44 / 90
10 シュタイナー家
しおりを挟む
シュタイナー家のお屋敷は閑静な住宅街の中に建てられていた。
緑に囲まれた広々とした敷地はまるで住宅地の中にある広場のようだった。3階建ての白い屋敷は青い空と緑に良く映えている。
シュタイナー夫妻と共に、アデルを抱きかかえて馬車から降りた私を出迎えてくれた使用人たちは驚きの表情で見つめてきた。
けれどシュタイナー氏が私をアデルの新しいシッターだと説明すると、全員が納得してくれたのだった。
「どうぞ。この部屋を使って頂戴。隣はアデルの部屋で扉で繋がっているから自由に行き来できるようになっているのよ」
婦人に案内された部屋は、とても広くて綺麗な部屋だった。
バルコニーへ出られる大きな掃き出し窓からは明るい太陽の光が差し込んでいる。
日当たりも悪く、カビ臭かったバーデン家の使用人部屋とは大違いだった。
ベージュで統一された家具もどれも立派で、とても温かみを感じさせる。
本当に私のような者がこの部屋を使ってもよいのだろうか?
「あ、あの……パトリシア様。本当に、この様に素敵な部屋に住まわせていただいてよろしいのでしょうか?」
「ええ、勿論よ。だってフローネさんは大切なシッターなのだから」
笑みを浮かべながら頷く婦人。
「ですが……私には何だか勿体なくて」
こんなに素晴らしい環境を与えられながら、期待に添えられなかったらどうしよう?
そんな不安が脳裏をよぎる。
そんなことないわ。シュタイナー家で働く人々には、きちんと義を尽くさなければね」
「そうなのですか?」
バーデン家とはまるで違う。罰と称してムチで打ったり、食事抜きや言及の罰を与える……そんな非人情的なことを平気で出来るような人たちばかりだった。
本当に、私は何て素晴らしい人たちに出会えたのだろう。思わず胸が熱くなる。
「このお部屋は自由に使ってちょうだい。それでフローネさんのお洋服だけど……」
婦人が私の着ている服をじっと見る。地味な薄緑色の着古した木綿のワンピースは、とてもこの屋敷には似つかわしくない。
「あ、あの。申し訳ございません。これでもまだまともな服なのですが……」
羞恥で顔が熱くなる。
「いいえ、違うの。そういう意味で言ったのでは無いのよ。メイドには制服があるけれど、シッター用の服は用意していないの。突然のことだったから、用意できなくて。フローネさんさえよければ、私が若い頃着ていたドレスがあるの。少しの間、それを着てみない? どうかしら?」
「嬉しいです。 本当にありがとうございます」
まさか、ドレスまで借りれるとは思わなかった。バーデン家とは大違いだ。
心優しいシュタイナー夫妻と、アデルの為にも誠心誠意をもって仕えようと心に決めた。
そして、この日の夜――
私の歓迎会と言うことで、ささやかな晩餐会が開かれた。
婦人が若い頃着ていたというドレスは薄紫色の品の良いツーピースドレスで、今まで一度も着たことの無いような美しいドレス。
アデルはピンク色のフリルがたっぷりのドレス姿で、まるでお人形のような愛らしさだった。
テーブル一杯に並べられたご馳走は初めての体験だった。
そして優しい人々に囲まれた穏やかな時間を過ごすのは、父がまだ存命だった頃を思い出させてくれた――
****
――21時
私はベッドで横になっているアデルに絵本を読んであげていた。
「……こうして、お姫様と王子様はずっと幸せに暮らしていきました……おしまい。どう? アデル、お話楽しかった?」
「うん。とっても楽しかった」
枕元にうさぎとくまのぬいぐるみを置いたアデルが笑顔で答える。
「どう? 眠れそう?」
「うん……あのね……」
「何? アデル」
「私が寝るまで、いて?」
「え?」
「あのね……今までの人、みんな寝る前にいなくなっちゃったの。だから一人ぼっちで寝てたの」
ポツリと寂しそうに呟くアデル。
「そうだったの? それじゃ、アデルは一人ぼっちで眠っていたの?」
「うん……」
「そんな……」
何て可哀想なのだろう。まだたった5歳なのに、こんな広い部屋で一人ぼっちで眠らされていたなんて……。
「お祖父ちゃんやお祖母ちゃんはそのこと、知ってるの?」
「ううん、知らない。だって誰かに言ったら駄目ですよって言われたから」
その言葉に胸が締め付けられる。
「大丈夫よ、アデルが寝るまで何処にも行かないわ」
「本当?」
「ええ、本当よ。そうだわ、子守唄を歌ってあげるわ。私には弟がいて、小さい時に良く歌ってあげたのよ。聞きたい?」
「うん! 聞きたい」
ベッドの中で笑顔を見せるアデル。
「それじゃ……歌うわね」
そして私はアデルのために子守唄を歌った。
この穏やかな時間が……願わくば、ずっと続きますようにと祈りながら――
緑に囲まれた広々とした敷地はまるで住宅地の中にある広場のようだった。3階建ての白い屋敷は青い空と緑に良く映えている。
シュタイナー夫妻と共に、アデルを抱きかかえて馬車から降りた私を出迎えてくれた使用人たちは驚きの表情で見つめてきた。
けれどシュタイナー氏が私をアデルの新しいシッターだと説明すると、全員が納得してくれたのだった。
「どうぞ。この部屋を使って頂戴。隣はアデルの部屋で扉で繋がっているから自由に行き来できるようになっているのよ」
婦人に案内された部屋は、とても広くて綺麗な部屋だった。
バルコニーへ出られる大きな掃き出し窓からは明るい太陽の光が差し込んでいる。
日当たりも悪く、カビ臭かったバーデン家の使用人部屋とは大違いだった。
ベージュで統一された家具もどれも立派で、とても温かみを感じさせる。
本当に私のような者がこの部屋を使ってもよいのだろうか?
「あ、あの……パトリシア様。本当に、この様に素敵な部屋に住まわせていただいてよろしいのでしょうか?」
「ええ、勿論よ。だってフローネさんは大切なシッターなのだから」
笑みを浮かべながら頷く婦人。
「ですが……私には何だか勿体なくて」
こんなに素晴らしい環境を与えられながら、期待に添えられなかったらどうしよう?
そんな不安が脳裏をよぎる。
そんなことないわ。シュタイナー家で働く人々には、きちんと義を尽くさなければね」
「そうなのですか?」
バーデン家とはまるで違う。罰と称してムチで打ったり、食事抜きや言及の罰を与える……そんな非人情的なことを平気で出来るような人たちばかりだった。
本当に、私は何て素晴らしい人たちに出会えたのだろう。思わず胸が熱くなる。
「このお部屋は自由に使ってちょうだい。それでフローネさんのお洋服だけど……」
婦人が私の着ている服をじっと見る。地味な薄緑色の着古した木綿のワンピースは、とてもこの屋敷には似つかわしくない。
「あ、あの。申し訳ございません。これでもまだまともな服なのですが……」
羞恥で顔が熱くなる。
「いいえ、違うの。そういう意味で言ったのでは無いのよ。メイドには制服があるけれど、シッター用の服は用意していないの。突然のことだったから、用意できなくて。フローネさんさえよければ、私が若い頃着ていたドレスがあるの。少しの間、それを着てみない? どうかしら?」
「嬉しいです。 本当にありがとうございます」
まさか、ドレスまで借りれるとは思わなかった。バーデン家とは大違いだ。
心優しいシュタイナー夫妻と、アデルの為にも誠心誠意をもって仕えようと心に決めた。
そして、この日の夜――
私の歓迎会と言うことで、ささやかな晩餐会が開かれた。
婦人が若い頃着ていたというドレスは薄紫色の品の良いツーピースドレスで、今まで一度も着たことの無いような美しいドレス。
アデルはピンク色のフリルがたっぷりのドレス姿で、まるでお人形のような愛らしさだった。
テーブル一杯に並べられたご馳走は初めての体験だった。
そして優しい人々に囲まれた穏やかな時間を過ごすのは、父がまだ存命だった頃を思い出させてくれた――
****
――21時
私はベッドで横になっているアデルに絵本を読んであげていた。
「……こうして、お姫様と王子様はずっと幸せに暮らしていきました……おしまい。どう? アデル、お話楽しかった?」
「うん。とっても楽しかった」
枕元にうさぎとくまのぬいぐるみを置いたアデルが笑顔で答える。
「どう? 眠れそう?」
「うん……あのね……」
「何? アデル」
「私が寝るまで、いて?」
「え?」
「あのね……今までの人、みんな寝る前にいなくなっちゃったの。だから一人ぼっちで寝てたの」
ポツリと寂しそうに呟くアデル。
「そうだったの? それじゃ、アデルは一人ぼっちで眠っていたの?」
「うん……」
「そんな……」
何て可哀想なのだろう。まだたった5歳なのに、こんな広い部屋で一人ぼっちで眠らされていたなんて……。
「お祖父ちゃんやお祖母ちゃんはそのこと、知ってるの?」
「ううん、知らない。だって誰かに言ったら駄目ですよって言われたから」
その言葉に胸が締め付けられる。
「大丈夫よ、アデルが寝るまで何処にも行かないわ」
「本当?」
「ええ、本当よ。そうだわ、子守唄を歌ってあげるわ。私には弟がいて、小さい時に良く歌ってあげたのよ。聞きたい?」
「うん! 聞きたい」
ベッドの中で笑顔を見せるアデル。
「それじゃ……歌うわね」
そして私はアデルのために子守唄を歌った。
この穏やかな時間が……願わくば、ずっと続きますようにと祈りながら――
336
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
・めぐめぐ・
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)
※第18回恋愛小説大賞で奨励賞頂きました! 応援いただいた皆さま、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました♪
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。
ふまさ
恋愛
──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。
彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。
ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。
だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。
※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。
身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜
恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」
18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から
情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。
しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。
彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、
彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。
「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」
伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。
衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、
彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。
「……あの、どちら様でしょうか?」
無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。
裏切った男と、略奪を企てた伯母。
二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる