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1−8 ステニウス伯爵の嘘

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 アリアドネは初めて父から気遣いをして貰えたと心の中で喜んだ。

「お父様…ありがとうございます…」

思わず頬を染めながらステニウス伯爵に礼を述べた。

「別に礼には及ばん。その代わり、お前がミレーユの偽者だとバレないようにしっかり嫁ぎ先では演技をするのだぞ」

「え…?」

アリアドネはその言葉に耳を疑った。

「何だ?何か言いたい事でもあるのか?」

「い、いえ…。私は…辺境伯のところへは…アリアドネとして嫁ぐのでは無いのですか?」

すると伯爵は腕組みをして鼻で笑った。

「フン。まさかお前はアリアドネとして嫁ぐつもりだったのか?良いか?言っておくが世間では私には娘が1人しかいないことで通っているのだ。誰もがお前と言う娘の存在を知らないのだ。現にここで働いている使用人たちですら、お前の出自を知らない者ばかりだろう?」

「あ…」

アリアドネは自分の顔が青ざめていくのが分かった。

(そうだわ…ここで働く殆どの人達は私がお父様の娘であることを知らないのだったわ…。私は世間では存在を認められていないという事なの…。?)

その残酷な現実はアリアドネの心を激しく揺さぶった。本来であれば父親の言う事を素直に聞くアリアドネであったが、今回ばかりはそうもいかない。

アリアドネは嫁ぎ先の相手に嘘をつくことが心苦しかったのだ。

「お父様は…私に嘘をつくようにと仰るのですか…?」

俯きながら、声を震わせてアリアドネは尋ねた。

「そうだ。それがお前の為だからな」

「私の為…?」

「ああ、そうだ。良いか?アリアドネ。一応お前は私の娘だから良い事を教えてやろう。ミレーユとマルゴットの手前…辺境伯の真実を伝えることが出来なかったからな」

「辺境伯の真実…?」

「よく聞け。アイゼンシュタット辺境伯は心のおおらかな人間などではない。その本性は…『血に飢えた暴君』と呼ばれ、周辺諸国から恐れられている存在なのだ」

「え…?」

アリアドネはその言葉に震えた。

「辺境伯はミレーユを妻にと所望している。だからお前が偽者だとバレれば恐らく彼は激怒するだろう。そうなればただではすまないだろうな。お前だけでなく、我々もどのような酷い目に遭わされるか分からない。だからこそ…アリアドネ。尚更私はお前を辺境伯の妻に選んだのだ」

「ど、どういう事なのでしょうか…?」

「ミレーユはあの通り、気の強い娘だ。すぐに辺境伯の怒りを買ってしまうだろう。だがお前はどうだ?心穏やかで気立ても良い。お前なら…うまくやれるかもしれない。良いか?アリアドネ。私はお前を信頼して、ミレーユの代わりに嫁がせることにしたのだ。お前の行動次第でステニウス伯爵家の命運が分れるのだ」

「私…次第ですか…?」

「ああ、そうだ。私はお前を信用しているからな」

ステニウス伯爵はアリアドネを納得させる為、心にも思っていない言葉を平気で並び立てていく。

「分りました。それでは…私はミレーユお姉さまとして、辺境伯に嫁げば宜しいのですね?」

「ああ、そうだ」

ステニウス伯爵は満足そうに頷く。

「ですが…私は読み書きも、貴族としての教養や嗜みを一切知りません。これでは私が偽物であると言う事がすぐにばれてしまうのではないでしょうか?」

「嫁いでしまえば何とでもなるだろう。それに最近の貴族令嬢は教養や嗜み等を一切持ち合わせていない者達も大勢いる。気にする事はなかろう。大丈夫だ。すべてはうまくいく。私を信じろ」

またしても伯爵はアリアドネに嘘をついた。

「はい。お父様を信じます」

アリアドネは今度こそ、覚悟を決めた。

「よし、なら早速城へ戻ってお前の出立の準備を始めるぞ」

「はい」

そして2人は準備を始める為に城の中へと戻って行った―。



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