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第2章 34 君の笑顔

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「え…?」

彩花は驚いた様子で子供時代の俺…卓也を見つめている。

そして…。

「ど、どうしたの?僕!その怪我は?!」

次の瞬間、何故か彩花は俺を険しい目で見た。
あ…もしかして、俺が卓也に暴力を振るったと思って…?

「あの、まさか貴方がこの子に怪我をさせたのですか?」

彩花は俺を睨みつけたまま尋ねてきた。

「え?そんな違いますよ」

疑われて慌てて首を振るも、俺は内心嬉しかった。
子供時代の俺を心配してくれた彩花の優しさも…そして、俺を見上げて話しかけてきた彩花にも…。

嬉しさと愛しさの両方がこみ上げてくる。すると彩花が眉をしかめた。

「あの…一体何なんですか?おかしな人ですね…何故笑っていられるんですか?私、今…怒っているんですけど?」

「え?!」

彩花に指摘されて初めて気付いた。
なんてことだ!俺は…自分でも気付かない内に口角が上がっていたのだ。

「え?あ、い、いやっ!こ、これは違いますっ!」

何がどう違うのか分からないが口元を押さえて慌てて首を振った。

「何がどう違うんですか?さっきから変な人ですね…」

彩花は俺をジロリと睨み、次に子供時代の俺に話しかけた。

「僕、大丈夫だった?その怪我…どうしたの?このお兄さんにやられたの?」

すると卓也は首を振った。

「ううん、違うよ。この怪我は…お父さんに…」

最後の方は声が尻すぼみになっていた。

項垂れる子供時代の俺は…彩花の同情を買うのに十分だっただろう。

「え?そうだったの…?可哀想に…」

そして彩花は俺の方に向き直り、すぐに頭を下げてきた。

「すみませんでした。疑ってしまった挙げ句…いきなり失礼なことを言ってしまいました」

「いえ、そんな。気にしないで下さい。疑われても…仕方ありませんから」

すると卓也が口を開いた。

「僕がここに座っていたら、このお兄ちゃんが話しかけて来たんだ」

「え?どうしてここに座っていたの?あ…もしかして今日アパートに引っ越してきたの?」

「うん、そうだよ」

「やっぱりね…このアパートには子供は住んでいないからね。入居している人も殆どいないし…」

「このお兄ちゃんは昔、ここに住んでいたんだって」

その時、子供時代の俺がとんでもないことを言ってしまった。

「え?嘘っ?!でも…そんな…」

彩花が驚いて俺を見る。

…まずい。
確か彩花はこのアパートに7年前から住んでいたはずだ。再び彩花の目が疑わし気に俺を見ている。
こうなったら…もう嘘を言うしかない。

「あ、住んでいたと言っても…もうかれこれ10年近く前のことだから…」

とっさに彩花に嘘を付く。

「あ…そうなんですね。だったら私が知らないはずですね…」

そして彩花は再び卓也に声を掛けた。

「僕、名前は何ていうの?」

「上野…卓也です」

「卓也君か…それじゃ、たっくんて呼んでもいい?」

たっくん…。

彩花からその名前を聞くのは15年ぶりだ。
思わず胸に熱いものがこみ上げてくる。

「うん。いいよ」

頷く子供時代の俺。

「ありがとう。私は南彩花。お隣に住んでるのよ?今日からよろしくね、たっくん」

彩花は卓也に笑みを浮かべる。

その笑顔は…俺に向けられたものでは無かったが、自分の心がジワリと暖かいもので満たされていくのを感じずにはいられなかった―。
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