目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第3章 4 愛の目覚め (イラスト有り)

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1

「ふ~ん・・・恋人たちの逢瀬の時間って訳ね・・・・。」

突然、ノア先輩の背後から冷たいフレアの声が浴びせられた。
ノア先輩は肩を一瞬驚いたかのようにビクリと震わせ、恐る恐る振り返った。けれども先輩の背中は私を守るように鉄格子にぴったりと背中を貼り付けている。

「ノア・・・・。貴方・・・ここで一体何をしていたの?」

フレアは腕組みをしながら恐ろしい殺気を漲らせて私達を睨み付けている。そこへすかさずヴォルフが声をかけてきた。

「よ、よせ。フレア。さっきも話した通りだが・・・俺だ。俺がジェシカにノアと会わせるためにこの地下牢へ強引に連れて来たんだ。」

するとフレアは言った。

「違うわ!私が言いたいのはね・・・・。ノア・・・貴方、ここで今その女に何をしていたのかってことよ。答えなさい!」

フレアの気迫に思わず身体が震えそうになるのを必死で私は堪えた。
するとノア先輩は一瞬私の方を振り返り、微笑むとすぐにフレアの方を向いて小さな溜息をつくと言った。

「言い訳はしないよ・・・・・。僕はここでジェシカに会って、話をして・・・彼女に2回口付けした。でもジェシカを責めないでくれよ。僕が勝手に彼女の唇を奪ったんだから・・・ジェシカは何も悪くない。」

「ノア先輩?!」
半分悲鳴交じりで声を上げてしまった。どうして?何故よりにもよってフレアの前でそんな事を話すの?!

一方のフレアは、怒りにより全身をブルブル震わせ、今にも血が滲んでしまうのでは無いかと思う位に下唇を強く噛み締めている。
そしてヴォルフの方は・・・・何故か悲しみを浮かべた顔で私をじっと見つめている。
「ヴォルフ・・・?」
私が小さくその名を呟いた時・・・・。

今迄怒りに震えていたフレアの顔が悲し気に歪み、目にはみるみる内に涙が溜って来た。

「え・・・?フレア・・・・?」

流石のノア先輩もこの豹変ぶりに戸惑いの色を隠せない。

「どうして・・・・どうしてなのよ・・・?ノア・・・。私の事を好きって言ってくれたじゃないの。結婚しようって言ってくれたわよね?それなのに・・何故その女にキスするの?どうしてそんなに・・・愛しい人を見るような眼つきで・・その女を見つめるのよ・・・!今までずっと忘れていたくせに!やっぱり貴方が愛する女は私ではなく、そこにいる人間の女だって言うの?!私は・・こんなにも・・貴方の事を愛しているのに・・・っ!」

フレアは殆ど悲鳴交じりで叫ぶと顔を両手で多い、その場に座り込んで泣きじゃくり始めた。

「フレアさん・・・。」
どうしよう、私はフレアを酷く傷つけてしまった。あの時・・・ノア先輩を強く拒絶していれば、彼女をここまで傷つける事は無かったのかもしれない・・。だけど、私は悲し気なノア先輩を・・・私の為に魔界へ連れてこられてしまったノア先輩を拒絶する事はどうしても出来なかったのだ。

「フレア。」

ノア先輩は小さなため息をつくと、フレアの側へ歩み寄り、泣きじゃくっている彼女の肩をそっと抱きしめると言った。

「ごめんよ・・・。フレア・・・。屋敷に戻ろう。そこで・・・2人でじっくり話をしようよ。だから・・・どうか泣き止んで・・・。」

それでもフレアは泣きじゃくりながら首を振る。

「フレア。」

すると突然、ノア先輩はフレアの顔を両手で挟み、自分の方を向かせると私達の見ている前でフレアに口付けをした。

「「「!」」」

キスされたフレアを含め、私もヴォルフもノア先輩の突然の行動に驚きを隠せなかった。

「ノ・ノア・・・。」

フレアは目に涙を溜め、頬を赤らめながらじっとノア先輩の顔を見つめている。

「ね、屋敷へ帰ろう。2人で話をしようよ・・・。」

ノア先輩はギュッとフレアを抱きしめると言った。

「わ・・・分かったわ・・・。」

フレアは返事をすると・・・途端に2人の姿は一瞬で地下牢から姿を消してしまった。一方、残されたのは私とヴォルフ。

「「・・・・。」」

私とヴォルフの間に、何となく気づまりな空気が流れる。
ヴォルフは私から視線を逸らす様にしているのが分かったので、彼に声をかけた。

「ヴォルフ・・・。」

「な、何だ?ジェシカ。」

突然声をかけたからなのか、ヴォルフが狼狽えたように返事をする。
「ノア先輩を・・ここへ連れて来てくれてありがとう。お陰でノア先輩と話をする事が出来たよ。」

「ジェシカ・・・。」

ヴォルフはようやく私に視線を合わせる。

「話したいことは全てノア先輩に伝えたよ。後は・・・もうノア先輩の判断に任せるだけ。フレアさんとの話し合いで、多分今後の事を決めるだろうから・・・。」

私は笑みを浮かべて言ったが、心はちっとも晴れなかった。ノア先輩の事だ。恐らくフレアの事を考えてこの魔界へ残る道を選択するだろう。だけど、先輩の気持ちは?あれ程人間界を懐かしんで・・・戻りたいと切に願っていたのに。本当にこのままノア先輩を魔界に残しても良いのだろうか?
 
ヴォルフも俯いて思い悩んでいる表情を浮かべていたが・・・・やがて顔を上げると言った。
「そ、そんな事よりもジェシカ、お前はいいのか?あのままだとノアはフレアに言い切られ、本当に結婚してしまうかもしれないぞ?!」

え?そっちの話?
「確かに2人が結婚するとなると・・・ますますノア先輩は人間界に戻れないかもしれないね・・・。」

「!そうじゃなくて!」

突然ヴォルフは自分の髪をクシャリと掻き上げると、次の瞬間私が閉じ込められている牢屋の中に現れ、私の両肩に手を置くと言った。

「ノアはジェシカは恋人では無いと言ったが・・・本当はジェシカ・・・お前もノアの事が好きなんだろう?愛しているんだろう?それなのに・・・あの2人が結婚しようとしているのを見過ごしても良いのか?!」

ヴォルフは真剣な顔で私の瞳を覗き込むように言った。
「え?何を言っているの?ヴォルフ。私がノア先輩を好きって?」

「そうだ・・・。好きだから・・・ノアとキスしたんだろう?」

「・・・・。」

私はヴォルフの問いに答える事が出来なかった。私がこの魔界へ来たのは私の命を救う為に犠牲になってしまったノア先輩を助ける為。それならノア先輩とキスをしたのは?先輩の事が好きだから・・・?私は自分に自問自答してみたが・・多分、答えは『ノー』だ。可哀そうなノア先輩の望みなら、私に出来る事なら、何でも叶えてあげたいと思ったから・・・。そう、それだけの事なのだ。

「ジェシカ・・・何故黙っているんだよ・・・。やはりそれほどノアとフレアの事がショックだったんだろう?だったら・・いいか、良く聞けジェシカ。ノアの気持ちは俺が見た限り・・お前の方に傾いている。今ならまだあの2人を引き離す事は可能だ。俺がフレアに、ノアから手を引かせてお前をこの地下牢から出して貰えるように何とか説得して見せる!だから・・・ジェシカ、ノアと一緒に人間界へ帰るんだ。早くしないとノアが完全に魔族化してしまうぞ?この地下牢を無事に出る事が出来れば、俺がお前とノアを第1階層まで・・・連れて行ってやるから!」

「え?ま、待って。ヴォルフ。そんな事したら駄目だよ!だって・・・フレアさんはノア先輩の事・・・本当に愛してるんだよ?それじゃあまりにもフレアさんが可哀そうすぎる・・・。第一・・・どうして私なんかの為にそこまでしてくれようとするの?ヴォルフには何も得する事なんかないのに・・・。」
そう、私のようにどっちつかずの態度しか取れない不誠実な人間ではノア先輩も傷つけてしまうし、心の底からノア先輩を愛しているフレアの事も・・・傷つけてしまう。それにヴォルフはフレアの家臣のようなものだ。その家臣が主に逆らうなんて・・・・普通、まずは考えられない事をヴォルフは実行しようとしてるのだ。

「何でだよ・・・。何でそんな事言うんだよ・・・。お前は・・・ノアの事を愛しているんだろう?だから・・・あんな事を・・・。」

何故だろう?ヴォルフが苦し気に私を見つめている。まるで・・・今にも泣きだしそうな程に・・・。私はヴォルフの頬にそっと触れると言った。
「どうしたの?ヴォルフ・・・。何故そんなに苦しそうにしているの?それに何か勘違いしているようだけど、私は別にノア先輩の事を愛してはいないけど?」

そう、だって私の愛している人は・・・。

「!」

すると、何故かヴォルフの目が一瞬大きく見開かれ・・・・突然ヴォルフが強く私を抱きしめて来た。
「ヴォ、ヴォルフ?どうしたの?」
余りの力強さに顔をしかめながら、何とか私はヴォルフに尋ねた。

「今の言葉・・・本当か?」

ヴォルフは私の髪に自分の顔を埋めながら言った。

「え?」

「ノアの事・・・愛してはいないって言った事だ・・。」

「う、うん・・・。」

「さっき、ジェシカは言ったよな。どうして私なんかの為にそこまでしてくれようとするのかって。俺には何も得する事なんかないのにって・・。」

「確かに言ったけど・・・?」
分からない、ヴォルフは私に何を言いたいのだろうか?

「それは・・・俺がお前の事を好きになってしまったからだ・・・。」



そしてヴォルフは私から身体を離すと口付けしてきた―。




2

え・・・?今、ヴォルフは私に何と言ったの?そ、それに・・・。
何故私はヴォルフにキスされているのだろう?
余りの突然の出来事に自分の思考がちっとも追いつけないでいる。

「ジェシカ・・・。」

ヴォルフは唇を離すと私の目をじっと覗き込んだ。彼の瞳には戸惑った私の表情が映し出されている。

「ヴォ、ヴォルフ。一体・・・。」
そこまで言いかけた時、再びヴォルフが強く抱きしめて来た。

「すまん・・・。驚かせてしまったか?だが・・・信じられないかも知れないが、俺は・・ジェシカ、お前の事が好きだ。そして・・多分、愛してる。お前がノアの事を愛していないと言うのなら・・・俺が・・お前に好きになって貰える可能性があるって事だよな?!今は無理でも・・俺の気持ちにいつか応えてくれるかもと・・・期待していても構わないんだよな?」

 え?ちょっと待って。私は確かにノア先輩の事は愛していないと答えたけども、それがどうしてこんな事になってしまったのだろう?ヴォルフは私の命の恩人でもあるし、魔界で色々世話になっていたので彼に対して恩義は感じている。だけど、恋愛感情を抱いた事等これっぽっちも無いし、ヴォルフに好意を抱かれていたなんて事も知りもしなかった。
 
 ヴォルフは私が返事を返さないのが不安に思ったのか、抱きしめたまま震える声で尋ねて来た。

「ジェシカ・・・俺が迷惑か?もし迷惑だと思うなら・・・はっきり言ってくれ。」

彼は魔族で、魔力も力も私達人間に比べて、とても強いのに・・・今私に縋りつく姿はとても弱々しい存在に思えた。どうしよう、でも・・・ヴォルフに何か声をかけてあげなければ・・・・。
「ヴォルフ、私は・・・。」
彼の名を呼び掛けて、その一瞬・・ヴォルフの・・・魔族の独特な香りだろうか?この香りが、あの懐かしいマシューの香りと重なった。
「マ・・・マシュー・・・。」
気付けば私は・・・違う男性に抱き締められているにも関わらず、マシューの名を呟いていた—。

「!」

途端にヴォルフが弾かれたように私から身体を離すと、じっと瞳を覗き込んできた。

「ジェシカ・・・・マシューって・・・一体誰だ・・・?」

まるで全てを見透かすようなヴォルフの金色に光り輝く瞳。
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・。」
何故か私の口から出た言葉は謝罪の言葉だった。何故謝罪の言葉を口にしてしまったのだろう?自分で言っておいて不思議でならなかった。これ以上マシューの事を聞かれたくなかったからなのか?それとも抱きしめられていたのに、違う男性の名前を呼んでしまった事への謝罪?一度に色々多くの事が起こり過ぎて・・・もう訳が分からなくなっていた。

「ジェシカ。俺は謝って欲しいんじゃない。マシューって一体誰なんだ?ナイトメアに襲われた時もマシューという名前を呼んでいたな?それに・・・自分では気が付いていなかったかもしれないが、お前は時々寝言でその名前を呟き、涙を流していた事も1度や2度じゃ無い。」

「え・・・?ほ、本当に・・・?」
信じられなかった。私は覚えていない夢の中で実はマシューの夢を見て・・泣いていたと言うのだろうか?

「なあ・・・・マシューって・・誰なんだよ・・・。」

いつの間にかヴォルフは私の右肩に頭を乗せて声を震わせていた。
「ヴォルフ・・・。」
そっと左手でヴォルフの髪を撫でると私は言った。

「マシューは・・・・ノア先輩を助ける為に私を魔界へ送り出して・・・命を落としてしまった人。そして・・・私が愛した・・・半分魔族の血を引く男性・・・。」
そう、今なら自分のマシューに対する気持ちがはっきり分かる。私は・・・この世界でアラン王子でもマリウスでも・・そして私に好意を寄せてくれている周囲の男性達の誰でも無く、知り合ってまだ間もない半分魔族の血を引くマシューを愛していたのだと言う事に。あれ程・・・この世界の誰かを好きになってはならないと心に決めていたはずだったのに・・・。

「ジェシカ・・・・今の話は・・・本当なのか・・・?」

ヴォルフが青ざめた顔で私を見つめる。

「うん。本当の話。彼・・・マシューは魔界の門を守る聖剣士だったの。私を魔界へ行かせる為に『ワールズ・エンド』で他の聖剣士達と戦って・・・胸を剣で貫かれて・・・・そ、そして沢山血を流して・・・く、口からも血を吐いて・・・。」
最期の方はもう言葉にはならなかった。血まみれになりながらも私を逃がそうとしたマシュー。そしてどんどん冷たくなっていく身体・・・・。
何時しか私の目には涙が溢れ、ボロボロと流れ落ちていく。そんな私をヴォルフは黙って抱き寄せると言った。

「・・・悪かった・・・。辛い事を話させてしまって・・・・。それじゃ・・お前がナイトメアによって見させられた悪夢にマシューが出てきたんだな?可哀そうに・・・。」

ヴォルフの私を抱き寄せる手が優しくて・・・私は益々どうしようもない位悲しみが込み上げてしまって・・・・いつまでもヴォルフに縋って泣き続けた―。


あの後・・・。私は情けない位、子供のように激しく泣きじゃくった後、ようやく落ち着きを取り戻した。

「ヴォルフ・・・。私ならもう大丈夫だから、自分の家へ帰ったら?」
私はいつまでも牢屋から出て行かずに地下牢に居座っているヴォルフに声をかけた。

「いや、今の状態のお前を1人地下牢に残して帰る事なんて俺には出来ないよ。」

ヴォルフは首を振って小さく笑った。

「ヴォルフ・・・・。やっぱり貴方はいい人だね。前に私に話してくれたよね?魔族は自分の利益の為にしか行動しないという冷たい心を持っているって。だけど・・・やっぱりヴォルフは・・優しい人だとおもうよ?」

私は微笑むとヴォルフは一瞬頬を染め、視線を逸らすと言った。

「俺は・・・人じゃない。魔族の男だ。でも・・・何故ジェシカが魔族の俺を恐れないのかようやく分かったよ。マシューが・・・半分魔族だったから・・お前は俺を恐れなかったんだよな?」

寂しげに笑いながらヴォルフは言った。

「それもあるかもしれないけど・・・。でもヴォルフはここに来るまでの間、いつだって私を助けてくれたでしょう?大怪我まで負って・・・。」

「そ、それはフレアに命令されて・・・!」

「それに、私は知ってるよ。」
ヴォルフの言葉を遮るように言葉を続けた。

「魔族は・・・皆凍えるように冷たい身体をしているんでしょう?現に魔族になりかけのノア先輩だって、とても冷え切った・・・氷のように冷たい身体をしていたし。だけど、ヴォルフ。貴方は初めから違っていた。ちっとも冷たい身体をしていなかったし、何より寒がっている私の為に自分の身体を発熱させて温めてもしてくれたじゃない。本当に・・・・ありがとう。ヴォルフ。」

「だ、だから・・・そ、そんな顔をして、そんな言い方・・・するなよ。」

何時しかヴォルフは自分の口元を押さえて、耳まで赤く染めている。

「そんな言い方・・・されると・・ジェシカは俺に好意を持ってくれているんじゃ無いかと・・・勘違いしてしまいそうになるから・・・。」

「ヴォルフ・・・。」
何と声をかけたらよいか戸惑っているとヴォルフが言った。

「あー・・・そ、その・・今の話は忘れてくれ。ほら、あんなに泣いて疲れただろう?もう今日は休め。明日・・・俺がフレアの元へ行って、何とかジェシカをここから出してくれないか、交渉してみるから。それに・・・きっと今頃フレアたちも話し合いが済んでいるかもしれないだろう?何か進展がみられるかもしれないから・・。とにかく、今は何も考えずに、眠ってしまえ。」

「うん。ありがとう・・・それじゃ・・おやすみなさい、ヴォルフ・・・。」

「ああ、お休み、ジェシカ。」

 私は地下牢に備え付けの簡易ベッドに潜り込むとヴォルフに声をかけ・・・夢も見ずに深い眠りに就いた—。

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