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第13章 3 手紙を書く、そして受け取る
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1
ジリジリジリジリ・・・・。
目覚まし時計の鳴る音で目が覚める。
「う~ん・・・煩いな・・・。」
目を閉じながら手探りで目覚まし時計を探し、バチンと音を止める。
ふう~・・・やっと静かになった・・。ってあれ・・・?
ガバッとベッドから起き上がると、そこはいつもの自分が見慣れた部屋だった。
「え?え?一体どういう事・・・?」
全く訳が分からない。昨夜、私は公爵と港の近くにある宿屋に泊る事にして、その後私は公爵と・・・・。
確かに私は公爵と波の音が聞こえる宿に泊まり、そこで私は公爵に・・・。
「ま、まさか・・・あれは・・ゆ、夢だったの・・・?」
あり得ない、もし仮に夢だとしたら・・私は絶対、どこか病んでるのかもしれない!
「アハハ・・・そ、そんな・・・。」
思わず頭を抱える私。・・・そうだ、こんな時こそシャワーを浴びて頭をすっきりさせよう。幸い時刻はまだ朝の5時半。時間に余裕があるし、まずは熱いシャワーを頭から浴びてすっきりさせた方が良いだろう。
と言う事で私はベッドから起き上がり、シャワールームで全身くまなく洗い、部屋へ戻った。
「ふう~さっぱりした。」
制服に着替えながら何気なくサイドテーブルを見ると小さくたたまれたメモが乗っている事に気が付いた。
「ん?何だろう、このメモは・・・。」
メモを広げて、中身に目を通す。
ジェシカへ。
昨夜は・・・俺の為にありがとう。
ジェシカのお陰で、あの女の幻聴が全く聞こえなくなった。
やっとあの女の呪縛から解き放たれたようだ。
本当に感謝している。
朝起きた時顔を合わせるのが恥ずかしいので、勝手に部屋へ運んでしまった。
きっと驚かせてしまっただろうな。
すまなかった。
PS:
今日から1週間、聖剣士になる為の訓練が行われるので当分会えそうにない。
また訓練が終わったら、お前と色々話がしたい。
その時は時間を作ってもらえないだろうか?
よろしく頼む。
別れたばかりなのに・・・もうお前に会いたいと思うなんて我ながら呆れてしまう。
ドミニク・テレステオ
メモを読み終えた私は追わず安堵?の溜息をついた。
「良かった・・・夢じゃ・・無かったんだ・・。」
でも・・いくら公爵に乞われたからと言って・・あんな真似をして本当に良かったのだろうか?もし私がマシューの手引きで・・魔界の門に行こうとしている事が公爵の耳に入れば・・いや、あの夢が予知夢であれば確実に私は公爵とアラン王子に見つかってしまう。
私は・・・公爵とアラン王子を傷付ける事になるのだ。
「ごめんなさい・・・。公爵・・・アラン王子・・・。」
時計を見ると、まだ時間に余裕があったので、私は手紙を書く事にした。
宛先は・・ピーター。魔界へ行く日程が決定したので、いよいよ私が兼ねてから計画していた事を実行する日がやってきたのだ。
私はペンを取ると、ピーターに手紙をしたためた・・・。
「ふう・・やっと書けた。」
便箋を封筒にしまいながら溜息をついた。
どんな内容の文章にしようか、あまりにも迷い過ぎてしまい書き終えるのに30分以上も時間がかかってしまった。
その後は・・・ダニエル先輩だ。ダニエル先輩に今日絶対に会って、明後日魔界の門へ行く事を伝えておかなけれれば。私が魔界へ行けば、恐らく私の記憶が先輩の中から消えてしまうだろう。だから先輩にも手紙を書いておかなければ。
ダニエル先輩への手紙も書き終えるのに時間がかかってしまい、結局朝食を取る時間が無くなっていた。
「う~ん・・・。仕方ない。マシューから貰ったケーキでも食べて行こうかな。」
紙袋からフルーツケーキを取り出して、そっとセロファンを外すとブランデーの芳醇な香りが辺りに漂った。
「いい香り・・・。いただきまーす。」
パクリ。
うわ!何、これ・・・。すごく美味しい!甘すぎもせず、フルーツの味はしっかり残っているし口の中でホロホロと崩れていくとブランデーの芳醇な味が広がって・・・。最高!
夢中で食べきってしまった。すっかり満足した私は授業へ出る為に鞄を持つと自室を後にした―。
「おはようございます、お嬢様。」
教室に入るなり、いきなりマリウスのお出迎えだ。しかも入口の前に仁王立ちになっているではないか。
「お、お早う・・・マリウス・・。ねえ、マリウス。入り口の前で人を待つものじゃ無いよ?通りの邪魔になるでしょう?」
「それなら大丈夫でした。何故か皆さん私があそこに立っていたら、別の入口を使って教室へ入っていかれたので。」
ニコニコしながら答えるマリウス。
あ~それはそうでしょうよ・・・。この間教室で魔法弾をぶっ放してから、クラスメイト達に恐れられるようになったのをマリウスは気が付いていないのだ。
陰でクレイジーな男だと囁かれていると言うのに・・・。
溜息を1つついて、席に着くと何故か普通に私の隣の席に座って来る。
「ねえ・・・マリウス。」
「はい、何でしょう。お嬢様。」
何でしょうって・・・。
「その席・・・ドミニク様の席だけど?」
「ええ、そうですよ。」
「マリウスの席は一番前のはずだったよね?何故そこに座るの?」
するとマリウスは一気にまくしたてた。
「何故ですって?そんな事は決まっているではありませんか。元々お嬢様の隣の席は私の座っていた席だったのですよ?それなのにドミニク公爵が転入してきた途端、あの教師が有無を言わさず勝手に席替えをしてしまって・・・!お嬢様の隣の席は私です。誰1人としてお嬢様の隣の席に座る事は許せません。幸いなことにドミニク公爵を始め、あの口うるさいアラン王子も本日から1週間、聖剣士としての実習訓練があるとかで不在になるわけですからね。こんな機会滅多に無いではありませんか。ですので本日からは公爵が戻るまでは、私はここに座らせて頂きます。」
私は呆れながらマリウスを見た。よくもまあ、こんなにもペラペラと口が回る物だ。しかも話をしている途中から、何だかマリウスの目に狂気が宿ってきたようで、クラスメイト達はみんなドン引きして私達を遠巻きにしているのにすら気が付いていない。何しろ、エマもグレイもルークも側に来るのを躊躇っていたのだから。
「あ・・・そ、そうなのね・・・。それじゃ好きにしたら?」
教師にも影で恐れられているマリウスの事だ。きっと誰にも咎められる事は無いだろう。
やがて授業が始まった。今日の1時限目は歴史の授業。
今更何一つ聞く事も無いので、私は欠伸を噛み殺しながら隣に座っているマリウスの様子をチラリと見た。
・・・先ほどから何を熱心に書いているのだろう?教壇に立つ教師はボードに何も記述はしていない。教科書を読み上げ、資料の説明をしているだけなのにマリウスは何か一心不乱に書き続けている。
勉強熱心なマリウスの事だ。ひょっとすると教師の話している言葉を一言一句書き綴っているのだろうか・・・。
あ~あ・・・。それにしても退屈だ。どうせ後二日もすれば私は必然的にこの学院を去る事になっているのに今更授業を熱心に聞くのも馬鹿らしくなってきた。
もう1限目の授業だけ出たら、さぼってしまおうかな・・・。
眠くてつい、うつらうつらしていると不意に隣に座っているマリウスに小声で話しかけられた。
「お嬢様、ジェシカお嬢様。」
「!」
その声に驚き、一瞬頭が覚醒した私はマリスを見た。
「お嬢様、先程お嬢様にお手紙を書かせて頂きましたので、絶対に読んで下さいね。」
そう言って渡してきたのは妙に厚みのある封筒だった。も、もしやこれを読めと言うのだろうか・・・?
「あ、あの一体何枚書いたのかな?」
「ご心配なさらないで下さい。せいぜい5枚程度ですから。」
「え・・・・?」
露骨に嫌そうな顔を浮かべた私を見たマリウスは・・・・。
全身を震わせて、真っ赤になって嬉しそうに見つめていた。
やはり久しぶりにマリウスのMっ気が現れたようだ。ううっ!相変わらず気色の悪い男だ。
ああ・・・早く授業が終わらないかな—。
2
「ねえ、マリウス。どうしてわざわざ手紙を書いてよこすの?口で直接話せばいいでしょう?」
授業が終了後の休憩時間・・・私はマリウスから受け取った封筒をヒラヒラさせながら尋ねた。
「それは口頭では説明出来ない内容のお手紙だからです。」
早口で言うマリウス。まるで早く読んでくれと急かされている気分になってくる。しかも口頭では説明できないとは・・・こ、怖い。一体どんな恐ろしい内容がこの手紙に書かれているのだろうか・・・。久しぶりに胃が痛くなってきた。
それにしても・・・。こんなに分厚い内容の手紙は読むのに時間がかかりそうだ。
「分かったよ。それじゃ次の授業は魔法学の授業だからその時に抜けて手紙を読むことにするからね。」
するとマリウスが言った。
「お嬢様、ひょっとすると魔法学の授業をサボるおつもりですか?」
こ、この男は・・・。仮にも主に対してサボるつもりかと尋ねて来るとは・・・。
「だ、だって仕方が無いでしょう?私にはもう魔法学の授業に付いて行くのは無理なんだから。」
そう、このクラスは特にエリート揃いの特別クラス。全員勉強も良く出来るだけでなく魔力の腕も相当な強者揃い。
授業で習う魔法も相当ハイレベルなもので、コップに水をためるどころが、火を起こす魔法すら出来ない私にとってはとてもついていける内容の授業では無いのだ。
その為私はこの授業を毎回レポートで免除してもらっている。本来なら魔法を行使できない私は特別クラスに籍を置けるような身分では無いのだが、魔法学の筆記試験では毎回満点を取っているし、魔力測定値では針を振り切る程の強い魔力を持っている。さらに教授達の間では私が『魅了』という特殊な魔力の持ち主で、魔法がダダ洩れ状態である事も知れているので、魔法学の実技の授業は特別に放免されている。
「お嬢様が授業をサボるなら私も一緒にサボります。さあ、2人でこれから何処へ行きましょうか?」
意味深な目で私を見つめて来るマリウス。何か怖い・・・。まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。
ううう・・いやだ、誰か助けてよ。私は目でグレイとルークを探す。それなのに2人は私と目が合うと視線をサッと逸らせてしまった。あ、薄情者!
だけど・・・考えてみればグレイはマリウスによって大怪我を負わされた経験があるし、マリウスがヤバイ男だと言うのはクラスの誰もが知っている。これじゃあ誰も口を出せるわけ無いよね・・・。
しかし、そこに救いの手が。
「マリウス・グラント君。次の魔法学の授業だが、ちょっと助手をやってもらえますか?」
魔法学の初老の男性教授が突然私達の元へやってきてマリウスに声を掛けてきたのだ。
「え・・・ええ・・?わ、分かりました。」
露骨に嫌そうな顔をするも、不承不承、返事をするマリウス。
やった!教授。貴方は私の救いの神です!
「それでは教授、この授業は私にとっては無理ですのでまたいつもと同じレポート提出でも宜しいでしょうか?」
私はさり気なく教授に尋ねた。
「ああ、そうですね。いいですよ、リッジウェイさん。それでは今週中にレポートに本日の課題をまとめて提出して下さいね。」
「はい、ありがとうございます。」
私は丁寧に頭を下げると、恨めしそうなマリウスを尻目に鞄を持つと教室を出て行った・・・。
学生の姿が1人もいない校内の外を歩く私。
ダニエル先輩に会いたいな・・・。後2日で私はこの学院を去ってしまうのだ。その前に私はダニエル先輩に手紙を渡さなければ・・・
「あれ?ここは・・・。」
ダニエル先輩の事を考えながら歩いていたせいだろうか、気が付くと私はダニエル先輩と初めて会った南塔の校舎前の中庭へと来ていた。しかもベンチが設置してあるでは無いか。
「そうだ、ここでマリウスの手紙を読もうかな。」
うう・・・でも読みたくない。何故かこの手紙からは不気味なオーラが漂っているようにすら感じる。果てしなく嫌な予感しかしないのだが・・・。
私はため息をつきながら封筒から手紙を抜き取った。
マリウスの寄こした手紙はこうだった。
いかに自分が私に対して激しい恋情を抱いているかを様々な表現を用いて書き綴っている。おまけに自分を選んでくれなければ最早自分には死ぬ道しか残されていないなど書いてあるでは無いか。これではラブレターというよりはまるで脅迫文だ。
はっきり言って・・・重い!男のくせになんて重たい男なのだっ!冗談じゃない。
いくらマリウスが飛び切りの美形であろうと、これは無理、論外だ。
さらには私と結婚した場合は、子供は最低でも男の子3人、女の子も3人は欲しいだとか・・・(一体どれだけ産ませたいのだ!)
挙句の果てに、マリウスは自分のベッドテクニックがどれだけ凄いのか具体的な例を挙げて書いてあるではないか。まるで18禁のような文章を目にした時には仰天してしまった。あり得ない、女性に向かってこのような過激な内容の文面を書いて寄こすとは・・・。次第に恐怖なのか怒りなのか分からない震えに襲われる私。
しかも最後に付け加えられた極めつけは・・・。
『アラン王子より満足させてあげられますよ』であった。
バ・バレてる・・・。マリウスにアラン王子との事が完全にバレていた・・・!
全身から血の気が引くのが分かった。前々から危険な男だとは思っていたが、ここまで狂気に囚われていたとは・・・。
そして最後に入っていたのは手紙では無く2枚の書類。
1枚目の書類は自分の今所有している資産について。そして将来的に自分がグラント家の家督を継いだ場合に得られる収入、及び支出額について事細かに記載されてある報告書。
はて・・?これは一体どういう意味なのだろうか?マリウスが何を考えているのかがさっぱり意味が分からないし、理解したいとも思えない。
2枚目の書類は・・・。
「キャアアアアアッ!!」
とうとう我慢できずに私は絶叫してしまった。
その書類は婚姻届けだったのだ。マリウスは自分の記入するべき箇所は全て書き込んであり、後は私のサインを入れるだけになっていた。
そして小さく折りたたまれた紙が婚姻届けの間に挟まれている。
「・・・な、何・・・これ・・?」
震える指先で紙包みを広げて見ると・・・紫色のダイヤが埋め込まれた指輪が入っていたのだ。こ、これはまさか・・・!
指輪を包んでいた紙にはこう書かれていた。
『婚約指輪です。受け取って下さい。』
グラリ。私の頭が大きく傾く。あまりのショックに一瞬意識が遠のきかけてしまった。危ない危ない。
要はこの手紙はラブレターでもなく、脅迫文でもない・・・私に対するプロポーズの手紙だったと言う訳だ。
嫌だ、怖い怖い怖い。私は両肩を抱えてチワワの様にブルブル震えた。ま、まずい!このままでは、少しでも気を抜けば私の貞操のき・危機が・・・!
恐らくあのマリウスの事。絶対に読んで下さいと言って来たのだから、必ず返事を待っているはず。どうしよう、いや、悩むまでも無い。私の返事は絶対にNOに決まっている。しかし、私の返事を受け入れてくれるかどうか・・・。
大体、只でさえ私は後2日後には魔界へ向かい、ノア先輩を助け出してこなくてはならない。今はマリウスの事で頭を悩ませている余裕すらないと言うのに・・・そこまで考えて、私はある考えに閃いた。
そうだ!返事を後3日伸ばして貰えば良いのだ!2日後、私はマシューと共に魔界へ向かう。魔界へ行けば必然的に私の記憶はこの世界からは消えてなくなってしまうのだ。
「な~んだ。悩む事は無かったかあ・・・。」
今迄散々悩んでいた自分が急に馬鹿らしく思えて来た。深呼吸をして、ようやく気分も落ち着いたので、マリウスの手紙を封筒にしまっていると・・・。
サクサクと枯葉を踏みつけてこちらへ近づいてくる足音が聞こえて来た。
「ジェシカ?」
呼ばれた私は顔を上げると・・・・。そこに立っていたのは私が会いたいと思っていたダニエル先輩がいた—。
3
「良かった、ダニエル先輩・・・会いたかったです!」
嬉しさのあまり笑顔になる私。
「ジェ、ジェシカ・・・。僕の事をそんな風に言ってくれるなんて・・・。」
ダニエル先輩は顔を赤く染め、いそいそと私の隣に座ると肩を抱き寄せ、私の額にキスをしてきた。
「!」
な・な・いきなりダニエル先輩は何を・・・。思わず固まっている所をさらに耳元で先輩に囁かれた。
「僕も・・・君に会いたかったよ。」
そしてじっと私を見つめるダニエル先輩。私は思わず先輩の美しい顔に見惚れかけ・・・ってそんな悠長な事を言ってる場合では無い!
「そ、そんな事よりダニエル先輩。大変なんです。もう一刻の猶予もありません。私が・・・魔界へ行く日が決まったんです。それも・・近日中に!」
「え?な・・・何だって・・・その話は本当なの?!」
ダニエル先輩は私の両肩に手を置き、覗き込んできた。先輩の目は・・・不安げに揺れている。
「は、はい。私を『ワールズ・エンド』まで連れて行ってくれる聖剣士のマシューが次に門番をするのが後二日後なんです。この日、私は彼と一緒に門へ向かいます。」
「ジェシカ・・・。」
ダニエル先輩の顔が一瞬悲し気に歪み、次の瞬間私をきつく抱きしめて来た。
「行かせたくない・・・!君の話していた通り、僕にはノア先輩という友人がいたのだろうけど・・僕にはもう彼の記憶が一切無いんだ。だから・・こんな言い方をすれば僕の事をジェシカは冷たい人間だと思うかもしれないけれど・・今一番大切なのは彼じゃない。ジェシカだけなんだ・・・!なのに、君はどうしても行ってしまうと言うのかい?」
ダニエル先輩の胸に顔を埋め、私は言った。
「ごめんなさい・・・。ダニエル先輩。ノア先輩は・・・私の命を救う為に、魔界へ行ったんですよ?だとしたら、やっぱり私はノア先輩を助けに行かなくてはならないんです。それに・・知ってましたか、ダニエル先輩。魔界って・・・すごく寒くて・・青い空も無ければ、満天に輝く星空すら見えない世界なんです。そんな辛い場所にノア先輩を残して、自分だけこの世界で生きていくなんて真似私には・・出来ません。」
ダニエル先輩はそっと私の身体から離れると、顔を見降ろした。
「ジェシカ・・・。それでは僕は一体何をすればいい?」
「先輩、これを・・・。」
私は持っていた鞄からダニエル先輩宛ての手紙を取り出した。
「これは?」
ダニエル先輩は手紙を受け取ると私を見た。
「ダニエル先輩に宛てた手紙です。恐らく、2日後マシューが門を開ける時、騒ぎが起こると思います。そしたら、その手紙を読んでください。私が魔界へ行った段階で、恐らく皆の記憶から私が消えます。だから・・この手紙は私という人間がこの世界に居たという証でもあります。ダニエル先輩。どうか・・・この手紙、絶対目の届くところに置いておいて頂けますか?」
ダニエル先輩は今にも泣きそうな顔で私の話を聞いていた。
「ジェシカ・・・本当に君は・・・魔界へ行ってしまうんだね・・?でも、僕は嫌だ。君の・・君と過ごした記憶が無くなってしまうのは耐えられない・・・。」
まるで血を吐くかのように苦し気に言うダニエル先輩。
そこで私は言った。
「大丈夫です、ダニエル先輩。私、必ずノア先輩を連れて戻ってきますから。無事に戻って来れたら・・・きっと私の事を思い出せるはずです。大丈夫、この間もお話しましたけど、思い出して貰えるまで、何度もダニエル先輩に会いに行きますから。」
「分かったよ・・・ジェシカ・・。だけど、君をたった1人で行かせるのは、やはり心配でたまらないよ。だって、君は・・・魔法を使えないんだから・・。」
ダニエル先輩は長い睫毛を震わせながら私をじっと見つめると言った。確かに・・・私には皆のように魔法が使えない。だけど・・・。
「ねえ、知っていましたか?ダニエル先輩。魔界って・・・人間界とは違って、魔法を使う事が出来ないそうなんですよ?だから、魔法が使えようが使えまいが、関係無い世界なんです。それに・・私は1人では魔界に行きません。レオが・・・ついて来てくれる事になったんです。」
「レオ?レオって確か・・・・。」
「はい、ダニエル先輩たちと一緒に魔界の門まで行ってくれた男性です。」
「何?あいつが・・・あの男がジェシカと一緒に・・・?」
「はい、そうです。・・・ダニエル先輩?何だか随分不満そうな顔に見えますが・・・?」
何故か先輩は面白くなさそうな顔をしている。
「それは・・・そうさ。だって、何故あの男は良くて僕は駄目なんだい?」
「ダニエル先輩の為です。」
「!」
私の言葉に大きく反応するダニエル先輩。
「僕の・・・為・・・?」
「はい、ダニエル先輩とノア先輩は本当に仲が良かったんですよ。もし私と一緒に魔界へ行った時に、ダニエル先輩に何かあったら・・・ノア先輩が悲しみます。」
「だ、だけど・・・!僕のいない所で万一ジェシカに何かあったりしたら・・・!」
それでもダニエル先輩は中々引こうとしない。そこで私は言った、
「大丈夫です、私は絶対に死んだりしませんから。」
そう・・・私は死なない・・。この世界で命を落せば、元の世界で目を覚ますだけなのだから・・・・。
その後も私はダニエル先輩と色々な話をし・・・2時限目の授業を終えるチャイムが鳴った。
「ダニエル先輩、それでは私、もう行きますね。」
私はベンチから立ち上がると言った。
「え?もう行ってしまうのかい?」
ダニエル先輩は悲しげな顔で私を見上げた。
「はい、すみません・・・。この後もまだする事が沢山あるので・・。」
「・・・待って。それじゃ僕から先に行くよ・・・。君から先に帰られるのは・・辛いからね。」
言いながらダニエル先輩も立ち上がった。
「ジェシカ・・・・。僕は・・・。」
ダニエル先輩は私の右手にそっと触れると、突然引き寄せて強く抱きしめるとキスをしてきた。
「!」
あまりの突然の出来事に驚く私。
ダニエル先輩は唇を離すと言った。
「さよなら・・・ジェシカ。」
そしてまるで逃げるようにダニエル先輩は走り去って行った。
「ダニエル先輩・・・。」
私は暫くの間、そこに立ち尽くしていた・・・。
結局、3時限目の授業はサボってしまった。何故なら自室で荷物の整理もしていたかったからだ。片付けをしながら少しだけ寂しい気分になってきた。
「このパソコンとプリンター・・・ここに置いたままじゃ駄目だよね・・・。」
誰に預かって貰おう?ここはやっぱりピーターさんに・・・?
「うん、やっぱりピーターさんが適任かもね。」
私はクローゼットをガサゴソと探し、適当な大きさの箱を見つけると、その中にパソコンとプリンターを以前古びて買い替えて残して置いたボロシーツでぐるぐる巻きに梱包すると、箱の中に入れ、紐でしっかり括り付けた。それを持って寮母室を訪ねる。
コンコン。
入り口をノックすると、声をかけた。
「すみません、リッジウェイですが寮母さん、いらっしゃいますか?」
するとすぐに寮母さんが部屋から出てきた。
「どうされましたか?リッジウェイさん。」
「あの、すみませんがこの荷物をこちらの住所に手紙と一緒に送って頂けますか?」
私は寮母さんに荷物と手紙を預けた。
「はい、お預かりしますね。ところで・・・。」
寮母さんは私の顔をじっと見つめると言った。
「何か・・・ありましたか?随分元気が無いように見えますが・・・。」
「え?」
「あの、私で良ければ・・・何でも相談してくださいね。」
そして寮母さんは恥ずかしそうに笑うと、荷物を預かって、部屋の扉を閉めた。
・・・寮母さんとは殆ど接点は無かったけれども・・・彼女の心の優しさを垣間見えて、私の心は少しだけ、温まるのだった―。
ジリジリジリジリ・・・・。
目覚まし時計の鳴る音で目が覚める。
「う~ん・・・煩いな・・・。」
目を閉じながら手探りで目覚まし時計を探し、バチンと音を止める。
ふう~・・・やっと静かになった・・。ってあれ・・・?
ガバッとベッドから起き上がると、そこはいつもの自分が見慣れた部屋だった。
「え?え?一体どういう事・・・?」
全く訳が分からない。昨夜、私は公爵と港の近くにある宿屋に泊る事にして、その後私は公爵と・・・・。
確かに私は公爵と波の音が聞こえる宿に泊まり、そこで私は公爵に・・・。
「ま、まさか・・・あれは・・ゆ、夢だったの・・・?」
あり得ない、もし仮に夢だとしたら・・私は絶対、どこか病んでるのかもしれない!
「アハハ・・・そ、そんな・・・。」
思わず頭を抱える私。・・・そうだ、こんな時こそシャワーを浴びて頭をすっきりさせよう。幸い時刻はまだ朝の5時半。時間に余裕があるし、まずは熱いシャワーを頭から浴びてすっきりさせた方が良いだろう。
と言う事で私はベッドから起き上がり、シャワールームで全身くまなく洗い、部屋へ戻った。
「ふう~さっぱりした。」
制服に着替えながら何気なくサイドテーブルを見ると小さくたたまれたメモが乗っている事に気が付いた。
「ん?何だろう、このメモは・・・。」
メモを広げて、中身に目を通す。
ジェシカへ。
昨夜は・・・俺の為にありがとう。
ジェシカのお陰で、あの女の幻聴が全く聞こえなくなった。
やっとあの女の呪縛から解き放たれたようだ。
本当に感謝している。
朝起きた時顔を合わせるのが恥ずかしいので、勝手に部屋へ運んでしまった。
きっと驚かせてしまっただろうな。
すまなかった。
PS:
今日から1週間、聖剣士になる為の訓練が行われるので当分会えそうにない。
また訓練が終わったら、お前と色々話がしたい。
その時は時間を作ってもらえないだろうか?
よろしく頼む。
別れたばかりなのに・・・もうお前に会いたいと思うなんて我ながら呆れてしまう。
ドミニク・テレステオ
メモを読み終えた私は追わず安堵?の溜息をついた。
「良かった・・・夢じゃ・・無かったんだ・・。」
でも・・いくら公爵に乞われたからと言って・・あんな真似をして本当に良かったのだろうか?もし私がマシューの手引きで・・魔界の門に行こうとしている事が公爵の耳に入れば・・いや、あの夢が予知夢であれば確実に私は公爵とアラン王子に見つかってしまう。
私は・・・公爵とアラン王子を傷付ける事になるのだ。
「ごめんなさい・・・。公爵・・・アラン王子・・・。」
時計を見ると、まだ時間に余裕があったので、私は手紙を書く事にした。
宛先は・・ピーター。魔界へ行く日程が決定したので、いよいよ私が兼ねてから計画していた事を実行する日がやってきたのだ。
私はペンを取ると、ピーターに手紙をしたためた・・・。
「ふう・・やっと書けた。」
便箋を封筒にしまいながら溜息をついた。
どんな内容の文章にしようか、あまりにも迷い過ぎてしまい書き終えるのに30分以上も時間がかかってしまった。
その後は・・・ダニエル先輩だ。ダニエル先輩に今日絶対に会って、明後日魔界の門へ行く事を伝えておかなけれれば。私が魔界へ行けば、恐らく私の記憶が先輩の中から消えてしまうだろう。だから先輩にも手紙を書いておかなければ。
ダニエル先輩への手紙も書き終えるのに時間がかかってしまい、結局朝食を取る時間が無くなっていた。
「う~ん・・・。仕方ない。マシューから貰ったケーキでも食べて行こうかな。」
紙袋からフルーツケーキを取り出して、そっとセロファンを外すとブランデーの芳醇な香りが辺りに漂った。
「いい香り・・・。いただきまーす。」
パクリ。
うわ!何、これ・・・。すごく美味しい!甘すぎもせず、フルーツの味はしっかり残っているし口の中でホロホロと崩れていくとブランデーの芳醇な味が広がって・・・。最高!
夢中で食べきってしまった。すっかり満足した私は授業へ出る為に鞄を持つと自室を後にした―。
「おはようございます、お嬢様。」
教室に入るなり、いきなりマリウスのお出迎えだ。しかも入口の前に仁王立ちになっているではないか。
「お、お早う・・・マリウス・・。ねえ、マリウス。入り口の前で人を待つものじゃ無いよ?通りの邪魔になるでしょう?」
「それなら大丈夫でした。何故か皆さん私があそこに立っていたら、別の入口を使って教室へ入っていかれたので。」
ニコニコしながら答えるマリウス。
あ~それはそうでしょうよ・・・。この間教室で魔法弾をぶっ放してから、クラスメイト達に恐れられるようになったのをマリウスは気が付いていないのだ。
陰でクレイジーな男だと囁かれていると言うのに・・・。
溜息を1つついて、席に着くと何故か普通に私の隣の席に座って来る。
「ねえ・・・マリウス。」
「はい、何でしょう。お嬢様。」
何でしょうって・・・。
「その席・・・ドミニク様の席だけど?」
「ええ、そうですよ。」
「マリウスの席は一番前のはずだったよね?何故そこに座るの?」
するとマリウスは一気にまくしたてた。
「何故ですって?そんな事は決まっているではありませんか。元々お嬢様の隣の席は私の座っていた席だったのですよ?それなのにドミニク公爵が転入してきた途端、あの教師が有無を言わさず勝手に席替えをしてしまって・・・!お嬢様の隣の席は私です。誰1人としてお嬢様の隣の席に座る事は許せません。幸いなことにドミニク公爵を始め、あの口うるさいアラン王子も本日から1週間、聖剣士としての実習訓練があるとかで不在になるわけですからね。こんな機会滅多に無いではありませんか。ですので本日からは公爵が戻るまでは、私はここに座らせて頂きます。」
私は呆れながらマリウスを見た。よくもまあ、こんなにもペラペラと口が回る物だ。しかも話をしている途中から、何だかマリウスの目に狂気が宿ってきたようで、クラスメイト達はみんなドン引きして私達を遠巻きにしているのにすら気が付いていない。何しろ、エマもグレイもルークも側に来るのを躊躇っていたのだから。
「あ・・・そ、そうなのね・・・。それじゃ好きにしたら?」
教師にも影で恐れられているマリウスの事だ。きっと誰にも咎められる事は無いだろう。
やがて授業が始まった。今日の1時限目は歴史の授業。
今更何一つ聞く事も無いので、私は欠伸を噛み殺しながら隣に座っているマリウスの様子をチラリと見た。
・・・先ほどから何を熱心に書いているのだろう?教壇に立つ教師はボードに何も記述はしていない。教科書を読み上げ、資料の説明をしているだけなのにマリウスは何か一心不乱に書き続けている。
勉強熱心なマリウスの事だ。ひょっとすると教師の話している言葉を一言一句書き綴っているのだろうか・・・。
あ~あ・・・。それにしても退屈だ。どうせ後二日もすれば私は必然的にこの学院を去る事になっているのに今更授業を熱心に聞くのも馬鹿らしくなってきた。
もう1限目の授業だけ出たら、さぼってしまおうかな・・・。
眠くてつい、うつらうつらしていると不意に隣に座っているマリウスに小声で話しかけられた。
「お嬢様、ジェシカお嬢様。」
「!」
その声に驚き、一瞬頭が覚醒した私はマリスを見た。
「お嬢様、先程お嬢様にお手紙を書かせて頂きましたので、絶対に読んで下さいね。」
そう言って渡してきたのは妙に厚みのある封筒だった。も、もしやこれを読めと言うのだろうか・・・?
「あ、あの一体何枚書いたのかな?」
「ご心配なさらないで下さい。せいぜい5枚程度ですから。」
「え・・・・?」
露骨に嫌そうな顔を浮かべた私を見たマリウスは・・・・。
全身を震わせて、真っ赤になって嬉しそうに見つめていた。
やはり久しぶりにマリウスのMっ気が現れたようだ。ううっ!相変わらず気色の悪い男だ。
ああ・・・早く授業が終わらないかな—。
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「ねえ、マリウス。どうしてわざわざ手紙を書いてよこすの?口で直接話せばいいでしょう?」
授業が終了後の休憩時間・・・私はマリウスから受け取った封筒をヒラヒラさせながら尋ねた。
「それは口頭では説明出来ない内容のお手紙だからです。」
早口で言うマリウス。まるで早く読んでくれと急かされている気分になってくる。しかも口頭では説明できないとは・・・こ、怖い。一体どんな恐ろしい内容がこの手紙に書かれているのだろうか・・・。久しぶりに胃が痛くなってきた。
それにしても・・・。こんなに分厚い内容の手紙は読むのに時間がかかりそうだ。
「分かったよ。それじゃ次の授業は魔法学の授業だからその時に抜けて手紙を読むことにするからね。」
するとマリウスが言った。
「お嬢様、ひょっとすると魔法学の授業をサボるおつもりですか?」
こ、この男は・・・。仮にも主に対してサボるつもりかと尋ねて来るとは・・・。
「だ、だって仕方が無いでしょう?私にはもう魔法学の授業に付いて行くのは無理なんだから。」
そう、このクラスは特にエリート揃いの特別クラス。全員勉強も良く出来るだけでなく魔力の腕も相当な強者揃い。
授業で習う魔法も相当ハイレベルなもので、コップに水をためるどころが、火を起こす魔法すら出来ない私にとってはとてもついていける内容の授業では無いのだ。
その為私はこの授業を毎回レポートで免除してもらっている。本来なら魔法を行使できない私は特別クラスに籍を置けるような身分では無いのだが、魔法学の筆記試験では毎回満点を取っているし、魔力測定値では針を振り切る程の強い魔力を持っている。さらに教授達の間では私が『魅了』という特殊な魔力の持ち主で、魔法がダダ洩れ状態である事も知れているので、魔法学の実技の授業は特別に放免されている。
「お嬢様が授業をサボるなら私も一緒にサボります。さあ、2人でこれから何処へ行きましょうか?」
意味深な目で私を見つめて来るマリウス。何か怖い・・・。まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。
ううう・・いやだ、誰か助けてよ。私は目でグレイとルークを探す。それなのに2人は私と目が合うと視線をサッと逸らせてしまった。あ、薄情者!
だけど・・・考えてみればグレイはマリウスによって大怪我を負わされた経験があるし、マリウスがヤバイ男だと言うのはクラスの誰もが知っている。これじゃあ誰も口を出せるわけ無いよね・・・。
しかし、そこに救いの手が。
「マリウス・グラント君。次の魔法学の授業だが、ちょっと助手をやってもらえますか?」
魔法学の初老の男性教授が突然私達の元へやってきてマリウスに声を掛けてきたのだ。
「え・・・ええ・・?わ、分かりました。」
露骨に嫌そうな顔をするも、不承不承、返事をするマリウス。
やった!教授。貴方は私の救いの神です!
「それでは教授、この授業は私にとっては無理ですのでまたいつもと同じレポート提出でも宜しいでしょうか?」
私はさり気なく教授に尋ねた。
「ああ、そうですね。いいですよ、リッジウェイさん。それでは今週中にレポートに本日の課題をまとめて提出して下さいね。」
「はい、ありがとうございます。」
私は丁寧に頭を下げると、恨めしそうなマリウスを尻目に鞄を持つと教室を出て行った・・・。
学生の姿が1人もいない校内の外を歩く私。
ダニエル先輩に会いたいな・・・。後2日で私はこの学院を去ってしまうのだ。その前に私はダニエル先輩に手紙を渡さなければ・・・
「あれ?ここは・・・。」
ダニエル先輩の事を考えながら歩いていたせいだろうか、気が付くと私はダニエル先輩と初めて会った南塔の校舎前の中庭へと来ていた。しかもベンチが設置してあるでは無いか。
「そうだ、ここでマリウスの手紙を読もうかな。」
うう・・・でも読みたくない。何故かこの手紙からは不気味なオーラが漂っているようにすら感じる。果てしなく嫌な予感しかしないのだが・・・。
私はため息をつきながら封筒から手紙を抜き取った。
マリウスの寄こした手紙はこうだった。
いかに自分が私に対して激しい恋情を抱いているかを様々な表現を用いて書き綴っている。おまけに自分を選んでくれなければ最早自分には死ぬ道しか残されていないなど書いてあるでは無いか。これではラブレターというよりはまるで脅迫文だ。
はっきり言って・・・重い!男のくせになんて重たい男なのだっ!冗談じゃない。
いくらマリウスが飛び切りの美形であろうと、これは無理、論外だ。
さらには私と結婚した場合は、子供は最低でも男の子3人、女の子も3人は欲しいだとか・・・(一体どれだけ産ませたいのだ!)
挙句の果てに、マリウスは自分のベッドテクニックがどれだけ凄いのか具体的な例を挙げて書いてあるではないか。まるで18禁のような文章を目にした時には仰天してしまった。あり得ない、女性に向かってこのような過激な内容の文面を書いて寄こすとは・・・。次第に恐怖なのか怒りなのか分からない震えに襲われる私。
しかも最後に付け加えられた極めつけは・・・。
『アラン王子より満足させてあげられますよ』であった。
バ・バレてる・・・。マリウスにアラン王子との事が完全にバレていた・・・!
全身から血の気が引くのが分かった。前々から危険な男だとは思っていたが、ここまで狂気に囚われていたとは・・・。
そして最後に入っていたのは手紙では無く2枚の書類。
1枚目の書類は自分の今所有している資産について。そして将来的に自分がグラント家の家督を継いだ場合に得られる収入、及び支出額について事細かに記載されてある報告書。
はて・・?これは一体どういう意味なのだろうか?マリウスが何を考えているのかがさっぱり意味が分からないし、理解したいとも思えない。
2枚目の書類は・・・。
「キャアアアアアッ!!」
とうとう我慢できずに私は絶叫してしまった。
その書類は婚姻届けだったのだ。マリウスは自分の記入するべき箇所は全て書き込んであり、後は私のサインを入れるだけになっていた。
そして小さく折りたたまれた紙が婚姻届けの間に挟まれている。
「・・・な、何・・・これ・・?」
震える指先で紙包みを広げて見ると・・・紫色のダイヤが埋め込まれた指輪が入っていたのだ。こ、これはまさか・・・!
指輪を包んでいた紙にはこう書かれていた。
『婚約指輪です。受け取って下さい。』
グラリ。私の頭が大きく傾く。あまりのショックに一瞬意識が遠のきかけてしまった。危ない危ない。
要はこの手紙はラブレターでもなく、脅迫文でもない・・・私に対するプロポーズの手紙だったと言う訳だ。
嫌だ、怖い怖い怖い。私は両肩を抱えてチワワの様にブルブル震えた。ま、まずい!このままでは、少しでも気を抜けば私の貞操のき・危機が・・・!
恐らくあのマリウスの事。絶対に読んで下さいと言って来たのだから、必ず返事を待っているはず。どうしよう、いや、悩むまでも無い。私の返事は絶対にNOに決まっている。しかし、私の返事を受け入れてくれるかどうか・・・。
大体、只でさえ私は後2日後には魔界へ向かい、ノア先輩を助け出してこなくてはならない。今はマリウスの事で頭を悩ませている余裕すらないと言うのに・・・そこまで考えて、私はある考えに閃いた。
そうだ!返事を後3日伸ばして貰えば良いのだ!2日後、私はマシューと共に魔界へ向かう。魔界へ行けば必然的に私の記憶はこの世界からは消えてなくなってしまうのだ。
「な~んだ。悩む事は無かったかあ・・・。」
今迄散々悩んでいた自分が急に馬鹿らしく思えて来た。深呼吸をして、ようやく気分も落ち着いたので、マリウスの手紙を封筒にしまっていると・・・。
サクサクと枯葉を踏みつけてこちらへ近づいてくる足音が聞こえて来た。
「ジェシカ?」
呼ばれた私は顔を上げると・・・・。そこに立っていたのは私が会いたいと思っていたダニエル先輩がいた—。
3
「良かった、ダニエル先輩・・・会いたかったです!」
嬉しさのあまり笑顔になる私。
「ジェ、ジェシカ・・・。僕の事をそんな風に言ってくれるなんて・・・。」
ダニエル先輩は顔を赤く染め、いそいそと私の隣に座ると肩を抱き寄せ、私の額にキスをしてきた。
「!」
な・な・いきなりダニエル先輩は何を・・・。思わず固まっている所をさらに耳元で先輩に囁かれた。
「僕も・・・君に会いたかったよ。」
そしてじっと私を見つめるダニエル先輩。私は思わず先輩の美しい顔に見惚れかけ・・・ってそんな悠長な事を言ってる場合では無い!
「そ、そんな事よりダニエル先輩。大変なんです。もう一刻の猶予もありません。私が・・・魔界へ行く日が決まったんです。それも・・近日中に!」
「え?な・・・何だって・・・その話は本当なの?!」
ダニエル先輩は私の両肩に手を置き、覗き込んできた。先輩の目は・・・不安げに揺れている。
「は、はい。私を『ワールズ・エンド』まで連れて行ってくれる聖剣士のマシューが次に門番をするのが後二日後なんです。この日、私は彼と一緒に門へ向かいます。」
「ジェシカ・・・。」
ダニエル先輩の顔が一瞬悲し気に歪み、次の瞬間私をきつく抱きしめて来た。
「行かせたくない・・・!君の話していた通り、僕にはノア先輩という友人がいたのだろうけど・・僕にはもう彼の記憶が一切無いんだ。だから・・こんな言い方をすれば僕の事をジェシカは冷たい人間だと思うかもしれないけれど・・今一番大切なのは彼じゃない。ジェシカだけなんだ・・・!なのに、君はどうしても行ってしまうと言うのかい?」
ダニエル先輩の胸に顔を埋め、私は言った。
「ごめんなさい・・・。ダニエル先輩。ノア先輩は・・・私の命を救う為に、魔界へ行ったんですよ?だとしたら、やっぱり私はノア先輩を助けに行かなくてはならないんです。それに・・知ってましたか、ダニエル先輩。魔界って・・・すごく寒くて・・青い空も無ければ、満天に輝く星空すら見えない世界なんです。そんな辛い場所にノア先輩を残して、自分だけこの世界で生きていくなんて真似私には・・出来ません。」
ダニエル先輩はそっと私の身体から離れると、顔を見降ろした。
「ジェシカ・・・。それでは僕は一体何をすればいい?」
「先輩、これを・・・。」
私は持っていた鞄からダニエル先輩宛ての手紙を取り出した。
「これは?」
ダニエル先輩は手紙を受け取ると私を見た。
「ダニエル先輩に宛てた手紙です。恐らく、2日後マシューが門を開ける時、騒ぎが起こると思います。そしたら、その手紙を読んでください。私が魔界へ行った段階で、恐らく皆の記憶から私が消えます。だから・・この手紙は私という人間がこの世界に居たという証でもあります。ダニエル先輩。どうか・・・この手紙、絶対目の届くところに置いておいて頂けますか?」
ダニエル先輩は今にも泣きそうな顔で私の話を聞いていた。
「ジェシカ・・・本当に君は・・・魔界へ行ってしまうんだね・・?でも、僕は嫌だ。君の・・君と過ごした記憶が無くなってしまうのは耐えられない・・・。」
まるで血を吐くかのように苦し気に言うダニエル先輩。
そこで私は言った。
「大丈夫です、ダニエル先輩。私、必ずノア先輩を連れて戻ってきますから。無事に戻って来れたら・・・きっと私の事を思い出せるはずです。大丈夫、この間もお話しましたけど、思い出して貰えるまで、何度もダニエル先輩に会いに行きますから。」
「分かったよ・・・ジェシカ・・。だけど、君をたった1人で行かせるのは、やはり心配でたまらないよ。だって、君は・・・魔法を使えないんだから・・。」
ダニエル先輩は長い睫毛を震わせながら私をじっと見つめると言った。確かに・・・私には皆のように魔法が使えない。だけど・・・。
「ねえ、知っていましたか?ダニエル先輩。魔界って・・・人間界とは違って、魔法を使う事が出来ないそうなんですよ?だから、魔法が使えようが使えまいが、関係無い世界なんです。それに・・私は1人では魔界に行きません。レオが・・・ついて来てくれる事になったんです。」
「レオ?レオって確か・・・・。」
「はい、ダニエル先輩たちと一緒に魔界の門まで行ってくれた男性です。」
「何?あいつが・・・あの男がジェシカと一緒に・・・?」
「はい、そうです。・・・ダニエル先輩?何だか随分不満そうな顔に見えますが・・・?」
何故か先輩は面白くなさそうな顔をしている。
「それは・・・そうさ。だって、何故あの男は良くて僕は駄目なんだい?」
「ダニエル先輩の為です。」
「!」
私の言葉に大きく反応するダニエル先輩。
「僕の・・・為・・・?」
「はい、ダニエル先輩とノア先輩は本当に仲が良かったんですよ。もし私と一緒に魔界へ行った時に、ダニエル先輩に何かあったら・・・ノア先輩が悲しみます。」
「だ、だけど・・・!僕のいない所で万一ジェシカに何かあったりしたら・・・!」
それでもダニエル先輩は中々引こうとしない。そこで私は言った、
「大丈夫です、私は絶対に死んだりしませんから。」
そう・・・私は死なない・・。この世界で命を落せば、元の世界で目を覚ますだけなのだから・・・・。
その後も私はダニエル先輩と色々な話をし・・・2時限目の授業を終えるチャイムが鳴った。
「ダニエル先輩、それでは私、もう行きますね。」
私はベンチから立ち上がると言った。
「え?もう行ってしまうのかい?」
ダニエル先輩は悲しげな顔で私を見上げた。
「はい、すみません・・・。この後もまだする事が沢山あるので・・。」
「・・・待って。それじゃ僕から先に行くよ・・・。君から先に帰られるのは・・辛いからね。」
言いながらダニエル先輩も立ち上がった。
「ジェシカ・・・・。僕は・・・。」
ダニエル先輩は私の右手にそっと触れると、突然引き寄せて強く抱きしめるとキスをしてきた。
「!」
あまりの突然の出来事に驚く私。
ダニエル先輩は唇を離すと言った。
「さよなら・・・ジェシカ。」
そしてまるで逃げるようにダニエル先輩は走り去って行った。
「ダニエル先輩・・・。」
私は暫くの間、そこに立ち尽くしていた・・・。
結局、3時限目の授業はサボってしまった。何故なら自室で荷物の整理もしていたかったからだ。片付けをしながら少しだけ寂しい気分になってきた。
「このパソコンとプリンター・・・ここに置いたままじゃ駄目だよね・・・。」
誰に預かって貰おう?ここはやっぱりピーターさんに・・・?
「うん、やっぱりピーターさんが適任かもね。」
私はクローゼットをガサゴソと探し、適当な大きさの箱を見つけると、その中にパソコンとプリンターを以前古びて買い替えて残して置いたボロシーツでぐるぐる巻きに梱包すると、箱の中に入れ、紐でしっかり括り付けた。それを持って寮母室を訪ねる。
コンコン。
入り口をノックすると、声をかけた。
「すみません、リッジウェイですが寮母さん、いらっしゃいますか?」
するとすぐに寮母さんが部屋から出てきた。
「どうされましたか?リッジウェイさん。」
「あの、すみませんがこの荷物をこちらの住所に手紙と一緒に送って頂けますか?」
私は寮母さんに荷物と手紙を預けた。
「はい、お預かりしますね。ところで・・・。」
寮母さんは私の顔をじっと見つめると言った。
「何か・・・ありましたか?随分元気が無いように見えますが・・・。」
「え?」
「あの、私で良ければ・・・何でも相談してくださいね。」
そして寮母さんは恥ずかしそうに笑うと、荷物を預かって、部屋の扉を閉めた。
・・・寮母さんとは殆ど接点は無かったけれども・・・彼女の心の優しさを垣間見えて、私の心は少しだけ、温まるのだった―。
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