目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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フレア ④

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1

『ワールズ・エンド』へ一気に飛んだ私はマシューの姿を探した。
すると・・・・無理やり誰かに引きずられるように門へ連れて行かれるジェシカの姿を見つけた。
彼女は必死でマシューの名前を叫び続けている。

マシューは一体何処に・・・?私は夢中で辺りを見渡し、2人の聖剣士が剣を構えて立っている姿を発見した。そして彼等と退治している2人の男性・・・その内の1人はマシューだ。胸元から下は血まみれで口元にも吐血したのか、血で濡れている。剣でやっと自分の身体を支えている状態だ。そしてジェシカを引きずっていた男性が駆け寄ってきてマシューの背後に付く。マシューはその男を見ると何故か絶望的な表情を浮かべ・・・そのまま地面に倒れ込んだ。
その瞬間、私は全身の血が沸騰する程の怒りを覚えた。あの心優しいマシューを剣で貫いた人間共め・・・。許すものか・・・・!
 魔王不在となった今、私達魔族は厳しい掟の元で管理されている。中でも人間に関する掟は最重要事項・・・絶対に人間を傷つけてはいけない。この掟を破った者は酷い罰を受ける事になっている。
 しかし、そんな掟等今の私にとっては完全に無意味だ。あそこにいる人間達はマシューが半分魔族の血を引いているというだけで彼を虐げてきたのだ。
けれどもマシューはそんな彼等を一度も恨んだことが無かった。
自分は半分魔族だから仕方が無いよと悲し気に見せた笑顔・・・。
 私が幼い頃、遠い記憶の中で母が少しだけ歌ってくれた思い出の子守唄を唄ってくれたマシュー。
フレアにはお世話になってるからと、人間界から持ってきたというお菓子をはにかんだ笑顔でプレゼントしてくれたマシュー・・・。
マシューは人間達に傷つけられてきた事は沢山あっても、一度もそれを恨むことなく、彼等の言われるままに従順に従って来たのに・・・!

「おのれ・・・人間どもめ・・・よくもマシューを・・・!!」

その時、頭の中にマシューの声が響いて来た。

<だ・・・駄目だ・・・フ、フレア・・・。彼等に手を・・・出さないで・・。>

マシューはまだ生きていた!私の思念に呼びかけてきたのだ。
なら私の取るべき方法は一つしかない。口の中で小さく呪文を唱え、私とマシュー以外の時を止める・・・・!

キイイイーン・・・!!
辺りをつんざく金属音の音が鳴り響くと同時に、時が止まる。
4人の男達は石像のようにピタリと身体が止まり、風の動きも、なびく草原も私とマシュー以外の時が全て止まる。

「マシューッ!!」

私は時を止められた人間共には目もくれず、虫の息のマシューの側に駆け寄った。

しかし・・・もう既にマシューは息をしていなかった―。
マシューは最後の力を振り絞って思念で彼等に手を出さないでと頼んできた。ならば・・ここはマシューの願いを叶えてやらなければ・・・。

私は息をしていないマシューの頬に手を当てると言った。
「ねえ、マシュー。貴方・・・本当にこんな所で死んでしまっていいの?ジェシカの気持ちを確認しなくていいの?あれ程恋い慕っていた彼女はね・・・マシュー・・。貴方の事を愛しているのよ。半分は魔族の血を引く貴方を・・・。」
しかし、マシューはもう何も答えない。けれども・・・マシューの死に顔は・・とても穏やかだった。
「馬鹿よ。貴方は・・・あれ程ジェシカの事を愛していたなら、ノアの事を諦めさせて自分の元に留めておけば良かったでしょう?自分の事をジェシカが愛していないと思っていたの?そんなに自分に自信が持て無かったの?貴方はこんなにも・・・素敵な人なのに・・・。何故ジェシカを手放したの?何故・・ジェシカを魔界へ向かわせたのよ・・・。そんな事をしなければ、貴方も私もこの先幸せに生きていけたはずなのに・・・。本当に・・・最後まで・・お人好しなんだから・・・・。」
いつしか私の頬を涙が伝っていた。

 マシューは魔界の大事な『花』を奪った盗人で罪人だ。幾ら愛する女性を救うためとはいえ、罪は罪だ。私は『七色の花』の管理人。彼を罰する権利を持っていたのだ。
けれども・・・私の数少ない大切な友人の1人であった。だから・・・。

「そうよ・・・。どうせ私はもう既に2つの禁忌を犯している。今更罪が一つ増えたって、どうせ私は罰を受けるに決まっている。それなら・・・。」

私は立ち上がった。
そう、私が今取るべき行動はたった1つだけ—。



「ど、どうしたんだ?フレア。突然尋ねてきたりして・・・。それに何かあったのか?顔色がとても悪いぞ?おまけに随分疲れ切っているようにも見えるし・・・。」

ヴォルフは突然現れた私に戸惑いながらも家に招き入れてくれた。

ソファに腰かけ、深いため息をつくと私は言った。
「ええ・・・。ちょと昨晩、『ワールズ・エンド』で色々トラブルがあってね・・・。でも、もう大丈夫。全て解決したわ。」

「そ、そうなのか・・・なら別に構わないが・・。え?でもそれなら俺のところに来る事等しないで、すぐにでもノアの元へ戻った方がいいんじゃないのか?」

ヴォルフは慌てて言うが、私は首を振った。

「いいえ、大丈夫よ。それよりも・・・ヴォルフ。いよいよ貴方に動いて貰う時がやってきたわ。」

私はヴォルフをじっと見つめながら言った。そう、私はワールズ・エンドでジェシカの姿を見かけた時に素早くジェシカに探査の魔力をかけたのだ。これからはジェシカの行動を監視していなくてはならないからだ。私の部屋の鏡を見れば、ジェシカの行動は全てお見通しという訳だ。

「え・・・?一体どういう事だ?」

「私の探査の魔力がついに大切なペットを感知する事が出来たの。恐らく数日以内に第1階層へ現れる日がやってくるはずだから・・ヴォルフ。貴方はそれまで第1階層で待機していて頂戴。」

「え・・?ちょ、ちょっと待ってくれよ。数日以内?冗談じゃない!はっきり日程を決めてくれよ。あんな殆どモンスターに等しいような下級魔族達の住む世界で数日過ごせと言うのか?冗談はやめてくれよ!」

ヴォルフは情けない声を上げた。

「何よ・・・。貴方・・私に歯向かう気?」
私はヴォルフをジロリと睨み付けると、彼はため息をついた。

「やれやれ・・・分かったよ・・・。フレア、お前の言う通りにすればいいんだろう?」

「そうね。やはりヴォルフ。貴方は物分かりがいいわ。」
私は満足げに笑った—。


 しかし、それから数日間ジェシカの姿は探査の魔法をかけていたにも関わらず、行方が途絶えてしまったのだった—。

おかしい?一体ジェシカは何処へ消えたと言うのだろう?あの時の状況を考えて、恐らくジェシカは1人で魔界へ向かったはず。なのに魔界の門を開けた気配すら感じない。しかも何故か探査の魔法に引っかかって来ないのだ。まさか術が不完全でジェシカを見失ってしまったのだろうか?いや、そんなはずは無い。私は完璧に術をかけたのだ。絶対にこの魔界へノアを取り返すためにやって来るに違いない。


 そして、数日が経過し・・・・ついにジェシカが鏡の映像に映し出され・・・私は息を飲んだ。
え・・・?どういう事?あの門を開けて入って来たのは・・・本当にジェシカなの?だけど、どう見てもあの姿は・・・単なる猫じゃ無いの!
探査用の鏡に映し出されていたのはジェシカでは無く、1匹の真っ白い猫が現れたのである。そんな馬鹿な・・・!私は確かにあの時ジェシカに術をかけた。それなのに何故?何故ジェシカはいない?だが・・ここに映し出されているのが猫だと言う事は・・・ひょっとするとジェシカは何らかの方法を使って魔界の魔族達から身を守るために何者かの協力を得て、猫の姿に化けているのだろうか・・・?
私は注意深く猫を観察して・・・気が付いた。
あの猫は珍しい紫色の瞳をしている。それによく見れば、猫のくせに涙を流しているでは無いか。

「フフ・・・なかなか驚かしてくれるわね・・・ジェシカ・リッジウェイ。」

私は腕組みをしながら鏡に映し出されている白猫を見つめた。

「さあ・・・早くここにいらっしゃい。ジェシカ。貴女に特別なもてなしをしてあげるから・・・・。」

私は第1階層の城を目指すジェシカに独り言のように言うのだった—。



2

「ヴォルフ、ヴォルフ、聞こえる?」
私は既に第一階層へ潜っているはずのヴォルフに思念を送るが、全く返事が返ってこない。一体何をしているのだろうか・・・。まさか・・・寝てる・・?
「全く・・・なんて使えない男なの!」
私は歯ぎしりをした。本来なら私自らがジェシカの姿を拝みに第1階層へ行っても良かったのだが、屋敷にはノアがいるし、何より私は『七色の花』の管理人だ。勝手に何日も第3階層を留守にする事等許されない。

 一旦ヴォルフに思念を送る事を中断し、私は猫の姿へと変えたジェシカの様子を注視する事にした。
それにしても・・・ジェシカが魔界へ入って来た今なら、あの女の事が良く分かる。
今、ジェシカは3種類の魔力を身体に秘めているという事に。
1つは・・・人間としての『魅了』の魔力・・この魔力にあてられれば、大抵の異性はあの女の魅力に取りつかれてしまうだろう。だからこそ彼等はジェシカを愛してしまったに違いない。
そしてもう一つは・・・何だろう?これは・・・不思議な魔力を感じる。人間界とも魔界とも違う他の魔力が・・・。ひょっとするとこの世界には魔界と人間界以外の別の世界でも存在しているのだろうか?その為、あの日から数日間・・・ジェシカの行方が分からなくなっていたのかもしれない。
残りの1つ、これは言わずと知れた魔界の魔力だ。何故人間であるジェシカに魔界の魔力が備わっているのか・・・考えるまでも無い。恐らくマシューだ。
マシューがジェシカに自分の魔族としての魔力を与えたのだ。

 私はそこで再び涙が滲んできた。
馬鹿なマシュ―・・・・。ジェシカに魔族の魔力を分け与えたりしなければ、きっと貴方はあんな事で命を落とす事は無かったはずなのに・・・。でも、自分の命を犠牲にしてでもジェシカを守りたかったのかもしれない。それ程深く・・・ジェシカの事をマシューは愛していたのだろう。

 やがてジェシカは第1階層の城へと辿り着いた。
「ヴォルフ!返事をしなさい!ジェシカがついに第1階層へ着いたのよ!」
再び思念を送るもヴォルフからは返答が無い。
「ヴォルフッ!」
思わずヒステリックに叫び・・・その瞬間、私はジェシカの背後にここ、第1階層の門番である巨大オオカミの姿を確認した。

 ジェシカも異変に気が付いたのだろう。背後を振り返り、身体を震わせて動きが止まってしまった。恐らく恐怖の為に身動きが取れなくなってしまったのだろう。
チッ!
私は心の中で舌打ちをする。
全く・・・人間という生き物はなんとか弱い生き物なのだ。あれぐらいの下等生物等、私達にしてみれば恐れるに足らないのに、人間達にとっては脅威な存在なのだろう。
巨大オオカミは荒い息を吐きながら、徐々にジェシカとの距離を詰めていく。ジェシカは恐怖のあまりか、目を強く閉じてしまう。
ま、まさか・・・ジェシカを食べるつもりでは・・・?
「ヴォルフッ!何をしているの!!」
私は思わず叫び—
その瞬間、ヴォルフが巨大オオカミの身体に乗り移る瞬間を見た。一瞬で身体を乗っ取られた巨大オオカミの魂が身体の外から追い出される・・・。

「ヴォルフ、一度ジェシカから離れなさい。貴方に話があるから。」
思念でヴォルフに呼びかけると、彼は焦ったように返事をする。

「あ、ああ・・。分かったよ、フレア。」

ヴォルフは素早くジェシカから離れた。強く目を閉じていたジェシカは何も起こらないのが不思議に思ったのか、ゆっくり目を開けて辺りを見渡すと、城の奥を目指して歩き始めた。


「ヴォルフ!一体今迄何をしていたのよ!私はジェシカを無傷で第3階層まで連れてくるように言ったはずよ!それなのに・・・危うくジェシカは巨大オオカミに食べられそうになったのよ?!」

怒りの思念をぶつけてヴォルフを叱責した。

「わ、悪い。フレア・・・。べ、別に言い訳するつもりじゃ無いんだが、ここ第1階層はあまりにも空気が淀みすぎていて・・・定期的に休まないと魔力が回復出来ないんだよ。」

「つまり・・・今まで貴方は居眠りしていたと言う訳ね?」

「うう・・・す、すまん・・・。」

巨大オオカミの姿になったヴォルフは項垂れた。

「まあいいわ。ジェシカは無事だったんだから・・・丁度いいわ。ヴォルフ。その姿でジェシカを第3階層まで送り届けて頂戴。」

「あ、ああ・・・。分かったよ。でもいいのか?あの猫・・・あの城の中を1匹で行動させて・・中には下級魔族共が蠢いているはずだろう?襲われたりしてるんじゃ・・。」

ヴォルフは心配そうに言う。

「それなら大丈夫よ。あの城はね、巨大迷宮になっていて、外部から侵入して来た者と第1階層の魔族達とは同じ空間だけど、互いが別次元に存在しているのよ。だからお互いに姿を感知する事は出来ても接触する事は不可能なの。ただ・・・今の状況だと絶対にあの迷宮を抜ける事は出来ないわ。勿論ヴォルフ、貴方もね。」

「え・・ええええッ?!おい、フレア。どういう事なんだよ!俺まで迷宮を抜けられないなんて・・・!大体、初めからこんな回りくどい方法を取らずに、初めから空間転移魔法でジェシカを連れて来てしまえばいいだけの話じゃ無いか!」

「それは無理ね。だってジェシカにはその空間転移魔法に耐えられるだけの魔力を持っていないからよ。」
ジェシカは確かに魔力を持ってはいるが・・・ノア程の魔力を持っている訳では無い。なのでノアに使えた魔界の空間転移魔法を行使する事がジェシカには出来ないのだ。この情報は生前、マシューから聞かされていたので、私はジェシカを魔界へ連れて来る準備が出来たのである。


「だって仕方が無いじゃない。貴方だって結局は外部からの侵入者なのよ。」
私が言うと、ヴォルフは口を噤んでしまった。
「でも安心して頂戴。私がジェシカに語りかけて誘導するから、ジェシカの後を付いて行きなさい。」

「あ、ああ・・・。分かったよ。」

言うと、ヴォルフは城の内部へと入り、ジェシカの姿を追った。
私は再び画像をジェシカへと切り替えると、丁度ジェシカが床に座り込んでいた所だった。成程・・・この城の迷宮に気が付いた様ね・・・。
声が聞こえてこないので、ジェシカが何を言っているか分からないが、頭を抱えて目に涙を浮かべている。
全く・・・世話の焼ける女だ。けれど・・・このジェシカのようにか弱い女性が男性達に取っては好ましいのだろうか?私も・・ジェシカのように女らしく振舞えば・・。

「おい、フレア!ジェシカ・・・泣いているぞ。何とかしてくれよ。」

突然ヴォルフの困り声が頭の中に響いて来た。
「ああ、ごめんなさい、悪かったわね。待っていて。今ジェシカに呼びかけるから。」

そして私は声を、話し方を変えてジェシカにコンタクトを取る―。


 私をあっさり信用したジェシカは何と単純なのだろう。だが、その方が都合が良い。声でジェシカを誘導し、『鏡の間』へ導く為に今迄かけられていた封印を解く。
途端に禍々しい魔族達の気配が城中を満たす。

てっきり恐怖で一歩もジェシカは進めなくなるのではと思ったが、なんと意外な事にジェシカは震えながらも歩き始めたのである。
へえ~少しは見所があるようね・・・。
 
 やがてジェシカはとうとう『鏡の間』へと辿り着いた。安堵の為か、ジェシカは大きくため息をつくと、鏡へ近づき・・足を止めた。
え?一体どうしたというのだろう?

そして次の瞬間・・・
鎧を付け、剣を構えた巨大な骸骨の兵士が鏡の奥から出てきたでは無いか。
しまった!まだあんな番人がいたなんて・・・・!

しかし、その番人は後からやってきたヴォルフの炎の咆哮で一瞬で燃やし尽くされたのである。それを驚愕の目で見つめるジェシカ・・。
フフ・・・。これでジェシカはヴォルフの事を信頼できる存在と認めたはずだ。
だから私はそのオオカミと一緒に第3階層まで来るように伝え・・・ジェシカとの間に結んでいた探査の魔法を遮断した。

 もう私が監視する必要は無いだろう。何せ一緒に居る相手はあのヴォルフなのだから。彼と一緒ならジェシカは必ず無事に第3階層まで来ることが出来るだろう。
そう、あの地下牢まで・・・。
私は肘掛椅子に座り、寄りかかると笑みを浮かべた—。
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