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8-11 白い蒸気の中で
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――20時半
ランプの光に照らされた夜の駅前には、これから汽車に乗ろうとする旅人たちが多く集まっていた。
「……」
気落ちした様子のサフィニアは無言のまま、セザールに連れられて改札を潜り抜ける。
「サフィニア様、こちらです。21時発の汽車に乗ります」
セザールに促されるままに頷いたサフィニアの顔には、暗い影が落ちていた。それほどまでにレオンを失った喪失感が大きかったのだ。
21時発の汽車がホームに停まり、黒い機関車の煙突から白い蒸気が吐き出されている。
汽車に乗り込むと、セザールは前に立ってサフィニアを座席に案内した。
車内は空席が目立っていたが、人々の楽し気な会話が聞こえて賑やかだった。
「こちらがお座席になります」
セザールがサフィニアの為に手配したのは、コンパートメント席だった。
木製の扉を閉めると、コンパートメント席に静けさが降りる。
座席は皮張りで向かい合わせに並んでいる。壁に取り付けられたオイルランプがオレンジ色の光をし、揺らめいていた。
「ここが……席なのね?」
「はい、そうです」
サフィニアは席に座ると、どこか虚ろな視線を窓に向ける。セザールは向かいの席に座ると、居住まいを正してサフィニアに優しい声で告げた。
「サフィニア様……王都に着くまでは半日ほどかかります。少しでもお休みになられては、いかがですか? 随分お疲れのようですから」
「……セザール……だけど、レオンさんのことを思うと……」
窓の外に視線を向けたまま、サフィニアの宝石のような緑の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
外で汽笛の音が鳴り響き、汽車はゆっくりと走り始めた。
「レオンさんは、私が苦しんでいた時に黙って話を聞いてくれたの。偽装死を手伝ってくれたのも、町まで送ってくれたのも……全部私の為に……」
声は震え、頬を伝う涙がランプの明りでキラリと光る。
まるで12年間止めておいた涙が堰を切ったように止めどなく溢れだす。
「……」
セザールは黙って話を聞き、サフィニアの悲しみを受け止めている。
「それなのに私は、レオンさんに何も返せなかった……感謝の気持ちさえ、きちんと伝えられなかった……。だから今、胸が張り裂けそうに苦しいの……」
汽車は加速し、ホームの灯りが次々と遠ざかっていく。
遠ざかって行く灯りが、増々レオンとの距離が離れていく。
そのことが辛くてたまらなかった。
サフィニアは窓辺に身を預けると、窓の外を見つめながらポツリと呟いた。
「……さようなら、レオンさん……貴方のこと、忘れません。この先もずっと……」
サフィニアは顔を手で覆うと、すすり泣くようにいつまでも泣き続けた――
****
ガタゴトと揺れる車内――
泣き疲れたサフィニアは、窓際に身体を寄せて眠りに就いていた。
「……」
セザールは自分の外套を脱ぐと、サフィニアの肩に掛けてあげた。
「サフィニア様……」
頬に残る涙をハンカチでそっと拭き……「ノルディア王国」へ旅立つ前の
記憶が蘇る――
****
それは今から10日程前のこと。
セザールは教会に身を寄せているレオンの元を訪ねていた。
レオンは突然訪ねてきたセザールを見て、一瞬驚きの表情を浮かべたが自室に招き入れてくれた。
ベッドと衣装箱、それに小さなテーブルと椅子だけ。
明り取りの為の小さな窓が一つあるだけの粗末な部屋――それが彼の居住空間だった。
『狭くて申し訳ございません。それでも居候の僕に部屋とベッドを与えて下さっている教会には感謝しております』
恥ずかしそうに告げるレオン。
『いえ。こちらこそ突然訪ねてしまい、申し訳ございません』
どんな相手にも丁寧な態度で接するセザール。
『それで、セザール様、一体僕にどのような御用件でしょうか?』
『これからアドニス様とノルディア王国に行ってきます。またいつエリーゼ様や侍女、それに宰相様がサフィニア様に良からぬことを仕掛けてくるか分かりません。もうこれ以上サフィニア様に手出しすることが出来ないようにする必要があります。僕とアドニス様が不在の間、どうかサフィニア様をお願いいたします。レオンさんにしか頼めないのです』
レオンは驚いたように目を見開き……頷いた。
『……分かりました。サフィニア様の為でしたら、僕にできることは何でもいたします』
その声は穏やかだったが、真剣みを帯びていた。瞳にはサフィニアを守ろうとする強い意志が宿っている。
『では、レオンさん。定期的に電報で連絡を取り合いましょう。これは必要な資金です。どうぞお使いください』
セザールはテーブルの上に小さな布袋を置いた。
『そ、そんな……お金なんて結構です!』
慌てたように首を振るレオン。
『これはアドニス様からお預かりした物です。どうか、これでサフィニア様を守ってください』
『! そう言うことでしたら……お預かりいたします。必ず、サフィニア様をお守りいたします』
レオンは大きく頷いた――
(あの時から……レオンさんは既に心を決めていたのかもしれない……サフィニア様に別れを告げる覚悟を……)
セザールは眠るサフィニアを見つめ、小さく呟いた。
「サフィニア様……貴女にとって、レオンさんは特別な人だったのでしょうね……。でも……僕は? サフィニア様にとって、僕はどんな存在なのでしょう……」
その顔にはサフィニアに対する忠誠と、切なさが入り混じっていた――
ランプの光に照らされた夜の駅前には、これから汽車に乗ろうとする旅人たちが多く集まっていた。
「……」
気落ちした様子のサフィニアは無言のまま、セザールに連れられて改札を潜り抜ける。
「サフィニア様、こちらです。21時発の汽車に乗ります」
セザールに促されるままに頷いたサフィニアの顔には、暗い影が落ちていた。それほどまでにレオンを失った喪失感が大きかったのだ。
21時発の汽車がホームに停まり、黒い機関車の煙突から白い蒸気が吐き出されている。
汽車に乗り込むと、セザールは前に立ってサフィニアを座席に案内した。
車内は空席が目立っていたが、人々の楽し気な会話が聞こえて賑やかだった。
「こちらがお座席になります」
セザールがサフィニアの為に手配したのは、コンパートメント席だった。
木製の扉を閉めると、コンパートメント席に静けさが降りる。
座席は皮張りで向かい合わせに並んでいる。壁に取り付けられたオイルランプがオレンジ色の光をし、揺らめいていた。
「ここが……席なのね?」
「はい、そうです」
サフィニアは席に座ると、どこか虚ろな視線を窓に向ける。セザールは向かいの席に座ると、居住まいを正してサフィニアに優しい声で告げた。
「サフィニア様……王都に着くまでは半日ほどかかります。少しでもお休みになられては、いかがですか? 随分お疲れのようですから」
「……セザール……だけど、レオンさんのことを思うと……」
窓の外に視線を向けたまま、サフィニアの宝石のような緑の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
外で汽笛の音が鳴り響き、汽車はゆっくりと走り始めた。
「レオンさんは、私が苦しんでいた時に黙って話を聞いてくれたの。偽装死を手伝ってくれたのも、町まで送ってくれたのも……全部私の為に……」
声は震え、頬を伝う涙がランプの明りでキラリと光る。
まるで12年間止めておいた涙が堰を切ったように止めどなく溢れだす。
「……」
セザールは黙って話を聞き、サフィニアの悲しみを受け止めている。
「それなのに私は、レオンさんに何も返せなかった……感謝の気持ちさえ、きちんと伝えられなかった……。だから今、胸が張り裂けそうに苦しいの……」
汽車は加速し、ホームの灯りが次々と遠ざかっていく。
遠ざかって行く灯りが、増々レオンとの距離が離れていく。
そのことが辛くてたまらなかった。
サフィニアは窓辺に身を預けると、窓の外を見つめながらポツリと呟いた。
「……さようなら、レオンさん……貴方のこと、忘れません。この先もずっと……」
サフィニアは顔を手で覆うと、すすり泣くようにいつまでも泣き続けた――
****
ガタゴトと揺れる車内――
泣き疲れたサフィニアは、窓際に身体を寄せて眠りに就いていた。
「……」
セザールは自分の外套を脱ぐと、サフィニアの肩に掛けてあげた。
「サフィニア様……」
頬に残る涙をハンカチでそっと拭き……「ノルディア王国」へ旅立つ前の
記憶が蘇る――
****
それは今から10日程前のこと。
セザールは教会に身を寄せているレオンの元を訪ねていた。
レオンは突然訪ねてきたセザールを見て、一瞬驚きの表情を浮かべたが自室に招き入れてくれた。
ベッドと衣装箱、それに小さなテーブルと椅子だけ。
明り取りの為の小さな窓が一つあるだけの粗末な部屋――それが彼の居住空間だった。
『狭くて申し訳ございません。それでも居候の僕に部屋とベッドを与えて下さっている教会には感謝しております』
恥ずかしそうに告げるレオン。
『いえ。こちらこそ突然訪ねてしまい、申し訳ございません』
どんな相手にも丁寧な態度で接するセザール。
『それで、セザール様、一体僕にどのような御用件でしょうか?』
『これからアドニス様とノルディア王国に行ってきます。またいつエリーゼ様や侍女、それに宰相様がサフィニア様に良からぬことを仕掛けてくるか分かりません。もうこれ以上サフィニア様に手出しすることが出来ないようにする必要があります。僕とアドニス様が不在の間、どうかサフィニア様をお願いいたします。レオンさんにしか頼めないのです』
レオンは驚いたように目を見開き……頷いた。
『……分かりました。サフィニア様の為でしたら、僕にできることは何でもいたします』
その声は穏やかだったが、真剣みを帯びていた。瞳にはサフィニアを守ろうとする強い意志が宿っている。
『では、レオンさん。定期的に電報で連絡を取り合いましょう。これは必要な資金です。どうぞお使いください』
セザールはテーブルの上に小さな布袋を置いた。
『そ、そんな……お金なんて結構です!』
慌てたように首を振るレオン。
『これはアドニス様からお預かりした物です。どうか、これでサフィニア様を守ってください』
『! そう言うことでしたら……お預かりいたします。必ず、サフィニア様をお守りいたします』
レオンは大きく頷いた――
(あの時から……レオンさんは既に心を決めていたのかもしれない……サフィニア様に別れを告げる覚悟を……)
セザールは眠るサフィニアを見つめ、小さく呟いた。
「サフィニア様……貴女にとって、レオンさんは特別な人だったのでしょうね……。でも……僕は? サフィニア様にとって、僕はどんな存在なのでしょう……」
その顔にはサフィニアに対する忠誠と、切なさが入り混じっていた――
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