目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第2章 3 青く光る洞窟で (イラスト有り)

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1

ドサリ。
「え?」
背後の大きな音に私は思わず振り向いた。するとオオカミが倒れている姿が私の目に飛び込んできた。
「ね、ねえ!どうしたの?!」
私は慌ててオオカミに駆け寄り、気が付いた。
「酷い傷・・・」
いつの間に傷を負っていたのだろうか?オオカミの左脇腹と右後ろ脚から酷く出血している。ひょっとすると逃げている最中に魔物達の攻撃で怪我をしたのかもしれない。
 それにしても・・・こんなに酷い傷を負いながら、私を連れて、ここまで逃げてきたなんて・・・。
私はオオカミの様子を伺うと、彼は荒い息を吐きながら目を閉じている。
もしかして気を失ってしまったのだろうか?
 とにかく、今は傷の手当をしなければ。
私はリュックサックから大きなリネンの生地を取り出した。何かの役に立つかもと思い、念のために持ってきていたのだ。
 幸いな事に、この洞窟は明るい。洞窟内部は床から壁、天井までが青白く光り輝いている。どうやら自然に発光する鉱石の洞窟なのかもしれない。
私はリネンの生地を手で切り裂いた。この布地でまず傷を塞がなくては・・・。
だけど・・・・・。改めてオオカミの傷跡を見て見ると、かなりひどい事になっていた。逃げる最中、かなり険しい道を走っていたので、傷口はかなり汚れている。
「このまま止血しても・・こんな汚れた傷口じゃ化膿してしまうし・・。」
その時・・・・。
ピチヤーン・・・・。
洞窟の奥の方で水音が聞こえた。え?水の音・・・。ひょっとするとこの洞窟の奥に水が湧いているのだろうか?・・・よし、見に行ってみよう。
私はオオカミの側に行くと耳元で言った。
「少し待っていてね?水があるか探して来るから。」
そして水音の聞こえた洞窟の奥へ、切り裂いたリネンを持って向かった。

「あ!やっぱり!水がある!」
少し歩くと、地面に大きなくぼみがあり、底には水が溜まっていた。中に沈んでいる石ころが良く見えるので、かなり澄んだ水だと言える。
私は持っていたリネンを水の中に沈め、軽く絞ると急いでオオカミの元へ戻った。
「ねえ・・・大丈夫?」
呼びかけて見ても返事は無い。兎に角まずは先に傷の手当だ。
汚れた傷口をなるべく刺激しないようにそっと、リネンで綺麗に拭き取っていく。そして汚れが取れた傷口に長く切り裂いたリネンで縛る。
「良かった・・・お腹の傷はそれ程酷く無くて。こんなに大きな身体では傷口を縛る事出来ないものね。」
足の傷はかなり深く切れていたので布で縛る必要があったが、お腹の傷はそれ程深くは切れていなかったのだ。

「ふう・・・。」
私は傷の手当てが澄むと、意識の無いオオカミによりかかった。兎に角このオオカミが目を覚まさない事には、これ以上私にはどうしようもない。
そしていつしか私は眠ってしまっていた・・・。


 ピチョーン。
いきなり私の顔に冷たい水が降って来た。
「わ!冷たいっ!」
慌てて飛び起きる私。
「い、いけない・・・。私眠ってしまっていたんだ・・・。」
オオカミの様子を伺ってみるが、未だに意識を無くして眠り続けている。
「大丈夫かな・・・?」
私はそっと傷口に触れると呟いた。それにしても・・一体今はいつの何時頃なのだろう?狭間の世界へやって来てからは、私には時間の概念が全く分からなくなってしまっていた。
その時・・・グウウ~ッ・・・・。
「あ・・・。」
お腹が鳴ってしまった・・・。
「そう言えば、お腹減ったなあ・・・。何か食べ物になりそうなの・・・あるといいんだけど・・。」
私はリュックサックの中身を思い出し・・・首を振った。考えてみれば魔界へ行く準備をしていた時は食べ物や飲み物の事はちっとも考え付かなかったのだ。ああ・・・でもこんな事なら非常食になりそうなチョコレートでも持ってくれば良かった・・・。
「魔界にも・・果物位あるよね・・・?この洞窟の近くに何か果実でも無いかなあ・・?」
私は立ち上がると、洞窟の外へ歩き出した。


「うわあ・・・・。」
私は洞窟の外へ出ると感嘆の溜息を洩らした。ここに連れてこられた時は周りの景色を見る余裕など無かったが、こうして改めて見ると中々壮観な景色であった。

 何処までも広がる平原は遠くの方に広大な森が見える。
空の方は相変わらず陰鬱な色をしているが、うっすらと明るく光っている。

「明るく光っている・・・っていう事は今は夜では無いって事なのかな?」

それにしてもこんな事になるなら、もっとアンジュに魔界の様子を詳しく聞いておくべきだった。例えば、魔界の湧き水は飲んでも大丈夫か、魔界には人が食べられる果実が自生しているのか・・・等々。

辺りを見渡していると、左前方に林が見えた。
「あの林・・・果物の成っている木が生えていないかなあ・・?よし、取り合えず・・行ってみよう。大丈夫、きっと私は大丈夫。だって今私の姿は猫なのだから。」
自分に言い聞かせると私は一度洞窟に戻り、リュックサックの中を空にした。
オオカミの様子は・・・相変わらずだ。意識を無くしたまま眠っているのだが、先程に比べると呼吸が随分楽になっているように感じられた。
聞こえてはいないだろうが、私はオオカミの耳元で言った。
「私、この近くに林があるのを見つけたの。今からそこに行って、何か果物でも生えていないか確認してくるから、貴方はここで待っていてね?」
そして空になったリュックサックを背負うと、林に向かって歩きだした―。


 「うわあ・・・すごい!」
私は林の中で声を上げた。ここに生えている木にはどれも様々な果実が鈴なりになっていたのである。
例えばリンゴに似たような果実が成っている木があるかと思えば、お隣の木はオレンジのような果実が成っている。
「だけど・・・これって普通に食べられるのかなあ・・・?匂いは悪くは無いけど・・・?」
私はもいだ果実を手に取り、鼻に近付けてクンクンと匂いを嗅いでみる。
「そうだ、1個だけ・・・食べずにまずは汁だけ舐めてみようかな?」
私は先ほどもぎ取った果実の内、オレンジに似た果実の皮をむいてみる事にした。
うん、皮は柔らかそうだから、手で剥けない事も無い。
皮をむくと、辺りに柑橘系の良い匂いが漂う。
「よ、よし・・・そ、それじゃ・・少し舐めるだけ・・。」
私は勇気を振り絞って少しだけ果実を絞って舐めてみた。
「・・・・美味しい。」
何これ。すごく甘くて美味しいんだけど!思わず私は残りの果実を口に入れようとして・・・やめた。
「もし、調子に乗って食べた後猛毒で死ぬなんて事になったら大変だものね・・・。取り合えず持てるだけもいだ果実を持ってオオカミの所へ戻らないと・・。」
それに考えてみれば、ここは魔界。どんな魔族が住んでいるかも分からない、私にとっては恐ろしい場所なのだ。
急いでリュックサックに果実を詰め込むと、私は足早に林を後にした。

「ねえ・・・起きてる?」
洞窟に戻って来ると私は入り口で声を掛けてみた。しかし、オオカミからの反応は無い。
「ま・・・まさか、死んでしまったの?!」
私は大慌てで洞窟の中へと駆け込んだ。どうしよう・・・もしあのオオカミが死んでしまったら・・私はもう二度とノア先輩の元へ辿り着けない。いや、それどころか二度とこの世界から抜け出す事が出来ないだろう。
「あ・・・。」
いない、あの大きな身体のオオカミが・・・。ひょっとすると目が覚めて私が居ない事に気付き、探しに出たのだろうか・・・。
私は震えながら先程オオカミが寝ていたであろう場所に近付いてゆき・・・。
「えええっ?!」
思わず大声をあげてしまった。そこには見た事も無い男性が横たわって眠っていたのである―。




2

だ、誰・・・この男の人は・・・?恐る恐る近寄り、改めて見直してみる。
年齢は私と同世代くらいであろうか・・・腰まで伸びた青く長い髪は後ろで1つにまとめている。耳は人間の耳よりは少しだけ大きく、先端が心なしかとがって見える。そして独特なのはその肌の色。青みを帯びて、うっすらと光を放っているようだ。
綺麗な肌・・・。思わず見惚れてしまった。でも殆ど人間とは大差ない外見のように見える。この人も・・・魔族・・・?
服装は白いシャツに茶色のベストにボトムス、そして足は皮のブーツ・・・え・・?
その時私は気が付いた。この男性は右足を怪我しているのか、血が滲んだリネンを足に巻き付けている。
ま、まさかこれって・・・?

 私は眠り続けている青年の顔をまじまじと見つめた。
青く長い睫に切れ長の青い眉・・・・そして長く美しい青い髪・・・。
ま、まさかこの男性は・・私をここまで連れて来てくれた・・オオカミ・・?!
 
 本当は今すぐにでも彼を起こして、何者なのか問い詰めたい。けれども時折苦し気に唸りながら横たわっている彼を無理やり起こして質問するなんて事は到底出来るはずが無い。

「ううう・・・。」
青年は苦し気に時折唸っている。傷口が痛むのであろうか?
私は額に手を当ててみると、驚く程に熱を持っている。熱が出ているのかもしれない。
リネンを切り裂いて、手頃な大きさにすると先程の湧き水のある場所へ急いで向かった。水にリネンを浸して絞ると、それを持って青年の元へ向かう。
「大丈夫・・・?しっかりして・・。」
私は青年の額に絞ったリネンを乗せ、ずり落ちないように手で押さえてあげた。
頭が冷えて少しは楽になったのか、青年の苦痛の表情が少しだけ和らいだように感じる。だけど、こんな岩肌でゴツゴツしたような場所で大怪我を負った状態で寝ているのは非常に良く無い状態だと思う。けれども今の私にはこれ以上どうしてあげる事も出来ない。こんな事なら荷物が増えても薄手の毛布くらいは持って来るべきだったな・・。
 私は青年の側に座って膝を抱えると言った。
「どうかお願い・・・早く良くなって・・・。」
 
 ・・・喉が渇いたな・・・。
あれからどれくらい時間が経過したのだろうか。青年は一向に目を覚ます様子は無いし、洞窟の中に居ても時間の感覚がさっぱり分からない。・・一度洞窟の外に出れば様子が分かるかな・・?
青年をチラリと見ても今のところ大きな変化は見られない。少しくらいこの場所から離れても大丈夫そうだろう。私は立ち上がると、洞窟の外へ向かった―。

「う~ん・・・。困ったな・・。これじゃちっとも時間の感覚が分からないわ。」
空を見上げて私は溜息をついた。
相変わらずどんよりとした空は少しだけ明るく光っている。全く変化が無い空だ。
マシューが言った通り、魔界の空は何とも言えず・・・とても寂しいものだった。

「マシュー・・・。」
私はポツリと呟いた。第2階層へやってきて、今初めてマシューの事を思い出した。
いや、意識的に思い出さないようにしていたのかもしれない。何故ならマシューの事を思い出すだけで、胸が締め付けられそうに苦しく、切ない気持ちになるのだから。

 ビュオッ!!
その時、突如一陣の強い風が吹いて私は舞い上がる髪の毛を押さえて目を閉じた。
そして次に目を開けた時・・・目の前に魔物の姿があるのを目にした。その姿はまるでライオンのように巨大な鳥であった。その外見は何処となくハゲタカのようにも見える。
巨大な鳥は私を見るとくちばしを開けて言った。
<何だ?貴様は・・・・ここは俺の縄張りだ。早く出て行けっ!>
眼前にいる巨大な鳥の姿に私は恐怖で身がすくんでしまった。で、でも・・・この洞窟の奥には意識を無くした彼がいる・・・!

「ど・・・どうかお願いです・・・。この洞窟の奥には怪我をした人が意識を無くして眠っているのです。その怪我人が目を覚ますまで、どうかこちらに置いていただけないでしょうか・・・?」
私は震える声で必死に懇願した。

<何だと・・・?!俺の聖域に他の奴が勝手に入り込んでいるだと・・?!>

巨大鳥は私の言葉にますます怒りが増したようで大きな羽をはばたかせながら言った。

<ゆ・・・許せん・・・っ!今すぐ捻りつぶしてくれる・・・!まずは・・貴様からだっ!!>

巨大長は羽をばたつかせて空中に舞い上がると、上空でピタリと止まり、突然私に向かって急降下してきた。
こ、殺される―っ!!
「た・・・助けて・・・マシューッ!!」
恐怖で目を閉じ、咄嗟に今はいないマシューに私は助けを求めて叫んでいた。
すると突然私の額が今迄に無い位、熱い熱を持ち、それが一筋の光となって巨大鳥に向かって放たれた。

<ギャアアアアアッ!!>
光に身体を貫かれた巨大鳥は耳を塞ぎたくなるような恐ろしい咆哮を轟かせながら、地面へ真っ逆さまに落ちて行き・・・。
ドガアアアッンッ!!
激しい音と共に地面に叩きつけられた。

「・・・・。」
何が起こったのか訳が分からない私はその様子をただ茫然と眺めていたが、やがて我に返り、恐る恐る巨大鳥に近寄ってみた。
地面に半分以上頭から突き刺さった身体はピクリとも動かない。まさか・・・落下したショックで死んでしまったのだろうか・・。
試しに長い棒きれを拾って、突いてみるが無反応だ。どうやら偶然?にも私はこの魔物を倒したようだ。う~ん・・・これがRPGの世界だったら、きっとレベルが上がって強くなれたはずなのに、生憎ここはその様な世界では無いので、私は結局弱いまま・・・。だけど・・私の額から放たれたあの光は・・間違いない・・!
マシューの言葉が蘇って来る。

<俺の守りの加護がきっとジェシカを守ってくれるはずだ。だから心配する事は無いよ。俺の事を信じてくれるほどに、その加護は強くなるから。必ず君を守ると誓ってみせる。>

マシューの言った言葉はこの事を意味していたのだ。死してもなお、マシューは私の事を守ってくれている。・・・・でもこの加護は何時まで続くのだろう・・・。もうマシューはこの世にはいない。だからいきなり加護が消えてしまう・・・なんて事もありえるかもしれない。
もし・・・彼が・・・。私は後ろを振り返った。
青年はまだ目を覚ます様子はない。もし、このまま彼が目を覚まさなかったら・・?いや、それどころか目を覚ますことなく彼が死んでしまったら・・・?私はたった1人でノア先輩の待つ第3階層に行かなくてはならなくなるのだ。急がなければ・・・マシューにかけられた加護の魔法の効力が切れてしまう前に、なんとしてもノア先輩の元へ・・・!考えてみれば私は相手の居場所が何処か分かるマジックアイテムの鏡を持っていたのだ。これを使えば私一人でも第3階層に行く事が可能なはず・・。

 私は青年の元へ行ってみた。相変わらず彼は眠り続けているが、少しは顔色が良くなっているように感じる。それなら・・・。
リュックサックから取って来た果実を全て取り出すと、私は恐る恐る林の中で皮をむいておいた果実を少しだけかじって食べてみる。

ゴクン。
あ、美味しい。
「・・・・・・・。」
少しだけ待ってみても身体に特に異変は無い。
「良かった・・・・。これは私でも食べられる果実だったんだ・・。」
私は眠り続けている青年の側に自分が取って来た果実の半分以上を置いた。
そして残りは自分のリュックに戻して、背中に背負う。

「ごめんなさい・・・。本当は貴方の目が覚めるまでは側にいてあげないといけないんだろうけど・・。」
私は青年の前髪にそっと触れながら言った。
「一刻も早くノア先輩の元へ行かなくてはならないの・・・・。だから・・先に行かせてね・・。」
そして私は立ち上がり、洞窟の外へ向かって歩き出したその時。

「何処へ行く?」

背後から突然声をかけられ、気付いた時には私は青年の腕に囚われていた。

「たった1人きりで一体何処へ行くつもりだ?」

見上げると、青年の目は金色に怪しく光り輝いていた—。
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