目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第1章 2 忘却の森

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1

え?今アンジュは私に何と言った?私をお嫁さんにしたいって言ったの?
「アンジュ・・・。」
私の目の前に跪いているアンジュに声を掛けた。

「何?ハルカ?」

笑顔で答えるアンジュ。

「え~と・・・ついさっき・・・私に何て言ったの?」
うん、ひょっとしたら聞き間違いかもしれない。

「え?何?もう一度同じ台詞言って貰いたいの?それじゃ言うね。ハルカ、ボクのお嫁さんになって下さい。」

とびきりの笑顔で私にプロポーズするアンジュ。

「ごめんなさい。」

「え・・ええええっ?!いきなり即答するの?!何故?!」

余程アンジュはショックだったのか、大きく後ろによろめいた。

「どうして?!ボクの何処が駄目なの?!ハルカをお嫁さんにする為に男になったのに!」

あの~そういう言い方は・・・酷く語弊を感じるのだけど・・。
「何処が駄目と言われてもね~。う・・・ん。アンジュの事は結婚相手の対象としてみる事が出来ないし・・・。」
私の言葉を聞いて、さらにショックを受けたのか、心なしかアンジュの顔色が青ざめている。

「そ、そんなあ・・・。」

あ、アンジュ・・・・半分涙目になってるよ。だけどねえ・・・自分よりも美人な?男性と結婚してもみじめな気分になって来るし、第一、私の中のアンジュは未だにあの美少女なアンジュのイメージしか無いのだから。
何と言えば納得してくれるのか・・・。腕組みをしながらアンジュを納得させる理由を考えていると、不意に真剣な顔でアンジュが私に問いかけて来た。

「ねえ・・・ハルカ。本当は・・・愛している男性がいるんじゃないの・・?だからボクのプロポーズを受けてくれないんでしょう?」

え・・・?
私に愛する男性が・・?その言葉を聞いた時、私の頭の中にある男性が浮かんできたが・・・霞みのように一瞬で消えてしまった。
今脳裏に浮かんだ男性は誰だったのだろう・・・?私にはすごく大切な誰かがいたはずなのに、頭の中に靄がかかったように思い出せない。でも、名前も顔も分からないその人を思うだけで、胸が切なくなり涙が出そうになって来る。どうして・・何も思い出す事が出来ないのだろう。そもそも、私は何故この世界に来ているのか今となっては分からなくなってしまった。

「ど、どうしたの?ハルカ。」

突然涙ぐんだ私を見てアンジュが心配そうに顔を覗き込んできた。

「う、うううん。何でも無い。」
慌てて私は涙を拭いながら尋ねた。
「ねえ、アンジュ。私・・・聞きたい事があるんだけど・・・。いい?」

「うん、何?聞きたい事って?」

「私・・・どうしてこの『狭間の世界』へやって来たんだっけ?」

「え・・・?」

私の言葉を聞いてアンジュの顔色が変わった。

「ちょ、ちょっと・・ハルカ。一体何を言って・・・・。」

「それがね・・この世界に来たばかりの頃は、何故ここに来たのか分かっていたはずなのに、何だかどんどん記憶が薄れていって・・・。今は理由が思い出せないのよ。」

「ハルカ!」

突然アンジュが私の両肩を掴み、瞳を覗き込んできた。
「な?何?」
睫毛が触れるのでは無いかと思う程、顔を近付けてくるアンジュ。余りにも美しい顔に見惚れかけ・・・。

「ねえ、ハルカ。この城に来る時・・・何処を歩いてきたの?」

真剣な表情で尋ねて来る。

「え?何処って言われても・・・確か門の側にある森の中を・・・。」
あれ?ここに来た目的は忘れたのに、どうして何処を通って来たのかは覚えているのだろう?そもそも自分の名前もアンジュの事もしっかり覚えているし、自分が何処の誰かも分かっている。それなのに、肝心な理由が・・・何故ここへやって来たのかだけはどうしても思い出す事が出来ない。

「・・・忘却の森だ・・。」

え?今・・アンジュは何と言ったの?

「ね、ねえ・・。アンジュ。忘却の森って一体・・・?」
私が言いかけると、急にアンジュが言葉を重ねて来た。

「ハルカ、今日はこの世界にやって来たばかりだから疲れたでしょう?今ハルカの為にお部屋とお風呂を準備させるよ。その後、2人で一緒にディナーを取ろう?
何、遠慮はしなくていいよ。だってこの城にいるのはボクと使用人達だけしかいないから安心して。」

「お風呂・・・。ディナー・・・。」
ああ、なんて素敵な響きなのだろう。確かに今の私は酷い恰好をしているし、疲労困憊だ。ここはお言葉に甘える事にしよう。

「ありがとう、それじゃ・・・。」

私が言いかけると、突然目の前にメイド服を着た青くて長い髪の女性達が音もなく現れた。
うわっ。びっくりした。
その数は全部で8人で、何故か全員同じ姿をしている。それに・・よく見ると彼女達の耳は極端に大きく、先がとがっている。
こ、これは・・・ファンタジー小説でよく描かれる「エルフ」と呼ばれる人たちなのでは?!

「お呼びですか?アンジュ様。」

1人のエルフがお辞儀をしながら言う。ええ?!いつの間に呼んでいたの?!

「この客人の為に、お風呂と客室を準備してあげてくれ。」

アンジュがメイド達に向かって言う。おおっ!その口調・・・先程までとは全く違う。どことなく・・・王様?としての威厳すら感じる。

「はい、かしこまりました。」

エルフたちは一斉に頭を下げると、現れた時と同様、一瞬でその場から姿を消した。

「ああ、びっくりした。やっぱり、アンジュって王様になったんだね。」

「うん、そうだよ。だけど、一体急にどうしたの?そんな事言いだして。」

「ちょっとね~。さっきの物の言い方に威厳を感じたから・・・。ねえ、所でさっきの話の続きだけど・・。『忘却の森』って・・何の事?」
私はアンジュの服の袖を掴みながら尋ねた。

「え?何?『忘却の森』って?」

白を切るアンジュ。
「ちょ、ちょっと!アンジュから先に言い出したんじゃない!『忘却の森』って。」

「いいや、言ってないよ。そんな言葉。忘却の森って何の事だい?」

「!だから、それは・・・。」
あれ・・・?何の事だっけ・・・・?私、何をこんなにイライラしているの?

「いいかい、ハルカ。忘却の森の事は・・・忘れるんだ。」

まるで暗示をかけるかのようにアンジュが私の耳元に囁く。
「忘却の・・・森の事は忘れる・・・。」
私もアンジュの言葉に続く。

「そう、そしてハルカ。君は、ボクの花嫁になる為にこの『狭間の世界』へやってきたんだ。」

「私は・・・アンジュの花嫁になる為に・・・『狭間の世界』へやって来た・・。」
ああ・・何だか頭がクラクラしてきた。そう、きっと私がこの世界へやって来たのはアンジュに会う為。そして・・・私が愛している人も、目の前にいるアンジュ・・。

 だけど・・・どうして胸が苦しいのだろう?何かとても悲しくて辛い事があったはずなのに、決して忘れてはいけない重要な事があったはずなのに・・・。
でも・・・今となっては、もうどうでもいい。
だって、私はアンジュと結婚してこの世界で幸せに暮らしていくのだから―。

そこで私の意識はプツリと途切れた。

次に意識が戻った時、何故か私は美しい紫色のドレスに身を包み、豪華なディナーのテーブル席についていた。

「え?え?私・・・いつの間に?」
慌てて辺りをキョロキョロ見渡すと、向かい側の席にはアンジュが座っていた。

「どうしたの?ハルカ。突然辺りを見渡しちゃって。」

嬉しそうにクスクス笑いながらこちらを見つめている。

「ア・・アンジュ・・・。わ、私・・さっきまで応接室にいたよね?それがどうして急にこんなドレスを着て、ディナーの席に・・・。」

「いやだなあ、ハルカ。寝ぼけてるの?さっきからずっとボクたちはこの席で素敵なディナーを楽しんでいたじゃない。ほら、乾杯するんでしょう?」

「え?あ!」
気が付けば私は右手にワインが満たされたグラスを手に持っていた。う、嘘でしょう?!

「それじゃ、乾杯しようか?」

アンジュは笑みを浮かべて、私のグラスに自分のグラスを打ち付けた―。




2

アンジュが用意してくれた部屋はとても可愛らしい部屋だった。
部屋全体が薔薇をイメージして作られているのだろうか?カーテンも床に敷かれているカーペットも、部屋の調度品、家具・・・それら全てが薔薇のモチーフで飾られている。部屋全体のカラーは淡いパステルピンクで統一されていた。

「うわあ・・・。なんて乙女チックな部屋・・・。」
アンジュに用意された部屋を見て私は思わず開いた口が塞がらなくなってしまった。

「どう?気に入ってくれた?ハルカをイメージしてこの部屋を用意させたんだよ?」

アンジュが私の両肩に手を置きながら言った。

「私のイメージ?」

「そう、ハルカは薔薇の花が良く似合いそうなゴージャスなイメージだからね。まさに君にぴったりのお部屋だよ。どう?気に入ってくれた?」

「うん、勿論。こんな素敵な部屋をわざわざ用意してくれるなんてありがとう。」
笑顔でアンジュに応える。そうか、私のイメージは薔薇なのか。・・・荷が重い。私はそれ程大層な人間では無いし、美形のアンジュの隣に立てば随分目劣りしてしまいそうなのに。

「それは当然だよ。だってハルカはボクのお嫁さんになる人なんだから。」

「私は・・・アンジュのお嫁さんに・・・。」
アンジュの言葉に続けて言うが、どことなく違和感を感じる。何故なのだろう・・・?
しかし、私の感じた違和感に気付く様子もなくアンジュは私の前髪をかきあげて、額にキスすると言った。

「今日は疲れたでしょう?今夜はここでゆっくり休んでね。明日はこの世界をボクが案内してあげるよ。」

「あ、ありがとう。アンジュ。」

「うん、それじゃお休み。」

アンジュは微笑むと私を部屋に残し、去って行った。

「ふう・・・。」
部屋に1人きりになると私はベッドの上に寝転がった。・・・凄いスプリングの効いたベッドだ。今跳ね上がったよ。
天井を見上げながら、私は思わずつぶやいていた。
「本当に私・・・アンジュと結婚する為にこの世界に来たのかなあ・・・?」
いくらアンジュの花嫁になると言われても、ちっともピンと来ない。だけどその理由を説明する事すら今の私には出来なかった。大体私はアンジュに好意を持っているとは思えない。何故なら一緒に居ても、ときめきもなければ胸が切なくなるような感情も湧いてこないのだから。でもある人を思えば、胸が締め付けられる程に切ない気持ちになり、会いたい、ずっと側に居たいという気持ちに駆られる。だけど、その人物が誰だったのか私には少しも思い出す事が出来ない。
「貴方は・・・誰・・・?」

思わず呟いた時・・・。
 
ポンッ
まるでポップコーンが弾けるような音が部屋の中央で鳴った。慌てて起き上がると、そこに現れたのは私をこの城に案内してくれたフェアリーであった。

「こんばんは。ジェシカ。」

フェアリーは金の粉を振りまきながら空を飛んで、ベッドの上に乗っていた私の前まで飛んできた。

「あ!あなたは!」
城迄案内してくれたのは感謝するが、高さ10mはあろうかと思われる空中に瞬間移動させられたのは謝って貰わなければ。あの時アンジュが居なければ、今頃私はどうなっていたか・・・。

「ねえ、フェアリー。城迄連れて来てくれた貴女には、とても感謝しているけど、あれはちょっと無いんじゃない?私はあなたと違って空も飛べなければ、魔法も使え無いんだからね。」
早速私は抗議した。見た目は小さな子供だけど、本当の年齢は120歳なんだから、これ位強めに言っても大丈夫だよね?
するとフェアリーは舌をペロリと出すと言った。

「ごめんね。ジェシカ。私、まだあの魔法上手に使えなくて。でもおかしいなあ。ジェシカの身体からは2つの魔族の力を感じるから、てっきり魔法を使えると思ったんだけどなあ・・・。」

え?
フェアリーの言葉に私の心臓の音が高鳴る。
2つの魔族の力・・・?
まるで底なし沼に沈み込んでい私の記憶がほんの少しだけ、浮き出てきたような感覚に襲われる
顔は分からないけど、2人の男性のシルエットが一瞬脳裏に浮かんで・・・すぐに消えてしまった。今のは一体・・・?
私がボ~ッとしている様子に気付く事も無く、フェアリーは喋り続けている。

「それにしても、ジェシカ。すっかり元気になったようで良かったわね。門の前で初めて見た時は、あんなに沢山泣いて、この世界に雨まで降らしてしまった位なのに。あのまま泣き続けていたらあの森に酷い目に遭わされてたかもよ?」

「え?ちょっと待って。私・・・・泣いてたの?それに一体何?泣き続けていたら森に酷い目に遭わされていたって?どういう事なの?」

「まさか・・・ジェシカ、森の中で泣いていた事覚えていないの?あ!まさか・・・。い、いけない!内緒だったんだっけ!」

私の話を聞いたフェアリーは驚いた様に口を開きかけ・・・咄嗟に両手で口を押えた。え?ちょっと何?!何だか、すごく怖いんですけど!それに何?内緒の話って。気になるじゃ無いのよ。
「ね、ねえ!途中で黙らないで最後まで教えてよ!は、話しを途中で辞められたら・・こ、怖いじゃ無いの!」
私はフェアリーの両肩を掴むと言った。流石に迫力に押されたのか、フェアリーが観念したかのように重い口を開いた。

「あのね・・・絶対私から聞いたって事は・・・王様には言わないでよ?」

フェアリーは上目遣いに私を見ながら言った。

「アンジュに?何で?」
首を傾げて尋ねたが、フェアリーは私の口を両手で塞ぐと言った。

「だから、しーっ!だってば。ここだけの話なんだからね?!」

口をフェアリーに塞がれたまま、私はコクコクと頷く。

「ふう~。仕方ないなあ・・・。」

フェアリーは溜息をつくと言った。

「ジェシカを見つけたのは門の前だったの。覚えていないかも知れないけど・・ジェシカは『ワールズ・エンド』からやってきたんだよ?」

「ワールズ・エンド・・・。」
何故だろう?その言葉を聞くと、すごく胸がざわつく。

「ジェシカは誰かにこの世界に押し込まれると門を閉められて、その場で泣き崩れてしまったんだよ?マシュー、マシューって呟きながら・・・。」

「え?マシュー?」
ドクン。
私の心臓の音が一際大きく鳴った気がした。マシュー・・・?何故だろう?その名を思い浮かべるだけで、胸が苦しくてたまらなくなる。なのに・・・その人物を少しも思い出せなくてもどかしくて堪らない、それと同時に以前にも同じような経験をした記憶がある。ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃになって気持ちが追い付かない。

「ねえ、ジェシカ。大丈夫?顔色が悪いけど・・・?」

フェアリーが私の異変に気付き、声を掛けて来た。

「うううん、大丈夫。それより・・・、森に酷い事されるってどういう事?」

「あの森はね、生きてるんだよ。」

フェアリーは言う。生きてる・・・?どういう意味で言ってるのだろう?

「うん・・・確かに森は生きてるよね?だって木々も草花も皆生きているんだし・・。」

「違う、そいう言う意味じゃ無いってば。あの森はね、意思を持ってるの。だってこの世界の門番はあの森なんだから。」

「門番・・・?」
何故だろう?その言葉にもすごく何かが引っ掛かる。

「そう、門番。あの森はね、門からやってくる侵入者を見張っているの。例えば邪悪な心を持った侵入者が来れば捕まえて、自分たちの森の1つとして取り込んでしまうの。そして・・・悲しい、辛い記憶を持って、この世界にやって来た者達は・・記憶を消されてしまう・・・。この世界はね、誰かの悲しい感情によって雨が降るんだけど、『森』はこの世界の雨を凄く嫌うから。」

フェアリーは恐ろしい事を言った―。
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