買えたよ。待たせてごめんね。」

「大丈夫、全然こんなの待ったうちに入らないから。」

「そう?それじゃ行こうか。」

本当はこのケーキを買おうかと思っていたが、マシューが急いでいたように見えたので、買って帰りたいと伝えるのはやめにした。明日、又来ればいいことだし。


 店内を出るとマシューは言った。

「今から行くところは少しここから離れた場所にあるんだ。だから転移魔法で行くよ。さ、俺に掴まって。」

マシューが右手を差し出してきたので、私はその手を掴むとマシューは転移魔法を使った—。

 着いたところはのどかな風景に囲まれた場所で、前方には教会が建っているのが見える。

「え?教会?」

「そう、ここに大体毎週俺は通ってるんだ。さ、行こう。」

マシューと私は手を繋いだまま教会へと向かった。

 教会へ近づくと、大勢の子供達が外で遊んでいる姿が目に入った。

ボール遊びをしていた1人の少年が私達に気が付くと、ぱっと笑顔になった。

「あ!マシュー兄ちゃんだ!」
「わあ!今日も来てくれたんだね?」
「待ってたよ!」
「お兄ちゃん、会いたかったわ。」

子供達は口々に言うとこちらへ向かって走って来る。
え?一体どういう事??

あっという間に子供たちに囲まれる私とマシュー。

「やあ、皆。元気だったかい?今日も皆にお土産を持ってきたぞ。」

マシューは笑顔で子供達に言う。

「うわあ!お菓子、お菓子、早く頂戴!」
「あ~ずるい!私も食べる!」
「おい、お前ら!ちゃんとマシュー兄ちゃんにお礼言えよ!」

もう大騒ぎである。

その時10歳位だろうか?1人の少年が私を見るとマシューに言った。

「なあなあ。このすっごい綺麗な姉ちゃん・・もしかしてマシュー兄ちゃんの恋人なのか?」

「アハハハ・・・。まさか、違うよ。同じ学院の友達なんだよ。でも恋人になってくれたらすごく嬉しいんだけどね。」

マシューは一瞬私を見た。その頬は少し赤く染まっているようにも見えた。

「ふ~ん・・そうか、よし!分かった!」

すると少年は突然私に向き直ると言った。

「お姉さん。どうかマシュー兄ちゃんの恋人になってあげて下さい。」

突然頭を下げて来た。え?え?突然何を言い出すのだろう。

「お、おい、カイト。いきなり何言い出すんだよ。」

流石にマシューは慌てたように言った。

「だって!マシュー兄ちゃんはこんなに優しい人なのにいつもどこか寂しそうにしてるじゃないか!俺、知ってるんだ。兄ちゃんが学院内で魔族とのハーフだからって理由でいつも一人ぼっちだって事、この間シスターと話しているの聞いてたんだからな!」

カイトと呼ばれた少年は悔しそうに言った。

「カイト・・・俺とシスターの話・・聞いてたのか?」

 マシューは少年に尋ねると、こくんと頷く。周りの子供達も静かにしていると言う事は・・恐らく全員が知っているのだろう。
私はそれを聞いて胸がズキリと痛んだ。マシュー・・・。貴方はこんなにも心温かい人なのに・・・。
 だから私は少年の目線に合わせてしゃがむと言った。

「え・・・と・・カイト君?私とマシューは恋人同士では無いけれど、とっても仲良しのお友達よ。私は優しいマシューが大好きだから、これからもずっとお友達でいたいと思ってる。だから安心して。マシューは1人ぼっちにはさせない。約束する。」
そしてマシューを見つめた。

「ジェ、ジェシカ・・・。」

マシューは狼狽えたように私を見ている。

「本当か?今の話・・・約束・・・守ってくれるんだよな?」

少年は必死の眼差しで私に言う。

「うん、勿論。」

「分かったよ、それじゃお姉さん。マシュー兄ちゃんをよろしく頼みます。」

ペコリと頭を下げる少年。

「はい、よろしくされました。それじゃ、みんなー。優いマシューお兄さんが買ってきてくれたお菓子を頂きましょう!」

「ジェ、ジャシカ・・・。」

なんと、あのマシューが顔を真っ赤にしているではないか!


 するとそこへ・・・・

「あらまあ、外が騒がしいと思ったらマシュー。貴方が来ていたのね?」

教会の中から年配のシスターが現れた。ひょっとするとこのシスターが先程少年が話していた・・・・?

「こんにちは、シスター。今日も遊びに来ました。こちらの女性は俺の友人です。」

マシューに促され、私は挨拶をした。

「初めまして、ジェシカ・リッジウェイと申します。」

「まあ、マシューが誰かお友達を連れて来るなんて初めての事ですわ。どうぞ、中へ入って下さいな。」


 シスターの案内で私達は教会の奥にある食卓へ案内されると、皆でマシューの買って来たお菓子をシスターがいれてくれた紅茶と一緒に食べ、楽しくおしゃべりをした。

 やがてマシューが子供たちを連れて外へボール遊びに行き、私とシスターに2人きりになった時、シスターが私に言った。

「ジェシカさん・・・マシューの生い立ちの事・・・お聞きになっていますか?」

「はい。ほんの少しだけ彼から聞きました。」

「そうですか・・・。私がマシューと会ったのは彼があの学院に入ってすぐの事でした。町で喧嘩でもしたのか、ボロボロに傷を負い、路地裏に座り込んでいた彼を見つけたんです。」

「え?まさか!マシューは・・・とても魔力が強くて絶対誰にも負けるような人ではありませんよ?!」
信じられない!そんな話・・・。

「ええ・・・。ジェシカさんの仰る通りです。ただ・・・これは後になってマシューから聞いた話なのですが、自分が本気を出せば相手は只では済まないと思い、一切抵抗しなかったそうなんです。そして彼を襲ったのはクラスメイト達だったそうですよ。・・・自分は魔族とのハーフだから仕方ないって寂しそうに笑っていました。だから彼に言ったんです。ここは孤児院で皆寂しい子供達ばかりだから、どうかお休みの日は遊びに来て下さいって。それ以来、彼は毎週ここに遊びに来るようになったんです。」

「そう・・・だったんですか・・。」

するとシスターは私の手を取ると言った。

「ジェシカさん・・・。マシューは本当に心の優しい青年です。どうかマシューの事・・よろしくお願いします。」



 教会からの帰り道・・・。私とマシューはセントレイズシティの町を歩いていた。
私はシスターの言葉をずっと頭の中で繰り返していた。駄目だ、私は・・最低な人間だ。私は・・・マシューの人の好い所に付け込んで、魔界の門を開けさせる為に利用しようとしている。これこそ、真の悪女では無いだろうか。

「ジェシカ・・・どうしたんだい?」

マシューがふさぎ込んでいる私を気遣ってか、心配そうに声をかけてきた。

「う、うううん。何でも無い。ね、ねえ。それよりもお腹空かない?何処かでお昼ご飯食べましょうよ。」

「う~ん・・。そうだな。それじゃ、あ!あの店はどうかな?」

マシューが指さしたのは町の食堂屋さんといった雰囲気の大衆食堂であった。

「うん、いいね。それじゃあの店に行こう?」

 その店はサンドイッチからパスタ料理、ワンプレート料理等様々なメニューが豊富に揃っていた。
私はパスタ、マシューはハンバーグステーキのプレートメニューを頼んで、2人で先程の教会での話に花を咲かせた。

 その後は2人でコーヒーショップへと移動した。
さて・・・私は・・マシューにお願いしても良いのだろうか・・・。でも中々本題を切り出せずに、学院の勉強の話等をしていると、やがてマシューが言った。


「ねえ、ジェシカ。俺に話があるんじゃないの?」

「え?」

「いいよ。ジェシカ。前にも言ったと思うけど・・・俺で良ければ協力するよ。」

「マ、マシュー・・・・。」
でも駄目だ、それは出来ない。私は首を振った。

「ジェシカ?どうして?何故首を振るんだい?」

「だ、だって・・・。」
だって、私は夢で見てしまったのだ。あの時・・・夢の中で血まみれで倒れていたのは・・今、私の目の前にいるマシューだったのだから・・・!

「・・・少し歩こうか。」

私のそんな様子を見てか、マシューが立ち上った。

「う、うん・・・。」

2人でカフェを出ると、突然マシューが私の手を握り締めると言った。

「ジェシカ、君に見せたいものがあるんだ。一緒に来て。」

そして言うが早いか、私の手を引いて歩き出す。
一体何処へ行くというのだろう・・・。


 着いた先はこの町の小高い丘にある公園だった。そこの公園からはこの町の港が良く見えた。

「ほら、ジェシカ。夕日がとても綺麗だろう。ここは俺のお気に入りの場所なんだ。」

眼前に広がるオレンジ色の海は太陽の光を浴びて輝いている。

「うん、とても綺麗・・・!」

私は感嘆の声をあげた。
マシューは私を見つめると言った。

「ジェシカ・・・。俺は君の聖剣士だ。自分から名乗りを上げた。だから・・絶対に何があってもジェシカを守ると決めている。さあ、ジェシカ。俺にお願いしてみなよ。」

「マ、マシュー・・・・。」

彼は・・・何処まで強く・・・優しい人なのだろう。私は心が震えるのを感じた。
私はマシューを見つめる。

「さあ、言って。ジェシカ・・・。」

マシューはそっと私を抱きよせると言った。



「わ・・・私・・・。」

抱き寄せられながら私は顔をあげた。

「うん、何だい。ジェシカ。」

「マシュー・・・。わ、私を・・・魔界の門まで連れて行って・・・・。」

「うん、喜んで。」

そしてマシューは私を見て微笑み、これは魔界に住む魔物達から守るための印だよと言って私の額に口付けした—。




4

その日—
オレンジ色に染まる夕日の海に太陽が沈むまで私とマシューは公園のベンチに座ってずっと見ていた。
マシューがかけてくれた魔法のお陰で外に居てもちっとも寒くは無かった。
 何を話すでも無かったが、お互いの存在を近くに感じていられるだけで私は満足だったし、恐らくマシューもそうだったのかもしれない。

 やがて太陽は沈み、夜の帳が下りてきた。頭上を見上げれば空には満天の星空が見える。
 そこでようやく私は口を開く。

「ねえ、マシュー。」
星空を見上げながら私は言った。

「何だい、ジェシカ。」

同じくマシューも夜空を見上げながら返事をする。

「魔界でも・・・星が見えるの?」

「いや、残念だけど・・・星は見えないよ。魔界の空は1日中曇ったような空で、星も見えなければ、白い雲も見る事が出来ない。・・・とても寂しい空の色だよ。だから・・かな?人型で理性がある魔族達が、こっそり魔界を逃げ出して人間界で暮す事を選ぶ魔族達がいるのは。・・・俺の母親みたいにね。」

「マシュー・・・・。」
そう、マシューは人間と魔族のハーフ。だから人間界でもはみ出され、魔界でも生きていく事が困難なのだ。今までどれだけ辛い目にあってきたのか・・・。
私は思わず、隣に座っているマシューの手に触れて指を絡めた。彼の・・・理解者になってあげたい。それなのに、私はマシューを利用しようとしている。

「ジェシカ・・・。」

マシューは躊躇いながらも、強く手を握りしめて来た。

「ジェシカ。君は・・・優しい人だね。今まで家族以外に・・・俺にこんな風に寄り添ってくれた人は君が初めてだよ。」

「そんな事無い!」

私は強く否定した。

「え?ジェ、ジェシカ・・・?」

「そんな事無い、マシュー。今日2人で一緒に教会へ行ったでしょう?あそこにいる子供たちは皆マシューの事が大好きだった。あの教会のシスターだって貴方の事をすごく気にかけてくれていた!そ、それに・・・。」
私だって、そう言おうと思ったが言葉を飲み込んだ。そう、私にはマシューに寄り添う資格は無いのだ。だってマシューには何の得も無いのにノア先輩を助け出す為に彼を利用しようとしているのだから。

 マシューは繋いでいた手を離すと、私の両肩に手を置いた。

「ジェシカ。それに・・・。その続きは何て言おうとしていたの?」

「そ、それは・・・。ごめんなさい・・・。」
私はそこで言葉を切った。

「どうして謝るの?ジェシカ。」

「私には・・・おこがましい言葉だから・・・。」
だって私は人の好いマシューをただ利用するだけの・・最低な女なのだから。

「俺はジェシカから言葉を貰いたい。」

マシューはいつになく真剣な目で私を見つめている。

「わ・・私もマシューの理解者として・・・寄り添ってあげたい。だけど・・・。」

「自分にはそんな資格は無い、とでも思っている?」

全てを見透かしているかのようにマシューは言った。

「!」
その言葉に私の両肩が大きく跳ねる。私の様子を見たマシューがため息をつくと言った。

「俺はね・・・ずっとジェシカに憧れていたんだ。」

唐突にマシューが言い、その言葉に私は驚いた。

「え?」

「トップの成績で入学試験に合格し、しかも壇上での見事なスピーチ。とびぬけた美しい容姿で、君の周りには学院でも人気の高い男性が大勢集まっていて、いつも中心人物にいた。そこへいくと俺は学院では魔族とのハーフと言う事でクラスメイト達からは皆気味悪そうな目で見られるし、俺だけ1人で魔界の門を守らされている。まあ、別にそれは気楽でいいんだけどね・・・。だからかな、より一層ジェシカが太陽のように眩しく見えたのは。」

「マシュー・・・。」
何てことだろう、私はちっともそんな事知らなかった。

「だから、いつも昼休みは誰にも邪魔されない旧校舎の中庭で過ごしていたんだ。そして・・あの日目が覚めた時にベンチで君が横になって眠っている姿を見た時は本当に驚いたよ。だってあの手の届かない存在だったジェシカがすぐ側で眠っていたんだから。」

マシューの話に私は唯々驚くばかりだった。まさかマシューは入学式の時からずっと私の事を知っていたなんて・・・。

「あの日は・・・ジェシカと言葉を交わす事が出来て、嬉しかった。その日はお陰で1日中幸せな気持ちで過ごす事が出来たよ。だから・・あの時、ジェシカが死にかけている話を聞いたときはどうしても助けてあげたいって思った。それなのに俺がミスしてあの花を管理している魔族の女に見つかってしまったせいでノア先輩を魔界へ連れ去られてしまった。だからこれは俺の責任なんだ。ジェシカに手を貸すのは当然の事だよ。ジェシカは負い目を感じる事は何も無いんだ。」

「そ、そんな!それは違う!マシューは何も悪くない!悪いのは全て私なんだから!勝手に矢に撃たれて、勝手に死にかけて・・・そしてマシューを・・ノア先輩を巻き込んでしまった・・・。全ての罪は私にあるのよ?貴方は・・・ちっとも悪く・・。」

最期の方は言葉にならなかった。

「ジェシカ・・・。次に俺が門を守る順番が回って来るのは後4日後だよ。その時に・・魔界の門へ行く為の手引きをする。だから、準備をしておきなよ?」

「え・・・?4日後・・・?」
そ、それじゃ・・最悪4日後にマシューは・・・?!

「マシューッ!」
私は思わずマシューにしがみ付いていた。そう、あの夢で見た光景・・血だまりの中、激しく吐血するマシュー。ひょっとしてマシューは死んでしまうのだろうか?
そう思うと、怖くて怖くて堪らない。
震えながらしがみついていると、マシューが何かを感じ取ったのか、私をそっと抱きしめると言った。

「大丈夫、ジェシカ。俺は・・・死なないよ。」

「!」
ビクリと身体が反応する。

「死ぬつもりは全く無いし、自分が死ぬとも思えない。」

私は首を振った。
「だけど・・・!どのみち、マシューが私の為に門を通せば・・・聖剣士でありながら、この学院の裏切り者になってしまうのよ?とても只で済むとは思えない!」

「いいよ、俺はそれでも。・・・ジェシカが無事にノア先輩を助け出せる手助けをするのが俺の役目だと思っているから。」

マシューは優しく言う。

「私は・・・マシューに与えて貰ってばかりで・・・何も恩返し出来ていないね・・。」
何時しか私はマシューの胸の中で泣いていた。

「恩返しか・・・。それなら出来るよ。」

「え?」
私は顔を上げてマシューを見る。

「夜が明けるまで・・ジェシカが今夜俺と一緒に過ごしてくれれば・・・それだけで十分恩返しになるよ。」

マシューは私の瞳を覗き込みながら言った。マシューの瞳には目を見開いている私の姿が写っている。
勿論・・・私の返事は決まっている。


 その後は2人で町へ戻ると、2階が宿屋になっている食事処へ行き、2人で楽しく食事をした。食事が終わると食事処で部屋へ持ち帰る為のお酒を貰って今度は宿屋に戻ると、交代でお風呂に入った。
 そしてお酒を酌み交わした後、私達は2人で同じベッドに入り・・・一緒に眠りに就いた。
 私が眠りに就く直前・・・マシューの声が遠くで聞こえてきた気がした。

<ジェシカ・・・。ノア先輩を助けるには・・・もっと色々な人の手を借りるんだ。君には・・・君の為なら命を懸けてくれるような人達が周りに沢山・・いるんだから・・。>


マシュー・・・。本当?本当に私・・・皆を頼っても・・・大丈夫なの・・・・?
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