目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第1章 3 元婚約者との対面

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1
 
「ま、まさか・・・私の記憶が消えてしまったのは『森』のせいだって言うの?」
気付けば私はフェアリーの肩を掴んで揺すぶっていた。

「お、落ち着いて!ジェシカ。冷静に・・・。」

「これが冷静でいられるはずが無いでしょう?!きっと私がこの世界にやって来た理由は、消されてしまった記憶の中にあるはずに決まっているじゃいないの!ねえ、どうすれば私の記憶が戻るの?『森』にお願いすれば記憶を戻してもらう事が出来るの?」

「む、無理よ!『森』は一度消した記憶を戻す事は出来ないから!く、苦しいってば、ジェシカ。」

そこで私はようやく手を緩めると言った。
「え・・?どういう事?一度消した記憶を戻す事は出来ないって・・・?」

フェアリーは私の手が緩んだ隙に、するりと抜け出すと距離を置いて言った。

「この世界の『森』はね、取り込んだ人物や記憶を養分として成長するから、もう記憶を取り戻すのは不可能って事。」

「そ、そんな・・・。」
思わずがっくりと項垂れる私。その様子を見てフェアリーが言った。

「ねえ・・・ジェシカ。辛い記憶なら、本当に忘れてしまったほうがいいんだよ?そう思わないの?だって辛い記憶なんて不必要だよ。そんな記憶があるから人間は生きていくのが大変なんじゃ無いの?」

「え・・・?フェアリー・・。あなた、何を言って・・・?」

「この世界の住人はね、辛い記憶は全部『森』に消して貰って生きているのよ。例えば、大切な人を失った悲しみを忘れる為に自ら『森』に記憶を消して貰う人達なんて数えきれないくらい存在してるんだから。」

フェアリーの言ってる事は少しは理解出来る。誰だって辛い記憶を背負って生きていくのは悲しいから。だけど・・辛い記憶の中には大切な思い出だって残されているはずだ。でも記憶を消すと言う事は、その大切な相手の事を全部消してしまうという事・・・。
「いやよ・・・。」

「え?ジェシカ?」

「どんなに辛い記憶だって、私は絶対に消したくない!大切に・・・残しておきたい記憶だってあるんだから・・・例え、今は辛くて堪らないかもしれないけれども、この先・・・いつかは、その人の事を懐かしく思える日がきっと来るはずだから・・・!」
私フェアリーの言葉を強く否定した。

「ジェ、ジェシカ・・・。」

フェアリーは驚いた様に私を見ていた。い、いけない・・・つい、興奮して・・・。

「ご、ごめんなさい。大きな声を出してしまって。」
慌ててフェアリーに謝る。

「うううん、それは構わないけど・・・。でも、ジェシカ・・・。それ程までに失いたくない記憶だったのね・・・?」

フェアリーの言葉に力なく頷く私。

「王様は・・・私達皆にジェシカはこの国の王妃になる為に、人間界からやって来たって言ってたけど・・・。でも、本当は違うんだよね?王様はそれを知っているのにジェシカを騙して結婚しようとしてるんだね。」

「アンジュの事は・・・好きだよ。でもそれは異性として好きって訳じゃ無いから・・。結婚なんて出来ないよ。だって、私がこの世界にやってきたのは・・・もっと別の理由があったからに決まってるもの。」
ポツリと呟くように言うと、フェアリーは言った。

「う・・ん・・・。ジェシカ、きっと大丈夫だよ!必ず記憶は戻ると思うよ?」

「え?突然・・・どうしたの?フェアリー?」

「だって、さっきも言ったと思うけどジェシカの身体からは2人分の魔族の強い力を感じるんだもの。きっとジェシカがこの世界にやってきた本当の目的は『魔界』へ行く為だったんじゃないのかな?」

フェアリーが私の手を取ると言った。

「私が魔界へやってきた本当の・・・目的・・?」

「うん、そう。ジェシカ、この世界はね・・意外と魔界の力が強く反応する世界なんだよ?ひょっとすると・・・ここにいれば近いうちにジェシカが無くしてしまった記憶を思い出す事が出来るかも知れない。だから・・・希望は捨てたら駄目だよ?」

「うん・・・ありがとう、フェアリー。」

「それじゃ、私もう行くね?お休みなさい、ジェシカ。」

「うん、お休みなさい・・・。」

私の返事を聞くと、フェアリーはニッコリ笑って、この部屋に来た時と同様に、ポンッと音を立てて消えてしまった。

「ふわああ・・・。」
フェアリーが去ると、途端に強烈な眠気が遅ってきた私。ううう・・・何故こんなに眠いのだろう?
私はのそのそとスプリングの効いたベッドに潜り込み、フカフカな枕に頭を置いた途端に、深い眠りに就いてしまった・・・。

「ジェシカ・・・ジェシカ・・・。」

誰かが私の名前を呼んで身体を揺すぶっている。う~ん・・・一体誰なのだろう?
私を呼ぶのは・・・。でも眠気が強すぎて、意識は何となくあるのに、身体を動かすどころか、声を出す事すら出来ない。

「やれやれ・・・疲れているのかな?それで目を覚ます事が出来ないのかな・・・?折角君に会いに来たのに・・・。それじゃ、残念だけど・・・明日また君に会いに来るね・・・。おやすみ、大切な・・・。」
 
そう言うと、軽く唇に何か触れる気配を感じた。
え・・・?聞こえない・・。今、何て言ったの・・・?けれど、そのまま私の意識はまた深い眠りの底へと沈んで行った・・・。


 何処からか、美しい鳥の鳴き声が聞こえて来る・・・。
「う~ん・・・。」
目を開けると、私の目に飛び込んできたのは美しい薔薇が描かれた見事な天井。
え?薔薇?
ガバッ!
勢いよく飛び起きて部屋を見渡すと、そこは見覚えのない部屋だった。いや、正確に言うと・・昨夜アンジュに案内された別名『薔薇の部屋』であった。・・・と言っても勝手に私が名付けた名前なのだが。
「そっか・・・私、昨日から『狭間の世界』へ来ていたんだっけ・・・。」
ボンヤリとした頭で呟いた。
でも・・・何しに来たんだっけ・・?その時、部屋が薔薇の香りで満たされている事に気が付いた。
え・・?薔薇の香り?
ふと匂いの方向を探すと、テーブルの上に大量の薔薇が大きな花瓶に入って生けられているのが目に止まった。その薔薇は赤や白、珍しい青色等のカラーバリエーションに富んだ、それは美しい飾りつけであった。

「う・・うわあ・・・。す、すごい・・・。」
思わず近寄って、じっくり眺めようとした時に、花瓶のすぐそばに手紙が置いてあるのが目に止まった。

「?」
何だろう?手紙を手に取り、ひっくり返してみると封筒には「ジェシカへ」と書かれている。私宛の手紙だから・・・勝手に読んでも問題無いよね?封もしていないようだし。
私は封筒から1枚の手紙を取り出した。


ハルカへ

いつかここへやって来る君の為に、僕が温室で一生懸命育てた薔薇の花々です。
ジェシカには薔薇の花が良く似合っているから・・。喜んでもらえると嬉しいな。

                               アンジュ

 それはアンジュからの手紙であった。・・・アンジュはわざわざ私の為に薔薇を育ててくれていたなんて・・。
そう、私は思い出した。この狭間の世界へやって来たのはアンジュがいるから。
私は・・・アンジュと結婚する為に、この世界へやってきたのだ。だけど・・本当にそうなのだろうか?心の何処かでは、頭に浮かんだアンジュとの結婚をおもいきり否定している自分がいるのもまた事実。

「兎に角・・・アンジュに会いに行って来よう。対面してみれば、新たに何か分かるかもしれないし。」
でも・・・待てよ?アンジュは一体この城の何処にいるのだろうか?やみくもに歩き回っても、迷子になるだけだし・・・。

 その時、突然ドアをノックする音が聞こえて来た。

「おはよう、ハルカ。ボクだよ、アンジュ。部屋に入ってもいい?」

おおっ!なんてナイスなタイミング!
「アンジュね?どうぞ中へ入って。」

するとすぐにドアがカチャリと開けられて、美形のアンジュが顔を覗かせた。
アンジュは私を見ると、途端に眩しい位の笑顔を浮かべて私をギュッと抱きよせると言った。

「おはよう、ボクの愛しいハルカ・・・。」

 けれど・・・はやりこんな美形男性に抱きしめられても私の胸は少しもときめきを感じる事はなかった。やっぱり・・・私はアンジュと結婚するために、この世界へやってきたのでは無さそうだ。
そんな私の態度に何か気が付いたのか、アンジュが声をかけてきた。

「・・・どうしたの?ハルカ・・・。今朝はあまり元気が無いように見えるけど?」

「うううん、そんな事無い。・・・よ?あ、あのね・・・アンジュ・・・昨夜、私に会いにこの部屋へやってきた・・?」

「え?ボクは来ていないけど?昨夜・・・何かあったの?」

アンジュは不思議そうな顔をして私を見つめた。
え・・・?それじゃ昨夜私の部屋へやって来たのは一体誰だったの・・・?



2

「ハルカ、どうしたの?何処か具合でも悪いの?」

気付けばアンジュが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「あ、ごめんね。何でも無いの。」
顔を上げて微笑むと、アンジュは安心したのか、笑顔で言った。

「ハルカ、ごめんね。今日は1日ずっと君と過ごそうかと思っていたのに、急に沢山仕事が入ってきちゃって・・・。悪いけど、今日は1人にさせてしまう事になるんだ・・いいかな?」

申し訳無さそうに言うアンジュ。

「大切な仕事なんでしょう?私の事は気にしないで大丈夫だから。そうだ、このお城の中のお部屋や、お庭を見物させて貰っても大丈夫?」
実はこの城はとても美しいので、昨日初めて来た時から是非見学してみたいと思っていたのだ。

「うん、勿論大丈夫だよ。そうだ、良かったら誰か付き人を付けてあげるよ。」

「え?それじゃ迷惑をかけてしまうんじゃ・・・。」
言いかけた所をアンジュが言った。

「この城はね、まるで迷路みたいに複雑な作りをしているんだよ?途中で迷子になったら大変だからね?」

「え!そうなの⁉」
まさかそれ程複雑な作りをしているとは・・・。
「そ、それじゃ・・・お願いしようかな?」
私が言うとアンジュは笑顔で言った。

「それじゃ、昨夜ハルカのお世話係だった1人に頼もうかな?レナ!」

「お呼びでしょうか?陛下。」

そこへ音も無く現れた昨夜のエルフのメイド。うわ!びっくりした!
レナと呼ばれたメイドは頭を下げると言った。

「レナ、今日は1日、私のフィアンセのハルカにこの城の案内をしてあげてくれ。」

「はい、承知致しました。」

「それじゃまたね。ハルカ。」

アンジュは私を抱き寄せて、頬にキスすると言った。あ、あの・・・あまり人前でそういう事をされると恥ずかしいのだけど・・・。
思わず頬を抑える私を見て、フッと笑うアンジュ。そして私とメイドを残して部屋を去って行った。
 
「ハルカ様。」 

「は、はい!」
突然私の実名を呼ぶメイドさん。

「どちらへ参りましょうか?」

そして冷たい表情で私に言った・・・。


 今、私とメイドのレナさんは城の園庭を歩いている。その庭は美しい薔薇園であった。
それにしても・・・。
私は自分の後を歩くレナさんをチラリと見た。

「・・・。」

まるで作り物のように、およそ表情の読み取れ無いレナさんは無言で私の後をついて歩いて来る。
う~ん・・・何だかなぁ・・・。
ひょっとして、ひょっとしなくても私、あまり歓迎されていないのかも・・・。よし、それならば・・・。

「あ、あの・・・レナさん。」

「レナで結構でございます。ハルカ様。」
 
「は、はあ・・・・。それではレナ。」

「はい、ハルカ様。」

「あ、あの、お城の庭位なら私一人で大丈夫なので、どうかお仕事に戻って下さい。」

「いえ、ハルカ様のお供をするのが私の努めですので。」

「は、はい・・・そうですか。」
う・・・折角一人になれると思っていたのに・・・。
仕方なく愛想の無いレナと庭を散策していると、前方から賑やかな女性達の話し声が聞こえてきた。え?この城にはアンジュと使用人しかいないんじゃなかったっけ・・?女性達の話声はどんどんこちらに近付いてくる。
う~ん・・・どうしたものか・・。引き返そうか迷っている内に、もう女性達の話声はすぐそばまで迫って来ていた。

 やがて、建物の陰から姿を現したのは、5人の若い女性達だった。
その中でも、特に目を引いたのが彼女達の中で最も美しいドレスを着た1人の女性だった。
金色に輝く長く美しい撒き毛に、まるでフランス人形のような顔立ちのそれはそれは愛くるしい女性・・・。
うわあ・・・何て素敵な女性なのだろう・・・?

 すると、女性達は私を見るとあからさまに露骨に、嫌そうな顔を見せた。その中でも一番態度が顕著だったのがフランス人形さん?だった。
彼女は私の頭のてっぺんから爪先までジロジロと値踏みするような目で見てくる。
え?一体何だろう・・・。この敵意の籠った目は。と言うか、どうもこのジェシカの外見ではあまり同性からの受けは良く無いのかもしれない・・・。

「ふ~ん・・・貴女なのね?」 

鈴を鳴らすような美しい声で彼女は言った。

「はい?何の事でしょうか?」

「確かに人間のくせに外見はまあまあではあるけれども・・・所詮はただの人間。それなのに・・ただの人間がアンジュ様の花嫁に選ばれるなんて・・・。」

あ、何だか嫌な予感がしてきた。この女性・・・肩を震わしてるよ。ひょっとして泣き出すのでは・・・?
ところが、予想を介して女性が取った行動は・・。

「この・・・許せないわっ!」

いきなり右手を高く振りかざす。え・・・まるでこれはデジャブだ。ある人物を彷彿とさせる・・・。私は思わず目をつぶり・・・。
パアンッ!!
庭園に平手打ちの音が鳴り響く・・・え?ちっとも痛くない。

「あ・・・・あなた・・・!」

フランス人形さんの動揺した声が聞こえて来た。恐る恐る目を開けると、何とそこには私の目の前に立ち、代わりに頬を赤くしたメイドのレナだった。

「な・・・何よっ!邪魔するつもり?!ただのメイド風情がっ!」

「そうよ!メイドのくせにでしゃばらないでっ!」
「人間の女を庇うなんてどうかしてるわっ!」
等々・・・。

「レ・・・レナ・・・。」
私は震える声でレナに声をかけるが、彼女は返事をせずに、代わりに彼女達に話しかけた。

「恐れ入りますが、カトレア様。このお方はアンジュ様の大切なお方です。勝手に手を上げられては困ります。」

ふ~ん・・・このフランス人形さんはカトレアという名前なのか・・・って、そんな事を考えている場合では無いっ!
「だ・大丈夫ですか?レナッ!」

「ええ、これ位、何てことはありません。」

レナは表情を変えずに言う。

「う・・・。」

悔しそうに下を向くカトレア。更に他の取り巻きの女性達も非難の声を上げる。

「な・・・何よっ!元はと言えば、その女が悪いんでしょう?婚約者候補はこちらのカトレア様だったのに、突然こっちの世界にやって来た人間のお前がアンジュ様をたぶらかしたんでしょう?!」

私をビシイッと指差しながら訴えて来るのは鮮やかな緑色の髪の毛の女性だった。

「そ、そうよっ!その人間のせいよっ!この・・・生意気な泥棒猫っ!」

うわ、この女性は燃える様な真っ赤な髪の毛だ・・・。それにしても・・ど、泥棒猫・・?何て言われ様なのだろう。いや、それ以前に問題がある。
何?アンジュって婚約者がいたの?!

「あ、あの!待って下さい!貴女は・・・アンジュの婚約者だったのですか?」

「ア、アンジュですって・・・。」

再びカトレアが肩をぶるぶる振るわせ始めた。あ・・まずい、また何か彼女の逆鱗に触れるような事を言ってしまったのだろうか?

「こ、この私でさえ呼び捨てで呼んだ事がありませんのに、人間ごときがあのお方を呼び捨てにするとは・・・!」

再び手を上げようとしたカトレアを諭したのレナであった。

「おやめください、カトレア様。今回カトレア様と婚約を破棄する決定をされたのは全てアンジュ様の独断です。こちらにいらっしゃるハルカ様は何も知らないうちに、花嫁に選ばれてしまったのですよ。」

「・・・・。」

その言葉に黙り込んでしまうカトレア。それにしても・・・私がこの世界へやって来たのは昨日の事だ。婚約者だっていたくせに、たった1日で約束を反古にされれば、当然ショックは大きいだろう。

「あ、あの・・・少しよろしいですか?実は私、アンジュと結婚するつもりは全く無いのです。なので私から今回の話は無かったことにさせて下さいってアンジュにお願いしてみますがが・・・いかがでしょうか?」


 全員の視線が私に集中した瞬間であった—。
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