目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第13章 1 混濁した記憶

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1

翌朝—
目が覚めたら隣で眠っていたはずのマシューの姿が消えている。
「え?マシュー?」
ベッドから起き上がると私は部屋の中を探し回ったが、どこにもマシューの姿は見当たらない。
「一体何処へ行ったんだろう・・・?」
腕組みをして考えていると、サイドテーブルに小さな紙袋が置かれている事に気が付いた。
「え?何だろう、これ?」
紙袋を開けてみると、そこには私が昨日買いたいと思っていたフルーツケーキだった。これ・・私が欲しがっていたのマシューは気が付いていたんだ・・・。
感動して取り出すと、底の方にメモが入っている事に気が付いた。
メモを手に取り、中身を開いて見るとそこにはマシューからのメッセージが書かれていた。



おはよう、ジェシカ。
随分よく眠っていたようだね。
楽しい夢でも見ていたのかな?寝顔が笑顔で可愛かったよ。
実は今朝早くに聖剣士全員に召集令があったんだ。
だから先に学院へ戻らせてもらうね。
黙って消えてごめん。
ジェシカ、4日後・・・必ず君を門まで連れて行ってあげる。
だからそれまでにドミニク公爵を正気に戻しておくんだよ。
多分、今の彼ならまだ間に合うかもしれないから。

マシュー


「召集って・・・何かあったのかな?」
何だか嫌な予感がする。それとも召集なんて意外と日常茶飯事なのだろうか?
「う~ん・・・。それにしても良く寝たなあ・・・。」
私は大きく伸びをした。
マシューが昨夜隣で眠っていたからだろうか?安心して悪夢を見る事も無く昨夜はぐっすり眠る事が出来た。
 何せベッドに入ってすぐに眠ってしまったようだし・・・。
マシューに呆れられたかもしれない。

 時計を見ると今は朝の7時過ぎ。この宿屋の下は食堂だけど、もう開店してるのだろうか?
帰り自宅をし、荷物を持って部屋を出て階下に降りてみた。 

 すると、既に食堂は開いていたようで数名の客が朝食をとっている姿があった。
手近な窓際の席に座るとすぐに店員の女性が注文を取りに来てくれた。私はトーストとハムエッグ、サラダ、コーヒーのモーニングセットを注文し、まだ朝の早い時間だったので景色を眺めながらゆっくり朝食を食べた。

 食後のコーヒーを飲みながら、マシューの残したメモの事を考えていた。
メモには公爵を正気に戻して置くようにと書いてあった。今ならまだ間に合うかもしれないとあったけど・・・。本当なのだろうか?

 昨日、公爵は初めての休暇をどうやって過ごしたのだろう。恐らく・・・私の勘ではソフィーと一緒に休暇を過ごしたのではと思う。そして、より一段と絆を深めて・・・。
 確かめなくては。今の公爵がどのような状況になっているのか。
私はコーヒーを飲み終えると席を立った。


 学院に到着すると、まだ学生達の姿はあまり見かけない。公爵は・・・寮にいるのだろうか?でも・・寮を訪ねて行って、一昨日と同様の、いや、それ以上の冷たい態度を取られたらどうしよう。
気が付いてみると私は男子寮の前で行ったり来たりを繰り返していた。

「あの・・・そちらで何をしているのですか?」

不意に声をかけられた私は慌てて顔を上げると、そこに立っていたのは男子寮の寮夫さんだった。

「あ、あの・・・。じ、実はある方を呼んで頂きたいのですが・・。」
もうここまで来たら覚悟を決めるしかない。

「はい、どなたをお呼びしますか?」

「ドミニク・テレステオ様をお願いします。」


 ドキドキしながら男子寮の入口で待つ事5分・・・。どうしよう、いないのだろうか・・・?それとも私の名前を聞かされて不愉快になり、怒り心頭で出てこられたらどうしよう?等と考えていると、公爵が外へ出てくる姿が見えた。

いた!
私を見ても顔色一つ変えない公爵は黙って私の方へ歩いてくる。どうしよう・・・恐らくあの調子ではきっと、公爵は・・・。思わず逃げ出したくなってきた。よし、それなら顔だけ見に来ましたと言ってすぐに帰ろう。
私は緊張を和らげるため、大きく深呼吸した。


「ジェシカ・リッジウェイ、朝早くから一体この俺に何の用事なのだ?」

無表情で私を見ると公爵は言った。ああ・・・やはり公爵はソフィーの暗示で私の事を憎んでいるんだ・・・。しかし、公爵からは意外な言葉が飛び出してきた。

「わざわざ休暇の日にこの俺を訪ねて来るなんてリッジウェイはそれ程暇だったのか?それとも転入してきたばかりで知り合いもいない俺を気遣ってくれたのか?」

え?何だか様子がおかしい・・・。どうにも先程から話が噛み合っていない気がする。
「あ、あの・・・?テレステオ・・公爵・・様?」
恐る恐る声を掛けてみるが、余程私の顔に戸惑いの表情が浮かんでいたのだろう。

「あ・・・すまない、リッジウェイ。実は・・・直近の記憶が少しあやふやなんだ。それで昨日はソフィー・ローランという女生徒が俺に会いに来たのだが、彼女の事が全く分からなかったので、誰なのか尋ねると、怒って帰ってしまったんだ。悪い事をしてしまった。」

 え・・?ひょっとすると・・マシューはソフィーと私に関する記憶を公爵から奪ったのだろうか?いや、でも彼がそんな事をするとは思えない。ひょっとすると・・・無理やりソフィーの暗示を解いたせいで、私とソフィーに関する記憶だけ混濁しているのかも・・・。私は勝手に自分の中でそう結論付けてしまった。
 マシューはメモの中で、まだ間に合うかもしれないと言っていたから、今日1日公爵の傍にいれば記憶を戻せるかも・・・。

「あの、テレステオ公爵様。今日は何か御予定ありますか?」


「いや、特には無いが。」

町へ連れ出せば記憶を取り戻すきっかけがみつかるかもしれない。公爵を誘ってみる事にしよう。
「そうですか、もしよろしければ今日は私と一緒にセント・レイズシティへ出掛けませんか?私でよければ町を案内させて下さい。」

「しかし・・・迷惑では無いか?」

躊躇うように言う公爵。

「いいえ、とんでもありません。何しろ私と公爵は同じ国の出身なのですから、仲良くさせて下さい。」

「え・・・?俺と同じ出身地・・?」

公爵の瞳が揺れるのを見た。そうだ、こうやって過去の記憶に繋がるような会話をしていけば・・・。

「はい、そうです。では・・・9時半に門の前でお待ちしています。」

「ああ、では9時半にな。」

公爵は嫌がるふうでも無く誘いを受けてくれた。良かった、断られなくて。
私は公爵に一旦別れを告げると、急いで女子寮へ戻った。やはり昨日と同じ服ではまずいだろう。

クローゼットから上下のモスグリーンのツーピースに着替えると、コートを羽織ってショルダーバッグを持って急いで女子寮を出た。
一応、9時半と早目の時間に待ち合わせをしたが、私の周囲にいる男性達に見つかっては何かと厄介な事になりかねない。

 約束の時間10分前に門へ行くと、グレーのフロックコートを着た公爵がもうその場で待っていた。
え?は、早い!
慌てて公爵に駆け寄ると私は言った。

「申し訳ございません!テレステオ公爵様。お待たせしてしまって・・・。」

すると公爵はフッと笑った。

「いや、誰かと出掛けるなんて滅多に無い事だったから、嬉しくてつい早めに着いてしまったんだ。リッジウェイ、気にしないでくれ。」

リッジウェイ・・・その呼ばれ方は私的に違和感を感じてしまう。
「あの、テレステオ公爵様。どうぞ私の事はジェシカとお呼び下さい。」

「ジェシカ・・・。ジェシカ・・・。」

公爵は2回私の名前を口にした。ひょっとして何か思い出してくれた?

「分かった、それなら俺の事はドミニクと呼んでくれ。」

「はい、分かりました。ドミニク様。」

 私は公爵の名前を呼んで微笑んだ。
どうか、公爵の混濁した記憶が戻りますように―。




2

「ドミニク様、昨日の初めての休日はどのように過ごされていたのですか?」

2人でセント・レイズシティの町を歩きながら公爵に尋ねてみた。

「ああ、昨日か・・・。何だか頭がボンヤリしていたから殆ど外出せずに1日自室にこもっていた。最も昼食と夕食は食べに学食へは行ったけどな。ずっと自室で本を読んで過ごしていたよ。」

「そうですか、ドミニク様は読書が好きなんですね。」

「いや・・・本を読んでいたと言っても自宅から持ってきた魔術書だけどな。新しい魔法を覚えようかと思っているんだ。」

「そうですか。今度はどんな魔法を覚えるつもりなんですか?」

「今度は・・・?」

そこで公爵は足を止めると私を見つめた。

「今度はと言うのはどういう意味だ?ジェシカは俺が前にも違う魔法を覚えた事を知っているのか?」

「あ、い、いえ・・・。」
しまった、うかつだった。つい、うっかり口が滑って言ってしまった。公爵には私との記憶が無いのだから、怪しまれても仕方が無い。

「ジェシカは・・・ひょっとすると俺の事を何か知っているのか?」

さらに距離を詰めて来る公爵。うう・・・困ったな・・・。その時、ふと気が付いた。そうだ、この近くに屋台通りがあったっけ。公爵にも「ラフト」を食べさせてあげたいな。

「そ、そう言えばドミニク様。この近くに屋台通りがあるんです。そこですごく美味しい食べ物があるんですよ。よろしければ御一緒に行ってみませんか?」

「屋台か・・・面白そうだな。では行ってみるか?」

公爵も興味を持ったのか。笑みを浮かべた。

「はい、行きましょう。」



「こんにちは、マイケルさん。」

私は早速公爵を連れてラフトの屋台に行った。

「やあ、お嬢さん!久しぶりだね。元気にしていたかい?またこの店に来てくれたのかい?」

そして後ろに立っている公爵を見ると言った。

「おや?お嬢さん。今日もデートなのかい?この間とは違う男性だね。」
からかうように言う。

「今日も・・・?」

公爵が眉をひそめる。

「違いますよ、マイケルさん。デートでは無く、本日はこちらの男性にセント・レイズシティの町を案内させて頂いているんです。こちらのラフトをどうしても食べて頂きたくて。」

「そうだったんだね。最近お嬢さんの姿を見かけていなかったから、今日又会えて嬉しいよ。よし、それじゃ特別だ。サービスするよ。5分程待っていてくれるかな?」

マイケルさんは鉄板に生地を敷きながら言った。

「はい、分かりました。それではドミニク様。あちらのテーブルでお待ちいただけますか?焼きあがりましたらお持ちしますので。」

私は公爵に言うが、何だか公爵は少し不機嫌そうにも見えた。

「?あの・・どうされましたか?ドミニク様?」

「あ、いや。何でも無い。ではあの席で待っていよう。」

公爵がテーブル席に座るのを見届けると、私はマイケルさんに話しかけた。

「マイケルさん。最近ジョセフ先生とは会っていますか?」

「うん、会っているよ。ジョセフが冬期休暇中だった時は夜、2人で毎晩のようにジョセフの家でご馳走になっていたしね。」

「ジョセフ先生は料理が上手ですからね。あ、でもマイケルさんの焼くラフトも最高ですよ。」

するとより一層機嫌を良くしたのかマイケルさんは言った。

「ハハ。それは嬉しいな。よし、じゃあいつもより具材を増やして焼いてあげるよ。」

「うわぁ、有難うございます!」
私は笑顔で言った。うん、きっと公爵も喜んでくれるはず・・・だったのだが・・。



「お待たせ致しました。ドミニク・・・様・・?」

焼きあがった2枚のラフトを皿に乗せて公爵の元へ行くと、何故か不機嫌そうにこちらを見ている。

「あの?どうされましたか?ドミニク様。」

私は公爵の向かい側の席に座りなながら尋ねた。

「ジェシカ・・・。」

「はい?」

「随分、あの屋台の男性と・・・仲が良いのだな?」

「あ、マイケルさんの事ですか?」

「何?マイケルだって?名前まで知っているのか?」

より一層不機嫌度が増してくる公爵。

「あの・・・もしかすると・・・何か怒ってらっしゃいますか?」
私は公爵の様子を伺いながら質問してみた。

「いや、別に怒って等は・・・。」

視線を逸らせながら公爵は言った。

「・・・?そ、それよりもドミニク様。美味しいですよ?冷める前に頂きませんか?」
そう、何と言ってもラフトは焼き立てが一番!

「あ、ああ・・。」

公爵は頷くとラフトを一口食べ・・・あ・固まってる。
「どうしました?ドミニク様。」

「美味しい・・・。」

「え?」

「すごく美味しい!今まで経験した事の無い味だ!見た目は今一だが、味は最高だ。」

公爵は笑顔で言った。

「そうですか!以前、アラン王子もこの屋台に案内したことがあるのですが、とても美味しいと喜んでくれていたんです。良かったです。ドミニク様にもそう言って貰えて。後でマイケルさんにも伝えておきますね。」

しかし・・・何故か私の言葉に再び顔を曇らせる公爵。

「ジェシカは・・・。」

「はい?」
首を傾げて公爵を見るが、彼は視線をフイと晒せると言った。

「いや、何でも無い。」

「そうですか・・・?」
う~ん・・・。何か気に障る事をしてしまったのだろうか・・?


 その後、ラフトを食べ終えた私達は再び町の散策を続けた。町のメインストリートを歩いていると船の汽笛の音が聞こえて来た。

「汽笛の音か・・・。確か、この町は海のある港町だったな。」

海か・・・。そう言えば公爵に以前夏になったら海に行ってみないかと誘われた事があったっけ・・・。そうだ!

「ドミニク様。海を見に行ってみませんか?このすぐ側に港があるんですよ?」
私は公爵を仰ぎ見ると言った。

「海か・・・うん、いいな。是非行ってみたい。」

嬉しそうに言う公爵。

「はい、では行きましょう。」
5分程歩くと、潮風に匂いが強まって来た。そして時折聞こえて来る波の音。やがて眼前に広大な海が見渡せる港町へと着いた。

「海だ・・・。」

公爵は感無量といった様子で呟いた。

「ドミニク様は海がお好きなのですか?」

「ああ・・・。好きだ。俺達の国、リマ王国は海が無いだろう?だから・・余計海に強い憧れを持つのだろうな・・・。」

じっと海を眺めながら言う公爵。

「なら・・・また来れば良いでありませんか。セント・レイズ学院にいる限りはすぐに海を見に来る事が出来ますよ?」

「そうだな・・。今はまだ冬だが、夏の海にも是非・・来てみたい。ジェシカ・・・いきなりだが、夏になったら俺と一緒に海へ・・・。」

そこまで言いかけて公爵は頭を押さえた。

「どうしましたか?ドミニク様?」

「い、いや・・・。何故か以前にも俺はジェシカに海へ行こうと誘ったような気が・・。」

まさか、思い出したのだろうか?
「ドミニク様・・もしかすると・・・。」

しかし、公爵は言った。

「まさか、気のせいだな。それで、先程の話の続きなのだか・・・。」

その時だ。

「ジェシカ?ジェシカじゃないかっ?!」

誰かの私を呼ぶ声が聞こえてきた。え?もしかしてこの声は・・・?
驚いて振り向くと、何とそこに立っていたのはレオだったのだ。



「ま、まさか・・・レオ?」

レオは肩からナップザックを背負い、右手には大きな布の袋を持って立っていた。

「ジェシカッ!会いたかったっ!」

突然レオは荷物を放り投げると私に駆け寄ってきて力強く抱きしめて来た。

「レ、レオ・・・。」

「まさか、こんな所でお前に会えるとは思わなかった!良かった・・・今日はこの島に来て本当に俺はラッキーだった!」

レオは嬉しそうに言うと、ますます力を込めて抱きしめて来る。

確かに私もレオに会えて嬉しい・・・が、タイミングが悪すぎた。背後で何やら強い視線を感じる。

「おい?お前・・・一体誰だ?ジェシカから離れろっ!」

厳しい口調で公爵はレオを非難した—。




3

「え?俺が誰だって?人に名前を訪ねる時にはまずは自分から名前を名乗るべきだろう?」

レオは私の身体を離すと公爵に向き直って言った。

「俺はドミニク・テレステオだ。ジェシカと同じセント・レイズ学院の学生だ。今日は彼女に町の案内をして貰っているのだ。お前は一体誰だ?」

「俺は・・・レオだ。お前と違って苗字は無いけどな。ジェシカとは・・・親しくしている。

 何故か親しくを強調して言うレオ。・・・何だか嫌な予感がする。2人の間に一種即発的な・・・。だけど私にはどうしてもレオに聞きたい事があった。どうしよう・・・。公爵とは明日でも会う事が出来るけど、レオとは今しか話が出来ないし・・。
あ、そうだ。

「あの、申し訳ございません。ドミニク様。実は彼と・・・レオと少しお話したい事がありますので、恐れ入りますがこの町の図書館でお待ちいただけないでしょうか?ここ、セント・レイズシティの図書館には珍しい魔導書が置いてあるそうなんですよ。そこまでご案内しますので。」

すると・・・やはり不機嫌そうな顔をする公爵。

「・・・俺がいるとまずいのか?」

「い、いえ・・・そういう訳ではありませんが・・・。」
どうしよう困ったな・・・。

そこへレオが助け舟を出してきた。

「おいおい、ジェシカは俺と2人で話がしたいと言ってるんだ。そこを察してやることが出来ないのか?誰にだって聞かれたくない話だってある訳だしな。」

レオ・・・。その言葉はありがたいけれども、公爵の前で私の肩を抱いて話すのはどうかと思うけどな?!

「・・・・。分かった。今日はもう帰る。」

「え?ドミニク様?!」
そ、そんな!

「おう、そうか。あんたが聞き分けの良い男で助かったよ。

レオが言うと、途端に公爵の顔が険しくなる。
「レオ!あ、貴方なんて事を!」
思わず青ざめる私。公爵は悔しそうに唇を噛み締めていたが、背を向けて去って行く。
「待って下さい!ドミニク様!後で・・必ず後で伺いますから!」
必死で呼び止めるが、公爵は私の方を振り向く事は無かった・・・。

「ドミニク様・・・。」
呆然と佇む私を見兼ねたのか、レオが背後から声を掛けて来た。

「ジェシカ・・・何か悪かったな。」

「ううん・・・いいの。レオ。」
そうだ、レオはちっとも悪くない。

「ごめんね、レオ。貴方に・・嫌な役目をさせてしまって。私の為を思って公爵に話をしてくれたんでしょう?」

「ジェシカ・・・。」

「レオ、貴方にどうしても聞きたい事があるの?少しだけ・・・時間を貰える?」
顔を上げてレオを見ると、彼は嬉しそうに笑った。

「ああ、勿論。お前にずっと会いたいと思っていたんだから、嬉しいよ。」

 
 私とレオは手近なベンチに並んで座るとレオに言った。

「ねえ、レオ。貴方・・・魔界の門へ行ったんでしょう?その時の事詳しく話してくれる?」

「あ、ああ。別に構わないぞ。」

「その前に一つ確認したい事があるのだけど・・・レオは誰と行ったの?」

「ああ、俺とボス、それに・・ジェシカと同じ学院の学生1人と一緒に行ったぞ。それで、門を1人で守っていた聖剣士が俺達の代わりに万能薬の元になる花を摘んで来てくれたのさ。」

やはり・・・レオもノア先輩の事を覚えてはいなかったんだ・・・。
「ねえ、魔界の門のある場所は、どんな所なの?」

「うん、そうだな。・・・何て言うか・・・すごく綺麗な所だったな。青く澄み渡った空に広い草原、真っ白な花びらが散って・・。」

レオは瞳を閉じると言った。

「そう・・・。ねえ、『ワールズ・エンド』から、魔界の門までは・・・遠いの?」

「うん・・。割と遠かった気がするなあ・・・って言うか、ジェシカ。何故そんな事を聞いて来るんだ?」

「・・・・。」

「ま、まさか・・・まさか。ジェシカ・・・お前、魔界の門へ行くつもりなのか?」

「うん、行くつもり。」

「え?嘘だろう?何で魔界の門へ行くんだ?何の用事があるって言うんだよ?」

「それは・・・。」
思わず俯くと、レオは私の両肩を掴み、覗き込んできた。

「教えてくれ、ジェシカ。」

「レオは・・・と言うか、皆誰も覚えていないだろうけど・・私の事を助ける為に魔界の門へ一緒に行った人がもう1人いたの。その人は、七色に光り輝く花と引き換えに魔界へ行ってしまったのよ。魔界へ行った人間は・・・人間界から忘れられてしまうんだって。私はその人を助けたい。ううん、助けに行く。だから・・どんな場所が少しでも知っておきたくて。」

私の話を黙って聞いていたレオの顔色がどんどん青ざめていく。

「お、おい?ジェシカ・・・その話は本当なのか?俺たち以外にもう1人あの場所に居たのか?そ、それに・・・魔界の門へ行くなんて・・本気なのか?!」

「・・・本気だよ、私は。レオも会った事のある聖剣士・・・マシューという人が私を門まで連れて行ってくれる事になってるの。」

「だったら俺も行く。」

レオが言った。

「レオ?!何を言ってるの?本気なの?!だ、だって・・・魔界へ行った人間はこの世界の人達から忘れられてしまうのよ?無事に戻って来れるかどうかも分からないのに・・・!」

「だからだっ!」

レオは私の両肩を強く握りしめると言った。

「ジェシカ、お前は俺の命の恩人だ。本来ならあの時死んでいたのは俺なんだ。だからこそ、俺は命を懸けてもお前を助ける。それに約束しただろう?この先、お前に危機が迫った時には俺の命を懸けてお前を守る。お前の盾になる事を誓うって。」

「レオ・・・。本当に・・・いいの・・・?私を・・助けてくれるの?」

「ああ、当たり前だ。」

「あ、ありがとう。レオ・・・。」
思わず涙ぐむ私を見て慌てるレオ。

「お、おい。泣くなって。それで・・・ジェシカ。いつ魔界の門へ向かうんだ?」

「マシューの話では、次に彼が門番をするのが3日後だって。その日に私が門へ向かえるように手はずを整えてくれるって話してくれた。」

「そうか、ならマシューって聖剣士に伝えておいてくれ。おれもジェシカと一緒に門へ向かうって話を。そして3日後の・・時間や待ち合わせ場所を知らせてくれ。と言っても・・どうやって連絡取り合えばいいか・・・?」

レオは腕組みをしながら考える。

「そうだよね・・・。マシューに相談してみるね。彼ならきっと何か良い方法を知ってると思うから。」
うん、マシューなら解決してくれそうな気がする。

「ああ、よろくな。ジェシカ。それで・・・話は変わるが、ジェシカ。さっきの男は誰だ?随分変わった男だったな。髪の毛は珍しい黒だったし、それに・・・左右の瞳の色も違っていたしなあ・・何だかミステリアスな人間だったな。」

「え?ドミニク公爵の事?」

「ああ、あいつは公爵だったのか?だからあんな横柄な態度を取っていたんだな?だけど、ジェシカ・・・お前随分あの男に気を使っている様に見えたぞ?」

「う、うん・・・。実は・・あの公爵、ある女性に強い暗示をかけられてしまって、記憶が混乱しているみたいなの。以前から知り合い同士だった私の事も忘れていて・・。それで今日は記憶を戻す為に一緒に行動していたのよ。」
かなり重要な事を省いてレオに説明してしまったが、言ってる事に嘘はない。

「え?そうだったのか?!そうとも知らず・・・ごめん、ジェシカ。邪魔してしまったよな?」

レオがすまなそうに謝って来た。

「そんな事、気にしないで。だってレオに会えて話をする事が出来たんだもの。今日港に出て来て本当に良かったって思ってるんだからね?」

にっこり微笑んで言うと、レオは顔を赤らめた。

 その後、私達はまた連絡を取り合う約束をしてレオと別れた。
私は腕時計を見た。もうすぐ12時になろうとしている。公爵は・・・男子寮へ戻ったのだろうか?

 取り合えず、男子寮へ行ってみようかな?
私は立ち上がると、門へ向かって歩き出した―。
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