孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中

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エピローグ 3 <本編完結>

 結婚式が執り行われた、その夜――

青白い月明かりが差し込む寝室。

かつてアドニスが理性に耐え忍んだあの日と同じ。
静かな時計の音が響いていた。

そこに時折、シーツの衣擦れの音。
二つの吐息がまじりあう。

天蓋付きのベッドの上に
サフィニアとアドニスの姿があった。

生まれたままの姿で、肌を重ねる二人。

シーツに広がる長い銀の髪は月の光に照らされ、
光り輝いている。

陶磁器のように白い肌にアドニスが
口づけを落とすたび、サフィニアの口から
甘い声が漏れ出す。

肌は熱を帯び、ばら色に染まっていく。

「サフィニア、愛している……」

耳元で、甘く……低い声で愛を囁くアドニス。

「わ、私も……愛、っ……ンッ」

震える答えは、すぐにアドニスの唇によって
塞がれた。

深く、逃がさないように舌を絡めとられる。

「……んんっ……」

必死に逞しい背中にしがみつき、
身体を震わせる。
サフィニアはアドニスが与えてくれる熱い愛に
無我夢中で応えていく。

離れていた半年間の寂しさを埋めるかのように、
二人は何度も何度も身体を重ねた。

窓の外の空が白み始め、
心地よい疲労の中で共に眠りに就くまで――



****

 サフィニアとアドニスの婚姻生活は、
誰もが羨むほど幸福なものだった。

何処へ行くにも二人は一緒だった。

アドニスが執務室で仕事をする傍らで
刺繍をするサフィニア。
時にはセザールと共に補佐として、
仕事を手伝う。

領地視察の馬車には常に隣に
アドニスの隣にいた。

毎晩二人は同じベッドに入り、
夫婦の営みが欠くことはなかった。

そして……
愛の結晶がサフィニアの胎内に宿る――


****

――婚姻から一年後。

「サフィニアは大丈夫だろうか……」

午後一時。

アドニスは落ち着かない様子で、
執務室の椅子から何度も立ち上がっていた。

「アドニス様。
そんなに心配でしたら本日の執務は
休みましょうか?」

セザールが苦笑しながら尋ねるが、
アドニスは首を振った。

「いや、それは駄目だ。サフィニアに
『私のことで公務を休まないでください』と
釘を刺されているんだ」

ペンを握りしめるアドニスの手は、
微かに震えている。

「……もう五時間は経過している。
彼女は一人で苦しんでいるのに、俺は……」

その時、扉が勢いよく開いた。

「アドニス様! サフィニア様が……
無事出産されました!」

駆け込んできたのは出産に立ち会っていた
ヘスティアだった。

「本当か!? すぐに行く!」

アドニスは弾かれたように執務室を
飛び出してき、その後ろをヘスティが追う。

「……本当に。アドニス様は
サフィニア様のことになると、
まるで余裕がなくなるのだから」

セザールは独り言のように呟くと、
アドニスが放置していった書類を束ね始めた……。


一方。
サフィニアの元へ駆けつけたアドニスは、
部屋の扉を押し開けて立ち尽くした。

ベッドの上では、少し青ざめながらも
穏やかな笑みを浮かべるサフィニア。

その周囲には医師と看護師たちの姿もある。

「サフィニア、よく頑張ってくれたね。
ありがとう」

アドニスはサフィニアのベッドに近づき、息を飲んだ。

「こ、これは……」

「フフ、驚かれましたか……? 可愛い子供たちですよね?」

サフィニアは弱々しくも笑顔で語る。

サフィニアが産んだのは……双子の男児だった――  


****

――それから、さらに十年後。

「……本当にこれから半年間、
離れ離れになるんだな……」

『オケアリオン』王国へ向かう船の前で、
アドニスの声には隠しきれない寂しさが滲んでいた。

サフィニアの隣には、
銀糸の髪に緑の瞳を持つ王子シリウス。

そしてアドニスの隣には、
同じく銀髪に青い瞳を持つ王子ルシウス。

さらに、サフィニアの足元には五歳になる
愛娘ナディアが寄り添っている。

「はい。カイロス陛下との約束ですから」

サフィニアが明るい笑顔で答えると、
息子のシリウスが大きな溜息をついた。

「……全く。父上は駄目だな。
たった半年、母上と離れるだけなのに」

「本当だ。母上の方が余程しっかりしてるよ」

ルシウスが頷き、
末娘のナディアもクスクスと笑う。

「お父様、さびしんぼうだねぇ」

「だ、だめでしょう。ナディア。
そんなこと言ったら」

サフィニアが慌てて宥めるが、
アドニスは力なく笑った。

「いや、いいんだ。
ナディアの言う通りだから……」

そのとき。

ボー……

汽笛が、出航の時を告げる。

「そろそろ、行かないと……
ルシウスをよろしくお願いしますね、
アドニス様」

サフィニアが船へと歩き出そうとしたとき。

アドニスはサフィニアの腕を引くと、
子供たちの前であることも忘れて強く抱きしめ、
深く唇を重ねた。

「だ、駄目だ! 見るな!」

シリウスが慌ててナディアの目を隠し、
ルシウスは気まずそうに顔を覆う。

青い空の下。
潮風に吹かれながら無言でキスを交わす二人

やがてアドニスは残惜しそうに唇を離と、
そっとサフィニアの頬に触れる。

「……大丈夫です。半年なんて、
あっという間ですから」

「そうだな」

アドニスは頷くと、もう一度だけ愛しい妻を抱きしめ
唇を重ねる。


かつて「死んだことにしてください」と願った
孤独な公女サフィニア。

彼女の物語は、これからも続いていく。
愛しい家族とともに――


<完>

次話、番外編へ続きます。
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