目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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マシュー・クラウド ③

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1

空間転移魔法を使って、俺は初めて魔界の門を抜けた。 
見上げる空はピンク色、そして一面に咲き乱れる無数の花々・・・。俺は気が遠くなるのを感じた。
「まさかこの中から七色に光る花を見つけろと言うのか?」
試しに足元の花を見る。・・・黄色の花だ。手当たり次第花を確認しても見当違いの花ばかり。くそっ!こんなに手間取っていたら彼女が手遅れに・・!それにいつ見張りのフレアに見つかってしまうかもしれない。
「大丈夫だ、落ち着け。」
俺は自分に言い聞かせる。
絶対に彼女は俺が助けるんだ・・・!



 それから小一時間、俺は目を皿のようにして、地面に這いつくばりながら必死になって七色の花を探し続け―。
「あ・・・あった!」
遂に花を見つけた。これで彼女を助けられる・・!
俺は光り輝く花に手を伸ばした・・・。
するとその花に触れた途端、辺りを震わすような女の声が響き渡る・・・。

「一体、何処の誰・・・?私の大切な花を奪おうとする者は・・・!!」

あの声は・・・フレアだ!

フレアは怒りで身体から青い炎を吹き上げて、こちらへ向かって飛んで来る。

「マシューッ!!貴方だったのね?!」

憎悪の目で俺を睨み付けるフレア。しまった!見つかってしまった。
俺は急いで花を摘み取ると、ワールズ・エンドへ飛んだ。

俺が花を摘んで彼等の元に戻ると、全員が喜びを顕にした。ノア先輩が礼を述べてくれるが・・・俺の顔は曇る。

「何?何かあったの?」

そんな俺の顔を見てダニエル先輩が声をかけてきた。

「いやあ・・・実は・・・・。」
俺が言いかけた時・・・背後でフレアの声がした。

「マシュー・クラウド・・。貴方私から逃げられると思っていたの・・・?よくも私が管理している大切な花を盗んでくれたわね?」

ま・まずい・・・・!
「い、いやあ・・・。相変わらず綺麗だね?フレア。」
何とかフレアのご機嫌を取ろうと思ったのだが、にべもなく一喝された。

「そんな事を言っても胡麻化されないわよ。さあ、そこの人間。お前が今手にしている花を返しなさいッ!」

俺が花を渡した青年を恐ろしい形相で睨み付ける。

「た、頼むっ!どうか1輪でいいから俺達にこの花を分けてくれッ!」

必死でフレアに頼み込む青年。しかし、フレアの怒りは収まらない様子だった。全身から今にも怒りの炎を拭きだしそうである。
だ、駄目だ・・・このままでは・・・。
「やめろっ!フレアッ!今ある女性が毒によって死にかけているんだ。どうかその花を彼等に分けてやってくれっ!」
俺はフレアに必死で頭を下げた。

「そんなの私には関係ない・・・さあ、早く返せっ!」
フレアは右手を青年に差し出す。
ま・・まずい!

その時だった。

「待ってくれっ!」

前に飛び出してきたのはノア先輩だった。

「お願いだ!どうしても救いたい命があるんだ。僕に出来る事なら何だってする。だから・・・どうかこの花を僕たちに分けてくれっ!」

信じられなかった・・・。あの気まぐれで有名なノア先輩が彼女の為にあそこまで必死な姿を見せるなんて・・。
フレアも美しいノア先輩を見て、少し態度が軟化した・・・しかし。

「あら・・・貴方・・・よく見るとすごく私のタイプね。それにどこか心の中に闇を抱えている所も魅力的だわ・・・。それなら、貴方に免じて花は分けてあげる。ただし・・・貴方が私と一緒に魔界に来るのを条件にね。」

フレアが発した言葉に俺は耳を疑った。嘘だろう?本気でフレアはそんな事を言ってるのか?!それなのにフレアの無茶ぶりの提案に頷くノア先輩。

「ねえ・・君、本気で言ってるのかい?魔界に行ったら、人間界の人達の記憶から消えてしまうんだよ?」
俺は心配になってノア先輩に声をかけたのだが・・・。

「いいんだよ、僕が魔界へ行く事でその花をもらえるなら・・・僕は喜んで魔界でもどこでも行くよ。」

どこか寂しそうな笑顔を浮かべてノア先輩は答えた。そしてフレアはノア先輩を魔界へ連れ去ってしまった・・・。


 ノア先輩が魔界へ去った後は、彼等の記憶は上手い具合に修正されていた。
このワールズ・エンドへやって来たのは、ダニエル先輩、レオ、ウィルの3人で、ダニエル先輩が俺に魔界の花を摘んで来てくれるように頼み、俺が花を探し出して、レオに手渡した・・・こんな設定がいつの間にか出来上がっていた。

ノア先輩・・・・。多分先輩はジェシカからも忘れ去られてしまうんでしょうね。
でも・・・代わりに俺が先輩の事を忘れません―。


 その後、人づてに彼女はダニエル先輩たちの持ってきた花から作られた万能薬により、無事に生還したという話を聞かされた。
本当に良かった・・・ジェシカ。君が助かってくれて・・・。




 冬期休暇が終わり、いよいよ明日から新学期という事で学生達がぞろぞろと寮へと戻って来て、それまで静まり返っていた学院が以前の賑わいを取り戻していた。
きっと・・・彼女も今日戻って来たのだろうな・・・

 カフェでコーヒーを飲んで男子寮に入ろうとした時、俺はふとある人物が木の陰に隠れるようにして男子寮の入口をじっと見つめている事に気が付いた。あれは・・誰だろう?次の瞬間その人物を見て俺は驚いた。ジェシカ・リッジウェイだ!!
彼女は微動だにせず、寮の入口を見つめている。誰かを待っているのだろうか?
ジェシカに話しかけたい・・・!
気付いてみれば俺は背後から彼女に声を掛けていた―。

 勇気を振り絞って声を掛けたにも関わらず、彼女は俺の事を全く覚えていなかった事には正直落胆してしまった。
やはり彼女の中で俺は所詮その程度の男なのだろうか・・・。
何とかして、もう少しだけ彼女と話がしたい・・・。そこで俺は当たり障りのない会話を彼女に投げかけた。すると彼女は突然俺の顔を見つめると言った。

「あ、あの・・・もしかして以前何処かで会った事がありませんか?」

え?もしかして・・・ついに俺の事を思い出してくれたの?!嬉しい気持ちを押し殺す為に俺はわざと思ってもいない台詞を言った。
「アハハハ・・それってもしかして口説き文句の1つ?でも悪い気がしないなあ。君のような美人に口説かれるのは。」

それを聞いた彼女は、別に自分はそんなつもりで言ったのではないと答える。
うん、知ってるよ。それ位・・・。でもやっぱり、俺の事を思い出して欲しい・・!

「ふふふ・・冗談だよ、ミス・ジェシカ。」
この呼び方で、俺の事思い出してくれるかな?
すると・・・見る見るうちにジェシカの表情が変わっていく。

「貴方は・・・あの時の・・!」

やった!ついにジェシカが思い出してくれた。その後彼女は俺から渡したスコーンのお礼を述べる。ただ・・一つ気になるのはジェシカの俺に対する話し方だった。
何故、敬語を使って俺に話すのだろう・・。出来れば敬語なんか使って欲しくはない。何だか・・・距離を置かれているように感じてしまう。だから俺は言った。
「ミス・ジェシカ。別にそんな言葉遣いしなくていいよ。だって俺達同級生同士だろう?」

すると、すぐに敬語を使って話すのを辞めてくれたジェシカ。

「う、うん・・・。そう言えばそうだったね。あの時はきちんとお礼を言えなくてごめんなさい。それからありがとう。あ!そんな事より・・・どうして貴方は私の名前を知っていたの?」

「だって君は有名人じゃないか。学年一の才女で、おまけに物凄い美女。そして君に群がる男達・・・。」

それなのにジェシカの反応はいま一つで首を傾げるだけであった。
何てことだ!ジェシカは自分がどれだけ魅力的な人間なのか分かっていなかったなんて・・・。しかも男を引き付けるフェロモンをまき散らしているのに?これだけ色々な男性に言い寄られているにも関わらず、ジェシカは全く無自覚だったとは。
だけど、ここでこんな話をしていても拉致があかないな。
俺は話題を変える事にした。

「それで、一体君は誰を待っているんだい?」

「あのね、1つ上の学年のダニエル先輩を待ってるんだけど・・・。あ、でも学年が違うから分からないよね?」

「ダニエル?」
ジェシカの口からダニエル先輩の名前が出てきた。そうか、アラン王子でも無ければマリウスでも無い。ダニエル先輩を待っていたのか。ひょっとすると彼女は何かを思い出したのだろうか・・・?
「そうか・・・ミス・ジェシカが待ってる相手ってダニエル先輩だったのか。」

「え?その人を知ってるの?」

意外そうな顔をするジェシカ。

「うん、知ってるも何も・・・。」
そこまで言いかけて俺はダニエル先輩がこちら側に歩いてくる姿を見つけた。
「ねえ、ほら。今こっちに向かって歩いて来るの・・あれダニエル先輩じゃないか?」

「あ。本当だっ!ありがとう、教えてくれて。」

ジェシカは嬉しそうに言う。よし、俺の役目もここまでかな?
「それじゃ、俺もう行くから。」
ジェシカに手を振り、背を向けて歩きかけた時・・・。

「あ!ねえ、待って!貴方の名前、何て言うの?!」

何と、ジェシカが俺の名前を尋ねてきてくれた!
「俺?俺の名前はマシュー。マシュー・クラウドさ。」
振り向いて笑顔で俺は自分の名前をジェシカに告げた―。




2

今夜は楽しい気分だったのでサロンへ足を運んだ。

 俺は元々サロンに足を運ぶことは殆ど無い。別にお酒が苦手と言う訳では無く、むしろ好きな方である。
けれど・・・入学したての頃にある事件が起こり、サロンに足を運ぶのをやめてしまっていた。

 その日は運が悪かった。
たまたまサロンにお酒を飲みに店内へ入った時に同じクラスの男子学生達が集団で飲みに来ていたのだ。彼等はもう既に大分出来上がっていたようで、俺を見ると絡んできた。人間と魔族のハーフがこんな所に出入りするなと言われ、一方的に店内でいきなり殴られたのだ。本来なら彼等を集団で相手にしても片手で足りるくらい造作ない相手ではあったが、一応俺はこの学院の聖剣士。
争い事はご法度だった。何より俺自身が暴力沙汰は好きでは無かったのだ。
それに店にも迷惑を掛けたく無かったので、俺は無抵抗で彼等に殴られるがままになっていた。するとさすがにこれを見兼ねたバーテンが止めに入って来たという訳だ。

 バーテンから学院側に訴えがあり、騒ぎを起こした彼等はサロンに半年は出入り禁止を命じられた。・・・これがよく無かったのだろう。逆恨みした彼等はその後、休暇でセント・レイズシティに俺が足を運んだ時に、いきなり路地裏から襲撃してきたのだから。そして怪我をして道端にうずくまっている所を教会のシスターが見つけて俺を手当てしてくれた。・・・その教会は孤児院を経営していて、親のいない子供達が元気に暮らしていた。俺が半分魔族でも恐れない子供達。それがきっかけで俺は休暇の度に教会へ遊びに行くようになっていったんだっけな・・・。

 
 度数の強めのアルコールをテーブル席で飲みながら過去の出来事を回想していると、カランとドアが開き、新しい客が入って来た。
ふ~ん・・・。明日から新学期なのに俺と同様にお酒を飲みに来る学生がいるのか。
何気なく視線を送り、俺は心臓が止まりそうになった。
なんと、店に入って来たのはジェシカ・リッジウェイだったのだから。

 まさか、こんな場所で彼女に会えるとは思いもしなかった。しかも女性でありながら、たった1人でサロンへお酒を飲みに来ると言う事は、そうとうお酒が好きなのかもしれない。

 彼女は俺に気が付く事も無く、俺から距離を離したカウンター席に座るとカクテルを1杯注文したようだった。
程なくして、彼女の前に置かれたグラス。それを手に取り、一口飲んでうっとりした表情を浮かべるジェシカを見て俺は胸が高鳴った。まさか・・・こんな意外な一面を見る事が出来るとは思わなかった・・・!

 一向に俺に気が付かない彼女。
だから俺も気付かないフリをしてお酒を飲み続けた・・・が、彼女に気を取られて、随分ハイスピードでお酒を飲んでいたようだった。気付けばボトルの中のお酒は半分空になっていた
いつになったら彼女は俺の存在に気付いてくれるのだろう・・・。密かに期待しながらお酒を飲み続けていると、やがて強い視線を感じ始めた。
ジェシカだ・・・!ようやく俺の存在に気付いてくれた・・・!

 しかし、一向に彼女からは声がかかってこない。ならばこちらから声を掛けるしか無いだろう。

「どうしたんだい?ミス・ジェシカ。俺に何か話でもあるのか?」
俺はわざと彼女の方を見ないで話しかけた。

「え?き、気が付いて・・・?!」

明らかに狼狽したような彼女。

「当たり前だろう?この店に入ってからすぐに気が付いたさ。俺からそっちへ行こうか?」

 俺は笑みを浮かべてジェシカを見る。内心平静を保っているが、俺の心臓は口から飛び出しそうだった。どうしよう、拒絶されたら—。
しかし、彼女は頷いてくれた。やった!一緒にお酒を飲むことが出来る!
自分のボトルとグラスを持ってジェシカの隣に俺は移動し、隣の席に座った。
こうして俺とジェシカのひと時の楽しい時間が始まった・・・・。

 ジェシカの傷の具合を聞き、話しやすい流れを作ってあげた。すると彼女は驚いた様に顔を上げた。そう、やはり彼女は俺に聞きたい事があったんだ。ノア・シンプソンと言う人物について・・・。

 俺には謎だった。何故、ジェシカはノア先輩の事を覚えているのだろう・・・?
でもふとした瞬間に俺は気付いてしまった。それは彼女の中から溢れて来る強い魔界の香りが・・・。まさか・・・ジェシカはノア先輩と・・・?
情を交わす2人の姿が頭をよぎり、一瞬目の前が真っ暗になってしまった。
そうか。きっとノア先輩は何らかの手段を使って彼女の前に現れたんだ。そして2人は結ばれた・・それで彼女はノア先輩を完全に思い出す事が出来たのだろう。
 けれど・・・思った以上に俺はすぐに立ち直れた。
彼女は優しい。きっとノア先輩に乞われたのだろう。だから・・・ジェシカは・・。

 念のために俺は魔界の誰かにマーキングされたかについて尋ねると、ジェシカの肩が大きく跳ねる。ああ、やっぱりそうだったんだね。
そこから先、ジェシカはノア先輩の事を涙を浮かべて語った。
そんな彼女に俺はハンカチを黙って差し出す。

 そしてジェシカはハンカチで目元を押さえながら、一気に話を始めた。まるで自分の思いの丈を吐き出すかのように—。
要約すると、ジェシカの話はこうだった。何としても自分はノア先輩を助けたいので、魔界へ行くつもりだと言う事。しかしある人物からこの世界には人間界と魔界の間に、もう一つ『狭間の世界』と呼ばれる世界が存在し、まずはそこに行くための鍵が欲しいと訴えて来た。
けれど、俺は狭間の世界なんて聞いたことが無いし、門だって一つしか存在しないはずだ。その事を話すと、一瞬ジェシカは落胆した表情を見せたが、すぐに立ち直り、とんでもない事を言って来たのだ。
鍵が無ければ作ればいいと—。
鍵を作る?ジェシカは本気でそんな事を言っているのだろうか?いや、そもそもある人物って一体誰の事なのだろう?俺としてはそちらの方が気になった。半分とは言え、魔族であるこの俺が知らない情報・・・。ひょっとすると母さんなら何か知ってるのだろうか?

でも・・・。
「うん、まだこの世界に錬金術師がいればの話だけどね?」
俺はかつては存在していたかもしれないと言われていた錬金術師の話をしてみた。
半分は冗談で言ったつもりだったのだけど、彼女は本気でそれを捕えていたようだ。
・・・何か考えがあるのだろうか?
 
 腕時計を見ると、もう間もなく門限が近づいていた。
ジェシカとの会話が楽しくて、こんな時間になっているとは思いもしなかった。
俺は彼女に門限を告げ、立ち上がると彼女も慌てて立ちあがる。

 2人で並んで寮への道を歩きながら、ダメもとで彼女に声をかけた。
「ミス・ジェシカ、今夜は色々話が出来て楽しかったよ。また会って話せるかな?君の話は興味深いよ。」
これだけの台詞を言うのに、内心ドキドキしている。

「わ、私の方こそ是非!」

彼女の返事を聞いて俺は小躍りしたい気持ちを押さえて言う。
「それじゃ約束だ。」
言いながら・・・さり気なく右手を差し出す。果たして俺の握手に応じてくれるのだろうか?しかし、その心配は無用だった。
彼女は迷うことなく握手をしてきてくれたのだ。柔らかくて小さな手を俺はしっかり握りしめる。
これが俺が初めて彼女と触れ合った記念するべき日となった。

月明かりの下でほほ笑むジェシカ・・・。
とても綺麗だった。
今は俺の為だけにほほ笑んでくれている。
この学院に入って良かったと初めて俺は思えた瞬間だった―。

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