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6-17 再会の庭 2
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「だけど……父が強引に決めた相手だったけど、私は彼を好きになったの」
サフィニアは視線を美しく整えられた庭に向けた。その表情は今にも泣きそうにセザールは見えた。
「でも、彼が見ていたのは私じゃない……ヘスティアだったのよ」
「……!」
セザールの目が見開かれる。その衝撃は、言葉にできないほどだった。
「ヘスティアもジルベールに好意を抱いていたわ。2人は互いを思いあっていたのよ。私さえいなければ、2人は結ばれるでしょう? だけど……父の命令は絶対だった。婚約を取り消すなんて、許されるはずもないわ。まして父から見放されているのだから」
「サフィニア様……」
セザールはサフィニアにかける言葉が見つからなかった。ただできるのは、黙って話を聞くことだけ。
「だから……私は、死んだことにしようと思ったの。私がいなくなれば、すべてが丸く収まるの。誰も傷つかずに済む。そう信じて、湖のボートから転落したように見せかけて、偽装死を決行したの」
風が吹き、結わえているサフィニアの髪がなびく。
「そして旅に出て名前を捨てて、親切な騎士団隊長のお陰でメイドとして働かせてもらっているの。だって……私にはもう行き場が無かったから…‥」
項垂れるサフィニア。
セザールは言葉を失っていた。
「自分の葬儀も、終わったと噂で聞いたわ。もう誰も私を探していないし、私のことを口にする人もいないでしょうね」
「……そんな……サフィニア様……」
「サフィニア・エストマンという公女は、もう死んだの。今はただのソフィアよ。ここでは、そう名乗っているわ」
セザールは、しばらく何も言えなかった。
サフィニアの決意と覚悟、そして今も孤独を抱えて生きていることが気の毒でならなかった。
やがてセザールは口を開いた。
「……サフィニア様、今までよく頑張ってこられましたね? 一番辛かった時に、おそばにいて支えることが出来なくて、大変申し訳ございませんでした」
セザールは頭を下げてきた。
「何を言ってるの? セザールは何も悪くないじゃない、謝らないで」
「サフィニア様、僕はこの王宮騎士団施設に仕事で出入りしております。もしよろしければ、我が家にいらっしゃいませんか? 屋敷にはサフィニア様をお世話出来るメイドもおりますから」
突然の申し出にサフィニアは耳を疑った。
「え? な、何を言ってるの? 大体セザール、あなたは結婚しているじゃない」
「……そうですか。僕が結婚していたことを御存知だったのですね?」
少しだけセザールの顔が陰る。
「ええ、そうだけど……でも、結婚していたってどういうこと?」
「僕の妻は病弱で、3年前に亡くなっています。結婚後、分かったのですが子供も望めない身体でした」
「!」
サフィニアの肩がピクリと跳ねる。
「そのことが分かったとき、妻は泣きながら自分と離縁して欲しいと訴えてきました。そして再婚して後継ぎを残してと。けれど僕は応じませんでした。彼女が亡くなるときまで寄り添い、死を見届けました」
セザールの話はサフィニアの胸に染み入った。
「そう……セザールらしいわね。あなたはとても優しい人だったから。でも折角の申し出だけど、ごめんなさい。私はここにいるわ。王宮騎士団施設の人たちは皆良い人たちなの。それに私、働くのは好きだし」
「サフィニア様……」
セザールは一瞬俯き、顔を上げた。その顔は笑顔だった。
「分かりました。サフィニア様の御意思にお任せします」
「ありがとう、セザール。それともう一つお願いがあるの」
「お願いですか?」
「ええ。私はここではソフィアと名乗っているの。だからソフィアと呼んでくれる?」
「ソフィア様ですか……素敵なお名前ですね。分かりました、ではこちらではソフィア様と呼ばせていただきますね。……なら、僕からもお願いしたいことがあるのですが……」
真剣な眼差しでサフィニアを見つめるセザール。
「どんなお願いなの?」
「2人きりの時は、サフィニア様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「!」
サフィニアは一瞬目を見開き……笑みを浮かべた。
「ええ。もちろんよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
笑顔になるセザールは、8年前の面影を残していた――
****
サフィニアとセザールがベンチで話をしている姿をじっと見つめている人物がいた。
その人物はアドニス。
渡り廊下を歩いているとき、偶然中庭のベンチに座る2人に気付いたのだ。
2人は笑顔で話していた。
アドニスはまだ一度もサフィニアの笑顔を見たことが無い。
「あれは……ソフィアさんとセザール……? どうして、ふたりが一緒にいるんだ? セザールとソフィアさんは、知り合い同士だったのか……?」
楽しそうに話をしているサフィニアの姿に、何故かアドニスの胸は痛んだ――
サフィニアは視線を美しく整えられた庭に向けた。その表情は今にも泣きそうにセザールは見えた。
「でも、彼が見ていたのは私じゃない……ヘスティアだったのよ」
「……!」
セザールの目が見開かれる。その衝撃は、言葉にできないほどだった。
「ヘスティアもジルベールに好意を抱いていたわ。2人は互いを思いあっていたのよ。私さえいなければ、2人は結ばれるでしょう? だけど……父の命令は絶対だった。婚約を取り消すなんて、許されるはずもないわ。まして父から見放されているのだから」
「サフィニア様……」
セザールはサフィニアにかける言葉が見つからなかった。ただできるのは、黙って話を聞くことだけ。
「だから……私は、死んだことにしようと思ったの。私がいなくなれば、すべてが丸く収まるの。誰も傷つかずに済む。そう信じて、湖のボートから転落したように見せかけて、偽装死を決行したの」
風が吹き、結わえているサフィニアの髪がなびく。
「そして旅に出て名前を捨てて、親切な騎士団隊長のお陰でメイドとして働かせてもらっているの。だって……私にはもう行き場が無かったから…‥」
項垂れるサフィニア。
セザールは言葉を失っていた。
「自分の葬儀も、終わったと噂で聞いたわ。もう誰も私を探していないし、私のことを口にする人もいないでしょうね」
「……そんな……サフィニア様……」
「サフィニア・エストマンという公女は、もう死んだの。今はただのソフィアよ。ここでは、そう名乗っているわ」
セザールは、しばらく何も言えなかった。
サフィニアの決意と覚悟、そして今も孤独を抱えて生きていることが気の毒でならなかった。
やがてセザールは口を開いた。
「……サフィニア様、今までよく頑張ってこられましたね? 一番辛かった時に、おそばにいて支えることが出来なくて、大変申し訳ございませんでした」
セザールは頭を下げてきた。
「何を言ってるの? セザールは何も悪くないじゃない、謝らないで」
「サフィニア様、僕はこの王宮騎士団施設に仕事で出入りしております。もしよろしければ、我が家にいらっしゃいませんか? 屋敷にはサフィニア様をお世話出来るメイドもおりますから」
突然の申し出にサフィニアは耳を疑った。
「え? な、何を言ってるの? 大体セザール、あなたは結婚しているじゃない」
「……そうですか。僕が結婚していたことを御存知だったのですね?」
少しだけセザールの顔が陰る。
「ええ、そうだけど……でも、結婚していたってどういうこと?」
「僕の妻は病弱で、3年前に亡くなっています。結婚後、分かったのですが子供も望めない身体でした」
「!」
サフィニアの肩がピクリと跳ねる。
「そのことが分かったとき、妻は泣きながら自分と離縁して欲しいと訴えてきました。そして再婚して後継ぎを残してと。けれど僕は応じませんでした。彼女が亡くなるときまで寄り添い、死を見届けました」
セザールの話はサフィニアの胸に染み入った。
「そう……セザールらしいわね。あなたはとても優しい人だったから。でも折角の申し出だけど、ごめんなさい。私はここにいるわ。王宮騎士団施設の人たちは皆良い人たちなの。それに私、働くのは好きだし」
「サフィニア様……」
セザールは一瞬俯き、顔を上げた。その顔は笑顔だった。
「分かりました。サフィニア様の御意思にお任せします」
「ありがとう、セザール。それともう一つお願いがあるの」
「お願いですか?」
「ええ。私はここではソフィアと名乗っているの。だからソフィアと呼んでくれる?」
「ソフィア様ですか……素敵なお名前ですね。分かりました、ではこちらではソフィア様と呼ばせていただきますね。……なら、僕からもお願いしたいことがあるのですが……」
真剣な眼差しでサフィニアを見つめるセザール。
「どんなお願いなの?」
「2人きりの時は、サフィニア様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「!」
サフィニアは一瞬目を見開き……笑みを浮かべた。
「ええ。もちろんよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
笑顔になるセザールは、8年前の面影を残していた――
****
サフィニアとセザールがベンチで話をしている姿をじっと見つめている人物がいた。
その人物はアドニス。
渡り廊下を歩いているとき、偶然中庭のベンチに座る2人に気付いたのだ。
2人は笑顔で話していた。
アドニスはまだ一度もサフィニアの笑顔を見たことが無い。
「あれは……ソフィアさんとセザール……? どうして、ふたりが一緒にいるんだ? セザールとソフィアさんは、知り合い同士だったのか……?」
楽しそうに話をしているサフィニアの姿に、何故かアドニスの胸は痛んだ――
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