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7-5 すれ違う想い
エリーゼがサフィニアの元を訪れてから数日後――
王宮騎士団施設の朝は、いつもより少しざわついていた。
久しぶりにアドニが姿を現し、騎士たちの訓練を直接指導しているという知らせが使用人たちの間で広まっていたからだ。
中庭ではメイドたちが花壇の手入れや、屋外用のテーブルや椅子を用意する準備に追われていた。
サフィニアもその一人として、庭で掃き掃除をしていた。
メイド達は手を動かしながら楽し気に会話をしている。
「やっぱりアドニス様がいると活気づくと思わない?」
「騎士の方たちも、いつもより張り切ってるみたい」
「華やかさが違うわよね? そう思わない? ソフィアちゃん」
不意に声をかけられ、サフィニアはビクリと肩を震わせた。
「え? そ、そうですね……」
ぎこちなく答えるサフィニアに、メイドたちは顔を見合わせて笑った。
「そうだわ。騎士の人たちにハーブティーを届けに行くけど、ソフィアちゃん行ってきたら?」
「それがいいわ。アドニス様もソフィアちゃんと話すの楽しみにしてるみたいだし」
その言葉に、サフィニアの顔が引きつる。
「い、いえ。私……今から町にお使いに行ってきます」
「あら? 今から?」
「別に急がなくてもいいのに」
「いいえ、他にもすることがありますので。では、行ってまいります」
サフィニアはまるで逃げるように、足早にその場を離れていった。
その様子に首を傾げるメイド達。
「ソフィアちゃん……一体どうしちゃったのかしら?」
「さぁ……? いつもなら、お茶出しはソフィアちゃんの役目だったのにね」
****
訓練は午後になると、すぐ休憩に入った。
使用人たちの詰め所に姿を現したアドニスは、皆に笑顔で応えながら、辺りを見渡した。
「……今は休憩時間だろう? ソフィアさんはいないのかい?」
「ええ、ソフィアちゃんなら町へお使いに行きましたよ」
「え?」
「騎士の人たちにお茶出しをお願いしたのですが、他にも用事があるからと言ってましたよ」
「用事……」
アドニスはポツリと呟き、窓の外に視線をやった。
まるで、そこにサフィニアの姿を探すように。
「いないのか……折角会えると思っていたのに」
アドニスの呟きは小さく、使用人たちの耳には届くことは無かった――
****
レオンはセザールの屋敷を訪れていた。
「え? そんなことがあったのですか!?」
書斎にセザールの驚いた声が響き渡る。
「はい、そうです。エリーゼ様はアドニス様の婚約者だとはっきりおっしゃいました」
「……それは妙ですね。そんな話は初耳です。もしかするとエリーゼ様が勝手に言ってるだけかもしれません」
セザールは首を傾げる。
「え!? そうなのですか? ですが、サフィニア様は本気に取られておりましたよ? そして、もうアドニス様には近づかないとエリーゼ様に約束されました」
「……そうだったのですか……」
セザールは俯き少しの間考え込んだ後、顔を上げた。
「レオンさん……これからもサフィニア様の様子を見に、時々使節団へ行っていただけませんか? 多分僕には言えなくてもレオンさんになら、サフィニア様は悩みを打ち明けるかもしれません」
「僕が……ですか?」
「ええ、そうです。現にサフィニア様はレオンさんに悩みを打ち明けたからこそ……現在この国にいるわけですよね?」
セザールの話には説得力があった。
「分かりました。これからも時々サフィニア様を訪ねます。それで僕からもお願いがあります。王宮騎士団の人たちに、アドニス様がサフィニア様に近づきにくいように協力して欲しいと伝えていただけませんか?」
レオンの意外な提案にセザールは眉を寄せた。
「……理由は何でしょう?」
「サフィニア様のことです。エリーゼ様と約束された以上、御自分からアドニス様に近づくことはないでしょう。ですが、その逆では? 恐らく、アドニス様から声をかけられれば、サフィニア様のことです。強くは拒絶できないと思うのです。そうなると、思いつめてしまい……ひょっとして、ここを出て行ってしまうかもしれません」
セザールは下唇を噛んだ。
「分かりました。騎士の人たちには僕から事情を説明することにしましょう。その代わりに、レオンさん。サフィニア様のことをお願いします」
「分かりました」
セザールとレオンは、互いに頷き合った。
サフィニアを守る為に――
****
――その頃。
サフィニアは町の市場で果物を選んでいた。
けれど心ここにあらずと言った様子で、何を選べばいいのかも分からない。
(……アドニス様の婚約者……)
エリーゼの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
ただ、アドニスの存在が遠くなってしまったようで――それが、悲しかった。
(エリーゼ様にとって、私は邪魔な存在……。もう、ここにいない方がいいのかも……)
サフィニアは青い空を見上げて、ポツリと呟いた。
「アドニ様……」
と――
王宮騎士団施設の朝は、いつもより少しざわついていた。
久しぶりにアドニが姿を現し、騎士たちの訓練を直接指導しているという知らせが使用人たちの間で広まっていたからだ。
中庭ではメイドたちが花壇の手入れや、屋外用のテーブルや椅子を用意する準備に追われていた。
サフィニアもその一人として、庭で掃き掃除をしていた。
メイド達は手を動かしながら楽し気に会話をしている。
「やっぱりアドニス様がいると活気づくと思わない?」
「騎士の方たちも、いつもより張り切ってるみたい」
「華やかさが違うわよね? そう思わない? ソフィアちゃん」
不意に声をかけられ、サフィニアはビクリと肩を震わせた。
「え? そ、そうですね……」
ぎこちなく答えるサフィニアに、メイドたちは顔を見合わせて笑った。
「そうだわ。騎士の人たちにハーブティーを届けに行くけど、ソフィアちゃん行ってきたら?」
「それがいいわ。アドニス様もソフィアちゃんと話すの楽しみにしてるみたいだし」
その言葉に、サフィニアの顔が引きつる。
「い、いえ。私……今から町にお使いに行ってきます」
「あら? 今から?」
「別に急がなくてもいいのに」
「いいえ、他にもすることがありますので。では、行ってまいります」
サフィニアはまるで逃げるように、足早にその場を離れていった。
その様子に首を傾げるメイド達。
「ソフィアちゃん……一体どうしちゃったのかしら?」
「さぁ……? いつもなら、お茶出しはソフィアちゃんの役目だったのにね」
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訓練は午後になると、すぐ休憩に入った。
使用人たちの詰め所に姿を現したアドニスは、皆に笑顔で応えながら、辺りを見渡した。
「……今は休憩時間だろう? ソフィアさんはいないのかい?」
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「え?」
「騎士の人たちにお茶出しをお願いしたのですが、他にも用事があるからと言ってましたよ」
「用事……」
アドニスはポツリと呟き、窓の外に視線をやった。
まるで、そこにサフィニアの姿を探すように。
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「え? そんなことがあったのですか!?」
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「……それは妙ですね。そんな話は初耳です。もしかするとエリーゼ様が勝手に言ってるだけかもしれません」
セザールは首を傾げる。
「え!? そうなのですか? ですが、サフィニア様は本気に取られておりましたよ? そして、もうアドニス様には近づかないとエリーゼ様に約束されました」
「……そうだったのですか……」
セザールは俯き少しの間考え込んだ後、顔を上げた。
「レオンさん……これからもサフィニア様の様子を見に、時々使節団へ行っていただけませんか? 多分僕には言えなくてもレオンさんになら、サフィニア様は悩みを打ち明けるかもしれません」
「僕が……ですか?」
「ええ、そうです。現にサフィニア様はレオンさんに悩みを打ち明けたからこそ……現在この国にいるわけですよね?」
セザールの話には説得力があった。
「分かりました。これからも時々サフィニア様を訪ねます。それで僕からもお願いがあります。王宮騎士団の人たちに、アドニス様がサフィニア様に近づきにくいように協力して欲しいと伝えていただけませんか?」
レオンの意外な提案にセザールは眉を寄せた。
「……理由は何でしょう?」
「サフィニア様のことです。エリーゼ様と約束された以上、御自分からアドニス様に近づくことはないでしょう。ですが、その逆では? 恐らく、アドニス様から声をかけられれば、サフィニア様のことです。強くは拒絶できないと思うのです。そうなると、思いつめてしまい……ひょっとして、ここを出て行ってしまうかもしれません」
セザールは下唇を噛んだ。
「分かりました。騎士の人たちには僕から事情を説明することにしましょう。その代わりに、レオンさん。サフィニア様のことをお願いします」
「分かりました」
セザールとレオンは、互いに頷き合った。
サフィニアを守る為に――
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けれど心ここにあらずと言った様子で、何を選べばいいのかも分からない。
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ただ、アドニスの存在が遠くなってしまったようで――それが、悲しかった。
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