目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第1章 4 私を魔界へ連れて行って

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1

今、私はカトレアさんと2人きりでガゼボでお茶会?を開いている。最も話の内容はお茶会と呼べるような優雅な物では無いのだが・・・。
 
 テーブルにたくさんのお菓子やら紅茶が並べられている。

「あら、貴女はお菓子を頂かないのかしら?」

優雅な手付きで甘そうな砂糖菓子をつまみながらカトレアさんは言う。

「い、いえ。少しづつ頂いているので、御心配には及びません。」
ホホホと愛粗笑いしながら私は言う。冗談じゃない、こんな甘ったるいだけのお菓子なんて食べたら胸やけを起こしそうだ。どうせ食べるなら香ばしいお醤油の味の御煎餅が食べたい・・・そこに日本茶があれば最高なんだけどね。

「そうですの?随分食が細いのですね。それに全体的に小柄な様ですし・・・。やはりアンジュ様は貴女のように小柄な女性が好みなのかしら?」

チラリと私を見ながらカトレアさんは言う。

「あの、ですから私はアンジュとは結婚するつもりはありませんので、今夜彼にきちんと話をしますから。」

紅茶を飲みながら私は言った。

「本当に?きちんとお話をして下さるのですよね?そして、アンジュ様に私の事も進言して下さるのでしょうね?」

妙に凄みのある声で言われ、無言でコクコクと首を振る。

「それで・・・・貴女がこの世界にやってきた理由はアンジュ様の花嫁になる事では無く、魔界へ行くためにこちらへいらしたと言う訳ですのね?」

「はい。でも理由が分からないんですよ。どうして魔界へ行こうとしていたのか・・・。フェアリーの話では、私は門の前で誰かの名前を呼びながら泣き崩れていたらしいんですけど・・・今ではその記憶すら無くて。」

「ふ~ん・・・。それで『森』に記憶を消されてしまったと言う訳ね。でも貴女の記憶なら簡単に取り戻す事が出来ますわよ?」

カトレアさんの思いもしない言葉に私は驚いた。
「え?!本当ですかっ?!ど、どうすれば記憶が取り戻せるのですか?!」

「そんなのは単純な事よ。この世界から出て行けば記憶は元に戻るわよ。元々貴女のここへ来た目的は『魔界』へ行く事だったのでしょう?だったらこの際、今記憶が無くたって、『魔界』へ行けばいいだけの話よ。恐らくこの世界を出た途端に無くしてしまった記憶が蘇るはずよ。」

「そ、そうだったんですか?!」
何だ。だったらフェアリーもアンジュもそう教えてくれれば良かったのに。

「ありがとうございます、カトレアさんっ!」

頭を下げて、私はギュッとカトレアさんの両手を握りしめた。

「キャッ!な、何をなさるの?!馴れ馴れしく触らないで頂けないかしら?!」

カトレアさんは驚いた様子で私の手を振り払った。

「あ、ははは・・・。す、すみません。つい、嬉しくて・・・。」

私は頭に手をやると笑って胡麻化した。

「全く・・・アンジュ様はどうしてこんなガサツな女性を花嫁にしたいと言ったのかしら・・。」

 ブツブツとカトレアさんは何か文句を言っていたが、後半部分は殆ど私は話を聞いていなかった。今の私は魔界へ行く事で頭が一杯だったからだ。よし、今夜ディナーの席でアンジュにきちんと私の気持ちを伝えて、魔界へ行く事を伝えよう・・・。

 その時、私はちっとも気が付いていなかった。
メイドのレナさんが差すような視線でこちらを見つめていたという事を・・・。


「何だい?ハルカ。ボクに大事な話って。」

今はディナーの席。広いテーブルに私とアンジュが向かい合わせで座っている。そして私達の前には豪華な料理とお酒が並べられていた。うわあ・・・今夜のメニューもとても豪勢だ。特にあのステーキのおいしそうな事・・・・。思わず料理に魅入っていると、アンジュが声をかけてきた。

「ハルカ?どうかしたの?」

ハッ!そこでようやく我に返る私。い、いけない。豪華なディナーとお酒につられて危うく本題を忘れる所だった。でも・・・とても今から話す内容はシラフでは話しにくい。よし、ここは・・・。
「ねえ、アンジュ。まずはその前に乾杯しない?だって、すごく美味しそうなお酒なんだもの。」
わざとむやみに愛想笑いをする私。

「うん、そうだね。それじゃ乾杯しようか?」

アンジュは私に促されてワインが入ったグラスを持ち上げた。

「「カンパーイ。」」

2人でグラスを打ち付けてワインを飲む。それから私達は美味しいディナーを口にしながら、アルコールも重ねていく。何杯目かのワインを飲みほし、大分気持ちもリラックスしてきたので、ここらで本題に入ってみる事にしよう。

「ねえ、アンジュ。私、今夜は大切な話があるの。」

ワイングラスを置くと私はアンジュに言った。

「何?大切な話って。」

よし・・・。私は深呼吸すると言った。
「実は今日、バラ園でカトレアさんという女性に会ったの。」

「え・・・?何だって・・・?」

途端に顔色を変えるアンジュ。ああ・・・やっぱりこの名前には思い当たると言う訳ね。
「ねえ、アンジュ・・・。カトレアさんは・・・本来のアンジュの婚約者だったんでしょう?」

「・・・うん・・・。」

少しの間を開けて返事をするアンジュ。

「だったらどうして?何故私と結婚しようとしてるの?本来アンジュが結婚する相手はカトレアさんなんでしょう?それなのに・・・突然婚約解消されたとカトレアさんは言っていたけど?」

アンジュは黙って私の話を目を伏せて聞いている。
やがて、少しの沈黙の後、アンジュは口を開いた。

「彼女・・カトレアとの結婚は周囲が勝手に決めた事なんだ。ボクが男の姿で戻ってきたら、いつの間にか彼女が婚約相手にされていた。この婚約話にはボクの意思なんて全く尊重されていなかったんだよ?だけど・・・ボクは結婚するならハルカだって決めていたんだ。だから・・・この世界に戻って来たんだよ?」

「アンジュ・・・。で、でも・・・何故私にそこまでこだわるの?カトレアさんの方がずっと素敵な女性じゃないの。それに比べると私なんて・・・魔法すら使いこなせない半端者なんだよ?やっぱりこの世界に住む人同士で結婚するのが一番幸せなんだと思うけど?」

「ハルカは・・・人間界で孤独でに生きていたボクにすごく親切にしてくれた女性だよ。今までボクが町の中を歩いていても、夜中にお店の前の屋根の下で野宿をしていた時だって、誰もボクの事を気にかけてくれる人はいなかったのに・・・ハルカだけは違っていた。君だけだったんだよ。ボクに手を差し伸べてくれた人は。だから・・ボクは君に惹かれ、一緒になりたいと願ったんだ。それで男になったんだよ?なのに・・・ボクを捨てるような台詞を言わないで・・・。」

アンジュは悲しそうな顔で私を見る。思わず、その顔を見て自分の気持ちが大きく傾きかけたが、気力を振り絞って私は言った。

「で、でもアンジュ。私は貴方の事・・異性としては好きになれない。だから貴方と結婚は出来ないわ。」

「ハ、ハルカ・・・・。ボクが嫌い・・・なの・・?」

今にも泣きそうな目でこちらを見つめるアンジュ。うう・・・お願いだからそんな目で見ないでよ。
「そんな事言っていないってば。だ、だけど・・・覚えていないのだけど、私にはとても大切な誰かがいたような気がするの。でもその相手は・・・アンジュ。貴方では無いのよ。」

アンジュは黙って私の話を聞いている。

「お願い、アンジュ。私を・・・私を魔界へ行かせて。だって私がこの世界にやって来たのは・・・魔界へ行く為だったんでしょう・・?」

「ハルカ・・・。どうして・・・もう記憶はなくしているんだよね?だったら魔界の事は忘れて、ボクと一緒にこの世界でずっと生きていこうよ。」

「出来ない。」
私は首を振った。

「何故?!」

「だって・・・私は約束を守らないといけないから!」
そこまで言って気が付いた。
約束・・・?約束って何の事?誰と交わした約束だったっけ・・?
ズキンッ!
突然私の頭が酷く痛み出した。
「あ、頭が・・痛い・・・。」
頭を押さえつける私を見てアンジュが駆け寄って来た。

「ハルカ、大丈夫かい?無理に記憶を取り戻そうとしたから身体に異変が起きたんだよ。もう今夜はすぐに寝た方がいいよ。」

アンジュは私を抱きかかえながら、頭に手を当てた。
途端に私の意識は暗転した・・・。

「今度こそ・・しっかり封印しておかなくちゃ・・・。」

意識を無く寸前に誰かが耳元で囁いた。
封印・・・?一体どういう意味なの―?



2

朝日が顔に差してくる・・・。
う~ん・・・。なんだか身体が重くて息苦しいなあ・・・。何やら異変を感じ、目を開けて私は仰天した。
なんと私の首に腕をまわしてアンジュが同じベッドで眠っているではないか。

 しかし・・・何故だろう?アンジュはマリウスと違って、少しも身の危険を感じる事は無い。確かにアンジュは成人男性で間違いは無いのだが、私にとってのアンジュは男を感じさせる要素が皆無なのかもしれない。私の中では未だにあの可憐な美少女アンジュの印象しか無いのだろう。うん、やはりアンジュとの結婚は有り得無いな。
 それにしても・・・・私はまじまじとアンジュの顔を見つめた。真っ白な肌に銀色に輝く髪に長い睫毛。堀も深いし、線も細い。本当に美人だなあ・・男にしておくの勿体無い気がするよ・・。
思わずじっと観察していると突然アンジュがパチリと目を開けた。
そして私を見るとニコリと笑って言った。

「おはよう、ハルカ。」

「おはよう、アンジュ。」
つられて私も笑みを浮かべ・・・・・。
「いやいや、そうじゃないでしょ。ねえ、何でアンジュが私のベッドにいるの?」
慌ててベッドから起き上がりながら私は言った。


「え?何かおかしい?だってボクたち、結婚を誓い合った仲だよね?」

アンジュはベッドから降りて、伸びをしながら妙な事を言ってくる。

「どう考えたっておかしいでしょう?それにいつ私とアンジュが結婚を誓い合った仲になったの?」

「え・・・?結婚を誓い合った事・・記憶に無いの?」

今度は逆にアンジュが驚いた様子でいる。

「そんな・・・おかしいなあ・・・。確かに記憶を操作したはずなのに・・・。」

小声でアンジュが何やら妙な事を呟いている。うん?今・・・何か変な事言ってなかった?
「ねえ、アンジュ。何?記憶を操作って・・・?」

「え?何の事?」

キョトンとした顔でこちらを見るアンジュ。

「いや、だって今何か記憶を操作って言ってたよね?」

「言ってないよ、ハルカの聞き間違いじゃ無いの?」

「だって今・・・。」

「それより、ハルカ!」

パチンと手を叩くアンジュ。

「今日はね、ボクの仕事は無くなったんだ。だから1日ハルカと付き合えるよ?ねえ、何処か行きたいところとかある?このボクがどんな所でも連れて行ってあげるよ?」

「行きたい所って言われても・・・・。」
あ、一つあった。
「本当に?どんな所でも連れて行ってくれるの?」
万一の為に念を押して置く。

「勿論だよ。」

頷くアンジュに私は言った。

「それじゃ・・・もし連れて行けないって言ったら、私のお願い何でも一つだけ叶えてくれる?

「うん、いいよ?さあ、何処に行きたいの?」

「それじゃあ、私を魔界へ連れて行って?」

「な・・・何言ってるの?そ、そんな事出来る訳無いでしょう?!」

アンジュの言葉に私は言った。
「ねえ、私に約束してくれたよね?何処にでも連れて行ってあげるって。それでもし連れてけないって言ったら私のお願い何でも一つだけ叶えてくれるって約束した事覚えてるんだよね?」

「う、うん・・・。ま、まさか・・・?」

「そのまさかだよ。私の願い事は一つだけ。アンジュ、私を魔界へ連れて行ってくれるんだよね?」

これには流石にアンジュも参ったのか、大人しく首を縦に振るのであった。


 朝食の席でアンジュは私に言った。

「ねえ、ハルカ。本当にどうしても魔界へ行きたいの?」

「うん、だって私がこ『狭間の世界』へやって来たのは魔界へ行く為なんだもの。」

「え?ひょっとして・・記憶が戻ったの?!」

アンジュはバアンッとテーブルを叩きながら立ち上がった。その勢いでスプーンが床に落ちる。

「お、落ち着いてよ、アンジュ・・・。」
私はアンジュを宥めるように言った。
「記憶は戻っていないけどね、フェアリーが教えてくれたのよ。私の身体から2つの違う魔力を感じるって。だから私がこの世界へやって来たのは魔界へ行く為に違いないって。」
私はアンジュをじっと見つめながら続けた。

「ねえ・・・アンジュ。本当は全て知ってるんでしょう?私が何故この世界へやって来たのかを。だったら・・・教えてよ、どうして私は魔界では無く、この『狭間の世界』にいるのか。そして何故魔界へ行きたいと願っているのかも・・・・。」

「・・・。」

アンジュは答えない。

「私ね、この世界に来た時にとても辛い出来事があったみたいなの。門の入口の所で『マシュー』とある人の名前を言いながら、泣き崩れていたんだって・・・。でも、今の私にはその名前を聞いても何も思い出せない。だけど名前を口にすると、何故か分からないけど・・・胸が苦しくてたまらなくなるの。この気持ちが何なのか・・私は知りたい。きっとその理由も魔界へ行けば全て分かると思うのよ。だから・・・お願い、私を魔界へ連れて行って!」
私はアンジュに頭を下げた。

そこから少しの沈黙の後・・・。
「ハルカ・・・顔を上げてよ・・・。」

アンジュが力ない声で私に話しかけて来た。その声に思わずアンジュを見上げ、息を飲んだ。
アンジュは今までに無い位、悲しそうな顔で私を見ていた。

「ア・・アンジュ・・・?ど、どうしてそんな顔してるの・・・?」

「まさか・・・ハルカがこの世界へ来る時に・・記憶を無くすとは思ってもいなかったんだ・・・。」

「え・・・?」
ポツリとアンジュが言った。

「多分、この記憶も無くしているんだろうね・・・。ハルカ、君にこの『狭間の世界』へ来るように言ったのは、他でもないボクなんだよ?覚えていないよね・・?」

え?アンジュがここへ来るように言ったの?本当に?一体・・・私はどれだけ沢山の記憶を無くしてしまったのだろうか?

「ボクはね、ハルカ。最初から君がこの世界へ来たら、魔界へ行く為の手助けをしてあげるつもりだったんだよ。」

「え?そ、そうなの?で、でも何故・・・?」

「それは・・・ハルカ、君が好きだから手助けしてあげたいって思ったんだよ。」

じっと私を見つめるアンジュ。

「だけど・・・ボクはきっと自分の恋は成就しないと思っていたんだ。だってボクはハルカが魔界へ行きたい理由をあの時聞いていたからね。その人は・・・ハルカに取って、とても大切な人だから・・・絶対に自分の手で助けに行こうとしていたんだものね?」

「アンジュ・・・。」
本当に私はそんな事をアンジュに話したのだろうか?ああ・・・でも、私にはその時の記憶が一切消えている。本当に私が言った台詞なのだろうか・・・?

「だからボクはハルカを迎え入れる為に、この世界に戻って待っていたんだよ?それにハルカが僕を好きになってくれるとも思えなかったから、諦めて予め決められていたカトレアとの婚約の話も受け入れたし・・・。だけど・・・驚いたよ。」

アンジュは私を見つめると言った。

「だって、ハルカが何故自分がこの世界へやって来たのか・・・すっかり記憶を無くしてしまっていたんだもの。」

「・・・。」
私は何と返事をすればよいか分からず、ただ黙ってアンジュの話を聞いている。

「ハルカ・・・。君はこの世界へ来る時に相当悲しい経験をしてきたんだね?まさか『森』に記憶を消されてしまうとは思いもしなかったよ。だから・・・ボクはどうせなら辛い事は忘れたままで、ここでボクと一緒に幸せに暮らしていければと思って・・ハルカの記憶喪失をそのまま利用させて貰おうと思ったんだ・・・。」

「アンジュ・・・。」
アンジュは私を悲しませない為に嘘をついた事が分かった。だけど・・・。

「ごめん!ハルカッ!」
突然アンジュが私に謝って来た。

「全部・・・ボク自身の言い訳だよ・・・。ボクがハルカを自分の物にしたかったから・・ハルカを騙していたんだっ!だけど・・・ハルカは記憶を無くしてしまっても、魔界へ行きたいと言う気持ちは変わらなかったんだよね・・?」

いつの間にかアンジュは泣いていた。
「泣かないで・・・アンジュ。」
私はアンジュに近寄ると、そっと抱きしめて言った。
「私の事を思って嘘ついてくれていたんでしょう?ありがとう・・・。でも、私はどうしても魔界へ行きたいの。お願い・・・私を魔界へ連れて行って・・・?」

アンジュは顔を上げて私を見ると言った。

「うん、いいよ。」

と・・・。

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